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2005年01月31日

ワラスのカーニバル

1月18日からワラスはカーニバル期間でした。

私がワラスについたのが1月19日でちょうどカーニバルが始まったところでした。

さてこのカーニバルですが、
毎日どこかでイベントがあるとかそういうことはなく、
本当にカーニバルの期間なの?というぐらいです。

ただこのカーニバルを唯一実感させてくれるのが、

水かけ

えー、なぜだかさっぱりわからないですが、
カーニバルの期間は人に水をかけてよいことになっているそうです。

道を歩いているとどこからともなく水風船が飛んできまーす、
もちろん水風船はあたると割れて濡れまーす。

さすがにあちらこちらで山ほど水風船が飛んでいるということはないです、
メインストリートとか繁華街のあたりではほとんど飛んでいません、
でも下町の方に行くとよく飛んでいます。

そしてこの水風船攻撃ですが、
一応ある一定の暗黙の了解みたいなルールらしきものがあるみたいです。


ルール1 年齢制限
おじいちゃん、おばあちゃんは当然として、大人と呼ばれる年齢の人(5歳以上の子供がいるぐらい)は攻撃の対象外

ルール2 異性を狙う
男なら女、女なら男というようになり、同姓は攻撃の対象外

ルール3 時間制限
だいたい昼過ぎから夕日になるぐらいまで攻撃可の時間
(これ以外の時間はちょっと寒いので水に当たるときついからかな)

あとは無差別でOK
というとんでもないもの。

全体の数としては圧倒的に男の方がバカみたいにはしゃいでやっています、
ということでその攻撃対象になる女性は本当にいい迷惑をうけているという感じです。


女性でもやっているひともいます、
ただやり方が男とはかなり違います。

男の場合は普通に手に水風船を持って歩いています、
そして特に知り合いの女性とかを見つけるとそれを投げつけます。

これに対して女性の場合は、
家の2階とかから道路を歩いている人に無差別で投げてきます。
投げ返したくても窓とか閉めてしまうためにできないという感じです。

やるならやるで堂々とやってほしいものです。


話を戻すと、私がワラスについたのが1月19日でカーニバル2日目、
まさに真っ盛りという感じのとき。

午前5時についてとりあえずホテルを探して昼まで寝ていて、
暇なので近くにある温泉に行こうとコレクティーボ(乗り合いバス)をさがしてあるいていました。

聞いた話によるとこの道を通っているはず、
ということでちょっと立ち止まってまっていたら

ベチャ!

頭直撃です!

振り返っても人はいなく、
ちょっと上を見ると2階の窓から女性が2人顔をだして笑ってました。

バカがバカ同士で勝手にやるのはいいけどそれに巻き込むなよ!

こっちはもう28歳にもなろうかという大人だぞ!

若作りがいけないのかな?
まあ日本人の中では全然若作りではないけど、
そもそも南米人とくらべると日本人自体が若く見える。

しかし17、8の小娘にバカにされているわけにもいかない。

ただ私は水風船を持っていないのでー、
代わりといっては何だけどー、

ビンのコーラでいいな!

できればビンのビールの方が破壊力があってよさそうなのだが、
ちょっとお値段が5倍ぐらいするのでここは数で勝負ということでビンのコーラ。

ファンタオレンジもいい色しているからよさそうだなー。

ちょうど近くの屋台で売っていることだしー、

窓ガラスごと割ってやる!

あとは部屋の掃除でもしておけ!


ちょっとだけ頭によぎったけど、
まあ水風船1つだとたいしたことないので勘弁してあげました。

でもジーンズの右のポケットにデジカメとパスポートが入っていたから、
ここにあたっていたらやっていたか、玄関のドアけってなかにはいっていたかな。

ガンつけて日本語で大声で文句を言ったらそそくさと窓を閉めて隠れてしまいました。

幸い日差しがきつくて乾燥しているので30分もすれば何事もなかったかのように乾いていた。

でもこのカーニバルの期間が実は2週間もあった、
こいつら2週間もこんなバカなことしているのか?

そんなことしている暇があったら英語の1つでもおぼえろ!
だからバカが多いんだよ!


さて数日後の1月23日日曜日、
この日ははじめてカーニバルらしいことがおこなわれ、
パレードみたいなものがお昼ごろからやっていました。

ただこのパレードもほんのおまけみたいなもので、
そのちかくではまた水かけがおこなわれていました。

しかもこの日はよりダイナミックでバケツで水かけてました。
バケツはペンキを入れるようなちょっと小さめのもので、
持ち運びが便利なものをつかっているようです。

当然そのほとんどが男でこの日は集団で行動していました、
ということで道を歩いている女性で一度ターゲットになると、
集団で囲まれて5,6杯のバケツを頭からかけられてました。

かけられたあとは、
海で遭難したんですか?
というぐらいびしょびしょでした。

それがひたすら繰り返されていました。

この日に女性が表を歩くということ自体が濡れることを覚悟しているというぐらい見たいです、
間違いなく50%以上の女性がなんらかしらで濡れていました。


パレードが終盤に近づくと水かけはさらにヒートアップ、
最後の方になると走りながらパレードを見ている人に無差別に水をかけ出していました。

その中にはもちろんおじいちゃん、おばあちゃんとかかなり小さい子供とかもいます、
パレードをしている人たちにもかかったりしています。

さすがにこいつらいくらなんでもやりすぎだろう、
と思っていたらパレードの最後尾に並んでいて参加したいのか後進してきました。

でも警官がパレードには入らないようにと一列に並んでとめたら、
こいつら警官にまでかけだしました。

あたりまえですが警官めちゃ怒って、
警防でかけてた奴らに手当たり次第に殴ってました。

仕事でやってるしかも大人にまでかけたらそれはあたりまえ、
手錠とかかけられてる奴もいました。

こんな限度を知らないバカな奴らは遠慮しないで2,3発撃っておけばいいのに、
ペルーならOKじゃないの?

どこの国でも常識知らずのバカはいるんだなー、
集団になるとなんでもやっていいと思うのが本当にバカだと思った一日でした。

どうもペルーでは全体的にこの時期がカーニバルにあたり、
水をかけてもいいようです。

田舎のほうにいけばいくほど、
より盛大に水をかけあっているようです。
(都会ではさめていてほとんどやっていません)

この時期に女性がペルーを旅するのは水ぬれ覚悟でいかないと無理みたいです。
(男は濡れても水風船なので全然たいしたことないです)

投稿者 nabe : 20:56 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月29日

ついにきた!

1月21日、早朝5:00。

前日は世界遺産でもあるワスカラン国立公園へいく1日ツアーに参加していた。

ガイドがスペイン語オンリーというつらい状況の中で、
たまたま隣に座った現地人が英語が話せていろいろ細かく説明をしてくれた。

私専用の専属ガイド付きとは今日はラッキーだなと思っていた、
この人はウンベルトという43歳の学校の教師、
写真を撮ってもらったり、お昼を一緒に食べたりといろいろ話も聞けてかなり良かった。

ただワスカラン国立公園でインディヘナの露天があり、
ジャガイモとリンゴをすりつぶしてなんかの香辛料を入れた怪しげなホットジュースをおごってもらった。

味は甘くておいしかった。


そして次の日の早朝5:00、
猛烈な腹痛と共に目が覚める。

すぐにトイレに行くととんでもない下痢、
しかもそれがトイレに行ったばっかりなのにまたすぐ腹が痛くなり、
10~15分おきにトイレに行くというのを繰り返すこと2時間。

ついに南米の下痢がきたか?


