« 2005年05月 | メイン | 2005年07月 »

2005年06月28日

山とホットシャワー

6月28日、旅行201日目にやっと山にたどり着きました。

まあ山といっても標高1000mのどこにでもあるようなところなんだけど、
ブラジルは基本的に平野ばっかりなのでブラジルでは貴重なところ。

ボリビアを出たのが3月の初めて、
それ以来標高の高いところはいくつか行ったけど、
町が大きすぎて山なんだか平野なんだかわからないところばかりだった。

そしてひたすら平野の町を巡ること約4ヶ月、
もう平野は飽き飽きで

とにかく山が見たい!

そして山に囲まれた高原の田舎町に泊まりたい!

という思いが強くなり、
旅行半年が近づいたころにベネズエラから命からがらブラジルに逃げ帰ってきて、
今後の予定を考えていたら、

ブラジルにも高原の田舎町があることが発覚!


まあいくらブラジルが平野の国といったって山がないわけではない、
むしろブラジルの中央部はほとんど山なので1/3ぐらい山がある。

でもそのあたりに旅行者が行くような町はさっぱりない、
なにせもともとポルトガルからの植民地なので、
主だった町はすべて大西洋岸にある。

いくら山が見たいといっても、
地図もないどこの町かもわからないところにまで行って見たい、
とまでは日本への帰国も近くなってきたこの時期には思わない。

でもブラジルの中央部で唯一といってもよいぐらいの見所が1つだけある、
それは

首都ブラジリア

南米の国はいったところはすべて首都を回っていて、
あの超危険なベネズエラの首都まで命がけでいっている。
これだけブラジルをいろいろまわっているのだからもちろん首都にはいっておきたい。

しかもこの首都というのが非常に変わっていて、
先に書いたようにブラジルは植民地なので基本的に海岸沿いにしか大きい町がない、
じゃあなんで首都がブラジルの中央部のまわりにまったく大きい町がないようなところにあるの?
ということになる。

答えは簡単で、
つい最近無理やり作ったから。


なんかねー、
ある日の昼下がり大統領が突然

首都を5年で作る!

とかいいだしたらしいよー。

そして本当に村すらない荒野だったところに5年でつくっちゃったらしいよー、
すぐにそれまでの首都リオ・デ・ジャネイロから移してしまったらしい。

ブラジル人すごいよねー、たった5年で首都を移転させるなんてねー、
日本なんて首都を移転させようかという議論ですら10年以上かかっているのにねー。

そして普通の国ならやっぱり海岸沿いのアクセスの良いところに作るのに、
大統領は何を考えているのか

めちゃくちゃ交通の便が悪く、
そして周りに大きい町がさっぱりない陸の孤島のような、
ブラジル中央部の荒野に首都の建設地を選んだ。

ということでブラジルのあらゆる主要都市から最低でも

1000km

も離れているという至上稀に見ない不便で土田舎な首都が誕生した。


まあある日の昼下がりに突然ということはさすがになくて公約かなんかだったんだろうけど、
それにしてももう少し場所はちゃんと選べなかったものなのか?

まあブラジルの中央に位置するから、
ある意味ではあらゆる都市から近いともいえるんだけどねー。

で、遷都から約40年が過ぎた現在ではというと・・・

全然田舎デース!

土田舎デース!

まあ確かに官庁とかのビルは立っているんだけど、
他にオフィスビルとかほとんどないんだよねー、
あるのは中高級ホテルだけ。

でも暇そうにしてたよー、
客いないのかなー。

中心の通りから1kmもはなれたらすべて一戸建ての家ばっかり、
土地よっぽど余ってるんだねー。

そして5kmもはなれたらまわり森と山だねー、
自然豊かなところに作ったもんだよねー。

いろんな国に行ったけどこんな田舎の首都ははじめて、
まあ世界第五位の面積を持つ国だからできることかもしれないね、
あらゆる主要都市から1000kmも離れたところを持つ国なんてほとんどないしね。

他の国も国自体がそこまで大きくないから田舎に作りようがないとも言える、
でかい国は田舎に首都を作るものなのかな?
オーストラリアもキャンベラとかいうよくわからないところが首都になってるしねー。





ブラジリア
計画都市なので道とかは整備されていて綺麗
でも田舎なんだよねー、すっごく!



まあブラジルの首都の話はどうでも良い話、
ただあまりにも田舎だったもので誰かに聞いてもらいたかっただけ。

とにかくブラジルの首都が中央部にあり、
首都でもあるし人工都市として世界遺産にも登録されているようなところ、
もちろんここはルートに入っている。

そしてガイドブックを見ているとその南のリオ・デ・ジャネイロとの中間ぐらいに、

オーロ・プレット

という町について書かれていた。

ここも町が世界遺産に登録されているということでのっているみたいだけど、
もちろん町の世界遺産は基本的にたいしたことないのでそんなに興味はない、
でもここは標高1000mの高原に位置していて、
町もかなり小さくて田舎で周りは山に囲まれている可能性が非常に高い。

ここだ!

ここ以外にブラジルで山の町に泊まることなんてありえない!

ということで1ヶ月も前からこの町を非常に楽しみにしていた、
というか心のよりどころになっていたかな、
なにせマナウスからひたすら30℃を超えるような暑いところばかりで、

オーロ・プレッとまで行けば南にかなり下がるし標高も高いから涼しくなるはず!

という感じで暑さに耐えてきていた。


そしてブラジリアにたどり着く、
ブラジリアも標高は高くて1000mぐらいある、
なのでまあそれなりに涼しくて23~25℃ぐらいとなかなか快適だった。

田舎だけどビルもそれなりにあるし、やっぱり高原の田舎町には程遠い。


しかしここでついにシャワーがお湯に戻る。

最後にお湯のシャワーを浴びたのはいつだったかなー、
記憶にあるのは確かカンポグランジ、
サンパウロから北上していってパンタナール湿原の入り口となるブラジル3都市目の町。

それが5月の上旬ごろの話だから、

1ヵ月半以上、水シャワー!

だったことになる、
途中にアマゾン川シャワーも数日含んでいたねー。

まあ確かに暑いからいいといえばいいんだけど、
日本と違って夜は27℃ぐらいまでちゃんと下がるから、
夜に浴びるとちょっと冷たかったりする。

ましてやその日が曇っていて気温が上がらなかったら、
夜に浴びるのはかなり大変。

暑いところでも水はやっぱりちょっと冷たいよねー、
毎日プールに入ってるような感覚だもん、
いくらあつくてもプールに入るときはどうしてもちょっと冷たい、
それを毎日、しかもプールと違って慣れたころにはもう洗い終わっている。

オーロ・プレットにいくまで水シャワーかなーと思っていたら、
ブラジリアも標高が高くて冬に気温がかなり下がるときもあるようなのでお湯になっていた。

まあどんな町でもそれなりのホテルに泊まれば当然お湯なんだけど、
安宿は経費節約のためか水のみ、
しかしこのブラジリアの宿も安宿かというと微妙。

なにせ一泊35ヘアルもする、
それまで25ヘアル以下が基本で20ヘアル、15ヘアルがほとんどだったので、
私の中ではちょっと高級なホテル?見たいな感じ。

ブラジリアは首都で他に何もないからか、
官庁の町でほとんど高級ホテルばっかり、
ガイドブックには100ヘアルが手ごろな料金とか書いてある。

何泊分だよそれ・・・

ガイドブックの最安が60ヘアルなのでブラジリアのホテルは本当に困る、
まあインターネットで少しはなれたところに、
安いポサダと呼ばれる安宿があることを見つけておいたのでなんとかなったけど、
それでも35ヘアル、困った都市なブラジリア。

なんかすぐブラジリアの話になる、
それだけいろいろ印象が深い町なのかな。

とにかくここでやっとお湯のシャワーを浴びることができた、
久しぶりに浴びるお湯のシャワーは普通の温度なのにかなり暖かく感じました。


でもここは電気シャワーだった、
日本ではほとんどガスでお湯を沸かすけど、
南米ではこの電気シャワーというのが結構ある。

普通の蛇口の先にその電気でお湯を作る装置(かなり小型)をつけてあとは電源をとるだけ、
お湯の温度は一応2段階メモリで調整できて、
それと出す水の量で多く出せばあまり温まらずに出てくるというように調整できる。

大体ぬるいお湯が出てくるので、
一度電源を入れるために多めに水を出して入ったら、
電源が落ちない範囲でできる限り絞ってやると暑いお湯が出てよい感じになる。





電気シャワー
結構簡単につけれてお湯が出るので便利




これは1つ20ヘアルぐらいと1000円もしないで売っていてかなり安い、
こんな安いんだから安宿でも十分つけれるのではないのかと思うのだが、
暑いところでは水で十分という考え方なのだろうか?

ただこの電気シャワーにも1つだけ、そして最大の問題点がある。

それはたまに漏電していること。

南米人ただ装置をつければいいと思ってるんだよねー、
電線をつないでいって、

あれ?
電線三本もあるよ?
一本細いのあまるけどなにこれ?
まあいいかちゃんとお湯でるし!

といった感じでつけるみたいなんだよねー、

なにせシャワーを浴びるのだから全身びしょぬれ、
とりあえず浴びる前は当然ぬれていないので抵抗が大きくて大丈夫、
そしてシャワーを浴びてとめようと蛇口をひねろうと触った瞬間に

ビリ、ビリ、ビリ
ギャーーー!

といった感じになる。

アースちゃんと取れよ!

200Vの電撃ビリビリはちょっとしゃれにならないぞ!

下手したら死にかねないよねー、
南米の電気シャワーはかなり怖いです。

すべて漏電しているわけではないのだけれど、
たまに漏電したのもある、
一度あうとしらばくは警戒するんだけど、
忘れたころにまたやってくるといった感じ。

そんな南米の電気シャワー対策は、

とりあえずタオルで体を拭いてサンダルを履くまでシャワーは流しっぱなしで止めない
そしてとめるときも素手じゃなくてタオルの上から触る

これをやると電撃をあびなくても良くなります。

まあやらなくても、
慣れると100Vぐらいの電撃は耐えれるようになりますけど、
200Vはちょっときついです。

ここの電気シャワーは漏電していなくて大丈夫だった、
そしてひさしぶりに朝シャワーをしておいた。

いくら暑いところでも朝の寝起きは体が冷えているのでとてもじゃないけど水シャワーは浴びれない、でもお湯なら大丈夫。
夜に夜行で移動するので朝浴びれるとかなり良いです。


そして気持ちよく夜行バスで憧れの地オーロ・プレットへと移動。

オーロ・プレットは予想していた通りの田舎の高原の町、
まさにこんなところにきたかったという所。

曇っていることもあり気温は20℃とちょっと寒いぐらい、
そして景色はまさに絶景。

といっても普通にきたらただの山間の田舎町なんだけど、
やっぱり平野ばかりからくるとすごく特別に感じられる。

世界遺産とはいえそんなに見るところがない、
そもそも中心地だけなら30分ぐらいあれば歩けてしまうような町、
でもただぶらぶらしているだけでも周りは山ばかりで、
山に沿うように家が建っていて見ているだけでも飽きない。

日本にならどこにでもある風景でもブラジルでは非常に珍しい、
やっぱり山はいいです。

まあでもペルーやボリビアのようにあの異常に高い山はちょっと・・・、
なにせ緑がないからねペルーやボリビアには、
標高高すぎて木が生えないの、
高山植物がちょっと生えているだけであとは岩肌ばかり。

これだけ理想の山間の田舎町というと南米ではなかなかお目にかかれない、
これに近いのはエクアドルのアラウシぐらい、
アラウシも本当に田舎だった、ここよりもさらに田舎で山ばかりだった。

あとペルーのワラスというところもかなり良かった、
ただここは標高が3000mを超えていて、
まわりは4000~5000m級の山ばかりで周りはすべて雪山だった、
でも田舎だったし、雪山も真っ白で綺麗だった。

あとはまあ普通の山間の町が少々あったぐらいで、
そのほかは標高高くても都会だったりしていまいちなところばかりだった。

南米の最後で理想の山間の町にたどり着いたのは結構良かったです、
あとは日本に帰ったらちょっと山にでも行ってみようかな、
日本ならちょっと走っただけですぐ山だから良い景色いっぱい見れそうだし、
そろそろちょっとしかわからないポルトガル語にも飽きてきてたし、
日本語が話したい今日この頃です。





オーロ・プレット
小さい町で景色も良くてかなり良いところ

ブラジル人がハイシーズンになるといっぱい来るのも納得

投稿者 nabe : 15:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月27日

旅行200日目

ついに旅行も200日を越えました。
200日目はブラジルの首都ブラジリアで迎えることとなりました。


100日目は結構長く旅をしたなーとなかなか感傷に浸っていたのですが、
200日も旅行するとああそんなものかなというぐらいで、あんまり感動とかほとんどないです。

旅行の節目は1週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、100日、半年はやっぱり大きいです、
でもこれを過ぎると次は1年になるのかな?
それとも9ヶ月はやっぱり重要かな。
200日なんてついこのまえ半年が過ぎたばかりなので全然たいしたものではない。

それに加えてあと2週間もしないで日本に帰ってしまうので、
旅の終わりがどんどん近づいているというカウントダウンの方が重要なぐらいです。

旅も残り12日しかなく、
訪れる都市もサンパウロを除くとあと2都市のみ。

でもこれだけ日本が近づいてくると逆にあんまり日本のことは考えなくなってくる、
残り1ヶ月ぐらいのときは結構いろいろ考えていたけど、
ここまでくると長かった南米の旅の終わりがもうすぐなのかと思うとちょっと残念。

ブラジルの物価が南米一、しかも際立って高くなければもっとブラジルをまわっても良かったんだけどねー、
なにせお金がそれまでの他の国とは違ってすごい勢いで飛んでいくからなー。

まあ旅も飽きてきたことだし、
ちょうどいいといえばちょうどいいころあい。

あと12日、なんとか無事に無傷で南米を脱出できるといいなー。

でもなんかリオ・デ・ジャネイロもすごく危ないところらしいからなー、
なんかリオ一体を支配していたマフィアの大ボスが捕まって、
その跡目争いと分裂などでめちゃくちゃ治安が悪くなっているらしい、
毎日夜になると銃声が聞こえてたとかいった人はいってたなー。

銃を使った強盗とかも多発しているらしいし、
最後の最後でやばいところに行くことになった、
なんとか無事に脱出できると良いのだけど・・・。

投稿者 nabe : 14:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月20日

料理の鉄人再び

もう南米では仕事はない

そう思って引退した料理の鉄人ですが、
再び仕事ができました。


物価が南米一高いブラジルは、
唯一食事だけはやたら安く済む。

町のあちこちにポルキロ(Por Kg)というグラム単位の量り売りの店がある、
ビュッフェみたいな形式になっていて、
好きなものを好きなだけ皿に取りその重さでいくらというように売ってくれる。

だいたい100gが1.1~1.5ヘアルぐらいで、
500gでも6,7ヘアルもあれば十分でお腹いっぱいになる、
2.5ヘアルが100円ぐらいなので250円ぐらい。

物価の高いブラジルではこれは非常に助かる、
そして普通においしいのでこんな状態で鉄人の仕事なんてあるわけない。

と思っていたのですが、
ブラジルに入って中央平原部を上がっていくときは全然問題なく、
そのままベネズエラまで行ってまたブラジルに戻ってアマゾン川を下り、
ブラジル北東部の町ベレンまでたどり着いた。

でもここはいままでのブラジルとは全然違っていた。

夜は午後6時過ぎてくると人が減りだして、
8時には全然いなくなってとても歩ける状態じゃなくなる。

それにそもそも店が午後6時をすぎるとほとんど閉まってしまう、
なので食べに行きたくても食べることができない。

高い店ならやっているだろうけど、
そんなところまで歩いていくのもそもそも危ない、
そして高いから行く気にもならない。

このあとの町もベレンほどじゃないにしても、
夜は店がやっていない、歩くのは危ないという状態、
これまではまあ昼にいっぱい食べておけばいいやということで、
1日1食で過ごしていた。


そしてサルバドールへとたどり着く、
ここはブラジルで一番危ない都市といわれているところ、
黒人さんがいっぱいいて銃とか持ってるらしい。

こんなところ出れるわけないねー、
そしてサルバドールには日本人がいっぱい泊まる宿があり、
そこにいくと冷蔵庫とキッチンがあった。

いままでどおり1日1食でもいいけど、
日曜日が間にある。

これまでの傾向からすると日曜日は店が一切やっていないはず、
となると食事すらできない。

それならキッチンもあることだし・・・


ということで鉄人に仕事ができて再び料理をすることになりました。

といって本格的にはやらなくて日曜日と夜にお腹がすいたときに作るぐらいの予定だったけど、
日曜日は予想外に観光都市だからか店がいっぱいやってて昼間は食べれてしまった。

でもサルバドールについてすぐに食材を買い込んでしまった、
もうあと4日ぐらいしかいないし、捨てるのはもったいないから、
ということでサルバドールについて3日目の日曜日の夜についに料理を作ってみることにした。


今日のメニューは

パスタ

ブラジルはスーパーというものがほとんどなく、
現地人はどこで食材を買っているのだろうか?というぐらいない、
しかもサルバドールは観光の町なのでいっそうなく、
ちかくにあった小さい食料品店で調達できるものというとこれぐらいしかなかった。

でもさすがにこれだけだといまいちなので、
その他にコーンとツナの缶詰と卵を買っておいた。

卵はこのままおいておいても食べなさそうなのでゆで卵にする、
それように鍋でお湯を沸かす。

さらにパスタ用に大きい鍋でお湯を沸かす、
塩がおいてあったのでちょっといれておく。

その間にコーンの缶詰をあける、
これはそのまま食べれるのでつまみ食いをしながら料理をしていく。


卵用の鍋が沸騰したので卵を入れることにするのだが、
ここでふと疑問が、

あれ?
これもう沸騰していて熱いんだけど卵どうやって入れるの?

