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2005年02月22日

ついに遭遇、ニセ警官!

それはボリビアの首都ラパスで遭遇しました。

2月18日、前日にボリビアに入国して小さい町で一泊して、
この日はそこからラパスにバスで移動して来ました。

まだまだボリビア2日目で1日目は小さい町だったので何もなく、
ボリビアがどんな国かもよくわかってない状態で首都ラパスに到着。

到着したところはセメンテリオという場所で噂によると結構危ないところという話、
もともとすぐにタクシーに乗る予定だったけどここはターミナルでもないのでタクシーがほとんどいない。

ペルーでは山ほどタクシーがいたけどボリビアではこんなものなのかな?
と思い、それでも客引きがいて泊まる予定のホテルまでいくらか聞くと4ボリといわれた。

1ドル → 8ボリなので50円、
ペルーよりもさらに安いけどボリビアは物価が安いらしいのでそんなものなのかな?と思っていた。

荷物をトランクに入れて出発、
でもなぜか15mぐらい進んだところでおっちゃんが乗ってくる、
この人も4ボリでどこかまでいくみたい。

ボリビアのタクシーは相乗りOKなのかな?
変わってるなーとおもっていると、

また10mぐらい進んで角を曲がったら、
なぜか警官がタクシーを止める。

でもこの人は警官といっているけど全然私服、
一応身分証明書をみせてくれたけどそもそもそれが本物かどうかもわからない。

というか私はさっぱり信用してない。

その警官は身分証を見せろという、
とりあえずとなりのおっちゃんはどうするのかなーと思って見ていたら、
この人は身分証はホテルにおいてあるといっていた。

そして私にも身分証を見せろという、
すでにニセ警官であることを確信していた私は、
スペイン語わからないよーみたいな顔で無視している。

それでもしつこく言ってくるので、
そんなに見たいなら見せるだけは見せてやる、
とパスポートを出して見せてやる。

それを渡せといわれたけどそんなの全然無視、

見たいなら私が持っているから見ろ!

という感じではなさないで写真のところだけを見せてやる。

するとこのニセ警官は運転手側の窓から話をしていて、
私は助手席の後ろに乗っていたのでこっち側に向かってきた。

そしてまた渡せというので、

なんでお前に渡さなければいけないんだよ!
どこがみたいんだよ!
見せてやるから言えよ!

とバリバリ日本語でキレていってやる。
するとなぜかこのニセ警官は助手席に乗り込み、
タクシーはそのまま出発する。

このまま乗ってればとんでもないところに連れて行かれるのは確定なので、
走っているのにそのままドアを開けてやる。

電柱にドアがぶつかっていたけど全然お構いなし、
タクシーはすぐに止まったのでそのまま降りて、
トランクをバンバンたたいてあけさせて荷物をとる。

するとタクシーはそのまま何事もなかったかのように走り出し、
Uターンして戻っていった。


あとで知ったけど、
タクシーが向かっていたのはホテルとは全然関係ない方向で、
危ないといわれているところに向かっていた。

それにこのあと乗ったタクシーではホテルまで8ボリとられた、
頼んでもいないのに4ボリという格安で連れて行ってくれるわけがない。

さらにホテルにある情報ノートでチェックしてみると、
別のところだけどまったく同じようなことをされている人がいた。


でもあんなのに引っかかるのだろうか?
あからさまにおかしすぎるだろう、
はじめての国だとまあ勝手がまったくわからないから、
ペルー、ボリビアのみですごく短期の旅行者だとわけもわからず引っかかることもあるのかな?


というわけで南米旅行70日目にしてついにニセ警官に遭遇しました、
まあそれはそれで貴重な体験でもあったかな。

聞いた話によるとペルーでは結構被害があるらしいです、
同じようなニセ警官、首絞め強盗、タクシー強盗、唾かけ強盗、偽札等々でいろいろやられているという話を実際にあった人からも聞きました。

私の中ではペルーはポリスがいっぱいいて全然安全な国というイメージだったけど、
実は他の旅行者の間ではとにかくペルーだけは危ないので気をつけろというところらしいです。

まあもう抜けてしまったから関係ないんだけど、
やっぱり海外旅行ではなんといっても危険を察知する能力が必要不可欠です、
だいたい被害にあっている人はこの能力不足ということが多いです。
(あと運もかなりありますけど)

早朝7時とかに人気のないところをわざわざ歩いて被害にあったり、
まったく知らない現地人に手招きされていってみたら強盗にあったりと、
なんでそんなことをわざわざするの?という人が大体被害にあっているみたいです。

とはいえやはり南米は危ないところみたいで、
1年以上旅している人とかも被害にあったりもしているので、
これからも過信せず気をつけて旅をしてます。

投稿者 nabe : 17:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月21日

世界ウルルン滞在記 in チチカカ湖アマンタニ島

2月16、17日の世界ウルルン滞在記にでかけてきました。

朝8時に迎えが来てそのまま港まで行きボートに乗る、
前日にチケットを買う時におじさんがいっていた通り22人乗りだったけど、
おじさんは30人乗りだと狭いといっていたけどこのボートは、
逆にぼろいから22人乗りなのでは?
というようなボートだった。

だって2/3しか屋根がないんだもん、
雨が降ったら全員は屋根の下に入れないよ、どうするの?