旅が始まって1週間ぐらいのときも下痢があったが、
あれは体調不良から来るものだった。

今回のは完全な下痢、
南米では誰もが必ず一度はかかるらしいので通り道みたいな感じらしい、
そしてそれはすごいものとは聞いていたが、
まさかこれほどとは・・・。

はじめの2,3回まではトイレに行ってもまだ物が出ていた、
でもそれ以降はひたすら水が出るようなもの、
でもその勢いは何回行っても衰えることなくどんどん出て行く。

たぶんこの2時間で2kgぐらいやせたんじゃないだろうか?

午前7時を過ぎるとちょっとだけ周期が伸びて30分おきぐらいになった、
もちろん正露丸は午前5時の時点ですぐに飲んでおいたけど、
やはり南米の下痢にはそんなに効果がないのかな?
(まあ飲んですぐきくわけでもないだろうけど)

幸いだったのはいつもはトイレが部屋についていないところに泊まっているのに、
今回はたまたまついている部屋でしかも綺麗で良いところだった。


実はこの日は午前8時半からまた別の1日ツアーがすでに入っている、
でもいくらなんでもこの状態では無理、
午前8時半になんとかホテルの下まで降りていく、
立っているだけでもつらいぐらい。

9時過ぎにツアーバスがピックアップに来たので、
今日は腹が痛くていけない、
なんとか明日に変更してもらえないか?
というと、
別にいいよとのことだった。

最悪はお金を取られてそのままツアーにもいけないかもと思っていたので、
不幸中の幸い。

あとはひたすらホテルの部屋でぐったりしながら寝る。

午前10時をすぎるとだいぶ調子が戻ってきてトイレにもあまり行かなくなった、
でも動く気にはならないのでひたすら寝る。

午後12時を過ぎると、
とりあえず腹痛は治ってトイレにもまったく行かなくなる。

前の下痢のときにはいっぱい食事をして失敗したので、
お腹はすいたけど食事をしないでひたすら寝る。

午後6時過ぎ、
午後からは一回もトイレに行っていない、
買出しのために外に出るがやはり歩くと体調が悪くてつらい。
30分ぐらいで戻ってきてぐったりする。

結局この日はほとんど何もすることなくすごした、
でも次の日にはしっかり体調が直って下痢もなくなり、
普通に1日ツアーに参加できてた。


南米の下痢は瞬間的にすごいみたいです、
なったらとてもじゃないけど観光とかは無理です、
でも1日安静にしていれば持続はしないみたいですぐ直ります。
(個人差があるのかな?)

南米名物?らしいので南米に行ったら一回はかかっておかないと、
というものです。


事前に用意するもの
正露丸
トイレットペーパー1巻き(かなり使います、途中で切れると大変)
丸1日の空き時間


かかり方
フルーツ系が一番良く効くといわれています。
その辺の屋台の不衛生な水で作ったフルーツジュースはかなり効果的です。

あとは生系ものも良いらしいです。
これも屋台がお勧めです。


南米名物の下痢、ぜひ一度お試しを!

投稿者 nabe : 18:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月26日

Weblogは旅行速報に

あきらかにHPの更新が追いつかないのが確定的な今日この頃。

無理なものは無理とあきらめて更新の仕方を変えました。

ということで、最近もいくつかお試しで書いていたけど、
これからはWeblogに最新の出来事をのせることにしました。

(だってどう考えてもおいつくの無理なんだもん・・・。)

投稿者 nabe : 23:48 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月23日

臨時ニュース!

番組の途中ですがここで臨時ニュースをお伝えします。

つい先ほど南米のペルーで緊急事態が起きた模様です。
現地の様子を音声でお伝えします。


「こちら南米のペルーです、
今朝、カハマルカからトルヒーヨに向かうバスの中で犯行はおこなわれたようです。
直接被害にあわれた現地を旅行中の邦人男性にインタビューをしてみたいと思います。」

「このたびは大変な目にあわれたということですが、どんな状況だったんですか?」

『普通の南米のバスで朝8時に珍しく定刻に出発したんです、
それがまさかあんなことになるとは・・・』

「お気を確かに、
思い出したくもないことだとは思いますが、
今後の犯行を防ぐという意味でもお話願いませんか?」

『ただあまりの出来事にまだ信じられなくて』

「落ち着いてから話していただければいいですから」

『もう大丈夫です、
朝8時にカハマルカを出発したバスはトルヒーヨに向けて山道を走っていました。
この日は月曜日ではありましたけどバスは満員で、
理由はわかりませんが特にお子さんを連れた母親がバスの席の半分を占めていました。『』

「それでいつごろ犯行はおこなわれたんですか?」

『午前9時ごろだったと思います、
通路を挟んだ反対側の席にも10歳ぐらいのかわいらしい女の子が座っていたんです。
この子は出発してから30分ぐらいは景色やバスで上映している映画見たりして落ち着かなかったんですが、
そのあとはすやすやと眠っていました。
それが午前9時ごろになると突然目を覚ましてなぜか私の方を見ているんです』

「あなたの方を?」

『はい、3分ぐらいずっと見られてました』

「それは犯行の予告だったとは考えられませんか?」

『いえ、別にそのときはおかしなそぶりは一切ありませんでしたから』

「確かにあなたを見ていたんですね?」

『そういわれてしまうと、
私もじっと見つめ返していたわけでもありませんので、
こっちを向いていたとしかいえないんですが』

「それでその後に犯行がおこなわれたんですか?」

『はい、それは突然でした。
私を見ていた女の子が下を向いたかと思ったら

ゲロゲロゲロ!』

「いきなりですか!」

『はい、それも超直下型のゲロでした!
10歳の子供とは思えないほどのダイナミックなものです!』

「直下型ですか!
もしかしてそのときに袋とかは・・・」

『まったくしていないんです!
普通にそのまま通路にぼたぼたと落ちてました!
1人じゃないんだから普通だったら気分が悪くなったら母親とかに言うと思いませんか!』

「そうですね、
でも母親はいなかったんじゃないんですか?」

『いましたよ!
その女の子の隣の窓側の席に座ってたんです!
寝ていたんですけど音で気づいたのか起きて少女の方を見て、

何事もなかったかのようにまた寝たんです!』

「それは気づかなかったというわけでは?」

『そんなわけありません!
女の子の犯行は3回にわたっていてはじめの2回は1分おきぐらいだったんですが、
最後の1回は3分ぐらい間を空けてからまたやったんです!
むせてもいたし、すごい音だったんです、絶対気づいてますよ!