そっと入れてあげたいけど熱くてとてもじゃないけど無理、
うーん、これってうえから落としてやればいいのかなー、
水が入っているからゆらゆらとゆっくり落ちるのかな?

まあいいや、やってみよう

ガチャ

あ、ヒビ入っちゃった・・・

しかも中から白身が出てきてそれが白くなってる、
あわててお玉ですくいだす。

やっぱりダメか、
よく考えれば(考えなくても)そりゃ勢いよく落ちるよね、
あきらかに比重でかいもんね。

ゆで卵を作るときは卵は鍋にお玉で入れる

また1つ勉強になった。
残りはちゃんとお玉を使ってそっと入れておきました。
(うーん、そんなことしなくても最初から入れておけばよかったのかな)

割れてしまったものはしょうがないので目玉焼きにする、
フライパンに油を引いて目玉焼きを作る、
やたら黄身がでかくてちょっと不気味だったけどまあそれなりの目玉焼きができた。

そんなことをしているうちにパスタ用の鍋が沸騰したのでパスタを入れる、
いつも作りすぎてあまるので今回は少なめにする。

さすがにそろそろ慣れてきたので適当にかき混ぜながら試食して硬さを確かめる。

それをしながらそういえばゆで卵はどうなったのかな?
と鍋のふたを開けてみてみる。

まあ普通に沸騰している、
ここでまた疑問が、

ゆで卵ってどれぐらいの時間でできるの?
10分ぐらいなのかなー、
でもそもそもここには時計がないから時間とかさっぱりわからない、
まあでも茹でるだけだから焦げるとか何にもないし、
長くやっておけば間違いないか。

とまたふたをしてそのままにしておく。


パスタが良い硬さになったのでお湯を捨てる、
いつもならこの状態でパスタソースをかけて終わりにしているけど、
これだとソースが冷たくてパスタがすぐ冷たくなりおいしくない、
そしてうまくあわさらないということが修行の末にわかったので、

浅い鍋にうつして油をかける、
そしてそこにパスタソースをかけて暖めながら混ぜる、
これでおいしいパスタができるはず!

ということでそれをやるのだけど、
ここで大問題が発覚!

今回はパスタソースがなかったので、
トマトソースかケチャップでうまく味付けをしようと思っていた、
そこでトマトソースを買ってきていたんだけど、

あけてびっくりトマトジュースだった・・・

紙パックのトマトソースなんてちょっと変だとは思ったんだよねー、
でもジュースなら他のオレンジジュースとかが別のところに集まっていたからそこにあるだろうし、ソースでしょ?

という感じで買ってきたのだが、
まさかどうやら予想に反してトマトジュースだけわざわざ別に、
しかもパスタの近くにおいてあったようだ。

なんでだよー、まちがえるじゃんよー。

まあポルトガル語が読めるブラジル人なら大丈夫なのかなー、
せめてジュースとか何とか書いておいてよ・・・。

うーん、困った、
このままでは味なしのパスタになってしまう、
しかしトマトジュースで味付けできるのか?

ジュースとソースの違いは濃度が違うだけなのかなー、
それだったら大量に入れれば水分が飛んでソースと同じになるのでは?

まあやってみるしかないか・・・

ということでトマトソースで味付けをしてみる。
入れても入れてもなかなか味がつかないので150mlぐらい入れてやるとやっと味がついた。

とにかくこれだパスタも完成。


さあじゃあ食べてみるかなと思ったら、
そういえば卵を茹でていたのだったと思い出して、
鍋のふたを開けてみてみると、
なぜか水面に白い膜が、
なんなのこれ?

お玉を使って卵をあげてみると、
全部ヒビはいって中身が飛び出しているものもあった。

茹ですぎなの?

ゆで卵って茹ですぎると割れちゃうものなの?

うーんゆで卵も難しいねー(鉄人には)。

まあでも食べれないことはないので、
そのまま出す、3個作ったので1個だけ食べて2個は朝食用にする。

そしていよいよ試食?です!


とりあえずコーンを食べる、
さすが缶詰だけあっておいしいです。
これが一番おいしかったなー。

そして次は目玉焼き、
まあこれも見た目はちょっとだけど味は普通だった。

さらにゆで卵、
形が良いものを選んだのでこれも普通、
まあゆで卵をまずく作るという方が難しい。
(でもそれができてしまうのが鉄人、まあ形だけだけど)

そして最後にパスタ、
その味は・・・

まずい!

相当にまずい!

なかなかパスタをここまでまずくするのは難しいぞ!

というぐらいまずかった。
やはりトマトジュースでの味付けが良くなかったようだ、
無理やり水分を蒸発させている間にパスタがのびてた、
のびたパスタはめちゃくちゃまずい、
そこへトマトジュースの味付けなのでさらにまずい。

不幸中の幸いは、
パスタの量が少なめだったことかな、
なんとか無理やり食べきることはできた。


こうして鉄人の本領を発揮しまくりながら鉄人の再起戦がおわった。
まあもう旅もあと少しだし、
ここでたらまた普通のホテルばかりなのでキッチンなんてないし、
今度こそ鉄人は本当に引退かな。


本日の教訓

1.ゆで卵を作るときは卵は鍋にお玉を使ってそっといれる
2.ゆで卵は茹ですぎると破裂する
3.トマトジュースでパスタに味付けしてはダメ

の3つでした。



今日の鉄人の料理

投稿者 nabe : 15:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月18日

南米の風

南米に来て190日がすぎました。

その間にいろいろなところへと行き、
そして南米の東西南北端にたどり着きました。

はじめは西の端「ペルーのピウラ」
旅行をはじめて1ヶ月ぐらいの1月12日に到達、
でもここは通り過ぎただけで泊まっていない。

真夏だったこともありやたら砂漠のような乾燥した暑い風が吹いていた。


次は南の端「アルゼンチンのウシュアイア」
ここは旅行を始めて4ヶ月たった4月10日に到達。

冬が近づいてきていてかなり寒い風が吹いていて雪も降っていた。


そして北の端「ベネズエラのカラカス」
ここには5ヵ月半ぐらいで到達。
ここは北半球になるので夏が近く暑かった、
でも危ないところでしかも都会だったので、

排気ガス臭く汚い風が吹いていた。


最後が東の端「ブラジルのオリンダ」
ここはつい先日とおってきたばかり、
半年ちょっとでここまでたどり着いた。

ここは大西洋が目の前で、
潮風を含んだ心地よい風が吹いていた。


これで東西南北端を制覇、
まあ実際のところは本当の端といわけではないので、
私の中での端を制覇したというところかな。

ピウラとオリンダはほとんど同緯度で、
カラカスとウシュアイアはほとんど同経度、
たまたまだけどちょうど十字架を書くように南米大陸を制覇、

まさに Crus del Sur(南十字星)

みたいな感じです。

さてこんな南米の旅ですが、
私の中での南米の風といえばこれしかない!というものがあります。

それは旅行1週間目とブラジルにはいって旅行が5ヶ月ぐらいすぎたアマゾン川を下る船の上、そしてついこないだあった風です。

正確には風邪。

この南米の風は本当に半端じゃないです。

日本ならかかっても1日で直る、
風邪薬とかいっさいなしでしかも仕事してたりしても直ってしまう、
そんな私がどっぷりかかってしまうのが南米の風。

3つの風はなぜか同じ症状でした、
そんな南米の風の特長としては

突然かかる

本当にびっくりするぐらい突然かかります。

1回目の旅行1週間目のときは朝起きたときは特に問題なくて、
ペルーからエクアドルへと行く長距離バスに乗るために午後4時にバス会社のオフィスにいってまっていたらいつの間にかかかってた。

2回目のときは夜寝てたらかかってた、
まあ船の上はちょっと寒かったから。

3回目のつい先日も朝起きてバスターミナルに行く途中でいつの間にかかかってた。

寒気とかするし、のどが痛いというのは日本の風と同じ症状。
ただかかったらとりあえず最悪の状態まではほぼ間違いなくいきます。
まあいつもかかるのがバスで移動する変なときだからということもあるけど。

のどはどうにもならないくらい痛くなります、
うがいなどをしてもさっぱり痛みはおさまりません。

それにあわせて頭がかなりボーっとしてきます、
たぶん熱が出ているのでしょう。

この状態が2,3日続きます。

のどが痛いということは当然風の菌がそこまで来ているので腹にも入っているので、
ある程度過ぎると今度は下痢になります。

そのうち頭は直っていきます、
そして下痢も治ってくるけどなぜか下痢でもないのに腹が痛くなります、
ちょっと鈍い痛みでやばそうな感じの痛みです、
風で弱っているのでけっこうびびります。

こんな感じでだいたい完治するまでに1週間ぐらい必要になります。

まあかかっている間も観光していたり移動しているのもちょっと良くないのかもしれないけど、
日本の風なら全然仕事していても問題ないので、
やはり南米の風はかなり強力です。

あんまりにも症状が重いので2回目と3回目のときは、
ちょうどマラリアの感染地域がちかくて、
その前に蚊にいっぱいかまれていたので、
マラリアじゃないのかこれ?
とかなり本気で心配してました。


それにしてもこれだけすごい南米の風は普通の人はどうなるのかなー、
かなり健康体な私でもこんなことになるのに、
普通の人がかかったらそれこそとんでもないことになるのでは?

まあでも南米の風にかかるのは長期旅行者ばかりだろうから、
長期旅行者は体力あるから何とでもなるのかな。


でも途中であった1ヶ月ぐらいの短期旅行者(短期か?まあ南米ではね・・・)はかかったときに日本の風邪薬では全然きかなくて、
現地の病院で薬もらって飲んだらすぐ直ったとか言ってたなー。

日本の風邪薬が効かない南米の風がすぐ直るって・・・

抗生物質とかいっぱい入ってるんじゃないのか?

それはそれでやばそうな気がするけどなー、
南米の風よりも南米の風邪薬の方が怖いかもね・・・。


投稿者 nabe : 15:34 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月15日

ある日の一日の出来事

6月15日水曜日(旅行188日目)
レシフェ(私の中では南米大陸西端)


朝9時に起きて外を見ると良く晴れている、
昨日は一日雨でさっぱり観光できなかったので今日こそは観光する!

と勢いはいいけど、
ここ3日ぐらい体調がかなり悪くてもたもたしていたら10時近くになってしまい急いでホテルを出る。

今日はここレシフェから20kmぐらい離れたところにあるオリンダという町に行く。

オリンダは町が世界遺産に登録さているところで、
古い教会などがたくさんあるところ。

ここに行くにはタクシーかバスしかない、
もちろんバックパッカーなのでバスでいくことになる。


バスでいくのはいいけど、
レシフェは人口140万人とやたら大きい町でバスの路線は星の数ほどある。

オリンダ行き

と書いてあるバスは街中を歩いているときに注意してみていたけどさっぱりなかった。

そこでホテルのフロントの人に聞くけど、
2人にきいたけどそれぞれ言うことが違う。

本来ならこんなときに一番役に立つはずのガイドブック、
でもそのガイドブックには

オリンダ行きはセントロのなんとか橋の手前にあるバスターミナルで、
前から2,3番目ぐらいの停留所からでている、
停留所に行き先が書いてあるからそこでのる。

と書かれているんだけど、
そもそもバスターミナルなんてないです、
小さい停留所があるだけ、
そして行き先なんてさっぱり書いていない。
バスも手をあげると止まるのでいつも止まる所が違う。

こんなんでどうやって乗るのだろうか?

使えないよ「地球の歩き方」!

レシフェにきたらオリンダに行くに決まってるんだから、
もう少しちゃんと調べようよ。


まあとにかくその停留所にいってみる。
そしてオリンダ行きなんてさっぱりないので、
いつもどおりに人に聞くことになる。

さっそく前にいたおじさんに

ペルドン セニョール
(すいません、おじさん)

キエロ イル オリンダ!
(オリンダに行きたいんだけど)

エステ オニブス パラ アキ?
(バスはここから出てるの?)

するとおじさんはちょうど前にいたバスのフロントに書かれている文字を覗き込んで、

このバスはオリンダまで行くよ

と教えてくれた。

お礼を行って早速乗り込む、
一応運転手にオリンダに行くの?
ときくと行くというのでそのまま乗る。

そして車掌(ブラジルのバスは必ず車掌が乗っていてお金をこの車掌に払う)にお金を払う。
このときに「オリンダのセー教会にいきたいからついたら教えて」というと、
自分はわからないから運転手にいってといわれたので、
また運選手のおじさんに同じように言う。

でもセー教会というのがどうもわからないようで通じない、
まあ運転をしていることだし、
たぶんオリンダはそんなに大きくないだろうからつけばなんとかなるだろう、
ということでオリンダについたら教えてもらうことにする。

するとそんなやりとりを見ていた客の1人のおじさんが、
話しかけてきてくれて、
ポルトガル語なので何をいっているのかわらかないけど、
この感じからするとこの人がついたら教えてくれるといっているみたい。

なんか運転手とも話をしている、
ああこれで無事にたどりつくな、
と思ったらこのおじさんは10分ぐらいで降りていってしまった。

えっ?
教えてくれるんじゃなかったの?
じゃあさっきの話はなんの話だったの?