今回のメンバーは日本人は私だけであとはすべて欧米人、
ほとんどがカップルかグループなのではやくも浮いた存在。

ボートは8時半に出向して50分ぐらいでかなり小さいウロス島に到着、
今回のウルルン滞在記の日程の説明とウロス島の説明を英語とスペイン語でしてくれた。

説明は簡単なものなのでスペイン語でも十分わかるもの、
私のスペイン語もなかなかのものに。

でもウルルン滞在のアマンタニ島はケチャ語オンリーらしいのでさっぱり意味ないみたい。

説明の後、次のウロス島までトトラでできたバルサと呼ばれる船で行くか、
それともボートで行くかを選ばされる。

バルサだと5ソルかかるらしいけど今回はウルルン滞在記なのでもちろんバルサで行く。
みなさんウルルン仲間なので当然ほとんどの人がバルサを選択して一緒にのっていくことになる。

15分ぐらいで次の島に到着、
たいして大きくないけど公衆電話とかもあってかけている人もいた。

しばらくいていよいよ本日のメインイベントのウルルン滞在のアマンタニ島へと移動することに、
でも3時間もかかるらしいのでチチカカ湖は湖上ではただの湖でしかない、
今日の夜はダンスパーティーのはずなのでひたすら寝る。


13時半過ぎにやっとアマンタニ島に到着、
降りてすぐにホストファミリーに引き渡される。

私は1人なので他の2人ぐらいの人と一緒かと思ったらそのまま1人でウルルンだった。

それはそれでウルルン度はかなり高いのだけど言葉通じなくて一人はちょっとつらい。

ホストファミリーのおばちゃんについていって家まで行く、
どうやら本当にケチャ語しか話せないようで私のなんちゃってスペイン語も通用しない。

さらにウルルン度が増していく。

家はまあ普通、といってもボロいけど・・・、
とにかく思っていたよりはしっかりしていた。

そのまま部屋に案内される、
完全に別の部屋で少しウルルン度が減少、
でも部屋は3つベットがあってなかなか味があるのでよい感じだった。

すぐにここの家の主人のおじさんが来て挨拶をする、
この人はスペイン語が話せるみたい。

ウルルン度はさらに減少。

やることないのでなんか疲れたのでベットに横になる。

そのまま15時ぐらいまでまったりしていると、
もうこのままお昼はないのかなと思ったころにまたおじさんがやってきて、
お昼を持ってきてくれた。

食事はジャガイモをメインに使ったジャガイモとジャガイモスープ、
現地の食事がそのままというのはいいけど、
やっぱりウルルンとしては家族と一緒じゃないと・・・。

さらにウルルン度は急降下していく。

残さず食べようと頑張ってみたけど、
ジャガイモそんなに食べれません、
半分以上残してしまう。

こんなことではウルルンが・・・。


15時半ぐらいにおばちゃんが来て、
ツアーの集合場所のサッカーボール場に連れて行ってくれる。

相変わらず無言なのでちょっとつらい、
しかも結構山を登っていくので標高3800mではなかなか大変。

15分ぐらい歩いてやっとつく。

しばらくまっているとそのうち他のツアーの人と現地人のサッカー対決が始まった、
頑張って参加してウルルン度を上昇させようと思ったけど、
標高3800mでサッカーをやる気にならない。

もともと頭脳派なのでここはクレイジーな欧米人に任せることにする。
30分ぐらいやっていたけど終わったときには参加した欧米人は死にそうになっていた。

このあとアマンタニ島の遺跡パチャカカにいく、
アマンタニ島の陸の頂上にあるので結構上まであがっていかなければいけない、
サッカーなんてやってたらとてもじゃないけど登れなかった。