あの女、見なかったことにしやがったんだ!』

「どうか落ち着いてください、
お気持ちはわかりますが、一応インタビューなので・・・」

『すいません、取り乱してしまって。
ただあまりにもひどい出来事だったもので・・・』

「大変でしたね、
もしもうお話になりたくなければ、これでインタビューを終わらせてもいいんですが?」

『いえ、大丈夫です。
続けてください。
もう私のような被害者を出さないためにも皆さんに知っておいてもらいたいんです』

「わかりました、
それでそのあとはどうなったんですか?」

『女の子がやっと落ち着いたみたいで、
背もたれにもたれかかってぐったりしていました、
すると母親がまたおきてきて少女にティッシュペーパーを渡したんです』

「それでどうなりました?」

『あの女!
良くできましたね、
見たいな感じで頭をなでなでしてまた寝やがったんです!』

「それでは通路の方は?」

『海ですよ、ゲロの海!』

「それをそのままですか!」

『そうですよ!
いくら南米だからって許されるわけないですよ!』

「そ、それでその海はまさかあなたの方に・・・」

『さ、さ、坂を、山道でずっと坂を下っていたんです。
だから海は前に流れて入ったんです。
でも山道なんでカーブも多くて右へ左へと曲がるんで、
カーブで、わ、私の方にも向かってきました・・・』

「それでそのまま?」

『でもこのバスは通路と座席の間に5mmぐらいのレールのような淵があったんです。
普通はこんなのないんですよ、それがたまたまこのバスにはあって』

「それで一命を取り留めたんですね?」

『はい、奇跡としか言いようがなかったです。
あの量のゲロの海をあんな細い淵でふせげるとは思っても見なかったですから、
ずっと下り坂だったのも幸いでした。』

「それでそのあとは?」

『誰が床をふくでもなく、
バスの乗員を呼んでくるわけでもなく、
そのまま海がまんべんなく広がってマットにしみこんでいくのを待ってましたよ』

「信じられないですね、
まさかそんなことが起きるなんて。
南米といえばバス社会ですよね、
バスで8時間とかの移動は当たり前の社会ですよね」

『そうなんですよ!
日本の小学校の社会見学でちょっとバス乗って酔っちゃったなんていうのとはわけが違うはずなんです!
カハマルカにいるということはここまでバスで着ているはずですし。』

「それが直下型のゲロを?」

『そうですよ!
それもバスが走り出してたったの1時間ですよ?
こんな子がどうやって南米で生きていくんですか!

「まさに未曾有の大惨事ですね、
でも奇跡的に無傷ですんだのは幸いでしたね」

『違うんです』

「違う?違うというと何が?」

『いやな予感はしていたんですよ、
だってまだ走り出して1時間じゃないですか?
このバスは6時間ぐらい走るんですよ?』

「それはもしかして・・・」

『最初の犯行から40分ぐらいたったころです、
やっと海もすこし落ち着いてきて、
まだまだぬれてましたけどこれ以上の被害はないというぐらいでした。
それで安心して寝ようと思ったんです。
そしたらまた女の子が突然起きてこっちを見ているじゃないですか!』

「またあなたの方を?」

『そうです!
今度は気づいたときにはもう犯行が始まっていて

ゲロゲロゲロ!』

「またですか?」

『はい、2回目ですよ!
信じられますか?
それも手には誰かが渡したのかビニール袋を持ってたんですよ!
それなのにまた床への直下型ゲロですよ!

今度はさすがに胃の中のものは1回目ですべて出し尽くしたようで、
すべて胃液でしたよ、
でも量は1回目に勝るとも劣らない信じられない量でしたよ!』

「2回目で1回目と同じ量を?」

『そうです。
それも10歳ぐらいの子供がですよ!』

「そんなことができるものなんですか?」

『私だって信じられませんよ!
でも実際に目の前で起きたんです!』

「すいません、別に信じないというわけではないんです。
ただあまりに常軌を逸した出来事でにわかには信じられなくて。」

『いえ、こちらこそすいません、
つい大きな声を出してしまって。』

「それでさすがに2回目は何らかの処置は?」

『一切なかったです、
2回目にいたっては母親も起きてチラッと見て、
もうしょうがないわね、といった感じで子供を無視してそのまま寝てました。』

「2回目なのにですか?」

『そうです、
そして2回目なのですでに1回目でマットはびしょびしょにぬれているためにマットが吸収できなくて、

通路はずっとゲロの海ですよ!』

「それは水溜りがそのまま残っているということでいいんですね?」

『そうですよ、
1回目のとあわせてすごい異臭ですよ!
その発生源に私は座ってるんです!』

「今回はさすがに被害は防げなかったんでしょうね」

『いえ、また下り坂をずっと下っていたので、
また前の方へと流れていきました。
前の方の人はたくさんの方が被害にあわれてました。
でも私は奇跡的にまた無傷でした。』

「まさに奇跡としか言いようのない出来事ですね」

『でもまだ1時間40分で2回じゃないですか?
このままだとこの子はトルヒーヨにつくまでの6時間の間にあと何回犯行を繰り返すんだ?
と思うと、

母親が殺らないなら、私が殺るか?見たいな感じで、
ちょっと首を絞めて気絶させてやろうかと思いましたよ、
さすがに気絶してればはかないじゃないですか?』

「そうですねー、それは正当防衛が認められるケースですし、
もちろん殺ったんですよね?」

『すごく悩んだんです、
母親がまったくの無関心主義で周りのみんなが被害を受けているじゃないですか、
犯行を繰り返す女の子のすぐとなりに座っている私が殺るしかないだろう、
周りの皆さんもそんな視線で私を見てましたよ、たぶん。
でも女の子も泣いていて・・・

私にはできなかったんです!』

「それではまた犯行が繰り返されたと?」

『いえ、それがさすがにこれ以上の犯行は、
いくら未成年とはいえ実刑が確実じゃないですか、
それを察してか犯行は繰り返されなかったです』

「なんとか2回ですんだんですね」

『でもそのあとは大変でしたよ、
異臭がすごくて外はまだ標高が高くて寒いのに皆さん窓全開ですよ!
バスはものすごいスピードで走っているので風がびゅんびゅん入ってきて、
寒くて他の子供とかは泣き出してましたよ!』

「まさに地獄絵図といった感じですね」

『思い出すだけでも恐ろしいです、
他にバスが走っていたら途中で降りてお金を払ってでもバスを変えましたよ、
でも田舎な路線なので他にバスはなくて・・・』

「6時間そのままですか?」

『そうです・・・、
でもそのうち慣れましたよ、
あと3時間ぐらいしたらさすがにしみこんでかなり乾いていましたし。』

「それでその親子は最終的にはどうなったんですか?」

『誰に謝るわけでもなく、
何事もなかったかのように去っていきましたよ、
女の子にいたってはそれまでが嘘のようにはしゃいでおりていきましたよ。
あの光景を見たときは、

ああ、やっぱり殺っておかなくちゃいけなかったなと本気で後悔しましたよ。』

「とにかく無事であったのは幸いでしたね、
まだこれからも旅を続けるんですよね、
十分に注意してくださいね」

『はい、わかってます。

もうガキの隣には座りません!

あと次ぎ同じようなことが起きたら

ためらうことなく殺ります!』

「そうですね、殺らなければ殺られますよ!
皆さんも同じような被害にあいそうになったら、殺りましょう。
正当防衛ですので最悪本当に殺しちゃっても大丈夫です!
自分だけではなく他の人にも被害が広がるのでできる限り犯行がおこなわれる前に殺りましょう。

ペルーからのインタビューは以上です、日本のスタジオにお返しします」


「皆さんも南米でバス旅行をされることがありましたら十分に注意してくださいね。
南米の親子は容赦ないですよ!