まあいいや、たぶん運転手のおじさんは教えてくれるだろう。
さらに10分ぐらい走ったら丘の上に教会らしきものがいくつか見えてきた。

運転手も合図をしてきたので、どうやらオリンダに着いたようだ。

さてどこでおりたものかな?
と考えてもう一度運転手に、
今度はカルモ教会に行きたいというと、
理解してくれてすぐ近くでおろしてくれた。


ついたところは目の前に大西洋が広がっていた、
そういえば大西洋を見るのは南米に来てからでは初めて、
ちょうど南米大陸の西端に着いたことだし、
これはよいとちょっと眺めておいた。

そしてカルモ教会にあるいていていくとすぐにつく、
まあ古いことがとりえの教会なのでたいしたものではない、
でもまわりにはヤシの木がはえていたりと南国ムード満点なところ。

なかなか良いところだなーと思っていたけど、
すぐにガイドがやってくる。

ガイドブックにも書いてあったし、
日本人宿の情報ノートにも書いてあったけど、
このオリンダのガイドはすごくしつこくて数も多くてめちゃくちゃうっとうしいらしい。

どうせ高いだろうし、
たのむ気はさっぱりないので無視するけど、
しつこいので

No fale portgers
(ポルトガル語は話せない)
とポルトガル語でいうと、

スペイン語は?
と聞いてきたので、

No hablo espanol
(スペイン語も話せない)
とスペイン語で言うと、

じゃあ英語は?

と各国の言葉で聞いてきた。

もちろん英語も話せない、
日本語しか話せないよ。

といってやる。
さすがにあきらめるだろうと思ったら、
それでもポルトガル語でカルモ教会の説明を始める始末。

噂には聞いていたけど本当にうっとうしい、
頭にきて

うるせーんだよ!
どっかいけ!

と日本語で怒鳴ってやるとやっと離れていった。

でもその30秒後には別のガイドがきて同じやり取りをすることに。

それをふり切っても1分もしないうちにまたきてと、
どうしてこんなにガイドが多いのだここは?

さすがにこれはいかんなと思い、
近づいてくる前に何とかしないと、
ということで4人目からは、

こっちに向かってきたら、

すぐににらんでやる

でももちろんそんなことでひるむほどここのガイドはあっさりしていない、
それでも近づいてきて声をかけてくるので、

目をそらして無視する。

でもまだ話しかけてくるので、

もう一度だけ本気でにらんで、
すぐ目をそらす

これをやるとさすがにあきらめる。

目だけでガイドを殺す!

つかえると結構便利です、
応用として

目だけで客引きを殺す!
目だけで土産物屋の勧誘を殺す!

などなどいろいろ使えます。

3人ぐらいこれで殺してやってやっとカルモ教会から逃げ出す。

たった10分もいなくてこれだけくるとは噂にたがわぬすごさ。


さらにオリンダをみていく、
オリンダの中心ともいえるセー教会へと石畳の古い町並みを歩く、
他の町の世界遺産とはちょっと違ってやっぱりなかなか良い雰囲気だ。

そしてオリンダ観光の中心地なのだから当然だけど、
ガイドがいっぱいいる!

群れだ!
ガイドの群れができてる!

そんなところに日本人が1人で歩いていった日には・・・
狼の群れに羊が飛び込むようなもの。

すぐにまたガイドが来る。

それでも3人ぐらいは目で殺して頑張っていた。
しかしいい加減疲れてくる。

あいつら順番で永遠来る気なのか?

ここはガイドなしでは観光してはいけない地区なの?

確かに他の人は個人でもガイドと一緒に歩いているけど、
あいつらタクシーで来るようなお金持ちだからなー、
タクシーが来るとすぐ囲まれて頼まざるを得ないような状況になってたしなー。

私がガイドを断っているのが見えているはずなのに、
さらにまた次が来る、

しかもこいつは目では殺せなかった。
無視していても話しかけてきてしつこい、
せっかくいい雰囲気なんだからお前らうるさいよ!

また怒鳴ってやろうかと思ったけど、
よく考えると・・・

ジャ ミラール!
ジャ ミラール!
(もう見た)

とスペイン語でいうとあっさりわかってくれた。
そりゃそうだ、もう見終わってるんだから今更ガイドもなにもないだろう。
最初からこうしておけばよかったんだ。

そしてこのガイドが戻っていこうとしたので、
呼び止めて

デシール オトラ グイア!
ジャ ミラール!
(もう見たと、他のガイドに言っておけ!)

といってガイドの群れに帰らせてやるとここでピタリと来るのが止まった。

これでやっとうっとうしいガイドから解放された。

こうしてガイドに悩まされることなくオリンダ観光をして、
2時間ぐらいで観光が終わる。


そしてまたレシフェへと戻ることにする、
当然だけど行きのバスすらわからないんだから、
帰りのバスもどれに乗ればいいかなんてさっぱりわからない。

まあでも帰りはレシフェ・セントロとでも書いてあるバスがあるだろう、
と思っていたけどそんなのさっぱりなかった。

またその辺の人に聞こうかなと思ったら、
来たバスに10人ぐらい一気に人が乗っていく、
これはレシフェに行きそう、
しかもバスのフロントにかかれて行き先がホテルの近くの公園の前の通りだった。

乗って運転手にレシフェのセントロに行く?
ときくと、
なにかよくわからない返事が返ってくる、
もう一度聞くけどおんなじ感じ。

ノーとは言われていないので、
まあなんとかなるだろうと乗ってみる。

バスは来た道を戻っていくのでこれはつきそうだ、
とおもったら結構手前で変な方向へと曲がった。
それでもまだそんなに離れていなくて近づいてはいる。

そのまま乗っているとさっぱりどこだかわからなくなる。

なにせレシフェは140万人の人口の都市、
そして私が持っているガイドブックの地図は完全にセントロのみで2km四方ぐらいしかない、
そんなのレシフェの10分の1ぐらいでしかない。

地図がないと全然どこだかわらかないねー、
遠いのか近いのかもわからない。

でも感覚的にはそんなに離れていないような感じ、
しかし変なところをどんどん走っていくので、
これは降りて別のバスに乗り換えるしかないかな・・・。

まあいいや、いけるところまでいってやれ、
とのっていると40分ぐらいかかって予定通りホテルの近くの公園の道に出る。

あんまり時間かかったから乗るときに見間違えたのかなと思っていた。

これは良かったと降りて歩いていく。

明日はここからサルバドールという南へ800kmぐらいいったところにある町まで移動する、
私はバスのチケットは前日に買うことにしているので今日買わなければいけない。

ということでバスのチケットを買うことにする。

町を歩いているときにちょうどバス会社のオフィスがあるのを見つけていたので、
そこにいってみるがサルバドール行きはこの会社はなかった、
なかなか大きい会社なのに。


あともう1つ「Itapemirin」というかなり大きい会社のチケットを売っているところも見つけておいた。
この会社なら間違いなくサルバドール行きがありそうだけど、
1つ大きな問題があり、バスが信じられないぐらいボロいこと。


この会社はブラジルの南部と東部、北部を走っていて、
私はブラジルの中央と西部を抜けていったのでそのときにはここの会社は走ってなかった。

でも北東部のベレンについてこの会社のバスをはじめてみたら、ちょっとボロかった。

まあでもたまたまボロいのか、
安いからボロいのかよくわらかなくて、

でかい会社なんだからそんなバスもたまにはあるか、
と思っていた。

そしてベレンの次の都市のサンルイスでも見たけど、
さらにボロくなっていた。

おかしいなー、相当大きい会社のはずなのになんで?
このあたりだけがボロいのかな?
と思っていると、

サンルイスからの移動の途中で止まったターミナルでとんでもないものを見る。

ここはそれなりに大きいターミナルで、
バスがいっぱい入ってきていた。

そこにこの会社のバスも入ってくる、
かわるがわるで3台ぐらい入ってきたんだけどー、

かなりボロくてしかも・・・

全部窓を全開にして走ってた!

クーラー効かない長距離バスってブラジルで走ってたの?
かなりびっくりした。

はじめは市バスがなんで長距離バスターミナルの発着所に?
と思ったけど、そんなわけはないはず。

だとするとよっぽど小さくてしょぼい会社なんだなー、
と思ったら、
この「Itapemirin」だった。

それだけでもかなり驚きなんだけど、
もっと衝撃的な出来事があり、

まあ近いと大きい会社でもそんなものかもなー、
と理解しようとしていたら、
その行き先は・・・

ブラジリア
リオ・デ・ジャネイロ
サンパウロ

となっていた。

えー、ここはブラジルの北東部の果てがかなり近いところです、
そしてサンパウロ、リオ・デ・ジャネイロはブラジル南部になります。
ブラジリアは中央部に位置するけど、
それぞれの都市までのお時間はおよそ・・・

ブラジリア 36時間
サンパウロ・リオ 50時間!

おそらくブラジルの中でも最長距離の路線の1つだと思います。

それをクーラーも効かないようなこんなボロいバスで?

どんな会社なんだ?

乗ってる人たちはなんか普通に乗っていたけど、
たぶんまだ旅が始まったばかりだからだろうなー、

そんな市バスみたいなので2日も移動したら君達死んじゃうよ!


そんな光景をみているので、
12時間ぐらいの夜行便でもあのバスはきついよ、
絶対にこの会社だけは乗らないでおこう、
と固く心に誓っておいた。

というわけでこの会社は私の中ではないものになっている。
となるとあとは長距離バスターミナルまで行って買うしかない。

ここのバスターミナルも非常に辺鄙なところにあり、
いくだけでも30分近くかかる。

でも幸いなことにここは地下鉄でいけるのでまだまし。

さっそく地下鉄に乗ってバスターミナルへと行く。


ついてバス会社のオフィスを見ていくけど、
ターミナル自体はかなり大きいのにバス会社は10社ぐらいしかなかった。

その中でサルバドール行きがあるのは2社だけ、
1つはもちろんあの会社。

さっそくもう1つのところに行く、
サルバドールまでで、
何時に出ていくら?
と聞くと

午後7時か10時で80ヘアル
といわれた。

ついでに何時間ぐらいかかるのか聞くと
12時間でつくとのこと。
それなら午後7時かな。

もうほとんどこの会社で決まりなんだけど、
一応物は試しにあのやばい会社もきいてみる?
聞くだけはタダだし。

オフィスはすぐ隣だったのでせっかくだから聞いてみる、
半額ぐらいだったらちょっと考えるなーと思ったら、
明日の出発で午後6時45分発で90ヘアルと高くなっていた。

あのオンボロ市バスでなんで高くなるんだ?

まあ乗らないから関係ないけど、
隣りあわせなのでちょっといやらしいけど、
そのまままた隣に戻ってチケットを売ってくれという。

明日の午後7時のバスというと、
明日は午後6時45分だよ、といわれる。

え?
日によって出発時間が違うの?

それもなんか隣の会社とまったく同じ出発時刻なんだけどなー、
まさかとは思うけど・・・

私「値段は80ヘアルなんだよねー?」

「いや90ヘアル」

私「なにそれ?
それじゃあ隣の会社と同じじゃん!」

「うん、だっておんなじ会社だもん」

私「なにいってるの?
看板違うじゃん!」

「でもな、俺の後ろ見てみろよ」

といわれてみてみる、
そして

「な、隣とつながってるだろ
同じ会社なの」

えーーー、
同じなのーーー、
じゃあ1つでいいじゃん、
しかもなんで看板違うんだよーーー!

理由を聞けるほどポルトガル語は話せない、
たぶん提携とかしているのかな?
まあここしかないんだからしょうがない。

じゃあそれでいいからチケット売ってよ、というと
うーんじゃああっちいっって、と隣に行かされる。

話していたおじさんもオフィス内をそのまま移動して隣のブースに来る、
そしてそこにあるパソコンで手続きを始める。

完全に一体化してるじゃないですか、
なら1つにしておこうよ。

さっきここのオフィスで聞いて「買うの?」といわれて、
「いや、高いからいいや」といって断ったエージェントがおじさんの隣で見てるんですけど・・・


こうして結局あれほど乗らないでおこうと思っていたのに、
ブラジル最長路線をオンボロ市バスで走っている会社

「Itapemirin」

に乗ることになってしまった。
しかもわざわざセントロで買えるのに片道30分もかけて来て。

意外とブラジルのバスは1つの路線に1つの会社しかないところも多い、
よりによってそれがあの会社の路線になるとは・・・。

12時間だからオンボロ市バスでも何とかなるかな。

そしてセントロに戻ろうとしたら、
このターミナルに郵便局があることがわかる。

いままでのブラジルの都市ではそんなことはなかったのだけど、
なぜかレシフェの郵便局は異常に混んでいる。

セントロに中央郵便局があったので切手を買いに行こうとしたら、
50m四方はあるであろうところにすごい長蛇の列。

300人以上並んでる!

なにこれ?
コンサートでもあるの?

それとも今日は郵便料金タダの日?

1時間以上待つのは間違いないのでさすがにあきらめる。
ホテルのフロントで郵便局近くにないの?
ときいたら、その中央郵便局しかない。
といわれた、だからあんなにこんでいたのか。

そして今日、オリンダに行ったときにも郵便局があった。
こっちならいいだろうと思ったら、
小さい郵便局なのにまた長蛇の列、

規模が小さくなった分人も少なくなって100人ぐらいかな、
ただ窓口も減ってるので進むスピードは変わらないけどね。

なんだこの都市は?
郵便局がどう考えても少なすぎるだろう!

他の都市では携帯電話で電話しているほど暇な郵便局もあったぞ!
中央郵便局の500m先に普通の郵便局があったりと、
日本並とは言わないにしてもかなりの数があるのがブラジルの郵便局。

なぜレシフェだけはこんなことに?

ブラジルはアメリカと似たような感じで、
州が集まっているから各州によって違うのだろうか?
それにしもてレシフェの行政馬鹿すぎじゃないのか?
郵便出すのにあんなに並ぶなんて・・・。


でもさすがに長距離バスターミナルは周りに何もないし、
田舎なので大丈夫だろうと思ってキョロキョロとみて探していると、
向こうの方に

店に入りきらなくて外まで長く続いている列が・・・

あー、郵便局見つかったね、
もう行くまでもないけど一応確認する?

という感じで歩いていくと、
やっぱり郵便局だった。
ここは50人ぐらいしかいなかったよ、
窓口は2つしか開いてないけどね。

たぶん30分も待てば順番がまわってくるんじゃないかな、
レシフェの郵便局の中ではかなりすいている方でしょ。

切手買うのに30分も並ぶ気にはやっぱりならない、
もうここで出すのはあきらめて次の都市で出すしかないな。


あきらめて地下鉄でセントロに戻り、
そのままホテルへと戻る。

そして夜は危ないので出歩かない、
ホテルの周りはまだちょっと安全そうだけど、
店もほとんど午後7時には閉まってしまうし、どうせやれることもない。

そしてパソコンでこんな文章を書いたり、
ガイドブックを見て今後の予定を考えたりする。

でもねー、
なんか夜になると爆竹がたまに鳴るんだよねー、
サンパウロもそうだし、そこから中央部を北上していく間はさっぱりなっていなかったんだけど、
北東部に来てベレンとここレシフェは毎日なるんだよねー。
そういえばベネズエラのカラカスでもなってたなー。

この3都市に共通するのは犯罪率が異常に高くて危険なところということぐらい。

あと爆竹といってもやたら音がでかくて

パン!

というのが1~3発ぐらいだけなんだよね

うーん、正確には

パン!

というよりは

ドン!

ズドン!

といった方が近いかなー、
すごく良く響いて威力抜群な爆竹。

時間帯は大体午後10時過ぎから朝方までで、
頻繁になるわけではなく1~3時間に1、2回ぐらいかなー。

なんで平日とかのそんな時間に爆竹鳴らすんだろうねー、
ブラジル人かわってるよねー。

でもあれはよく考えると、

爆竹というよりは銃の発・・・

いや爆竹、
あれは爆竹!