頂上は遺跡といってもたいしたものがあるわけでもなく、
しかも中に入れるのは1年で20日間だけらしいので眺めるだけだった。

ここからのチチカカ湖の眺めはかなり良かった。


降りてサッカーボール場に戻り今度は娘が迎えに来てくれてまた家に戻る。

戻るころにはそろそろ日が暮れて暗くなってきていた、
部屋に戻って電球がついていたのでつけ方を教えてもらおうとジェスチャーで示すと、
ロウソクを持ってこられた。

ウルルン的には良いんだけどロウソク1つでは部屋めちゃくらいです。

こう暗くては何にもできないのでまた寝る。

20時からダンスパーティーのはずなのに、
夕食が19時45にやっと出てくる。

ライスとなんかを煮込んだものと変わったスープ、
今回も1人での食事だった。

そしてまたまた残念ながらあんまり食べられなくて、
半分以上残すことに・・・。

ウルルン度はほぼゼロになっていく。


20時10分をすぎてもダンスパーティーのことについて話に来る気配はない、

忘れているのかな?
それともホストファミリーの任意参加なの?

今回のウルルン滞在記のメインが・・・

と思ったら20時15分にやっとドアをノックされて、
娘にダンスパーティーにいく?と聞かれた(娘はスペイン語が話せる)

よろこんで!

とでもいってやりたかったが残念ながら日本の居酒屋をしるわけもないアマンタニ島の娘さんにはさっぱりわからないだろう、
というかそもそもスペイン語でなんていったらいいのかわからない。

もちろんいくと伝えると、
民族衣装なるものを持ってきてくれた。

ガウンみたいなもので服を着たままで上からかぶるように着るだけだった、
あとはセットの帽子を装備して準備完了!

娘も民族衣装(といってももともとそれに近い格好だったけど)をきていて、
つれられて会場へと行く。

会場はまだ人が集まってくるところでダンスは始まっていなかった、
他の人はビールを飲んだりしてくつろいでいた。

もちろん皆さん民族衣装を装着済み。

現地人の人もたくさんいるし、いよいよウルルン滞在記らしくなってきた!


20時半過ぎに音楽がなりだしてダンスパーティーが始まる、
しかし実際のところどんなダンスをするのだろう?

外人は皆さん同じことを考えていたようで、
ダンスをするわけでもなく、かといって座っているのも、
という非常に微妙な空気が流れていた。

でもそこは相手もなれたもので、
現地人のほうからやってきてくれてダンスに誘ってくれる。

最初はよくわからないけど、
みんなが手をつないで1つの大きな輪になってくるくるとまわる、
部屋が広くはないので途中で曲がったりしてそれでもくるくるまわる。

みなさんビールを飲んだからか、やけになっているのか、
なぜか笑いながらくるくるまわっている。

私ももちろん参加する、
大の大人が笑いながら輪を作ってくるくるまわるのは、
それはそれでなかなか見れるような光景ではない、
まわっているうちにつられて笑い出してあとはもうどうでもいいやという感じ。

次は1対1の非常に簡単なダンス、
現地人の人が誘いにきてくれるのでそれで踊りを教えてもらう。

5~10分に1回ぐらい音楽が終わってちょっと休憩してまた踊るというのを繰り返す、
踊っているうちにどんどんハイになっていき、
他の人は見ているだけとかいう人もいたけど私はひたすら踊り続けていた。

1時間ぐらい踊りまくる、
現地人の若い子はまだ恥じらいがあるのか踊ってもただ普通に踊るだけだけど、
おばちゃんとかはかなりハイテンションでいろいろやるし、リードもしてくれるので面白い、
踊るならおばちゃんのほうが全然いい。

1時間たってちょっと長い休憩になる、
疲れたので座ってまったりしていると、
外人が写真を撮ってくれといってくる。

一人旅をしていると写真を撮ってくれというのに狙われやすいのでなれたもの、
とってあげたのはいいのだが、
このグループが10人近くいて当然カメラを皆さん持っていて、
カメラを次々に渡されて5,6枚取らされた。

やっととり終わって休もうかと思ったら一緒に写真をとってくれといわれる。

一緒に写真をとる?
なんで私と?

今日は私達のツアーとは別にもう1つ別のツアーがいる、
でもダンスパーティーは同じところで合同でやっている。

そしてこのグループはその別のツアーの人たち、
まさかとは思うけど・・・

写真を撮るために横に並んだときに

「私はデジカメを使いこなせるサービスのいい現地人じゃないよ」

と冗談のようにちょっと言ってみる、
すると

違うの!

というような返事が返ってきた、
やっぱり現地人と間違えられていたのか・・・

最近現地人にもチーノ(中国人)とかいわれたりするし、
マチュピチュであった日本人の女の子に絶対現地人だと思ってましたとか言われるし、
現地人化しすぎかな、
黒くなりすぎたせい?