以上、
臨時ニュース、ペルーから『密室バスでの恐怖のゲロはき娘の犯行』のインタビューでしたでした。」


投稿者 nabe : 17:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月18日

南米で温泉に入ろう! in カハマルカ

1月15日、朝5時45にチクラヨのホテルを出る、
今までにない記録的な早出、
まだ外は暗い。

すぐにタクシーをつかまえてバス会社のオフィスへと向かう。
5分ぐらいでついてさっそくバスのチケットを買う。

午前6時15分発のカハマルカ(Cajamarca)行き、
距離250km、移動時間5時間ぐらいで15ソル(約500円)、
バスは普通に遅れて6時半に出発する。

またとんでもない山道で右へ左へ揺られること5時間半、
午後12時過ぎにカハマルカに到着する。

ここは標高2700mとまたかなりの高地、
チクラヨは標高100mぐらいなのでまた息が上がりやすくなる。

おりたらすぐにタクシーが来たのですぐに乗ってカハマルカの中心地にいく、
タクシーの運転手が安いホテルの前に止めてくれたのでそのままそこに泊まることにする。

1泊15ソル、
安いだけありまあそれなりの部屋、
でも値段の割には私には快適だった。

この日は土曜日だったので今日中に町を観光しておかないと、
明日は日曜日であいていなくなってしまうかもしれない。

いそいで町へと出る、
ここはインカ帝国最後の皇帝アタワルパがスペイン人征服者に捕まったところとして有名な場所。

つかまったときに幽閉された建物がいまだに残っているのでそれをみる、
まあでも特に何があるわけでもなくただの古い小さい建物。

ただ金銀財宝をこのラインまで集めたら開放してと約束したラインをさす印だけがあった。

集めたらしいけど、
アタワルパはあっさりスペイン人に処刑されたらしいです。

他にもサンフランシスコ教会とかカテドラル(大聖堂)などをまわる。

しかしこんなものはこのカハマルカではタダのおまけ、
まあ近くにあるから見ておく?というぐらいのもの。


ここに来た目的は

温泉に入ること!

しかもその温泉の名前は

「Banos del Inca」

インカの温泉!

まさにインカ帝国ペルーにふさわしい名前の温泉。

これのために6時間近くもかけてこんな山奥までやってきた。


さっそくホテルに戻って温泉に行く準備、
ここは標高が高いために夏でも日中は25℃ぐらいにしかならない、
すでに15時過ぎなので日も傾き始めて少し涼しいぐらい。

でも、私は温泉にいくので

Tシャツ1枚に半ズボン、サンダルです!

他の人はもちろんジーンズとかで上着を着ていてスニーカーとかです。

手にはスーパーのビニール袋を持っていて、
その中にはタオル、石鹸、シャンプーがはいっていて、
袋が半透明なので透けています。

完全に温泉まっしぐらな格好、
周りからかなり浮いた場違いな格好でもある。

全然お構いなしに外へでる、
この温泉はカハマルカからは7kmぐらいはなれているので、
コレクティーボという乗り合いバスに乗る。

とはいえ実際にはバスではなく、
日本のトヨタ「ハイエースバン」を席とかを改造していっぱい乗れるようにしたもの、
本当は8人乗りぐらいなんだろうけど、
乗ってるときは20人ぐらい乗ってる。

通りにいっぱい走っているのでそれをとめて、
「Banos del Inca?」
と客引きに聞いてから乗る。

実際にはこのバンのフロントガラスにBanos del Incaとおおきく書いてあるので絶対にいくのだが、
行ったことないところだからどこで降りればいいのかわからない。

そこで乗るときにこのようにいっておくと着いたらここでおりろと教えてくれる。


はずだったのに、
なぜかコレクティーボは最後は私だけになり変なところでとまる、
客引きにここがインカの温泉か?ときくと、
インカの温泉?もう通り過ぎたといわれた。

おまえ、インカの温泉ってのるときにいっただろ!

この格好をみろ!
どう考えてもこんな薄着でちょっとその辺に遊びにいくなんてもんじゃないだろ!

ビニール袋からタオルと石鹸透けて見えるだろ!

といいたかったがそんなスペイン語が話せるわけもない、
どうせこのコレクティーボはまたカハマルカに戻るのでそのまま居座る。

また走り出して5分ぐらいで今度はインカの温泉と教えてくれたのでおりる。

まあたまにはこんなこともあります、
でもほとんどの人はちゃんと教えてくれるので大丈夫です。


おりたところはすでに白い湯気が向こうのほうに見えた、

ああ、温泉だー!

と喜び勇んでいってなんかゲートがあって入ろうとしたらセキュリティーにとめられる。

チケットは?といわれて、
そんなものないぞ、どこで買うんだ?
ときくとあっちといわれて大きく迂回してそこまで行く。
(どうもここは出口専用だったみたい)

ここは個室温泉でチケットは3,4,5ソルの3種類があった。
4ソルのものはツーリストと書いてあったので、
ツーリストな私はそれを買う。

中に入って先に見た白い湯気がモクモクと立っていた湯畑みたいなところを通る、
源泉はかなり暑いお湯のようだ、
そしてきれいな建物の中に入っていく。

さてこのあとどうすればいいんだろうか?
チケットには特に何も書いていないんだけど?

困ったときはとにかく人に見せること、
近くに掃除の人がいたので見せてみると、
どうもこれが正解だったようでこの人が個室の風呂の掃除を始めた。

3分ぐらいで終わってさあどうぞという感じでおじさんは出て行った。

部屋は3畳ぐらいで狭いけどまあ一人ならまったく問題ない、
浴槽も1.5m×1.5mぐらいで深さは1mぐらいあった。

温泉はじゃんじゃかパイプから吐き出されていた。

さっそく湯船の栓をしてお湯をためる、
しかしこのお湯がめちゃくちゃ熱い。

ちょっと足をつけてみたらやけどしそうなぐらい、
おじいちゃんの一番風呂じゃないんだからこんな熱いの入れん!

よく考えるとたっぷりためてしまったらさめるまで永遠まっていなくてはいけない、
それよりもちょっとだけためてさまして入りながらお湯を足していこうと、
温泉のレバーのバルブを閉める。

でもさっぱりとまりません、
少しは弱くなったような気がするけどあんまり変わらない。

さすが南米、
バルブも壊れているのか、
温泉はタダだから流しっぱなしか?

と感心している場合ではない、
これじゃあ永遠熱くては入れない!

ペルー人はこの温度に耐えれるのか?

でもこれはちょっと人間の限界を超えている気がするが・・・。

どうしようかと思っていると、
なんか温泉がさらに熱くなっていることに気づく、
さらに熱くなってどうするんだよこいつ!

と思いながらも、
もしかして?
とバルブのところを覗き込んでみるとおくにもう1つ大きいバルブがあった。

それを閉めると温泉がでるのが止まった。

じゃあはじめのバルブを開けると?
とやってみると冷たい水が出てきた。

どうやらこの2つのバルブで調整するようだ、
そんなのわかんないぞ、説明してくれよ!