こうして爆竹の音を聞きながら1日が終わっていく。

やっぱりブラジルの北東部はやばいよ!
次のサルバドールはブラジル一危険な都市とも言われてるからなー、
また爆竹いっぱいなるのかな。

だいたいこんな感じで旅行のある日の一日が過ぎていきます。

観光をしているといつもこんな感じ、
ぱっとみるとなんかいろいろありそうだけど、
こんなことを半年も続けていると、
ああいつもどおりの一日だったなー、
というぐらいでしかないです。

これだけ毎日のようにいろいろ起きると、
物事にまったく動じなくなっていきます。
(物事に鈍感になるのかな?)

投稿者 nabe : 14:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月12日

ついに半年を越える、そして・・・

6月7日
マナウスからのアマゾン川の船の旅が終わってベレンについた日、
ついにこの旅も180日目を向かえ半年を越えることになりました。

去年の12月10日にペルーのリマから旅を始めて1週間目で、
体調を思いっきり崩して、
しかも英語さっぱり通じなくて、
まだ旅の最終目的地のブラジルのサンパウロは遥か先。

かなりホームシックにかかって、
日本までのチケット買って帰ってやろうかと、
本気で思ったころがすごく懐かしいです。

あのときはかなり弱ってましたねー、
体調が1週間ぐらい直らなかったからなー、
普段病気しない私、そしてかかってもすぐ直るのでたぶんかなり重症だった。

まあそりゃ地球の裏側で言葉も通じないでそんな状態になれば、
ホームシックの1つや2つかかりますよ!

そんな状態から脱出したのは年が明けたあとぐらい、
エクアドルのキトで時間があったのでスペイン語を独学で勉強して少し話せるようになった。
それに1ヶ月たってやっと南米の常識とか旅の仕方を覚えてきて調子が出てきた。

これ以降はホームシックにはかからなくなった、
まあ初めのが結構酷かったからその反動かな。


あと南米は日本人宿がいっぱいあって日本人と結構話していたからなー。

ちょうど学生旅行シーズンで卒業旅行の人がいっぱいいたから、
みんな1ヶ月ぐらいの短期だったのでかなり忙しくて、
それにつられるようにさらに旅も調子が出てきて旅が面白くてしかたがなかった。

1~3月はたぶん日本人旅行者が一番南米にいる時期、
学生の人はもちろん、無職の人とかも3月までに帰って4月から働こうという人が多い、
そして2月にはブラジルのカーニバルもある、
それにあわせて世界一周旅行の人もアフリカからやってくる、
あと南米南部のパタゴニアは夏のみシーズンなのでちょうどこの時期にあたり、
それでも人が集まってくる。

そんな時期だったから、
1~3月はいろんな人と会って一緒に旅行していてあっという間に過ぎていった。

そして南米最南端に4月にたどり着く、
そのころには叔父さんになっていたから、
ちょっと急ぎ足で旅行して早く帰ろうと思って、

南米最南端を出たらちょっと早くつきすぎて、
40日足らずで南米最北端にたどり着いてしまう。

そしてそのあとすぐに南米最後の大自然観光「ギアナ高地とエンジェルフォール」が終わってしまう。

すると・・・

もう見所ほとんどないんだよねー、
まあないことはないんだけどー、
あとは町とか文化しかないんだよねー。

興味ないわけじゃないけど、
じっくり見てまわるほど大好きというわけでもない。

とりあえずアマゾン川を下るまではまだ大自然だったけど、
ベレンについて都会になってきて、
あとはこんなところばっかりかー、
と思うと旅のやる気がかなり減っていく。


そして半年ついに半年を越えて・・・

旅に飽きた!

見所がなくなってしまったというのもあるけど、
それを差し引いても半年は飽きるね。

世界一周の人とか1年半旅したりしているけど、
よく持つよなー、私は半年で限界だったね。

南米だけで半年かけているからかもしれないけどねー、
しかも最後がブラジルでやたら広くて金もかかるし、
見所はというと・・・

いっそう飽きてしまう。

そして帰国日をアマゾン川を下る前の6月のはじめにマナウスで、

7月9日サンパウロ発
7月11日日本着

と決めてからはいっそうやる気がなくなってくる。
なんか日本に帰ったら何しようかとかすごくよく考えるようになってきた。

だめです、もう完全に旅に飽きてます私!

ならさっさと帰ればいいのに、
となるのですが、
まあそうはいってもブラジルの大西洋側を下っていくのに、
町とはいえいくつか見所みたいなものはある。

それによっていくとちょっとは時間がかかる、
そして一応私の中では面白そうなところ首都ブラジリアがある。

ここは1960年ぐらいに何にもないところに作られた完全な計画的人工都市、
あまりにも人工的で世界遺産に登録さているぐらい。

なんかカテドラルとかもすごく近代的なつくりしていてビルみたいになっているらしい。
まさに世界にも類を見ない変わった都市。

これぐらいじゃないと最近興味が出てこないいんだよねー。


そして今私が一番興味を持っていて見たい町が

古都オーロ・プレット

場所はブラジリアとリオ・デ・ジャネイロの間ぐらいでブラジル南部に当たる。

何があるかというと、

なんにもない

そしてかなり小さい村?見たいなところ。

まあ何にもないということはさすがになく、
一応世界遺産に登録されているみたいです。
町の世界遺産なのでどうせかなりしょぼいものでしょうけど。

なんでそんなところにすごく興味があるかというと

平地に飽きた!

からです。
いやーもう本当に平地にはすごく飽きた。

ボリビアを出ていらいずっと平地ばっかりなんだよねー、
まあ移動の間にちょっとした山とかを抜けたりもしているけど、
基本的に平地ばかり。

そして山間の街といってもかなり大きくてそこが山間なのか平地なのかわからないようなところ。

ボリビアを出るまでは逆に山間の町ばかりにいて、
ペルーとかで平地とかもあったけど山間との繰り返しでなかなか風光明媚でよかった。

でも今は平地ばっかり、
ボリビアを出たのが2月末だからかれこれ3ヶ月以上平地ばっかり。

山だ!

山が見たいんだよ!

山に囲まれている高原の町に泊まりたいんだよーーー!

そんな理由で今はオーロ・プレットが私の中では一番楽しみな町。
でもそこにつくころにはもう日本に半月後ぐらいには帰るときだけどね。

山で思い出す町といえば、

エクアドルのアラウシというすごく小さい村、
ペルーのカハマルカという温泉がある町、
ペルーのワラスという5000m級の山に囲まれている町
ペルーのクスコ
ペルーのアレキパ郊外の村

これぐらいしかない、
あとは町が大きすぎて山間というにはいまいちだったりとか、
私のイメージには合わないところ。

オーロ・プレッとは町が半径1.5kmぐらいしかないので、
ほとんど村だからエクアドルのアラウシに近い感じになりそう。

標高が1000mしかないのがちょっと残念だが、
(久しぶりに3000mぐらいほしいなー)
まあブラジルで標高を求める方が無理な話、
かなり南の方に下るし標高も高いから、
そこまで行けば冬なのに毎日30℃を越えるなんていう馬鹿みたいな気候も終わるはず。

いい加減夏にも飽きた。

暑いんだよ、ブラジル!
何月だと思ってるんだ、冬だぞ冬!

まあ熱帯と亜熱帯地方なので当然なんだけど・・・。

こんな感じで半年を越えて旅に飽きて、
すごく愚痴っぽくなっている今日この頃です。


そして旅もあと残り1ヶ月、
思い起こすとこの旅は・・・

馬鹿なことばっかりやっていたな。

まあもともと性格がすごく保守的だから、
ちょっとでも変わらないかなという思いもこの旅にはあったから、
ある意味目的を達成したともいえる。

ちょっと達成しすぎな気もするけど・・・

投稿者 nabe : 16:46 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月09日

アマゾン川下りの旅2 5日目

『ついに現地人に勝つ!』

6月6日
船は予想に反してベレンには昨日のうちにはつかなくて夜の間も走っていた。

夜の10時とかについてじゃあでていってください!
なんていわれたらどうしようかと思っていたのでちょっとほっとする。

ガイドブックとかの情報だと深夜についた場合は、
そのまま次の日の朝まで船にいてもいいことになっているらしく、
さすがに午前0時を過ぎたらもう大丈夫だろうと一安心。

でも寝ていると午前5時ぐらいに船がやたら警笛を鳴らし始める、
そして外が騒がしくなってきた、
カルロスはいつもどおりに起床していて外に出て行く、
そのときにチラッと外が見えた。

そとはもう明るくなっていた。

ああそういえばほとんど真東に1500kmぐらい移動したんだった、
経度でも10度以上も変わっている、
15度で1時間ずれるんだからそれぐらい日が上るのが早くなってもおかしくない。

南米の移動は南北への移動がほとんどだった、
これだけ東西に移動したのはこの移動が始めて、
またまた改めて南米の大きさを実感した。

それでもまあいいやと寝ていると、
ドアをガンガンたたかれる、
無視しているとまたたたかれる。

このたたき方は・・・

食事のおばちゃんだな

今日はさらに張り切ってこんな時間に食事か?
また居留守を使おうとしたら、
カルロスが鍵をかけていかないで出て行っていてドアを開けて入ってきた。

そして

ベレン!
ベレンについたよ!

と私を起こして出て行った。

えー、ベレンについちゃったのー。
タイミング悪いなー、
こんなに朝早くにつかれてもそれはそれで移動が大変なんだけどなー、
どうせ遅く着くなら午前7時とかについてくれればいいのに・・・。

そのまま居座って寝ようかと思ったけど、
とりあえずベレンの港はどんなものかなーと外に出てみてみると、
もう目の前だった。




ベレン港

一応ここがアマゾン川の最下流の1つなので、

アマゾン川の最後の色は黄土色でした。



そしてハンモックの人たちとかは荷物まとめて降りる列を作っていた。
これはさすがに追い出されるな、
いそいで荷物をまとめる。

カルロスも戻ってきて荷物をまとめていた。

船はすぐについてみんなおりだしていた、
荷物をまとめるのにちょっと手間取って15分ぐらい遅れる。

カルロスもちょうど一緒に荷物をまとめ終わった、
そして部屋を出て行こうとしたら、

チケットが要るよ

といわれる、
チケット?なんで?

とカルロスに聞いてもポルトガル語だから理由はわからなかった。

まあとにかくいるなら出しておこうと財布からチケットを出す、
するとカルロスがどれどれ?と見てきて、

200ヘアルか・・・

とつぶやく、
カルロスはいくらなの?
と聞いたけど、

なんかうやむやな返事が返ってくる、
いつものマシンガントークはどうしたんだ?

怪しい!

ちょっと見せてみなさい!

とカルロスが手に持っていたチケットを見る、
そこには・・・

230ヘアル

と書いてあった。


勝った!

ついに勝った!

現地人(ブラジル人)に勝ってしまいました!

いやー、これで私の交渉術もかなりのレベルに達していることが証明されたことになる。

南米ではかなり鍛えられたからねー、
アルゼンチン、チリだけはヨーロッパみたいで交渉という雰囲気ではなかったから、
交渉をしなかったけど他の国ではいっぱいしたからなー。

私もついにこのレベルにまで達したか・・・

ちょっとしょぼんとしているカルロスを横目に、
やたら笑顔で私は部屋を出る。

でて船を下りるところで乗員がこのチケットを回収していた。

1つは無賃乗船を防止するためにおりる時にチケットの最終確認をしているのだろう、
船は結構途中で止まっているから乗り降りもそれなりにあるし、
見送りの人とかも乗ってくるからありえないこともなくはない。

でもこれだけなら確認するだけで回収する必要はないといえる。


まあ考えてみれば私もおんなじことを必ずするだろう、
ブラジル人も意外と馬鹿じゃないねー、
経営者クラスになれば当たり前かな。

隠された2つめの理由は、
船の運賃がばれないようにすること。

チケットを持って返られてしまうと、
次に乗るときにそれを見せられるとすごく困る。

そしてさっきみたいに間違いなく乗っている人たちがそれぞれ違う値段で乗っている、
それでチケットなんか持ち帰られたら、
すぐに一番安い値段がいくらかなんてばれてしまう、
しかも証拠つきで。

ある程度はばれるのはしょうがないけど、
それでもさっきみたいにブラジル人ですら本当の値段は把握していないので、
知らない客からは多くとることができる。

そのためにもできるだけ値段の情報は少なくしておいたほうが良い、
ということで全部回収するのだろう、
回収するのなんて全然手間じゃないしね。

意外と考えてるよブラジル人もちゃんと。

船を下りたのは午前6時、
ここはベレンの町のセントロからはちょっと離れている、
とりあえず港を出てどうやって移動するのか考えようと歩いていく、
すると向こうに

リンダちゃんが!

これがまさにラストチャンス!

と思ったんだけど、

リンダちゃんは1人ではなくお母さんと乗っていた。

まさに今降りたばかりなんだから、
もちろん一緒にいるわけだ、
まあ当然といえば当然、考えるまでもないこと。

なのでちょっと挨拶をするぐらいだった。

しかも話をしているときにカルロスがやってきて、
またしても話が途中で終わり、
リンダちゃんはそのままどこかへ去っていった・・・。

カルロスの話をさえぎって、
無理やり別れを告げて外に出る。

でるともうバスが走っている、
午前6時でしかも結構走っている、
やっぱりここもマナウスと同じで6時からラッシュアワーなのか?

バスでいこうかなーと思っていたらタクシーが声をかけてくる、
もちろんタクシーなんか高いから乗らないぞ、
と思っていると、

このタクシーは他にも3人乗っていた、
どうやらここだけは臨時で乗り合いタクシーとしてやっているみたい、
5ヘアルといわれて、

乗り合いタクシーにしてはちょっと高くないか?

と考えていたけど、
運転手は何にも行ってこないのでどうやらこれが適正価格のようだ、
まあ200円ぐらいだし歩くのめんどくさいし、ホテルの前まで行ってくれるのだからと乗る。

ここからセントロまでは2kmぐらいしかなく10分もかからないでつく、
ホテルはガイドブックにはたいしたものが乗っていなかったので、他の情報ノートに書かれていたホテルにいく。

つくとまだ午前6時20分ぐらいなのに人がやたら歩いている、
いくらなんでも早すぎないか?
と思っていたけど、
よく考えたらここはすでに7時20分だった。

ブラジルには3つの時間がある。
1つはこの前までいたマナウスとかが属する時間

もう1つは首都ブラジリアとかサンパウロ、そして大西洋岸の都市などほとんどの都市が含まれるブラジル標準時
これはマナウスよりも1時間進んでいる。

ちなみにもう1つはリオブランコというブラジルの西端の都市だけの時間
ここはボリビアのラパス、やチリのサンチャゴとほとんど同経度に当たる、
さすが南米一大きい国ブラジル、その規模も半端じゃないです。

南米でブラジルと国境を接していない国はエクアドルとチリだけだからねー。

まあとにかく時差が出てきていて1時間進むのでもう完全にラッシュアワーの時間だった。

なのでホテルももう空いていて中に入っていく、
かなりボロいホテルだったけど、
一泊10ヘアルとこれまでのブラジルの中で最安値だったので泊まることにする。

部屋に入って荷物を降ろしたらもう7時45分(ベレン時間)、
朝から動いていたのと昨日は船の揺れがちょっと酷かったのであんまり寝れなくて、
かなりつかれてそのまま寝る。


こうして今回の船旅もまたいろいろありながら何とか無事終了しました、
結局、約84時間でついてしまいました。
サンタレンで12時間ぐらい泊まっていたのを除くと丸3日でついてしまったことになる。

結構距離がある割にはかなり早かった、
まあ下りなので早くなるのでしょうけど、
それにしても1回目に比べるとかなり早い。

思っていたよりもアマゾン川の旅もたいしたことないです、
まあカマロッジだったから楽だったというのもありますが・・・。

そしていよいよ南米大陸の西端へと向かっていきます、
西端に着いてしまうと旅もほとんど終わり、
日本がどんどん近づいてきている・・・

投稿者 nabe : 15:19 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月08日

アマゾン川下りの旅2 4日目

『川賊?』

朝5時にカルロスがまた活動を始める、
そしてまだ外も暗いのに出て行く。

こんなに早く起きていつも何をしているのだろうか?
日中も部屋にはさっぱりいないし、
夜寝に帰ってくるだけみたいなもの。

これならハンモックでも変わらないんじゃないのか?