でもアメリカ人はノリがいいので、
まあいいか!
という感じで、
私も笑いながらOK,OK,ノープロブレム!と言いながら写真とられてた。

ひたすらハイテンションでさらに30分ぐらい踊り明かして、
だんだん人がへっていきそのうちダンスパーティーはお開きとなった。

あとは帰って寝るだけだったけど、
このダンスパーティーだけでも現地の音楽を演奏してくれて現地人と踊り明かすので、ウルルン度はかなりのものでよかった。

次の日はまた朝は1人で食べる、
パンと小麦粉を薄く延ばして焼いたもの、
おいしかったのではじめて完食できた。


本当は昨日のプーノを出る前に果物でもお土産に買っていこうかと思ったのに、
時間がなくてそのまま出向してしまった。

でもちょうどウルルンで飯がとてもじゃないけど食べれないものだったらと、
パンを買っておいたのでそれを遅まきながらギフトとして渡しておいた。

さらに部屋を出るときにテーブルの上にチップを2ソル置いておいた。

あとはまたおばちゃんに連れられて港へいき別れの挨拶をして、
ツアーの人が集まってボートでタキーレ島に行く。

途中で大雨が降ってボロい船なので窓から浸水したり、
もともと屋根がないところもあってそこにシートをかぶせていたけどがんがん水が入ってきて大変だった。

タキーレ島は普通に観光してあとはプーノに戻って今回のウルルン滞在記は終了した。


全体としてはまあまあのウルルン度でした。

やっぱり1人での参加はちょっときついです。
2,3人でいけばもっと積極的にホストファミリーとコミュニケーションが取れそうな感じです。

食事が一緒ならかなりのウルルン度になっただろうけど、
その場合は残すのがさらにつらくなるのでやはり1人での参加は避けた方がいいです。

あと完全な現地食なので南米名物の下痢を経験したあとじゃないとあぶないです、
未経験の人は次の日に南米名物の下痢にかかる可能性が非常に高いです。

南米の下痢は半端じゃなく、
ツアーの最中にかかるとトイレにもいけなくて最悪なので、
短期旅行者はこのウルルン滞在記は避けた方が無難だと思います。


以上、

世界ウルルン滞在記 in チチカカ湖アマンタニ島

でした。

投稿者 nabe : 18:44 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月08日

インターネット革命!

ついにインターネット革命の日がやってきました!

時をさかのぼること10日ぐらい前、
いつものようにインターネットの店に入りました。

最近は日本語が読めないパソコンはまったくなく、
この日は書いたメールを送ったりするだけだったので、
何も聞かずにそのままパソコンの前に座りました。

メールを送るためにMSN Japanのホームページを開こうとしたら文字化けで、
しかもフォントをインストールするから

WindowsXPのCD-ROMをいれろ!

というまた無理な要求をしてきました。

久しぶりにやられてしまったなー、
これはもうあきらめて別の店に行くしかないかなと思いましたが、
だめもとで店員にWindowsXPのCD-ROMかして?と聞いてみました。

前みたいにそんなものない!
そもそも必要ないだろ!

とでもいわれるのかと思ったら、
店員のお兄ちゃんは私が使っていたパソコンを見にきて、
WindowsXPのCD-ROMをいれろ!と画面に出ているのを確かめてCD-ROMを持ってきてくれました。

これは良かったと早速インストールすると、
5分もかかり、しかも再起動まで始めました。

なんだこれはと思っていて、
再びWindowsが立ち上がって日本語のHPにアクセスするとちゃんと見れるようになってました。

でも日本語のフォントは本当は2.8MBぐらいとかなり軽く、
いつもはインターネットから落としてすぐインストール完了、
しかも再起動なんか必要なかった。

なんで時間かけた上に再起動をしたのだろう?
とおもってコントロールパネルから言語の設定とかを見ていると、
いつもはない日本語入力のJaponesという言語が入っていました。

これが入っているパソコンは日本語が読み書きできるので、
はじめのときは入っていなかったはず。

ということは?

先の操作で日本語入力用のIMEをインストールしたことになる。

これはラッキー、
日本語入力できるならメールとかもかけると思って喜んでいたのだが、
ふと非常に重要なことに気づく。

このCD-ROMは日本語IMEをインストールできる

であるならば?

このCD-ROMさえあれば、
あの忌々しいビル・ゲイツのバカのせいで使えない、
WindowsXPのパソコンに日本語IMEをいれることができるのでは?