(スペイン語で言葉だけで説明されたところで理解できたかどうかはおいておいて・・・。)

2つのバルブを調整してやっと快適な温度になり、
温泉に入ることができた。

ここは無色透明無臭の温泉、
熱さも自分で調整できるのでかなり快適。


歴史によるとインカ帝国最後の皇帝アタワルパは、
このインカの温泉に入っているときに捕まったらしい。

そりゃこれだけいいお湯だったら、
皇帝もうっかり捕まっちゃうよ。

などと思いながらはいる。

いままではずっとシャワーのみだったのでお湯につかるのは本当に久しぶり、
旅の疲れも癒える癒える。

さてじゃあ体でも洗おうかなと思ったが、
ここには桶とか他に蛇口とかがさっぱりない。

一応浴槽以外に別に床に排水溝があったので、
しょうがないのでもってきていたペットボトルの水を飲みきって、
それで水を汲みながら体を洗う。

頭はこれじゃあめんどくさいので洗うのはやめた。

あんまりにもいい湯だったのでひたすら入る、
これって時間制限とかないのかなーと思っていたら、
1時間ぐらいしたらドアをガンガンたたかれた。

いい加減にでろよ、お前!

ということのようだ。
さすがに入りすぎて疲れてしまったぐらいだったのででる。

またコレクティーボに乗ってホテルに戻る。

ちょっと入りすぎて湯あたりしてしまったようで、
ホテルに戻ったらぐったりしていた。
(2700mの高地についたばっかりで入りすぎたのもいけないのかな)


次の日、
この日は朝からツアーに参加してインカの遺跡を見に行く、
9時半の予定なのにちょっとまってといわれて待つこと1時間、
いつもどおりに遅れてツアーはスタートする。

しかしこのツアーはかなりハードだった、
あんまり何も考えないで参加したのだが、
実は標高3500m以上の高地をひたすら歩きまくるというとんでもないものだった。

富士山の山頂付近でなんでトレッキングなんかしなくちゃいけないんだよー、

空気薄くて頭痛いんだよ!

ぶつぶつ文句を言いながらも2時間半も歩く、
景色は確かに良かったけど寒かったし、息はすぐ上がるしきつかった。

気圧660hPaとかしかなかったからなー。

死にそうになりながらやっとカハマルカに戻ってくる、
こんなときはインカの温泉!

またコレクティーボに乗って温泉まで行く。

今日もツーリストのチケットを買ってはいる、
昨日の失敗を踏まえて

「正しいインカの温泉の入り方」

お湯をためる前に、
温泉をじゃんじゃん流して、
そのパイプからでる温泉をそのまま使って湯船の中で頭と体を洗う。

それが終わってから湯船にお湯をためる。

これで桶とか何もなくてもちゃんと頭と体が洗えます。

今日はちょっとぬる目のお湯でずっと肩まで浸かって入っていた。

でも昨日は入りすぎて逆に調子悪くなったので、
50分ぐらいで追い出される前にでる。

やっぱり日本人には温泉が一番です、
旅の疲れも一気に吹き飛びます。

現地人もたくさん入りにきていて結構混んでいます、
とくに一番安い3ソルは家族連れがいっぱいで並んでいるので、
ツーリストはケチらずに4ソル出した方がいいです、
こっちは比較的すいていて待たずには入れます。
(ただ夕方からは混むみたい)


予定では次の南米の温泉は、
ペルーのワラスという高原の町の近くにあるモンテレイという温泉になるかな。

これからトルヒーヨにいき、その次がワラスなのでまたすぐ温泉に入れる予定。

日本人としては南米の温泉に手当たりしだい入ってやらなければ!

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2005年01月14日

南米国境越えバスの旅 part2

1月11日(火)に1ヶ月いたエクアドルからペルーへと移動しました。

1月11日はエクアドルのクエンカという町にいて、
ここには大きいバスターミナルがあり、
他のところで調べた情報によると、
南へ200kmいったところにあるロハ(Loja)という町から、
ペルーのピウラ(Piura)という町まで国際バスが出ているとのこと。
(なぜか国際バスはほとんど運行されているところはないので貴重)

現地で詳しく聞いてみると、
ちょうどこの国際バスを運行している会社がこのクエンカからロハへも運行していた。

それによると午後5時にクエンカを出ると午後9時半にはロハにつくので、
ロハから午後10時半に国際バスが出るので間に合う。

最終目的地はペルーのチクラヨという町で、

クエンカ-ロハ 4時間半
1時間待ちの後
ロハ-ピウラ(ペルー) たぶん10時間ぐらい
ピウラ-チクラヨ たぶん4時間ぐらい

計算してみると合計で20時間近いかなりの長旅、
まあきついがかかるものはしょうがない。


ということで1月11日の午後4時ぐらいにクエンカのバスターミナルへ行き、
チケットを買おうとするとここではロハまでしか売っていない、
国際バスはロハでかってとのことだったのでロハまでのチケットを買う。(6ドルもした、高い!)

そしてバスに揺られること4時間半、
このルートはすごい山岳ルートで右へ左へとグネグネ曲がり、
標高3500mまでいったかと思ったら30分後には1500mまでおりていたりと、かなりハードな旅。

バスは予定通り午後9時半にロハのバスターミナルにつきました。
さっそくこの会社のカウンターに行き、

「ピウラまで」
というと、

「ない!」

ない?
何がないのかな?
いや聞き間違えかな?
(ちょっと現実逃避気味)

それならもう一度

「ピウラまで!」

「ない!」

えーと、「ない」という言葉は私の旅の予定にはさっぱり含まれていないんですが・・・。

でもどうも本当にないみたい、
まさか平日の夜の便でそんな混むとは思ってもいなかった、
とにかくないものはしょうがないので、

「じゃあ次の便は何時?」
(やっとこれぐらいのスペイン語が話せるようになりました)

「明日(または朝)の7時!」

うーん、この7時というのはまさか午後7時じゃないだろうなー、
なんかスペイン語はすごく変で、

明日と朝はどちらもマニャーナ(manana)という、
「明日の朝」はどうやっていうのだろうか?

「マニャーナ、マニャーナ」

とでもいうのだろうか?
使いにくい言語だ。

聞いてみると朝の7時だった、
とにかくまたチケットが売り切れても困るのですぐに購入する。

なぜか8ドルとバカ安、
国際バスで400kmぐらい走るのに、
なぜクエンカ-ロハ(200km)が6ドルもして、
こっちが8ドルでよいのだ?

しかもクエンカ-ロハは他のバス会社も走っているけど、
この国際バスはこの会社が1社しか走っていないから独占なのに?

南米のバス会社の料金の決め方は良くわかりません、
適当なのかな?

とにかくチケットは手に入れたけど、
その出発は明日の朝7時、
今はまだ午後10時、9時間もある。

ちょっと外を見てみるが、
うーん近くにホテルはなさそう、
そして田舎な感じ。


それ以上に予定外にチケットがないことに腹が立っていたので、
もういい、ここで寝てやる!