よくわからないおじさんだ。

そして昨日と同じように午前6時にまた部屋がノックされる、
どうやら朝食のようだ、面倒なので居留守を使ってやる。

しつこくたたいていたけど何とかやり過ごすことができた。

そのまま寝ていて午前8時に起きて外に出てみる、
また川幅は結構狭くなっていて100mぐらいさきに岸が見える。

今日もアマゾン川は変わらない風景だなー、
思っていたそのとき!

岸から小さい手漕ぎのボートが船に向かってくる。
それも岸のあちこちからでかなりの数。

やばいよ、海賊だよ!

いやここは海みたいにでかいけど一応川だから

川賊?

になるのかな。

そんなことを考えている間にもボートはどんどんこっちに向かってくる。

どうも原住民の人たちみたいだ、
通行料とか取られるのか?
それとも金品を強奪しにきたのか?

近づかれる前に撃たないと!




川賊、あちこちから出没してくる

と思ったけど、
よく見るとボートに乗っているのは子供と女の人だけだった。

うーん、難民かな?
このジャングルの奥地に隠された収容所みたいなのがあって、
そこで強制労働させられていた人たちが命からがら逃げてきたのか・・・。

という空想(妄想)にひたっていると、
船の客がそのボートに向かって何かが入ったビニール袋を投げていた。

届け物か?

まあこの船は輸送船でもあるからなー、
でもこんなジャングルの中で届け先の人なんてわかるのか?
郵便番号なんてなさそうなんだけど?

宝の地図みたいな住所になりそうな感じがするんだけどなー。


でもみていると来ている人すべてに投げているわけではない、
それどころか来ている人の数より投げている数のほうが圧倒的に少ない。

はて、これはどういうこと?

さらに眺めていると、
なんか投げられたビニール袋を取り合ったりもしている。

どうやらこれは原住民の人たちへのプレゼントみたい。

乗客があらかじめ買ってきておいてあげたりしているようだ。

でもそんなにいっぱい投げているわけではなく、
でも原住民の人たちは船が通るとボートを漕いでやってきていた。

このあと日が暮れるまで定期的にボートが船に近づいてくるという光景がずっと見れたみたい。

私もなんか投げてあげればよかったのかなー、
でもたいしたもの持ち合わせてないからねー。

ボールペンとかじゃダメなのかな?
エジプトとかだと結構うけるんだけど・・・。


そのまま起きてまたパソコンをやる、
すると午前10時半ぐらいに食事を知らせる鈴が鳴る。

でもこんな時間に昼食はないよなーと無視していたら、
またおばちゃんが呼びに来て本当に昼食だった。

いつも午前11時で早いと思っていたのに、
今日はさらに早くなるとは。

ベレンが近いからやる気なのか?
(そういう問題でもないけど)


食べて少し休憩してまたパソコンをやる、
ひたすらこもってパソコンをやっていた。

そして午後4時過ぎにまた鈴が鳴る。

いくらなんでも午後4時はないでしょ、
おやつかなんかじゃないの。
とまた無視してたら、

15分後ぐらいにおばちゃんがやってきて
食事だ!
といわれた。

今日はやたら早いなー、
まあしょうがないのでいくとハンモックのテーブルには食事が出ていて食べていたけど、
カマロッジのテーブルにはまだでてきていなかった。

パソコンのやりすぎでつかれたし、
川と岸を見ながら待つ、
また川幅はいっそう狭くなっていた、
この分だと結構早くベレンにつくのだろうか。

ハンモックだったら早くついてベットでゆっくり寝たいけど、
カマロッジだったらエアコン付いてるし、高い金払ってるからもう1泊していきたい。

船壊れねーかな。


『覆水盆に返らず』

そんなよからぬことを向こうの方から女の子が歩いてきた、
そして

ハーイ、マサ!

と声をかけてきた。

おお!
これはかなりかわいい子だ!

南米特有の黒人とは違う褐色の肌に黒い長い髪、
まさに南米美少女とはこんな子のことをいうんだよなー。

こんなかわいい子に声をかけられるなんて今日はラッキー!
と思って喜んでいたけど、
よく考えると・・・

何でこの子、私の名前を知ってるんだろう?

この船に乗ってからはほとんど部屋にこもっていてあんまり歩き回っていない、
そしてカマロッジだから部屋はカルロスしかいなく、
他のブラジル人とかと話す機会はほとんどさっぱりなかった。

おかしいぞ?
この子が名前を知っているはずがない!

決定的な矛盾をみつけたことだし、
ここは

異議あり!

と裁判長にでもいわなければ・・・。

ちょっとゲームのやりすぎでねー、
逆転裁判も3にはいっちゃったからなー、
ひたすらゲームで矛盾を見つけてはそれを指摘するなんてことしてるからねー。

まあそんなことはこの際どうでもいい、
とにかくこのブラジル美少女は何者なの?


そこでそういえば昨日・・・

とやっと記憶がよみがえる。

すっかりわすれていて(ゲームのやりすぎかな)
昨日の3日目の日記には書かなかったけど、

昨日の午後3時過ぎのこと。

カルロスがふらっと部屋に戻ってくる、
そしてなぜかわからないけど
自分のベットに他の人がきて寝てもいいか?
といってくる。

ポルトガル語なので理由とかを説明してくれているのかもわからないけど、
とにかく他の人が来て寝るけどいいか?ということだけはわかったので、
まあ別にカルロスのベットに誰が寝ていてもあんまり関係ない。

ただパソコンを使っているので、
人が来るとパソコンを持っていることがその人にはばれてしまう、
まあでもさすがにここで盗難とかはありえないだろうし、
船の人全員に知られるわけでもないし、1人ぐらいならいいか、
と思い、

全然問題ないよ。
といっておく。

するとカルロスは部屋を出て行った。

しかしカルロスが出て行って改めてよく考えてみると、

なんか変だよなー、
なんでここで寝るんだろう?
寝るなら自分のハンモックで寝ればいいんじゃないのか?
カマロッジで寝てみたいのか?

まあどうでもいいことか。

そのままパソコンをやっていると、
鍵を開ける音がしてドアが開いた。

そこに立っていたのはブラジル美少女だった。

そういえばこのときあってた、
ブラジル人はかわいい子が多いからぱっと見ただけだと、
ああまたかわいい子がいるね、ぐらいにしか思わなかったけど、
近くにきてよく見たらその子だった。


ああ、あの時の子か、
ようやく思い出して、
こっちも挨拶をする。

でもよく考えたら名前聞いてなかった、
そして私もいってなかった。

やっぱり名前の謎は残ったままだ、
まあでもブラジル美少女と話せるならどうでもいいこと、

でもポルトガル語なのでほとんど理解不能、
なんか日本がどうだこうだ、
私はなんとかかんとか、
といっていた。

数少ないブラジル人とのコミュニケーションのチャンスなので、
せっかくだからと私も頑張って話してみる、

もしブラジル美少女じゃなくても、
そこいらのおっさんでもちゃんと頑張って話したよ(たぶん)

この子がかわいいから頑張ったというわけではないのであしからず。


まあ何はともあれ名前は聞いておかないと、
といことで話をさえぎって名前を聞く、

すると知らないの?
といわれた。

えっ、知らない?

はて?
昨日はきいた記憶はまったくないぞ?
そもそもあんまり会話もしなかったからな。

どういうことだろうか?

なんか謎がどんどん増えていくんだけど、
この事件ちゃんと解決するのかなー。

まあとにかく名前を教えてもらう、
名前は、

リンダ

だった。

リンダちゃんかかわいい名前だねー、
次に歳を聞いてみる。

女性にいきなり歳を聞くのもどうかと思うでしょうけど、
なにせポルトガル語なので、
こっちから話せるのはこんなぐらいの内容なんでしょうがないんです。

歳は18歳だった、
ふーん見た目はもう少し若く見えるんだけどそんなもんなんだ。

あとは・・・
スペイン語でしかわかんないや。

するとまたリンダちゃんが話をしてきた、
なんか私があなたなんとか、
あなたうんたらかんたら。

うーん、だめだ、全然わかんないよ~ん。

ポルトガル語は聞き取るだけでも大変だからなー、
しまったー!もっと勉強しておけばよかったよ・・・

そこへカルロスがやってきた、
カルロスがくれば情況が好転する!

などということはさっぱりなく、
むしろ悪化する。


というのもカルロスはポルトガル語しか話せない、
そして私はポルトガル語はさっぱりわかんないよ、
スペイン語なら少しわかるから。
というと、

その瞬間だけスペイン語が入ったポルトガル語で話す、
でも1分後にはそれも忘れてポルトガル語になる。

それだけでも困るんだけど、
話がマシンガントークなんだよねー。

どう考えてもその日常会話的な発音で、
ブラジル人同士が話すようなスピードで、
しかもかなり長い文章とかをいくつもいっぺんに言われても、

わかんねーよ!

始めの方は頑張って聞き取ろうとしていたけど、
あんまりお構いなしのトークなので、
もうあきらめて適当に聞き流すことにしていた。

そんなカルロスがやってくるということは・・・

マシンガントークが始まってしまう!

やばい、カルロス、今は勘弁して!
あとで聞くから今だけは、今だけは見逃してくれーーー!

私の必至のアイコンタクトはさっぱり伝わらなく、
トークが始まってしまう。

もちろん聞き取れないし、聞き取ろうともしていない。
でもなんか話をしているとリンダちゃんとも話をしている。

カルロスは一日中狭い船の中を歩き回っているだけあって、
なんか船の中にやたら知り合いがいる、
どうやらマシンガントークはブラジル人には受けがいいようだ。

そんなカルロスなのでリンダちゃんと知り合いでも全然おかしくない、
まあそもそも昨日の夕方カルロスのベットに寝に来たぐらいだから、
知り合いじゃないとおかしいか。

そしてリンダちゃんと話をして、
また私にも話をしてくる、
うーん、なんか伝えようとしているみたいなんだけど、
なにせマシンガントークなので無駄が多いんだよねー、
しかも理解していないのに次の会話に入っていくんだよねー。

そんな会話のキャッチボールどころか、
ホームランボールをとりに行け!
と言われているような会話が1分ぐらい続いたら、

リンダちゃんが、
じゃあ私は食事を食べに行くから、
といって向こうに行ってしまった。

カ・ル・ロ・ス!
時と場所を考えろよ!
いい年してるんだからわかるだろ!

でもそんなポルトガル語話せないし、
そもそもカルロスのトークに口を挟める余地などない。

なんか罰ゲームを受けているような感じで、
話が続く。

するとカマロッジのテーブルに食事が出てきた、
これはラッキーと、

カルロス、メシだよ、メシ!

といって会話をさえぎってなんとか逃げ出すことができた。


それにしてもせっかくの楽しいひと時の安らぎの会話を邪魔されるとは・・・、
でも昨日カルロスがベットを貸してあげたから知り合いになったんだから、
カルロスのおかげでもあるからなー。

まあ少しは話もできたしいいか。

食事を食べ終わって部屋に戻ってまたパソコンをやる。

カルロスは食事が終わってもそのまま戻ってこない、
そしていつもより早く今日は午後8時過ぎに部屋に戻ってきた。

ドアを開けて部屋に入ってくると、

ボン・ノイテ(こんばんは)
と挨拶してきたので、

こっちも
ボン・ノイ・・・
といっている最中からマシンガントークが始まる。

わかんねーよ、カルロス・・・、
というかもういいよ・・・。

と思っているけど、
なんかカルロス頑張っているので聞き取ってみることにする。

それによると、
今日の夕方の女の子がなんとかかんとか・・・、
あの子が君にどうたらこうたら・・・、
それで昨日はどうしてこうした・・・。

うーん、やっぱりほとんど聞き取れないけど、
おぼろげにわかったことは、
もしかしてー、

リンダちゃんは私に気があったのでは!

ということ、
カルロスのマシンガントークだけではわからないけど、
このときののカルロスはちょっとやる気でジェスチャーとかも入っていた、
なんかそれによると抱きしめたりとかキスしたりとかいろいろしてた。

始めのうちは、

カルロス、もういいおじさんなんだからちょっと行動も考えようよ・・・、

と冷めた目で見ていたけど、
かなり頑張っているので話していることも聞いているとそんな感じになってきた。


思い起こせば昨日・・・

リンダちゃんが部屋に入ってくる、
ちょっとだけ挨拶をする。

そしてリンダちゃんはカルロスのベット(2段ベットの下側)に寝る。

うーん、なんでこんなところで寝るんだろう?
まあハンモックに飽きたのかな?
と思っていると、

リンダちゃんが起き上がってきて、
「この部屋暑いわねー」
といってくる。

暑い?
クーラー効いてて27℃だからちょうどいいぐらいじゃないのかな?

でもハンモックだと船が走っていると風が良く当たるからかなり涼しい、
まあそれから比べると確かにちょっと暑いのかな?

でもだったらやっぱりこんなところで寝る必要ないんじゃないの?
私もハンモックが張れたら昼寝は絶対ハンモックでするよ。

かわいいけどよくわからない子だなー、
と思っていると、

「本当に暑いわねー」
といって立って、
Tシャツ脱ぎ始めた。

え?
と思っていると、
さらにハーフパンツも脱ぎだした。

どういうこと?
ブラジルではこんなのもありなんですか!

完全下着姿なんですけど!

そしてまたベットで寝始めた。

カルロス・・・

たまには役に立つじゃないか!
でかしたぞ!

これは思わぬラッキーだった。

そして1時間ぐらいリンダちゃんは下で寝ていて、
おもむろに起き上がってまた服を着て出て行った。

うーん、1時間だけ寝るの?
まったくよくわからない子だなー、
まあ私は得したからいいんだけどね。

と思っていたけど・・・


もしかしてあれは誘われてたんですか!


そういえばブラジルではなぜか日本人がもてるという話しを聞いたこともある、
なぜか知らないけど日本人はブラジル人女性の受けがいいらしい。

頭よさそうに見えるのと金持っているからとどこかで聞いたような・・・。

そしてブラジル人女性はかなり積極的でむこうからもどんどんアプローチをかけてくる、
ということを聞いたこともある。

まあでもそんなのただの噂話だと思ってた。

でもこれが起きた後だと・・・

本当だったのか!


そしてやっと私は理解したけど、
カルロスはまだ頑張って説明してたよ、
理解してみるとカルロスが言っていることもちょっとは聞き取れるし、ジェスチャーの意味もわかるよ。


でもね、カルロスー

そういうことはー


あのリンダちゃんが部屋に来る前にしっかり説明していかんかい!

いまになって一生懸命説明しても遅いだろうが!


なんであの時は見合いのときみたいに、

じゃああとは若いお二人に任せて・・・

みたいなニュアンスで適当な説明でいなくなったんだよ!
あのときこそ今の説明が必要だろうが!