幸いお兄ちゃんはWindowsXPのCD-ROMを回収しに来ない、
そしてこのCD-ROMはCD-Rでどうやらコピー品のようだ、
そしてここはとまっているホテルから5分ぐらい・・・。


すぐに席を立ってお兄ちゃんとのころにいき、
ちょっとホテル戻るってすぐ帰ってくるからパソコンそのままにしておいてと、
ジェスチャーと単語で伝える、
理解してくれたので急いでホテルに戻る。

ノートパソコンをもってまた急いでインターネット店に戻る、
喜び勇んで走っていて危うくパソコン落としそうになった。


CD-ROMを貸してくれとかコピーさせてというとお金取られるか、
ダメとでもいわれてCD-ROMを回収されたら元も子もないので、
席についてこっそりノートパソコンを立ち上げる。

たち上がったらWindowsXPのCD-ROMをいれてデータを吸い出す。
ファイル数がかなり多いので時間がかかり、
なんだかんだで40分ぐらいでやっとデータの吸出しが終わる。

ちょうどインターネット使い始めてから1時間ぐらいだったので、
そのままお金を払い、CD-ROMを何事もなかったかのように返して店をあとにする。


2日後、吸い出したデータをCD-Rに焼いて別のインターネットの店に行く、
ここも日本語のHPを表示しようとしたらCD-ROM入れろといわれたので、
これはちょうどよいとさっそく作ったCD-Rを入れてみる。

前と同じように5分ぐらいかかって再起動する、
ちゃんと日本語のIMEがはいっていて日本語入力が可能になっていた。

これはまさに最強のCD-ROMなのでは?
とはいえまだ使い方がよくわかっていない。

今回のようにまったく日本語のフォントとかが入っていなくて、
表示しようとするとCD-ROM入れてといわれればインストールできるが、
ほとんどのパソコンは日本語を読むことはできるので、
ただ日本語のHPを表示しただけではインストールはさせてくれない。


たぶん何らかの方法でインストールをすることができるはず、
ちょうど日本語入力ができるのでいろいろ検索をしてみる。

南米のパソコンの話はさっぱりなかったが、

WindowsXPのアメリカのパソコンで日本語を入力できるようにする方法

というのがかいてあるHPを見つけた。


それによると、
どうもWindowsXPでは日本語は東アジア言語というカテゴリーに属し、
そもそもIMEは中国、韓国、日本語しか必要ないみたいで、
それらを一緒にしたものが東アジア言語としているみたい。

それの追加方法はというと非常に簡単で、
コントロールパネルから新しい言語の追加とすると、
チェックボックスに「東アジア言語をインストールする」という項目があり、
(日本のパソコンにも一応ある、でもすでに入っていて消せないようになっている)
それを選択してOKにするとすぐにあの、

WindowsXPのCD-ROMを入れろ!

と要求してくるのでそれでCD-ROMを入れてやって、
ファイルの場所をちょっと指定してやればあとはインストールしてくれる。

ただインストールしたあとに本当は再起動はしたくない、
インターネットカフェのパソコンを再起動すると、
パスワードとかが必要な場合もあり面倒。

そのままでも使えないかと試してみた。

日本語IMEは追加されていて選択できる、
でもひらがな入力にできなくて直接入力のみなので英語と変わらない。

どうしても再起動は必要なようだ。


さらに翌日、
また別のインターネットカフェに行って、
私が研究した成果をためすとき。

いざ!とおもったら日本語IMEがはいっていてできなかった。


このあとクスコに移動したら、
旅行者が非常に多いせいで日本語入力できるパソコンに何回か連続で当たる。

前はあれほど日本語入力できるパソコンを探していたのに、
今度は日本語入力できないパソコンを探す破目に・・・。


やっと見つけたところでついにテストすることができた、
その結果は・・・

当然成功!

まあWindowsXPの基本機能を使っているのだから当たり前、
その後、2台ぐらいに試してみるが成功。

でも最後にもう1台試してみたら、
インストールはしていたんだけど、
あんまりにも遅くてフリーズかと思ってCD-ROM抜いたらエラーがでて、
もう1度CD-ROM入れたらインストールを再開して入ったので、
再起動したらエラーが出て立ち上がったけど日本語IMEがない。

もう1回インストールしたけど、
やっぱりエラーが出てだめ、
そもそもエラーで起動が怪しくなってきたので、
何事もなかったかのように店をあとにして逃げた。


1回失敗したけどまあたぶん大丈夫そう、
このCD-ROMはまさに対WindowsXPの最終兵器、
これで南米のWindowsXPは恐れるにたらず!