さっそくターミナル内で寝やすそうなところを探す、
イスが7個ぐらい並んで通路の真ん中にいくつか置いてあるので、
それを一番奥のところを陣取る。

10時過ぎではまだ人がそれなりにいたのでスペイン語の勉強をしながら待つ。

午前0時になるとさすがに人がほとんどいなくなる、
よく考えるとここって24時間開いているんだよなー、
まさかハイ出てってとかいわれないよなー。

まあでも腹が立っていたので最悪追い出されてもその辺の隅っこで野宿してやる!

他にも数人は同じように椅子に座っていた、
でもこの人たちはなぜか横にならない、
そのまま座った体勢で朝までいる気なのかな?
南米人にしてはおとなしいなー。

私は全然お構いなしにさっそく横になる。

しかしイスとイスとの間がごつごつしていて寝心地はいまいち、
しょうがないのでバックパックの中からタオルと衣類を出して、
イスとイスの間に入れてついでに枕にもする。

これでやっと寝られる、
もっと寝やすいようにベンチにしてくれよ!
などと文句を言いながら寝る。

荷物は寝ている間まさか抱えているわけにもいかないし、
もちろん起きて見張っているわけにもいかない。

でも段取りの良い私は1mぐらいのワイヤーチェーンを持ってきているので大丈夫です!

ワイヤーをバックパックの南京錠の間を通して寝ているイスにも通して抜けないように南京錠で鍵をする。

これで寝ている間に盗まれる心配もなくて寝れる。

ちなみにワイヤーチェーンを使うときにバックパックとかの背負う肩にかける所に通すと、
この部分は見た目にはガッチリしているように見えますが、
バックルなのでスルスルとはずすことができてあっさりバックパックを盗まれます。

かならず取り外しができないところを通しましょう、
お勧めは私のようにどうせバックパックのチャックに南京錠をかけるはずなので、
その南京錠にワイヤーを通せば盗まれません。

幸い追い出されることもなくそのままいることができた、
あんまり寝ることはできず30分から1時間単位で起きては寝てを繰り返す。

でもなんかこの間に夢とかも見ていた、
うーん、だいぶバックパッカーらしく?なってきました。

午前6時に起きて出発の準備をする、
6時45分にバスにいくとすでに満員御礼に近かった。

どうもこの路線はこの会社しか走っていなくて、
その割りに乗る人が多いのでいつでも混んでいるみたい。

午前7時過ぎ、バスはペルーのピウラへと向けて出発する。

走り始めて30分ぐらいでバスが止まり、
朝食タイムになる。

そんなの食べてこいよ!

こっちは少しでも早くつきたいのに!

午前8時過ぎにまた走り始める。

ここも山岳ルートで標高は2000m以下を走っているがまた右へ左へカーブがすごい、
疲れていたので寝るつもりだったのだがあまりにも揺れがすごくてあまり寝られなかった。

山道のせいで国境の町マカラまで150kmぐらいのはずなのに6時間ぐらいかかり、
午後12時20分にやっとマカラにたどり着く。

ここで昼食タイム、
適当にその辺の店に入り食事をする、
どうせエクアドルの硬貨はあっても両替とかはできないので、
水を買ったりアイスを買ったりしてできるだけ使っておく。

午後1時にバスはまた走り出す、
10分ぐらいで国境に着く。

まったく問題なくエクアドルを出国する、
ペルーの入国管理事務所は20mぐらい橋を歩いてわたったところにある。

初の歩きでの国境越え、
でも国境のラインがひいてあるわけでもないのでいまいちどこで越えたのかわからない、
もしラインがあればまたいで写真でもとったのに・・・。

ペルーの入国審査も出入国カードを書いて渡すとほとんど何もチェックしないで入れた。


ペルーとエクアドルだけなのか、南米全体なのかわからないけど、
なぜか現地人の人たちはバスを降りてこなかった。

他の乗用車とかで超えている人たちも、
代表者が1人来て紙を書いて渡すだけだった。

それもパスポートを見せるのではなく、
ナショナルIDという緑色の免許証みたいなカードをもっていて、
それで普通に通れるみたい。

ペルー人とエクアドル人のもっていたものはまったく同じ様式、色だったので南米共通でそういうものがあるのかな?


バスは午後1時半ピウラへと向けて走り出す、
このあたりですでに標高が300mぐらいしかなく、
南米はこの時期は夏になるのでかなり暑い、
エクアドルは高地で涼しかったので久しぶりで暑さが余計こたえる。

バスはというと午後2時になぜかタイヤがパンクして交換になる、
良く見るとはずしたタイヤもそうだが他のタイヤも溝がなくてツルツル、
雨が降ったらどうするんだこのバスは?

雨天欠航か?

たぶん南米だから普通にこの状態でも走るんだろうな・・・。

バスはエアコンがないので止まっていると暑いので、
外にでて修理を待つ。

30分ぐらいで交換が終わり、
走り出したのだがいきなり100kmとかだす。

もうすこし慣らし運転してからスピードだそうよ、
私はいつでもバスが転がってもいいようにしばらく体勢に注意していた。


国境の町マカラでお昼に止まったところが、
このバス会社のオフィスでそこに時刻表みたいなのがあり、
それによるとバスの到着時刻は午後6時半となっていた。

うーんそれだとそこからチクラヨに4時間かけて移動したとして、
つくのは午後11時近く。

そんな時間にホテルを探して回るよりも、
いっそのこと夜行で次の目的地のカハマルカまでいくかな?
ガイドブックによると8時間ぐらいでつくらしいから、

朝8時ぐらいにつくから、一泊分宿泊費も浮くし、時間的にはちょうど良い。

でもそうなると恐怖の

40時間移動!

になってしまう。

でも疲れてはいるけど今の状態ならいけそうな感じ。

ちなみにバスの旅は飛行機よりは全然快適、
設備は飛行機より全然悪いく狭い、エアコンないだけど、
2-2のシートだし、
窓の外を見ればいろいろな風景が広がっていて楽しい。

飛行機で40時間移動するなんていわれたら死んでしまうけど、
南米のバスで40時間というと大変だけどそこまでひどくもない。

これは40時間移動いってやるか!

と決意していたのだが、
バスは午後4時40分にあっさりピウラにつく。

これならチクラヨに急いでいけば・・・、
と思うのだがこのバスがついたところがこの会社のオフィスのみの場所。

南米ではクエンカとかロハのようにバスターミナルがあって、
すべての会社がそこにカウンターがあり発着する、
というとても便利なシステムをとっている。

だけれど!

ここペルーはそのバスターミナルがないところがすごく多いみたい、
首都のリマですらないという始末。

ピウラはどうなのかなーと思っていたが恐れていたことが現実に・・・。

私のガイドブックにはピウラの地図はない、
というかピウラの情報が一切載っていない。

となるとやるべきことは1つしかない。

ほっておいてもよってくるタクシーの客引きに、
とりあえずもしかしたらこの会社だけが変なところに止まっているだけかもしれないので、

「テルミナル デル テレストレ(バスターミナル)」
といってみるがやっぱり「ない」といわれる。

どこまで行きたいんだ?と聞かれたので、

チクラヨまでというと、
チクラヨいきのバスオフィスまで2ドルで行く
といわれたので

2ドル!