思い出してみると、
リンダちゃんに名前を聞いたときに、
知らないの?と聞き返された、
あれはもしやカルロスに紹介しておいてといっていたのでは?
そんな話とかさっぱりなかった。

使えねーよ、カルロス!

もう午後8時過ぎててみんな寝ちゃってるよ、
そしてたぶん今日の夜にはベレンについてこの船旅終わっちゃうよ・・・。

カルロスのバカ!

カルロスまだ頑張って説明していたけど、
今理解したって遅いよ。

本当は今日も遅くまでパソコンやっている予定だったけど、
がっかりでふて寝してそのまま寝てしまう。

まさに「覆水盆に返らず」

リンダちゃんが・・・
ああ僕のリンダちゃんが・・・、

悲しい恋(?)の物語を思い出して感傷にひたりながら4日目の夜が過ぎていった。

まああくまでカルロスのマシンガントークとジェスチャー、
そしてリンダちゃんの話の断片的な理解からの推測だけどねー、
リンダちゃんも本当にただ暑っただけかもしれないし、
実際のところはどうだったのか・・・

謎は結局謎のまま終わってしまった。


投稿者 nabe : 15:15 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月07日

アマゾン川下りの旅2 3日目

『朝のカフェ』

6月5日
朝5時にカルロスがなんか活動を始める、
ドアを開けて外に出て行くときにチラッと見たけど、
まだ全然真っ暗なんだけど、どこへ?

実はこのカルロスはこの部屋にはほとんどまったくいない。

夜寝るときに戻ってくるのと、
たまにちょっと戻ってきてなんか荷物を持って出て行ったりするぐらい。
あとはひたすら船に中をうろついているようだ。

でもこの狭い船の中をそんなにどこに入るのだ?
まあ陽気なおじさんで誰とでも話しているみたいだから、
いろんな人と話しているのだろうか?

でもこれだけいないならハンモックでも変わらないのでは?

謎だ。

寝ているとドアをガンガンたたかれる、
なんだろうカルロスは鍵を持っているし、
何でたたく人なんているんだ。

しつこいので起きてドアを開けると、
ここの食事を作っているおばちゃんだった。

なに?
ときくと、

カフェ・デ・アマニャン
といわれた。

カフェ・デ・アマニャン
とはポルトガル語で朝食のこと、
スペイン語ではデサユーノというちゃんとした単語があるのに、
ポルトガル語では朝(アマニャン)のカフェという言葉が朝食になる。

朝食、なんかまだすごく眠いんだけどなー。

私の時計を見ると午前6時となっている、
午前6時といったら日が昇ってちょっとしかたってない。

おかしいなー、
時差とかあるのか?
とおもって今何時と聞いてみると

午前6時
とあっさりいわれた。

午前6時に朝食って、
別に仕事してるわけでもないし何でそんなに早く食べるの?

しかもだいたい嘲笑のメニューは予想できる、
朝のカフェ(カフェ・デ・アマニャン)という名の通り、
ブラジルの朝食は本当にカフェ、
すごい軽食。

まあもしかしたらこの船は違うかもしれない、
昨日はどうせ朝食はたいしたものではないだろうと興味もなく、
そもそもいつ朝食かもわからなかったので食べなかった。

ちょうどいいから食べにいってみることにする。

あるいていくとハンモックの人たちはもうみんなおきていた、
ブラジル人どんな活動周期なの?
ハンモックで寝るぐらいしかやることないんだから朝はもっと遅くまで寝ていればいいのに。

カマロッジのテーブルに行くと、
予想されていた通りで、

カフェ

クラッカー

以上!

やっぱりな、前の船もそうだったし、
他のツアーとかでもこんな感じだったもんなー、
それにしてもクラッカーって、
どこでもこれなんだけどなんで?
パンとかでいいんじゃないか?

カフェにあうものということなのだろうか?

こんなの食べさせるためにいちいち起こすなよ!

まあ一応食べておいたけどクラッカー3枚ぐらい・・・
なんの腹の足しにもならないよ。

また寝て9時過ぎに起きる。

『アマゾン川に色はない』

船は午前1時ぐらいからずっととまっていた、
ここはサンタレンというこのアマゾン川の交通の中間地点に当たるところで、
ほとんどすべての船が止まるところで町もそれなりに大きい。

はずなんだけど、
周りはさっぱり何もない、
カルロスにきくとセントロまでは5kmぐらいあるらしい。

さすがにそんなところまで行く気にもならない、
まあまたパソコンでもやろうかと思ったら、
船が長く止まっているからか電気がこなくなっていた。

パソコンはバッテリーがあるけど、
部屋はライトがつかないとほとんど真っ暗なので何もできない。

しょうがないのでシャワーを浴びて外で髪を乾かしながらまったりする。
せっかくなのでぶらぶらと周りを歩いて見る。

さっぱり何もない、
一応店が2件あったのでコーラを買っておく。
あとはチケットオフィスみたいなのがあったけど、
ほとんどがマナウス行きでベレン行きは全然なかった。

川の色を見るとなぜかまた黄土色にもどっていた、
うーんどうなってるんだこれは?
結局アマゾン川は何色になの?

もどってガイドブックを見ていると、
そこにこのサンタレンのあたりもまた大きい川が入ってきて、
その川が黄土色らしくそれと混ざるのに時間がかかり色が変わるらしい。

どうやらアマゾン川は場所によって色がころころ変わるので、
何色というのはないようだ。




サンタレン港のアマゾン川の色

黒色からまた黄土色に戻っていた。

そんなことをしていたら昼食になり食べる、
いつもは11時過ぎからだけど今日は遅くて12時をまわっていた。
食べて部屋に戻ると電気が復活していた。

またパソコンをひたすらやる。

午後4時半ぐらいまでやってちょっと寝て夕食になる、
夕食も午後5時半で全体的に食事の時間が普通より1時間ずつぐらいブラジルはずれているのかな?

朝が6時、昼が11時、夜が5時ちょっとおかしいよねー。

食事を食べたあとはちょっと休憩して、
またパソコンをひたすらやっていた。

カルロスはやっぱりほとんどまったくいない、
午後9時ぐらいに戻ってきて寝るだけ。

いつも午前0時まで明かりをつけてやっていてあんまり迷惑をかけるのも良くないので、
今日は午後11時で寝て明日早く起きることにした。

結構この船は早そうなので予定では明日にはベレンにつくはず、
でもあんまり早くつくと船から追い出される、
夜遅くにつくとそのまま船で一泊しても良くなるので、
ちょっとゆっくり走ってくれないかなー。

投稿者 nabe : 13:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月06日

アマゾン川下りの旅2 2日目

『アマゾン川の色は何色?』

6月4日
昨日は結局午前0時ぐらいまでパソコンをやっていて寝た、
カルロスは午後9時には就寝していた。

まあやることないから当然といえば当然、
その反動か朝はやたら早くて午前6時から活動し始めてた。

全体的にハンモックの人とかもその時間に動き出すようで外が騒がしくなっていた。

マナウスでも午前6時にはバスがラッシュアワーを迎えていたけど、
ブラジル人はどんな生活をしているのだろうか?

よっぽど夜やることなくてこんなに早いのかなー。

9時過ぎになりさすがにこれ以上寝ていられなくなって起きる。

さっそく外に出て昨日の疑問の答えを確かめる。

結果は予想に反して

ソリモインス川の黄土色がかっていた。




今日のアマゾン川の色


アマゾン川のあの本流の黒色はどこに入ったの?
というぐらい全然ソリモインス川の色、
本流が負けるってどうなってるのだろうか、
それは本当に本流なの?

しかもすごく強そうな黒色だったのに。

そしてすぐにどこかの港に着く、
小さい港だったけど名前が書いてありそれには

Parintins

とかいてった。

地図でその場所を調べてみると
この旅の中間地点に当たるサンタレンという町のマナウスからの中間に当たっていた。

ということはこの船の旅の1/4が終了したことになる。

15時間でそんなに進むの?

やけにはやくない?
単純計算だと60時間でついてしまう。

同室のカルロスの話だと今日の夜にはサンタレンについて、
そこで1日停泊してそれからまたベレンにむけては出向するとのこと。

すると日曜日の夜に出たとして30時間ぐらいでベレンにつく計算なので、
火曜日の早朝にはベレンにつく、
金曜日の夕方に出て火曜日の朝だと3日半でついてしまう。

おかしいなー、
前の船の旅は今回よりも500kmぐらい短いのに何で早くつくのだろう?
船の性能がいいのかな?
それともアマゾン川の流速がそんなに早いのだろうか?

丸5日ぐらいかかるつもりだったので結構予想外、
まあ早くつくならそれに越したことがないけど。

日記を書いたりパソコンをやったりしていると11時を過ぎていて昼食になる。

食事の場所に行くとハンモックの人たちは、
ハンモックのスペースにテーブルをいっぱい出してそこで食べていた。

私もここで食べるのかなと思ったら、
その奥のキッチンの前にテーブルがありそこにカマロッジ・スイートとかかれていた。

どうも部屋の人は別に食べるみたい、
メニューはおんなじだけどすいていて並ばなくても食べれる。

うーん、ちょっとお金持ちになった気分だなー。
食事もそれなりにおいしくてまたいっぱい食べてしまう。

動いていないのにこんなに食べてしまっては・・・。

どんどん体重が元に戻っている気がする。

お昼を食べてちょっとアマゾン川を見ながら風に当たる、今日は風がかなり強い。

そして部屋に戻ってお昼寝。

1日何時間寝れるんだ?
という気もするけど、
これにはわけがあります。

朝に起きてパソコンとか日記を書いていると、
いくら川を航行しているとはいえ船はそれなりに揺れます。

そんなところで下を向いて文字とかを読んでいたら、
やっぱり酔います。

そこまで酷くはないけど、
頭は痛くなるのである程度で限界が来る。

すでにこの時点で頭が痛かったので、
風に当たったら直るかなと思って当たってみたけどそんなに変わらなかったので、
酔いを直すために寝ることにしました。

だからグータラな生活してるんじゃない!

と自分に言い訳をしながらお昼寝をする。
寝たら起きれなくなり午後2時半になる。

さすがにこれ以上は寝れないので、
また起きてパソコンをする。

そのままひたすらパソコンをしていて、
午後5時過ぎに船が止まったので外に出てみる。

かなり小さい港に止まっていた。
ちょうど夕日が近かったので夕日を見ようと港と反対側に行くと・・・

アマゾン川の色が変わってる!

なんで!
また本流の黒色に戻っていた。

うーんどういうことなの?
たしかに朝見たときは黄土色だったのに、
なんでここで黒色に戻っているの?

どうなってるんだアマゾン川は?

結局本当は何色かわからないまま日が暮れる。




アマゾン川に沈む夕日

そして川の色はまた黒に戻っている

夕食を食べてシャワーを浴びることにする、
ちなみにシャワーはアマゾン川の水をそのままポンプで吸い上げて出しているだけ、
洗面台の蛇口からでてくる水も同じ。

顔とか頭とか洗うのはよいのだけど、
はたしてそれは洗っているといえるのかな?

油とかは取れるかもしれないけど、
その代わりにアマゾン川の砂とかがついてしまうような・・・。

まあでもこれしかないのでしょうがない、
あんまり深く考えることなく浴びておいた。

そしてまたパソコンをしていて、
1時間ぐらしたらどこかに止まったので外に出てみると、
すごーく小さい港、というか桟橋。

なんか警察みたい、
なんでこんなところに止まるんだろうとみていると、
船の乗員がパスポート持って降りてそのオフィスに行ってきて、
といってきた。

なんで?
こんなところでパスポートチェック?
しかも現地人は一切チェックしていないのになんで私だけ?

こんなの言わなければわかんないだろ、無視しとけよ。
とおもったけどしつこくいってくるのでしょうがなく降りていく。

他にも外人が何人か乗っていて同じようにパスポートチェックを受けていた。

皆さん暇なのかその様子を船の上からすごくたくさんの人が見ている。

これで私が日本人ということが100%ばれたわけだ、ほとんどの人に。
ブラジルは日系人がいっぱいいるから話さなければ日本人かどうかなんてわからない。

旅行者とばれると荷物の心配とかをしなければいけなくなるので、
できるだけばれないほうがめんどくさくなくて良い。

おかげさまでこれからは注意しておかなければいけなくなったわけだ、
まあ私はカマロッジだから荷物は部屋の中で常に鍵がかかるからいいけど、
ハンモックの外人は大変だよなー、すごく注意しなければいけないもんねー。

そしてまた戻ってパソコンをやる。

さて今日はやたらパソコンを使っているけど、
なにをそんなにしているの?
そんなにやることあるの?
と思うでしょう。

いやー、あるんです。

ゲームがいっぱい!

チリのサンチャゴで会った旅行者が、
スーパーファミコンとかゲームボーイのソフトとパソコンでできるようにするエミュレーターをもっていてそれをもらった。

旅行中は夜とか暇なときが多くてこれが非常に役に立つ。

ドラクエⅢ(スーパーファミコン版)とかファイナルファンタジーⅣとかクリアーしちゃったねー。

そして最近はゲームボーイの「逆転裁判」にはまってる、
そんなわけで正確にはパソコンをするというよりは、

ゲームをする

といった方が正しいのかな。
でもこの文章を書いたりもしているので、
遊んでばかりいるわけでもないです。
(8割は遊んでいる気もするけど)


明日は・・・

今日は逆転裁判2をクリアーしたから3かな・・・。

こんなことをしているうちにまた夜遅くなって2日目が過ぎていく。




カマロッジの部屋

狭いけどエアコン効いてて洗面台もありまあ快適




パソコン、電源は1つしかないけど私しか使わない。

ドアの横にあるのでテープで止めて上側をはわせている


投稿者 nabe : 13:09 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月05日

アマゾン川下りの旅2 1日目

『世の中そんなに甘くない』

6月3日
いよいよ2回目のアマゾン川下りの旅が始まる。

船は昼に先に公営のチケットオフィスで人を乗せて、
それから船着場に戻ってきて安チケットの客を乗せるので、
午後2時~3時ごろから船に乗れるようになるといわれていた。

午後になってホテルをチェックアウトして荷物を預かってもらっておいて、
食事をしてお菓子と水をちょっとかう。

そこから船着場が近かったのでもう午後2時半だしそろそろのれるかなといってみる。

チケットを買ったエージェント・ネロの店(といっても路上だけど)は、
ちょうど船着場に下りる階段の前という絶好のロケーションにある、
もちろん今日もいたので、
ボスのネロのおじさんはいなかったので、
働くおじさんの方に

船もう来た?

ときいてみる。
すると船は今日出ないといいだす。

何言ってんだお前!
チケット売ってるじゃん!

ポルトガル語でなんか理由を言っているみたいだけどよくわからない、
とにかく船は出ないからもう1つの船に乗れといわれる。

今日乗るはずだった船はサンフランシスコⅣという名前で、
かなり大きくてよさそうな船。

もう1つの船はもちろんこっちもかなり大きいけどちょっと見劣りする、
まあでも今日でてベレンにいければどうでもいいや、

ついてこいというのでついていく、
船に行く途中にまたなんで船がでないのか聞くと、
船の塗装をしているというようなジェスチャーをされた。

おいおい、そんなの昨日今日決まったことか?
こいつら最初っから知ってたんじゃないのか?