というわけで研究成果が出た2月5日は、

「インターネット革命の日」

に制定されました。


でも実はこのCD-ROMはスペイン語バージョンで、
ブラジルはスペイン語じゃなくてポルトガル語なんだよねー。

しかし私の予想では大丈夫なはず、
というのもWindowsはそもそも共通のシステムで表示する言語が違うだけ、
すべてのファイル名とかは英語基準でやっているので、
おそらくこのCD-ROMでポルトガル語のものでもインストールできるはず。

というかたぶんこのCD-ROMで全世界に対応できる可能性が高い、
WindowsXPの基本機能を拡張するだけなのでコピーCDとか別の国の言語とかは一切関係なく、
ただファイルがCD-ROMの所定の場所にはいってさえいれば、
それをコピーしてインストールするはず。

まあそれはブラジルにたどり着いたときにわかるでしょう。
どちらにしてもしばらくは日本語の読み書きで困ることはなさそうです。

投稿者 nabe : 19:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月06日

ペルーのインターネット事情

まえにインターネット事情を書いてみましたが、
なんか最近はまたちょっと違ってきています。

エクアドルとペルーでもそれなりに違うみたいです。

エクアドルではCD-ROMドライブがほとんどどのパソコンについていましたが、
ここペルーでは1軒に2,3台(10~20台中)ぐらいしかついていません。

たださすがにインターネットカフェなので、
パソコンを使える人がやっているようですべてのパソコンがLANでつながっているため、
店に入ったときにCD-ROM使える?と聞くとその使えるパソコンは大体ふさがっているので、
大元の管理するパソコンのCD-ROMドライブに入れてくれて使えるようにしてくれます。

ということでとりあえずCD-ROMが使えないということはまずないので便利でよいです。


そして前は南米のパソコンは日本語を読むことも書くこともできないと書きましたが、
どうもこれも最近はなぜか変わってきています。

最近は田舎な所を旅していたので、
(といってもペルーでは大きい町、しかしあんまり旅行者が長期にいるところでもない)
日本語が使える店というのは皆無でした。

しかしなぜか読むことだけはできるという店はいっぱいありました。

店に入っていつものように、

?Puedo usar japones langua?

ときくと、

No!

といわれますが、
店によっては

escribir?(書く?)
leer?(またはver?、読む、見る?)

と聞いてきます、
それで書くのはできないけど見ることはできるといわれて、
実際に使ってみると確かに読むことはできるのに、
IMEバーを表示させて言語の追加をしようとするとJAPONES(日本語)がないという状態。

ペルーのパソコンもすべてWindows XPを使っていて、
もともとXPは全世界の言語に対応しているはずなので、
読むことはできなくても書くことができるというのは本来なら当たり前。

当たり前に戻ったといえばそうだけど、
なんで読むことすらできない店が何件かあったのだろう?
さっぱりわけがわからない。

ということで最近は読むことだけはできるのでニュースとかメールだけは何とかチェックできます。
(もちろんかけないのでメールを日本語で送るのは無理、
そして今でもたまに読むことができないパソコンもある)

私はパソコン持ってきているから最悪は自分のパソコンで書いてもっていけばいいけど、
もってきていない人とかはどうするんだろう?

リマ、キトなどの各国の首都では使えるところがいくつもあったけど、
それ以外のところで使えるところはほとんどなかった。

windows2000までなら何とかなったのにXPになると本当にどうにもならない、
やっぱり基本的に海外で日本語入力はできないみたいなのでかなり不便です。


ちなみにこの文章とかはテキストファイルで書いているのですが、
南米のパソコンで開くと普通に文字化けしてさっぱり読めません。

でもインターネットで日本語が読めるパソコンなら、
ファイルを選択して右クリックでプログラムから開くにして、
インターネットエクスプローラーで開く。

ここでもまだ文字化けするので、
表示 → エンコード → 自動選択
にすると日本語に自動的に切り替わって見えるようになります。
(もちろんwhindowsはすべてスペイン語ですが、まあ配置は日本語と同じなので大体わかります)

しらないとせっかくパソコン持っていって書いても、
メールとかに文章をコピー&ペーストできないので意味なくなります。

でもどうせやるなら自分のパソコンで先の操作をしてhtmlファイルで表示させて、
その状態で名前をつけて保存、html方式を選択すればhtmlファイルになるので、
あとはもっていってそれを表示させればスペイン語のパソコンでの操作は少なくなるので楽です。

早くマイクロソフトが標準でWindowsXPをインストールしても全世界の言語が標準で入っているようにしてほしいものです。
たぶん100~200MBぐらい容量が増えるぐらいでしょう、
XPを入れるような今のパソコンのハードディスクの容量ならまったく問題ないはずなのに・・・。

投稿者 nabe : 19:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月05日

ペルーで一番最悪のバス会社、ボロメーニョ!