と大きな声で聞き返す。

このバスオフィスが近いのか遠いいのかわからない、
もしかしたら妥当な値段かもしれないけどたぶんボッタクっているので、
こんなときは言われた値段を大きな声で言い返す、

ついでにこの場合はドルはエクアドルの通貨単位で、
ペルーではソルという通貨になり1ソルは1ドルの1/3ぐらいの価値なので、

2ソル?

ともいっておく。

もちろん運転手は、
そんなわけねーだろ、みたいなことを言ってきたけど、
ソルなら4ソル(=1.3ドル)といわれて安くなった。

妥当な値段かどうかは行って見ないとわからないのでこのタクシーに乗る、
10分ぐらいでバスオフィスに着いたのでまあそれぐらいの値段だったみたい。

つくと午後4時55分で午後5時にちょうどチクラヨ行きのバスが出るところで間に合った。

ピウラについて20分後には別のバスでチクラヨへ向けて出発、
なかなかの機動力、お金も最小限に抑えられているし、だいぶ南米慣れしてきた。

このバスはエアコンつきでかなり快適だった、
道も平坦でほとんど直線だったのでスピードも出て3時間でチクラヨにつく。

チクラヨについたけどこれまたどこかわからない場所、
ガイドブックに地図とかは乗っているけど、
夜8時に自分がどこにいるのかわかるようなところにはつかなかった。

またタクシーの運転手がよってきたので、
アルマス広場(チクラヨの中心)までいくら?
というと2ソルとやたら安かった。

めちゃ近いのか?
でもバスの人に聞いたらあっちの方といわれて、
でもその先にはさっぱりそれらしきものは見えない。

まあ2ソルならいいか、
なんといっても荷物重いから持って歩きたくないし!

タクシーに乗って走り出す、
走ると運転手がホテルに行くのか?
といわれて、そう、というと

アルマス広場に近い安いホテルを紹介してくれるというので、
まあせっかくならばといってもらう。

でもはじめに行ったところは一泊40ソル(13ドル)もした。

「オヤジ、高い!」
というと、じゃあいくらなんだ?といわれたので、

「20から25ソル」
というと別のホテルに連れて行ってくれたけど、
そこは35ソル、また別のところ35ソル、さらに別のところ30ソル、また別の・・・。

うーん7,8軒ぐらいぐるぐると回ったでしょうか、
どうやっても30ソルまでにしかなりません。

運転手も30ソルがチクラヨの限界だといってます、
でもガイドブックにアルマス広場の目の前で23ソルの所が書いてある、
値上がりしているかもしれないけどとりあえず行ってみないと、
ということで運転手にアルマス広場にいってくれ、あとは自分で探すから。

というけどなんかまだ他のところもとまわっていく、
10軒目ぐらいでしょうか、バストイレつきでテレビなしで25ソルというところがやっとありました、
まあアルマス広場からもそれなりに近いです。

運転手疲れていたし、私も疲れたのでとりあえずこの日はここに泊まることにする。

なんだかんだで45分ぐらいぐるぐる回っていたかな、
運転手が2ソル追加でくれ!というので、
ホテルからのリベートがあるから、1ソルね、といって渡す。
(タクシーの運転手はホテルに連れて行くとホテルからリベートがもらえるみたい、なんかホテルの人と話してた)


1月12日午後9時過ぎ、
こうしてなんとか2回目の国境越えのバスの旅が終了しました。

所要時間28時間!

1月11日にホテルを出たのが午前11時なので、
ほとんど丸2日ぶりにホテルにたどり着いたときには、
さすがにぐったりしてました。
(でも30分後には食事を食べに夜の散歩がてら1時間ぐらい出かけていたけど)


南米国境越えのバスの旅はなかなか大変です。
(ロハ-ピウラの夜行バスの席が空いてさえいれば全然余裕だったのに・・・)

投稿者 nabe : 17:58 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月11日

写真が表示されないわけ

新たしく更新したページで写真が表示されないことがありますが、
忘れたわけではないのです。

あんまりにも遅くてとりあえず文章だけアップして、
そのあと余裕があったらアップしているので、
回線がよく途中で切れるのでそのたびにサーバーにログインしなおしてまたやっていると切れる、
これを繰り返すのであんまり切れるとむかついて途中であきらめます。

そんなわけで1枚だけ表示されないというのはたぶんアップロード忘れですが、
全体的に5枚とか表示されないのは途中であきらめたからです。

ちなみにあんまりにも無理で文章のアップロードも途中であきらめることもあります・・・。

だって回線が遅いんだもん、
MSN JAPANの最初の画面を表示するのに2、3分かかるんだよ、
Hotmailなんてログイン画面に行くのに1分かかって、
そこからログインするのに3分ぐらいかかり、
さらに受信トレイにいくのに1分ぐらいかかる。

しかもなぜかエクアドルのパソコンはスクリプトエラーとかで日本のHotmailはちゃんと表示されないとかが多い。

ネットに関しては、こまったちゃんな国です。

ちょっと体調崩してホテルでまったりしていたので、
最近は頑張って更新してみました。

でも今日からはバリバリ頑張って観光する!(予定です)

投稿者 nabe : 13:21 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月08日

病院へ行こう!

1月5日はちょっと黄熱病のワクチンをうちに病院にいってきました。

もともとは日本でうっておこうと思っていたのを忙しくてすっかり忘れていて、
ブラジルのビザをとるときに黄熱病のワクチンをうったという証明書のイエローカードというものがが必要になるけど、なくてもビザを取れるところもあるのでいいかなと思ってました。

それがキトのホテルにあったガイドブックを見ると、
黄熱病はマラリアなどとは比べ物にならないぐらい死亡率が高いとかいてあり、
でもマラリアは感染確率を下げる薬しかないけど黄熱病はワクチンで100%防げるのでアマゾンなどの感染地域にいく場合は必ず受けておきましょう、と書いてあった。

これはまずいぞと思い、
ちょうどキトの日本大使館は交通の便が良いところにあったので(他のペルーとかはタクシーじゃないとけないところとかにある)、
さっそくいって病院を紹介してもらいました。

紹介された病院はいくつかあり、
そのなかで泊まっているホテルに近いところもあったのですが、
キトのセントロ(泊まっているとこと)は全体的に衛生面であたりにゴミとか散らばっていてよくなく、
建物も100年以上たっているものばかりで古めかしく、大使館では薦められないといわれ、
私もちょっとそれはと思って別の赤十字病院にいって「黄熱病のワクチンうってください」と書いた紙を見せると(大使館で書いてもらった)、
そのセントロの病院にいけといわれました。

しょうがないのでいってみると外は古めかしい建物でしたが中はちゃんとフローリングできれいでした。

ただその月、水、金の午前10~12時しかやっていないみたいだったのでその日はそのまま帰りました。


そして昨日、満を持していってみると、9時50分で50人以上の長蛇の列、
まあしょうがないと思って並んでいるとよく見ると皆さんなんか注射器と薬の箱を持っている、
これはもしかして自分で買ってきてそれでうってもらわなければいけないのでは?
それはどこで買うのかうものなのだろう、
わからないので前にいた人に

Donde este puedo comprar eso?
(Where can I buy that?、どこでそれは買うことができますか?)