まあ乗れるならいいけど。

ついていって船に乗りなんかえらそうな人のところに行く、
そして働くおじさんが何かを話している。

聞き取れたのは

カマロッジで200R
無理、300R

ということ、

そして働くおじさんは私の方を向いて、
300Rだけどどうする?
といってきた。

「どうするだと?
まさか追加で100R払えといってるんじゃないだろうな?」

「いや200Rしかもらってないからあと100Rいるよ」

「何言ってるんだお前!
なめてんのか!
チケット売っておいて今更どうなってるんだよ!
今更船が出ないじゃすまないだろ!」

と日本語でめちゃくちゃ本気で怒る。
怒るときはどんな言葉でも通じるねー、

働くおじさんはまた交渉したけど、

280R、それで終わり

というようなジェスチャーをされていた。

280Rなんだけど、といってきたけど。

もちろんまた日本語ですごく文句を言う、

「でも280Rしかないよ」
といってきたので、

「それだったら飛行機で行く!
270Rで1時間でベレンにつくんだぞ!」
とスペイン語で言うと、

経由便があるからそれならなんとか、
といいだして、
またついてこいというのでついていく。

こいつらもともと200Rでのせる気なんてなかったんだろ、
完全にやられたなこれは、
さすがに無理して値切りすぎたのかなー。

明日、明後日は船がないらしいし、
これは本当にまいった、
もう飛行機しかないかな。

半ばあきらめかけながらついていって、
船を下りようとしたらそこへボスのネロがやってきた。

そして働くおじさんがネロに状況を報告している、
するとネロがついて来いといってまた私をこの船の偉い人のところにつれていく。

そしてまた交渉をはじめる、
どうもなんとか200Rでのせてくれよ、
と必至に頼んでいるみたい。

偉い人はだめだといっているけど、
それでも食い下がっていて、
5分ぐらいしたらどうも何とか落ち着いたみたい。

断片的に理解できたのを総合すると、

なんとか今回だけは頼むよ、
またそのうち埋め合わせするから。

というような話でまとめていったみたい。

結局私は追加料金を払うことなく、
この船のカマロッジに乗れることができるようになった

あの本気の交渉からすると、
どうも初めから知っていたわけではないみたい、
忘れていたのか、知らなくていきなりだったのかで、
ネロのおじさんの方もかなりあわてていたようだった。

どうもそのほかのエージェントもこの偉い人のところにきたりしていて、
出発が2時間後だからかもしれないけどかなりあわただしくしていた。


やっぱりネロはボスだけあるねー、
交渉とかちゃんするし、交渉能力が違うよね。

働く人はやっぱり雇われの働く人になるなりの能力といったところなのかな。

でも私が出発間際に来ていたらどうなってたのこれ?
結構やばいところだったのかな。




今回の船「CISNE BRANCO」結構大きい

そのままカマロッジの鍵をもらって部屋を見てみると、
すでに1つ荷物が置いてあった、
しっかり便利な下側をとられてしまっていた。

うーん、私は荷物がでかいから下側が良かったんだけどなー、
まあ遅く来たのだからしょうがないけど。

でもそんなに遅いのだろうか?
昼に公営のチケットオフィスの船着場に必ず行くはずだから、
戻ってきたのは午後2時ぐらいじゃないの?
するともしかしてこの人はチケットオフィスから乗ってきたのかな?

でもハンモックのスペースももうすごいことになってる、
まだ午後2時半過ぎなのにかけるところないじゃんというぐらいびっしり、
前の船なら2時間前に行けば十分まだまだあいていたのに、
なんでこんなにびっしりうまってるの?
いまからハンモックで乗ってきたとしてどこにかければいいのだ?

遅いのかなー、
それともチケットオフィスから乗っているのだろうか?
こんなにたくさんの人が?

どうなっているのか本当によくわからない。

私の予定では、
カマロッジだけどたぶん部屋は暗いし日が当たらないから、
昼間のお昼寝はハンモックをはっておいてそこで風に当たりながら寝るつもりだった。

でもこんなじょうたいじゃあ、とてもじゃないけどハンモックなんてはれたものじゃない。
これってちゃんと人数とか数えてチケット売ってるんだよなー、
ハンモックはれないなんてことあるんじゃないのか?
遅いとかなりやばいなー。




船の2階のハンモックスペース

かなりいっぱいいっぱい

まあでも私は

カマロッジ!

なので全然関係なし!

たぶん金曜日は2便でているのが1便になったから混んでいるのだろう、
それもでかい方がでないんだからいっぱいになっても当然かな。


ホテルに戻って荷物を持って戻ってくる。

私の荷物をでかすぎてベットの下とかには入らないので、
そのままじゃまだけどドンと置いてやる。

あとは船がでるまでゆっくりしていようと思ったら、
なんかおじさんに声をかけられる。

この人が同室の人で50歳ぐらいのおじさん、
カルロスという名前だった。

典型的なブラジル人みたいな感じで、
すごく人がよさそうで明るくて話しやすくて非常に良い人そう、
でもポルトガル語しか話せないから話が通じるかというとかなり微妙だけど。


午後4時半に船は出港する、
桟橋には見送りの人がいっぱいいた。

せっかくなのでそのままアマゾン川をしばらく見ている、
このアマゾン川には非常に面白いところがある。

それはマナウスから少し下ったところに、
このアマゾン川とその支流のソリモインス川との交わるところで、

アマゾン川がコーラのような黒い色をしているのにたいして、
ソリモインス川は雨が降ったあとの川のような明るい黄土色で、

流速が違うとか比重が違うなどのいろいろな理由があって、
この川が5kmぐらいまざることなく境界がはっきりと見える形でアマゾン川を作っている。

前に小型のボートできたけど、
小さすぎて目の前ではさっぱり見えなかったので、
今日はかなり大型の船なので見えるはず。

それをひたすら待つこと1時間、
やっと合流地点に着く。




合流地点
ちょっと写真ではわかりにくいけど2色になっています

肉眼だとかなりはっきり見えます

そこは確かにはっきりと黒色と黄土色に川が2色にわかれていた、
せっかくなので暗くなって見えなくなるまでしばらく眺めていて、
降りていくと、

ちょうど夕食でたべる、
スープにいろいろな物を入れたものでまあそれなりだった。

あとは部屋に戻って、
日記を書いたりパソコンでこの文章を書いたりする。

やっぱり電源が取れると夜も暇じゃなくていいです。

いろいろやっていたら午後11時になり、
揺れが少ないとはいえずーっとパソコンの画面を見ていたりしたのでちょっと酔ってきたので寝る。

寝るときになってふと思ったのが、
アマゾン川の黒色とソリモインス川の黄土色、
別れているところはみたけどそのあとはたしてどうなるのだ?

まざると灰色にでもなるのかな?
それとも本流の黒色がかってまた黒色に戻るの?

明日のアマゾン川は何色なんだろうか?

そんなことを考えながら1日目の夜がすぎていった。




船の1階、貨物スペースだけどハンモックもはれる。

2等クラスのハンモックがここ

でもあんまり値段変わらないので上の方がかなり快適でよい


3階がバーラウンジになっている

投稿者 nabe : 13:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月03日

アマゾン川下りの旅2 0日目

『ナベ流交渉術』


2週間前にアマゾン川下りを終えたばかりですが、
はやくも2回目を迎えました。

前回はアマゾン川といっても本当はアマゾン川の支流のマデイラ川でした。

でも今回は違います!

本当にアマゾン川です!

今回の旅はマナウスからアマゾン川をひたすら下って最下流の大西洋岸の町ベレンまでの、
約1500kmに及ぶ本当のアマゾン川下りの旅です。

時間は話によると4日でつくとのこと、
前回のポルトベーリョからマナウスよりも距離がさらに結構伸びているにもかかわらず時間は短くなる。
なんかうそ臭い話だけどたぶん貨物じゃなくて本当の移動用の客船だからかな。


ベネズエラから命からがら脱出してマナウスに着いたのが6月1日の水曜日の早朝。

段取りの非常に良い私は、
まえにマナウスにいたときにベレンまでの船がいつ出ているのかと値段をチェックしておいた。

それによると水曜日、金曜日あと月、火曜日もでているみたい、
主要路線なのでいくつも会社があり週7便ぐらいとかなり多い。

そしてどうも金曜日に2便でていて、
それがベレンまでの船の中では結構良い船を使っていて大きくてそれなりに綺麗で快適とのこと。

ということでその金曜日の船に合わせてベネズエラから脱出してきた。
そしてさっそく午後から船のチケットを探しに行く。

マナウスからの船は公営のチケットオフィスがあって、
そこですべての船を取り扱っている。

マナウスからはいろいろな都市に船が出ていて、
ここに行けばいつ船が出るとか値段とかもすべてわかる、
まさに船のターミナルみたいなところ。

こんな便利なところがあるなんて、
使わない手はない!

なんておもってここに行くととんでもない目にあいます。

ここは公営だからかよくわからないけど、
やたら高い!
ある意味正規運賃というものなのかもしれない。

とにかく高い、
ガイドブック「地球の歩き方」にのっている値段はここで買ったときの値段のようでだまされそうになります。

でももう1つのガイドブック?
じゃないんだけど個人ですごく細かく情報をかいて各地に残してある、

「エルビスノート」

というものによるとだいたいガイドブックの半額ぐらいで乗ることができます。

どうするかというと直接船着場まで行って、
船の人かその船のエージェントと交渉する。
これだけで簡単に安くなります。

じゃあ公営のチケットオフィスなんて誰も行かないじゃん!
と思うところですが、

それがなぜか知らないけどそれなりに人がいてはやってる、
なんでだろうか?
よく知らない外国人旅行者だったらわからなくもないけど、
現地人も買っているみたいなんだよねー。

謎です。

まあとにかくチケットを買うなら船着場で直接買うに限る、
ということで船着場へレッツゴー!


この船着場というのが公営のチケットオフィスから500mぐらいしか離れていない、
そして前に聞いた話によると、
午後12時に一度公営のチケットオフィスの船着場に行って人を乗せてくる、
これはチケットオフィスでチケットを買った人。

そしてそのあと午後2時ぐらいにまた船着場に戻ってきて、
ここで船着場でチケットを買った客を乗せて午後4時ぐらいに船はマナウスを出港する。

どう考えても公営のチケットオフィスは値段高いだけで利用する価値はない、
でも買っている人がそれなりにいる。

現地人でも船着場でチケットを買えることを知らないのかな?
というとそんなことはたぶんないと思う、
だってこっそりチケットを売っているということは全然なく、
それどころかかなりおおっぴらに船の写真を掲げて売ってる。

そして実は公営のチケットオフィスを一歩出ると、
そこでも船のチケットを同じように安く売っている。
さすがにここではおおっぴらにではなく、
船のチケット買いに来たのか?ときかれて、
そうというとじゃあこっちにこいといわれて少しはなれたところで交渉が始まる。

うーん、チケットオフィスと船はどういう関係にあるのだろうか?

謎は深まるばかりだ。


まあでもそんな謎は一介の旅行者にはどうでもよいこと、
旅行者に重要なのは同じチケットならいかに安く買うかということだけ。

チケットオフィス前の安チケット売りは値段があんまり下がらないので使う価値なし、
用があるのは船着場の安チケット売りだけ。

船着場の方は4、5人ぐらいエージェントらしき人がいて、
いろいろな船の写真を壁に貼って見せている。

まあとりあえず片っ端から当たっていくしかない。


船着場についてさっそくベレンまでの船の値段を聞く。
私の事前の調査ではハンモックは最安で120R(1R=約42円)ぐらい、
でも前回のポルトベーリョからの船の旅で、
ハンモックは死ぬほどやることがなくて困る、
ということを知っている。

そして私はパソコンを持っている、
もし電源が取れればゲームとかいろいろできるので時間をいくらでもつぶせる。

そこでカマロッジという選択肢が出てくる、
カマとはポルトガル語でベットのこと、
その名の通りベットがある部屋で、
広くはないけど2段ベットがありエアコンが付いていて、
そしてコンセントがあり電源が取れる。

まあ値段しだいだけど多少高いぐらいなら、
4日か5日をまったく無駄に過ごすよりは全然良い。

ということでカマロッジを買うつもりでいた、
カマロッジは前回の調査では200Rでハンモックとは80Rの差、
まあ結構高くなるけどエアコン付いていて快適だし、
パソコンが使えると考えれば全然高くない。

ただ1つだけ面倒なことがあり、
安チケット売りにベレンまでいくら?
と普通に聞くと、

ハンモック150R
カマロッジ300R

といってくる。

ちなみに公営のチケットオフィスでは、
ハンモック220R
カマロッジ600R
といってきます。

そしてマナウスからベレンまでの飛行機は、
この時期の値段ですが270Rです、
ベレンから来た人は210Rで飛んできた人もいます。

飛行機1時間ちょっと
船4~5日ぐらい

だれが公営で買うんだよー!

本当に謎です。

だれか解明してくれよー、
卒業論文ぐらいにはなるんじゃないの?


そして普通に考えると、
カマロッジで200R払うんなら、
1時間と4日の時間的な損失を考えたら270Rでも全然そっちの方が安いんじゃないの?
差額3000円ちょっとだよ。

と思うでしょう、
まあ私も「時は金なり」という考え方なので普通なら絶対飛行機なのですが、

バックパッカーはこのアマゾン川下りも観光の1つと考えるのが南米では一般的なのです。

バックパッカーには時間もあるし、

世界最大の流域面積を持つアマゾン川を船で下る

なんて良い響きでしょう。

そりゃ時間なんて関係ないですよ!
むしろ時間かかるからいいんですよ!

というようになります。


なんか話が非常にそれたような気が・・・、
この時点で元の話し覚えている人いるのだろうか?

話を元に戻すと、
安チケット売りにベレンまでいくらと聞くと、

ハンモック 150R
カマロッジ 300R

といってきます、
まあ彼らもできるだけ高く売ることで、
その差額でさらに儲かるのでこのようにいってくるのは当然。

なんだけど、
ハンモックの150Rはいいとしても、
カマロッジの300Rはいいすぎじゃないの?

ハンモックは最安値から30Rぐらいしか違わないからいいけど、
カマロッジは100Rも違うぞ。

この差が大きいほど交渉が非常にめんどくさくなる、
ハンモックは120Rにするのに10分もあれば十分、
結構簡単に下がる。

でもカマロッジは100Rもぼってくるのでかなり大変、
普通に交渉してたら全然そこまで下がらない、
相手も重要で何人かあたってやっと200Rという値段になる。

前の交渉のときは何人かあたってみんな最安値で250Rにしかならなくて、
これはカマロッジと飛行機の値段がほとんど変わらないんじゃ、
さすがに飛行機かなとあきらめかけてたときに、
300Rから250Rになってさらに交渉していたら200Rになった。

ということでカマロッジの交渉は非常に大変。
今回もかなり気合を入れて交渉に臨む。


まずはじめの人はというと、
やっぱり決まり文句のように、

ハンモック 150R
カマロッジ 300R

といってくる、
安チケット売り同士で初値はこの値段という協定でもあるのだろうか?

全然高い!
もっと安くして!

というと、

ハンモック 140R
カマロッジ 280R

になる、
うーん、これを200Rに下げるのはかなり大変そうだ、
こいつはあきらめて前に200Rといったおっちゃんのところにいったほうが早いな。

さっさと交渉を切り上げて移動する。

でも前に200Rといったおっちゃんはなぜか今日はいなかった、
なんでだよー、あとの奴らはみんな250Rまでしか下がらなかった奴ばかりだぞ、
体調崩して休んでるのか?