1月27日に久しぶりにオルメーニョ社のバスに乗りました。

9時15分リマ発のナスカ行きの便、
9時10分についてそしてすぐにバックパックを預けて、
さあバスに乗るぞと思ったらバスはまだ来ていない。

オルメーニョのバスは始発なのに普通に30分以上遅れてやっとやってくる、
見た目にもかなりボロい、
まあでも25ソルのエコノミカという最安クラスのバス、
もっぱら現地人の移動用に使われるもので、
トイレもついていないようなバス。

実は私が使っていたバスはほとんどすべてこのエコノミカだった、
あるバス会社でエコノミカのチケット売ってくれといったら、
ツーリスモ(旅行者)には売れないといわれました、
ツーリスモはツーリスモクラスに乗ってくれとのこと、
そもそもエコノミカは設備とか悪いからツーリスモには無理だよとも言われた。

でも安さにつられてついついエコノミカクラスに乗ってしまう私。
(他の会社に行ったら普通にエコノミカのチケットを売ってくれた)

まあローカル雰囲気満載でなかなか良いしね、
ゲロはき娘とかいたりもするし・・・。


バックパックは引換券をもらいバスの車体の下に入れてもらって、
貴重品が入っているバックを持ち込んで切符に書いてある席に行き、
荷物を上の棚に置いて出発まち。


ちなみにこの貴重品の入った荷物を上の棚にいれる場合は、
自分の席と反対側の少し前の席の上の棚に入れると常に自分の荷物が見えるので良い。

最悪あいていない場合で自分の上に入れる場合は、
かならず肩に背負う部分の紐とかをわざとたらしておいて、
荷物があることをチェックできるようにしておいた方がいいです。

完全に入れてしまうとなくなっても気づかないのであぶないです。

もちろん鍵はかけておいたほうがいいです。


エコノミカのバスはダイレクトではない場合が多いので、
(ツーリスモクラスのバスは直行便もしくは止まるところがかなり少なくて早い)
途中で止まった場合は、
必ず降りていく人が棚のバックを持っていかれないかチェックしておきます。

本当は自分の座っている席の下とかに入れておくのがいいんですけど、
狭くて入らない、汚い等の問題があるのでなかなか難しいです。

何時間も乗るのに足元においておくのも非常に邪魔です。

ただ夜行バスはいちいち止まる旅に起きるのも無理なので、
しょうがないので足元におく。

南米での移動はバスが基本なのでいろいろ盗難対策をほどこさないと痛い目にあう(のかな?、あったことないからわからない)。


バスは遅れているのに呼び込みをして客を乗せながら進むのでかなり遅く、
リマを出るころにはすでに10時半を過ぎ。

そして寝ていたら11時半ぐらいになぜかバスが停車、
そのまま2時間も修理をしていた。

やっと再び出発したらもう13時半、
イカというナスカの手前の町につくころには17時40分ぐらいになっていた。

しかもすでに2時間半も遅れているのにイカに30分も停車、
乗客みんな早く出ろ、早く出ろと叫んで怒ってる、
私もスペイン語が話せれば一緒に怒ってやるのだが・・・、
気持ちだけは十分に怒っておきました。

結局、本当は7時間ぐらいでつくはずなのに、
11時間以上かけてナスカについたころには20時半で真っ暗。

しかも荷物は適当に引換券とかをチェックすることなく言われるままに渡してました。

ペルーのバス会社で引換券チェックしないで渡している会社はじめてみた、
どんな地方の小さい会社でも引換券をわたして番号を照合してあっていてはじめて渡してた。


次の日にアレキパ行きのバスを探していて、
どの会社が安くていいのとその辺の人に聞いてみたら、
クルス・デル・スルかシアルのどちらか。
あとはお金しだいかなとのこと。

じゃあオルメーニョは?ときくと、

あれはペルーで一番大きくて一番最悪の会社だ、
あんなのに乗るのはよほどの貧乏か、バカだけ、
その辺の地方の小さい会社よりもサービス悪いぞ。

といってました。

確かにその通りだ、
今回もそうだが南米の始めてのバスもオルメーニョだった。

このオルメーニョの国際バスなのでもちろん最高グレードのロイヤルクラス。

であるにもかかわらず、
なぜか始発のリマでまたしても2時間もバスが来なくて遅れる、
出発したらもう暗くて夕食、朝食はお金を払っても食べる気にならないようなまずくてちゃっちいもの。

昼間になってはじめてクーラーが壊れていることが発覚、
しかもロイヤルクラスなので高級で冷暖房完備なだけに、
逆に窓を開けれるようになっていない。

蒸し風呂のようで外の方が涼しいぐらい。

荷物もなんのチェックもなしにホイホイと渡す。
(そういえばこのロイヤルクラスでも同じだった、
そのときは南米はこんなもんなんだと思っていたが、
オルメーニョだけが異常だったのか!)

こんなペルーで一番最悪のバス会社それが

ボロメーニョ!(オルメーニョ)

本当にボロいバスばかり走らせやがって!

