第一次研究室大戦
第三章
1999年 6月14日 午後4時半 「説得」
完全に切れた状態で、研究室に戻ってくる。
すぐに研究室においてある私物の片づけを始める。
そこに大学院生のSさんが来る。
Sさん「なにしてんの?」
私「大学院辞めるかもしれないんで、その準備を」
Sさん「どういうこと?」
これまでのいきさつを話す。
話を聞いて、Sさんは私を説得し始めた。
前にも2回くらい大学院を辞めようと考えたときに、説得されたことがあり
いつもその説得で説得されていた。
だが今回はそうはならなかった。
Sさんの2時間以上の説得でも、今回は意思が揺らぐ事はなかった。
そもそもこの意思とはなにかというと、いつか誰かがいってやらなけれ
ばならないであろう、バカ教授の勘違いと間違い。
誰もが気づいている(思っている)が、卒業、就職などの問題から
決して正す事のできないあやまち。
このあやまちを指摘してやる意思、これは普通の状態では到底でき
るもんではない、指摘するという事はすなわち大学を辞める覚悟(覚悟というか
今回の私のように準備)が必要だ。
幸い私は、この大学院にいる事自体が道を踏み外している事なので、
いまさら失う物はなにもない。
まさに私にしかできない事であろう。
とりあえず、この日は私も機嫌が悪いので下手をしたら殺っちゃいかねない
ので、後日きっちり話をつけることにした。
一応、教授にその事を話に行く。
そこで教授にまあ座って話そうといわれたが、
今話す気はない、近いうちにちゃんと話をつけに来る!
アパートに帰る。
とりあえず気分を落ち着けるために寝る。
同日 午後9時 「再説得」
当然だが、私の行動にはマイナスの要素が多いので(マイナスの
要素しかないとも言う)スポンサーの意向を伺わなければならない。
そこでスポンサーに電話をする。
猛反対の嵐
今までも大学院進学を辞めようと考えたときに、反対されたので
これは予測できていた事だった。
でもいつもながらかなり、厳しい嵐だった。いつもはスポンサーの意見に
押し切られていたのだが、今回は違った。
そのもっとも大きな理由は、事の発端がマイナスドライバーがなかったこと
による物だからだ。
マイナスドライバーがないだけでこれなんだから、もしこのまま大学院に残っても
いずれ近いうちに、またこれ以上の事が起きるのは目に見えている。
ならいまなら、就職活動するにもいいし、なんなら留学なんかしてみるのも
いいかも。
私の頭の中は、すでにこれからの事でいっぱいで、大学院を辞めることに
こだわりなど一切なかった。
むしろやっとあの収容所から解放されるのかと喜んだぐらいだった。
こんな状態の私には説得はあまり効果はなかった。でもそこはやはりスポンサー
で、説得もかなりのもので時間を置いたこともあって、さすがにチョットぐらっときた。
それでも、まだ奴と話(決着)をつける気だった。