と注射器とかをさして聞いてみると、

1階の薬局で売っているといわれたのでいき、
また「黄熱病のワクチンうってください」と書いた紙を見せると0.2ドルで注射器を売ってくれました。

でもワクチンのほうは何にも売ってくれなかったのでどうなのかな?
と思いながらも戻って並ぶとなんか薬箱を持っている人と注射器だけ持っている人がいて、どうも他のワクチンも一緒に受け付けているようでその人たちは薬がいるみたいでした。

さてじゃあワクチン代は?というと、

月、水、金は無料!
火、木は有料

とかいてあった、
無料なのはいいけど、はたしてそれは外国人の私にも通用するのでしょうか?
もちろん他の並んでいる人は100%現地人です。

でもエクアドルには中国系の人もそれなりにいるし、
私もかなり焼けてしまって現地人化しているので、
何にも言わないでそのままやってしまえばわからないのでは?

1人で3種類とか受ける人もいるみたいでかなり時間がかかる、
まつこと1時間半、やっと診察室にまでたどり着く。

そしてなんか受ける前に紙を看護婦さんがかいていた、
それでまず名前を聞かれて、
いってみるがもちろんエクアドル人に日本の名前が聞き取れるわけもない、
私が変わりに書く。

まだ外国人だってばれてないかなー、
と思っていたら次になんかさらに質問されてさっぱりわからない、
紙を見せられてこれとさされたところには

EDAD

とかかいてある、
何ですかそれは?
全然さっぱりわからない、何回も言われるけどわからない、
すると後ろで待っていた人がなんか身分証明書を出してこれ、みたいに見せられた。

身分証明書というと、もちろんパスポートしかない、
でもそれを見せると日本人だとばれてしまう、
まあもう十分外国人だとばれている気もするし、

日本人で文句あるか!

とパスポートを出して渡してみる、
するとなんかパスポートの中を見て誕生日を確認している、
そしてEDAD:28とかかれた、
どうやらEDADはスペイン語でage(歳)のことだったみたいです。

しかしそれにしても看護婦2人と後ろに待っている人が5人(それも18~25歳ぐらいの若い人たち)もいて1人も

How old are you?(何歳ですか?)
とか、
せめてage(歳)とさえ英語で訳してくれればわかるのに!

そこまで一般的に英語がさっぱりわからないそれが南米です、
基本的に南米では英語さっぱり通じないのでもう英語を話すことを忘れてしまいそうなぐらいです。

まあ私も歳ぐらいスペイン語で覚えておけよ!というのがエクアドル人の意見でしょうけど。


オー、ハポネス(日本人)とかいってたけど、
外国人でも問題なく心優しくワクチンを無料でうってくれました。

うちおわるとなんか上にあがって、10ドルでなんとか
といっていた。

たぶんイエローカードを10ドルで発行してくれるということなのだろう、
本当はイエローカードがいらないところでブラジルのビザを取る予定なのでいらないけど、
まあせっかく受けたんだし、10年間有効らしいからもらっておこうと上にあがる。

また列ができていて並ぶこと30分、
やっと私の番になり、
今度はもう隠すこともないのでパスポートとワクチンを受けたという紙と10ドルをわたす。

なんかパソコンとかじゃなくて普通に印刷してあるところに手書きで名前とかパスポートナンバーなどを書いていた、
いまどき手書きなの?
そんなんでいいのか?
まあ南米だから人件費のほうが安いのかな?

一応これはインターナショナルバージョンのもので、
説明は1.スペイン語、2.英語、3.ポルトガル語(他の国の言葉かも)
で併記して書かれていた。
エクアドルがスペイン語圏なのでスペイン語の表記が一番にきています。


効果がでるまでに15日ぐらいかかるらしいですが効力は10年間有効みたいです。

これでもう黄熱病も怖くないです、アマゾンにいつでもいけてしまいます!

でももらった証明書であるイエローカードは、
証明書の紙の色が黄色であることからイエローカードと名づけられているはずなのに、
もらった証明書はほとんど白でわずかに黄色が入っているかなという程度、
これはエクアドルバージョンだからでしょうか?

Vacuna de Fiebre Amarilla(熱・黄色のワクチン)
(Vaccnacion Yellow Fever、黄色熱ワクチン=黄熱病)

とかかれているので黄熱病の証明書ではあるようなのでまあいいのですが・・・。

あとワクチンをうった左腕がうったあと少ししてちょっといたくて、
3日たってもたまに痛むんだけど、黄熱病のワクチンは痛いものなのでしょうか?

投稿者 nabe : 16:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月05日

在エクアドル日本大使館

今日は日本大使館に行ってきました。

といっても何か盗まれたりとかではありません。
黄熱病の予防注射を日本でするのを忘れたので、
キトでできるところがないか聞きに入ってみました。

オフィスはかなり狭かったです、
なんかビルの1フロアーを借り切っていましたがそれでもそんなに広くはなかったです。

ビルの7階で入り口に国旗とかも立ってないし、
知らなかったら絶対に見つからないようなところです。

中に入るのにセキュリティーチェックとかもしてました。

ここで黄熱病の予防注射ができる病院わかりませんかときいたところ、
快く対応してくれて予防注射ができるところを教えてくれました。

30分もかけていろいろと探してくれたので、
その間においてあった新聞をいろいろ読みあさっておきました。
(でも最新ので12月14日だったので古いです)


教えてもらったところに行くと、
月水金の10時から12時までで、
なぜか無料で予防注射をしてくれるらしいです。
(とスペイン語で言っていたような気がする、ジェスチャーから判断してみた)
ただ証明書のイエローカードの発行には10ドルかかるといっていました。(たぶん)


ということで明日は黄熱病の予防接種に行ってきます、
そしてそのままキトを離れて南へと移動していきます。

リオバンパ、クエンカとまわってペルーに戻る予定です。

投稿者 nabe : 10:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月04日

やっと更新できた

やっと更新できるようになりました。

なかなかたまっていたのでアップロード大変でした。

でもFTPソフト(HPをサーバーにアップロードするもの、普通は使えないところが多い)が使える店があったので時間はかかったけどほおっておいたらUP完了!

ここぞとばかりに一気にアップロードしてやりました。
3日連続でアップしてなぜかアメリカのものもアップしてみました。
(南米旅行に出る前に下書きだけしておいたのでそれをおこしてみました)

投稿者 nabe : 11:11 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月01日

ナベ in オタバロ

今日はキトから北に100kmぐらいいったところにあるオタバロと言う町にきています。

ここは土曜日になると大きい市が開かれる場所で有名で特に外人さんがよく来るみたいです。

1月1日はやっているのか不安でしたがちゃんとやっていました、
商売人だから正月はかき入れ時なのかな?

実際との所はまあそんなものかなー、
お土産を買うには便利だけどまだまだ旅行する私には意味がないかな。

人口4万人ぐらいのそんなに大きな町ではないのにインターネットカフェが数件あって、
日本語使えるか聞いて回ったら使えるところがあったのでやってみました。


予定ではHPの更新が出来るはずだったのに、
サーバー会社がパスワードをリセットしたからログインしてみてとメールが来ていて、
ログインしようとしたらそもそもそのパスワードとかをいれるログイン画面にすらアクセスできなくなっていた。

そんなわけで、まだHPが更新できません。

投稿者 nabe : 12:03 | コメント (0) | トラックバック