とりあえず私はもう2度と乗らないことにしました。

投稿者 nabe : 15:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月03日

南米で温泉に入ろう2! in モンテレイ

1月24日、この日は夜行バスでワラスからリマへと移動する予定。

ただワラスの町はまったくやることがない、
暇なので近くのモンテレイにある温泉に行くことにする。

もともとワラスに滞在中に何回かいこうと思っていたのだが、
体調不良やモンテレイにいくコレクティーボが見つからなかったために断念していた。

ホテルを12時にチェックアウトして、
荷物はそのまま預かってもらう。

とりあえずはバス会社のオフィスまでいき、
リマまでのバスのチケットを購入する。

そしてモンテレイ行きのコレクティーボをさがす、

ガイドブックにはこの近くから乗れると書いてあり、
ホテルのおじさんはアルマス広場の1本横の道から、
ツアーの客引きのおじさんはホテルの近くから、

とそれぞれまったく違う話になっている。
ただホテルの近くで一回見かけたことがあるので、
とりあえずホテルに戻ることにする。

でも歩き始めて30秒ぐらいで向こうから、

Monterrey

と書かれたコレクティーボがやってくる、
すぐにとめて呼び込みのお兄ちゃんにバニョス(温泉)?ときくと行くというので乗る。

コレクティーボは満員でかなり狭くきつかった、
20分ぐらいでモンテレイについたみたい。

でも行ったことない場所だからどこで降りたらいいかさっぱりわからない、
だんだん人は降りていって最後は私とおじいちゃんおばあちゃんの2人のみになる。

しかも坂道を登っていって辺境なところでバスは止まる、
これはまた呼び込みのお兄ちゃんにやられたかな、
ちゃんとバニョス?てきいたのに・・・。

まあ戻るにしてもこの呼び込みのお兄ちゃんだけが頼りなので、
違うと思うけど、「ここバニョス?」ときいてみる。

前みたいにもう通り過ぎたよ、
じゃあ戻ってくれという会話になると思ったら、

ここだよ、といわれた。

ここといわれてもそれらしきものがさっぱりない、
ここってどれなの?ときくと、

あれ、と指差されたのはほんの20mぐらい先の建物、
でもなんか工事とかしてる。

まあとりあえず行ってみようとおりていく、
なかはバリバリ工事やってるし門は閉まってるし、
これは改装工事中かなと思ったら、

なかからおじさんが歩いてきて、
バニョスか?
ときかれて、そうというと門を開けてくれた。

工事中なのに大丈夫なのか?
3ソル払って中に入る。

ここはプールと温泉が併設されているみたい、
おじさんがプールか?と聞いてきた、

今日は曇っていてちょっと雨ぱらついているのに入れるわけないだろ!

と思いながらも、
そんなスペイン語は例によって話せないので、
バニョスというと向こうと教えてくれた。

いわれた建物に入ると前のインカの温泉と同じように、
個室の風呂がいっぱい並んでいた。

掃除のおじさんに券を見せて中に入る。

ここは日本のバスタブみたいで縦長だった。

さっそくバルブをあけて温泉を出す、
ここの温泉は源泉で45℃ぐらいしかないらしく、
水で薄めることなく入れる。

でもなんかのダシがかなりきいていて、
お茶のような濁った色をしていた。

温泉はちょうどいい湯加減でバスタブが縦長なので足を伸ばしてゆったり入れる。

ただそのまま入っているとだんだんぬるくなってくるので、
20分ぐらいしたらお湯を一回抜いてまた温泉をためる。

入り口には30分までと書いてあったけど何にもいわれないので、
そのまま居座る。

でもさすがに50分ぐらい入っているといい加減疲れてきて限界、
でると掃除のおじさんはお昼を食べに行ってしまったのか誰もいなかった。
(だから30分以上入っても何にもいわれなかったのかな)

かなりダシがきいているし、
今日はこのまま夜行バスで移動なので、
匂いがあるようには思えないけどそのまま上がってはさすがに隣に座る人に迷惑かもしれない。

洗うとなると水をかけるしかない、
持ってきておいたペットボトルに水を入れてそれで上がるときに水で温泉を流す、
川の水なのかやたらと冷たくてせっかくあったまった体が一気に冷える。

しかも外は雨が降っていていっそう寒かった。

外にでてちょっと周りを見てみるとプールがあり、
そのプールもお茶色をしていたので温泉プールみたい、
広くて気持ちよさそうだけど私は個室の方がゆったりできていいかな。

ここは平日だからか客もさっぱりいなくて、
山間の村にあり、あたりは山に囲まれていて近くに川が流れているので、
静かで落ち着いた雰囲気でかなりよい温泉でした。

投稿者 nabe : 14:24 | コメント (0) | トラックバック