ディスカッション


  1週間ぶりに、奴(教授)の所にディスカッションにいった。

  ディスカッションは、普通毎日か2日に一回は行く(呼ばれる)の だが、私は大学院生になってから2,3日に一回程度ですまされていた。

  ここでディスカッションとは本来、討論のことを言う。

  私と奴のディスカッションはというと、私は奴が取れといったデータを取る それを奴に見せる、そして奴がそれを見て判断して、次の指示を出す。
この間にたまに討論らしきものにもなる事もある、
奴が君はどう考えているんだと聞く、
そこで私の意見を言う、
賛同する事もあるし、否定される事もある。

  でも結局やる事は全く変わらない、 これのどこがディスカッションと呼べるのだろう?
でも奴はあえて呼称をディスカッションとしている。
どう考えても奴の思い込みだ。

  まあ、そんなわけでどうしても必要にかられて、
(用がなければ顔も見たくない、もちろんまちがって 遭遇してしまう事のないように、常に細心の注意を払っている ことは言うまでもない)
ディスカッションらしきものをしに奴の所へいった。

  そして実験の話をする。
  この前のディスカッションらしきもので、ある溶液を 作ろうということになっていた。この溶液を作るには、溶液を作ってから 3日間放置しないと使用できない。
  次の実験の一部にこれを使用しなければいけないので、このままでは 3日間実験できない事になる。
  ただ、この溶液はかなり前(10年くらい)に作ったものであったが、 一応使える状態である事もわかっていた。

  そこで私はその古い物を使って、次におこなう実験を先行しておこなうことにした。 この実験は3日間をまるまる使ってやっとできる程度だった。
  そして新しく作った溶液を用いて、同じような実験を1つおこない古い溶液と比較して 同じデータが出ているので、それでOKのはずだった。

  でも奴は納得しなかった。
  奴は物には順序があり、1つ1つ解決していか なければいけないといい、古い溶液は正しい物かは正確にはわから ないので、それの状態を確かめなければいけないといった。

  でもすでに一応使える事はチェック済みで、もちろん違う可能性もあるが、 正しい可能性もそれなりにある状況で、別になにか高い試薬などを使うわけでは ないので、最悪まったく使えないデータだったとしても、全く問題ないはずだった。

  それでも奴はちゃんとした溶液を作って、チェックしてから やるべきだとぬかしやがった。

いつもどおりに私もキレかけていて、

じゃあ3日間遊んでればよかったのかよ!

といった。

そうすると奴は、
遊んでいるか、勉強したりしているかは君の考え方の問題だが実験をする事はなかった といった。

さらに奴は、
僕は君に実験をしろなどとは一言もいってないだろう
とまでぬかしやがった。

私の記憶が確かなら
(すくなくとも、自分の都合のいいように変わる奴の記憶よりは、絶対にまし)
  奴は次の次におこなう実験をするために、新しい溶液が できるまでに、次の実験を何とかしておかなければいけない といったはずだった。

  でも奴はそれを真っ向から否定。そんなことは絶対にいっていない といい、全くみとめないく、君がかってに勘違いをしたんだ、 とまで言いきりやがった。

  またキレそうになりながらなんとか奴に言い返す、

  お前なー、この研究室で3日間遊んでいていいような状態にあるのに、 わざわざ誰が好き好んで勝手に実験なんてやるんだよ!

どう考えてもお前の指示以外ありえないだろうが!

それに別にこの実験をやったからといって、なにか不都合が起きたわけ でもなく、それどころかうまくいけば3日間の時間の節約にもなるかもしれ ないのに、なんで怒られなければならないんだよ!


  これらの言葉をいつもどうりに巧みに言いまわしを変えていった。
  でも奴は自分が実験をしろというようなことを絶対に指示していないと 言いきった。
  さらにそれでも新しい溶液ができてから、実験をおこなうべきだと ぬかした。

  幸いな事に、奴のいい方が怒り口調ではなくなったので、私もすぎた事だし どうでもいいので、適当に今後の実験の話をしてディスカッションらしきものは 終わった。

  それにしても、奴と私の考え方の違いが今回も大きくでた。
奴はまだ私のことを学生であると勘違いしているようだ。
(本当はいろんなあやまちが重なった上に、この状況にいる かわいそうな、奴が名声を得るためにおこなわせる強制労働を する駒)
  そして奴の考え方はまさに大学でしか通用しない。

  大学なら実験に期限があるわけでもなく、成果が出なくても そんなに困らない。
そうすると私の考え方は奴とは全く逆になる。

  とにかく時間をできるだけ無駄にしないように、できる事を 1つでも多くやっておく、時間が節約できる可能性があれば 無駄になるかもしれないけれども、やってみるという考えだ。

  奴はしょせん大学でしか研究をした事がなく、しかもそれが 30年以上も続いているから、あんな考え方になってしまうんだろう。

  どこの会社が、やる事ができないから3日間遊んでいるなんて 言うことを許すんだ。
  会社でまかされて個人で研究をしているにしても そんなゆっくりやってたら、即効クビになるって。


  また、このディスカッションの後に、古い溶液と新しく作った溶液を 比較する事になった。
  この比較のために機械を2つ
(2つあるので1つを機械A、もう1つを機械Bとする)
使わなければいけなくなった。

  はじめの日に機械Aの調子が悪かったが、なんとかもち直した。
このときは機械Bの調子は絶好調だった。でも機械Aのせいでデータは取れなかった。

  次の日、機械Aの調子は絶好調だった。だが今度は機械Bの調子が最低だった。 どの程度最低かというと、先に書いたように前に古い溶液の方を使える状態である事を チェックした。
  このときも機械A,Bを使ったのだが、今回の機械Aのデータは前のときと 全く同じなのだが、機械Bの方がかなり違う。
  このデータは必ず同じになるはずなので、このままでは絶対にまずい、機械Bが 壊れている事になってしまう。
  前にも書いたが、奴は機械が壊れると理由のいかんに問わず、間違いなくキレる。
そして奴がキレると私もキレる、そして・・・。

  事態が好転するのを期待して、とりあえず次の日にとる事にする。
(この機械に1日おいただけで修復する、自己再生能力があるかどうかは疑問ではあるが・・・)

  次の日、もう一度機械Bでデータを取ってみる。昨日と同様の結果が出る。
なぜ調子が悪くなったのかもわからないので、修復のしようがない。
しかも1日で取れるデータを3日もかけているのでいいかげんやばい。

  結局、もうどうにもならないので自首する(ディスカッションにいく)ことに した。

  奴にデータを見せて、事態を伝える。
  奴の感想は
それは問題ないだろう、
  「問題ないですか?」
  『うっそー、問題なし? ラッキー!』

たまたまデータが少しおかしく出ているだけだ、
  「たしかにチョット違うだけですけど」
  『たしかにデータの値はちょっとしか違わないけど、結果としては決定的に違うんだけどね』

その理由もたぶん君の操作の問題から、君がうまくなれば元に戻るだろう

  「そうですかねー」
  『この状態じゃあ、絶対にもとに戻らないと思うけど』

  「じゃあ問題ないですかね」
  『絶対だめだよー、でもこの実験以降、私が機械Bを使う事はたぶん2度とないし どうでもいいか』

ああ、機械Bのデータは前の正しく取れていたデータを使って比較すれば、全く問題ないから 、古い溶液と新しい溶液は同じ物としていい。
  「それでは、これでこの実験はOKということで」
  『ラッキー、ラッキー! 絶対、機械B調子悪いのにおとがめなしじゃん、しかも 機械Bの調子を元に戻せとも言われてない! もはやこれは奇跡だ!』

これからは機械Aでデータを取っていけばいい。

  「では機械Aでとります」
  『機械Bは私は2度と使うつもりないから、あと機械Bが調子が悪かったという ようなバカな事をほざいた奴がいたかもしれませんが、それはまったく気のせいですので あしからず、もし勘違いで覚えていても、私もすぐに忘れる(忘れた)から、君も早く忘れてくれ』

  このように奴の勘違いもたまーーーーに、やくに立つ事もある。
おかげで今回は助かった。

  それにしても、これはもはやディスカッションとは絶対に呼べない物だ。
私の場合、ディスカッションは奴の考えをコントロールして有利な条件を導き出す交渉の場、
または 奴が私に都合のいい勘違いをしたときに、自分の考えを一切言わずに納得した フリをする演技の場であるといえる。

  この研究室で社会に出て唯一役に立つであろうと思われるのは、このように1対1での話し合いのときに 、場数を踏んでいて
(卒業までに少なくとも7,80回はおこなう)
話し合いにほとんどならないような相手
(奴以上に話し合いにならない相手は世の中そうはいない)
とそれなりに、話すことができるようになり、相手の意見をうまくコントロールして 自分の意見にすりかえる技術が身につくということだろう。