しょうがないので別の人のところにいく、
日本人は珍しいのか私が目立つのか知らないが、
前いったのは2週間前なのに私を覚えているおっちゃんがいた。

まあこの人は船の中までわざわざ連れて行って見せてくれた人、
もちろんそのときはさっぱり買うつもりなかったけど、
カマロッジにちゃんとコンセントがあるかどうかチェックしておきたくて、
見に行くか?といわれたのでいった。

そのあとの近くの飲み屋でもあったし、
まあ覚えていても当然といえば当然なのかな。

このおっちゃんも250Rまでしか下がらなかったので、
あんまり交渉の余地なさそうだけど、
まあせっかく声をかけられたのでと話をしてみる。

挨拶は

「ハンモック 150R
カマロッジ 300R」

「高い!
まけろ!」

うーん、心通じる挨拶だ、
どんなチケット売りとも必ずする挨拶だねー。

300Rから下げるのは本当に大変で、
めんどくさいので

200Rにして!

とこっちからいってみた。

するとこのおじさんが、
その後ろに座ってみていた太ったおじさんになんか話をしている。

そして太ったおじさんが、

よし

といったら、
200Rでよいといってきた。

え!
なにそれ!
早過ぎないか!

さっきの300Rという値段はなんだったんだよ!
(まあ挨拶なんだけど)

普通は

「200R?何言ってるんだお前、280Rにならしてやるよ。」

「そこをなんとか200Rに!」

「しょうがないから270Rなら」

「でも200Rでお願い!」

「無理だよ」

「200R ポルファボール!」(ボルファボール=プリーズ)

「わかった、わかった250Rならいいだろ、
これがもう限界だぞ」

「250Rが限界なの?
うーん、じゃあちょっと他のエージェントも当たってみるよ」

「しょうがない240R、もうこれで無理」

「じゃあまたあとで来るね、ここが一番安かったら」

そのまま離れていこうとするとほとんど必ずとめられて

「200Rと240Rの間で220R、これでいいだろ!」

「うーん、200Rになんないの?」

「無理!」

「じゃあやっぱり他の人に聞いてから・・・」

「わかった200Rにするよ」

ぐらいのめくるめく交渉のやり取りがあってはじめて安くなるもの、
そもそも私の中では1回で簡単に下がるとは思ってなくて、
今日は下見程度のつもり。

途中で「じゃあ他のところにいってみる」といってとめられないこともあるので、
そこでそのまま自分から交渉をするとさっぱり下がらなくなる、
だからまた次の日にくるぐらいのつもりで交渉してる。


ちなみに交渉では嘘も非常に重要です、
前に200Rを引き出したときは、

この前ベレンからマナウスまで船で来たよ、
そのときはもっと安かったのに何でこんなに高いの?

といったら下がった。
嘘というかハッタリといったところかな、
交渉にあわせてつかうと非常に効果的です。

タクシーに乗るときとかも、

高い!

というだけじゃなく、

高いなー、前に乗ったときは安かったのに何で?

とか、適当に値段を言ってみるといいです。
タクシーなど交渉相手がいくらでもいるときは、
だめなら次、というようにしていればすぐ安く乗れます。

長く旅をしているとすごく交渉術に長けてきます、
まあ日本の生活でこんなに値段の交渉とかする機会ないから、
非常に良い勉強になります。

最近はもう現地人価格が当たり前、
ぼられることもほとんどなくなりました。
(といっても自分がそう思っているだけでやられてるかもしれないけど・・・)


あまりにも一気に安くなったので、
おっちゃん安くなりすぎじゃないの?
というと、

うまく伝わらなかったのか、

もっと安くしろだと!
無理だ、帰れ!

といわれた、
あわてて、いやいや違う値段はこれでいい、
というと、

じゃあチケットを書くからといって、
さっきの太ったおじさんから冊子をもらって書き始めた。

どうやらかなり最安値の価格だったようで、
値段知っているなとおもってあきらめて200Rにしてくれたような感じ。

それはいいんだけど、
その冊子が全然カーボンコピーとかしてなくて、
書いて私に渡したらそれでなくなってしまう。

おいおい、ちょっとまってよー、
それ本物だよねー、
もしかして私だまされてる?
詐欺、詐欺なのこれ?

一応乗る船の名前とかはちゃんと印刷されている、
でも怪しいよー、値段もやたらあっさり下がってるしー、
こいつらやる気じゃないのか?

書き終わってじゃあ200R払ってといわれる、

今?
出発当日じゃダメ?

と聞いたけどもちろんダメだった。

まあしょうがないので払うと、
受け取った金を先の座っている太ったおじさんに渡していた。

そしてチケットとなんか名刺をくれた、
それにはエージェント・ネロと書かれていて、
電話番号とかも書いてあった。

まあこのおじさんたちは2週間前もいたし、
ずっとここで商売しているようだから、
まさか詐欺ってことはないだろう、
私は時間あるからもし乗れなくても次の日にきたりできるしね。

こんなおおっぴらに店を広げて他の人とかも見ているところで、
詐欺なんてやったらブラジル人は親切だからすぐ他の人がこいつはダメとかいってくるだろう。

まあ大丈夫かな、ちょっと不安だけど・・・、
などと思っていると、

なんかちょっとだけ日本語が話せるブラジル人が声をかけてきた、
どうもただ日本語が話せるから声をかけてきただけみたい、

ブラジル人は陽気なのでこんなことが良くある、
意味もなく話しかけてくるなんて当たり前。

ちょうどいいので、
この人たち知っているの?
ときくと、

トモダチ、トモダチ

といってきたので、
じゃああの後ろに座っている太ったえらそうなおじさんは何者?

あの人がネロ、ボスね。
その名刺の人

ふーん、
じゃあこのおじさん(交渉をしていた人)は?

働く人!

うーん、わかりやすいといえばわかりやすいよ、
日本語で言われるといっそうね。

雇われ見たいな感じなのかな、
でもボスの隣で客引きとかしてても意味ないんじゃないの?

まあとにかく安くチケットを手に入れることができた(はず、本物ならね)。

でもやっぱり世の中はそんなに甘くはなかった・・・

投稿者 nabe : 13:50 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月02日

48時間移動2 3日目 『史上最悪の移動終了』

6月1日、
朝5時半にマナウスの町に到着する。
さすがにこの時間はまだ暗かったのでターミナルで座って待つ。

6時には明るくなったので外に出てバス停へと行く、
前にこのターミナルに来たときに乗ったところまでいって待つ。

この時間はほとんどバスが走っていないだろうなー、
と思っていたらめちゃくちゃ走ってる。

そして人がめちゃくちゃ乗ってる。

とりあえず来たバスに乗るけど、
2つのバスを中央で連結して1つにしたかなり大きいバスなのに超満員。

なにそれ?
まだ午前6時なのになんでバスが満員なの?
何時に起きてるんだよこいつら?

バックパックを持って乗るだけでも大変なのに、
ラッシュのバスにバックパックを持って乗るなんて迷惑もいいところ。

でもタクシーだと高いのでお構いなしにのる、
みんなじゃまだなーと見ていたけど、

まあバックパッカーなんで勘弁してねー。
と心の中で適当に謝っておいた。

バスはセントロに向かっていくけど、
このバスがセントロの中心地に行くかまではわからない。

でもセントロの近くにちょっとしたターミナルがあり、
そこにはいろいろな方面に行くバスが止まる。

とりあえずそこまでいって下りて次のバスを探す。

でも、ここも人が列をいっぱい作ってます!

なんなんだこの町は?
日が昇ると活動して日が落ちると寝るのか?
カメハメハ大王じゃないんだから、
こんな早朝からラッシュアワーなんて勘弁してくれよー。

しかも路線ありすぎてどれに乗ればいいのかさっぱりわからない、
皆さん忙しそうにしているのでちょっとききにくい雰囲気、
売店で聞こうと思ったけどそっちも忙しそう。

さてどうするかな?
とおもってみていたら、
ここのターミナルのガードマンみたいなのがたっていた、
この人は暇そうなので早速聞いてみると、

ちょうど来たバスが私のいきたいところまで行くらしいので乗る。

5分ぐらいでセントロの中心地について下りる。

そこはちょうどこの次の目的地ベレンへと移動する船のチケットが売っているところ、
どんなものなんだろう?とみていると、
チケット売りのおにいちゃんが話しかけてくる、
そしてちょうど今日出る船があるといわれた。

今日でる船なら結構値切れそうだぞ、
安いならこのまま移動しちゃうか?
ベレンまで5日もかかるけど・・・。

とおもって値段を聞いてみると、
全然高かった、120Rが相場なのに190Rといわれた、
何にも知らないと思って足元みてるのか?

でもいくらなんでもやりすぎだよお兄ちゃん、
もう値段交渉する気もなくなり、
やっぱりさらに連続移動はきついな。

マナウスは前に来ているから洗濯屋の場所とかわかっているし、
思いなおしてここでちゃんと補給をしてからベレンに向かうことにする。

あとは前に泊まったホテルまで行ってチェックイン、
午前7時半に今回の移動が終了した。

2日前の午前8時半からなので今回の移動は正確には47時間で終わりました。
まあ1時間しか違わないのでほとんど丸2日の移動、


ベネズエラは本当に最悪の国、
そんなところから移動したのだから当然だけど。、
この移動はかなりつらかった。

まえの48時間移動は体力的に疲れただけだけど、
今回はさらに精神的にかなりまいった。

ベネズエラなんて本当に行くものじゃないなー、
でもギアナ高地とエンジェルフォールだけはいいところだからなー。

まあもう二度といかないからいいけどね。

今度こそあとは15時間ぐらいの移動が何回かあるだけ(のはず)、
でもマナウスからの移動はアマゾン川を船で下るしかないから、
これに5日ぐらいかかるんだよねー。

南米は広すぎるよ・・・。

投稿者 nabe : 15:50 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月01日

48時間移動2 2日目 『ベネズエラ脱出大作戦!』

『ついにドル抜き荷物検査にあう!』

5月31日

朝3時過ぎぐらいからやたら寒くなり始める、
標高が1000mぐらいになったために気温が下がったので風がかなり冷たくなったようだ。

もともとボロいバスだしほとんど寝れたもんじゃないんだけど、さらに寝れなくなる。

そして午前6時にバスがまた止まる、
でも今度はターミナルではない。

普通に道の真ん中みたいなところで止まっていた、
さてこれは何かなと思っているとバスに乗っていた人たちがどんどん降りていく。

どうしてなのか隣のお兄ちゃんに聞くと、

ADUANA

といわれた、
ADUANA?
税関のことだよな?
なんで国境でもなんでもないところで税関が?

まあ降りなければいけないことは間違いないようで、
皆さん列を作って並んでいる。

ちょっとうとうとしていて寝ぼけた感じだったけど、
降りようと席を立つときにハッと思い出した。

よく考えたらここは腐った国ベネズエラ、
税関なんてかなりやばいところ。

うーん今バスに持ち込んでいる手荷物は持ってかないほうがいいな、
ドルとか貴重品いっぱい入っているから、
いざというときに困るだろう。

手荷物には鍵がかかっているから見つかったからといってそのままあけることはできないはず、
それにこのバスはボロいだけあってシートを倒した状態にしておくとシートの下に何かあるかなんてさっぱりわからない、
よっぽどしっかり見られて、もし見つかったら忘れてたといっておけばいいだろう。

ということで手荷物はバスの中に残したまま降りる。

そしてバスの下に入れてあるバックパックをもって皆さんが並んでいる列の後ろに並ぶ。

少し待ってやっと荷物チェックが始まる、
するとなぜか私だけ係員の軍人にこっちへこいといわれる。

別に何の怪しいところもないし、
他にも何人かピックアップしているわけではなく、
本当に私だけ。

やばい!
最後の最後できてしまった!

無視するわけにもいかないし、
しょうがないのでついていく。

遠くの別室に連れて行かれるのかと思ったけど、
不幸中の幸いでこのチェックしているところのすぐ裏の小さい小屋で、
他の人から見えないけどドアを閉められてとかではなかった。
さらに3,4人とかじゃなくてこの私を呼んだ1人だけだった。

そしてこの22歳ぐらいのかなり若い軍人による荷物検査が始まる。

とりあえずチェックするのは、

財布

他の人さっぱりチェックされてないぞそんなの!

まあいい、見たければ見ろ!
どうせもうベネズエラ抜けるから全然入ってねーよ。

財布を見たあとは、
ポケットの中身とかを全部出せといわれた。

だからなんで私だけそんなチェックなんだよ!

まあこれも貴重品なんて入ってねーよと出してやる。

なんかパスポートとか見てたよ、
たぶんここにドルとか入ってないかチェックするだけだろうけどね。

そしてやっと本当に荷物検査が始まる。

といってもこれももちろんただのドル探し、
なんか荷物をだしてはどうでもいいようなものをチェックしてた。

とくに小物入れとかはかなり興味示してたねー、
いちいちちゃんとあけてチェックしてたなー。

でもバックパックの中身とかをすべて出してというわけではなく、
出しては元に戻したりしていて結構甘いチェック。

でも念入りにチェックしていく、
実はこのバックパックにも200ドルぐらい入ってるんだよねー、
でも見つかったとしても100ドル札だから抜くことはできないけどね。
まあ賄賂を要求されると困るなー。

他の乗客はどんどん荷物検査を終えてバスへと入っていく、
でも私のチェックは全然終わらない、

なんでだよー!
とか日本語で文句言ってやるけど、

たまに反応して怒ったりするから、
かなりやりにくい。

スペイン語を話せるかと聞かれて、
ちょっとだけと答えておく。

さらに、
他にバックを持ってないか?
と聞かれたので、

うーん、なにいってるの?
わかんないよーん!

というようにジェスチャーで示してやる。

また他にバックはないのか?
ときいてきたので、

うーん、シー(はい)
とよくわからないふりして適当に答えてやる。

すると他にはバックはないということになったみたい。

でもねー、
バックパック調べられているときに、
パソコンのマウスとか出てきてるんだよねー、
あとデジカメのメモリーも。

そして旅行者がほとんど絶対に持っているはずのカメラが出てきてないんだよねー、
私のポケットからも出てきてないしねー。

貴重品とか入ってる袋も出てきてないし、

どう考えてもあるでしょ!

でもベネズエラ人は、

すごーーーく馬鹿

なのでそんなこともわかりません。
まあこの場合はわからないほうが良いので、
ベネズエラ人の馬鹿さに助けられたともいえる。

まあ教養のないバカな軍人だからこんなことをしているともいえるけどね。

20分ぐらいたっただろうか、
さすがにバスの乗客の荷物チェックが終わってしまった。

置いていかれても困るので、
どうするんだ?
とバカ軍人にきくと、

ちょっとまっていろ、
といってバスの運転手にもう1人いるからまっていろといっていた。

おいおい、それはもう時間切れじゃないのか?

まだ続けるのかよー、しつこいなー。

するとなんか上司みたいなのがやってきた、
白髪だし55歳ぐらいだろうか、
ああ、これでやっと終わりかな、
と思ったら、

マネーベルトないのか?
といってきた、

お前もかよ!

というかお前が親玉か?
だからこんなことしてるのか?

マネーベルト?そんなもんねーよ!
と日本語で言ってやる、

まだ聞いてくるので、
ないよ、ほら!
とTシャツをめくって腹を見せてやると納得した。

実はマネーベルトはもう強盗とかこういう人たちに非常に有名でさっぱり役に立たない、
ということで本当に私はそもそも持っていない。

まあ強盗とかにあったらどうせとられるし、
貴重品はパスポート以外はバックパックに入れてホテルにおいてくるからもちあるかない。

ホテルで盗まれるということもあるけど、
強盗にあう確率とたぶんそんな変わらない気がする、
今のところどっちもあってないし。

腹に常にベルトを巻いている不便さを考えると、
こっちの方が楽でいいかなというのが私の考え方。

すこしこの上司の軍人と話しをして、
この人はでていった、
すると若いバカ軍人の方もそれについていくように出て行った。

そして私もどうなるんだと外を見てみると、
なんか他に3人ぐらい増えていて5人でなんか話してる。

やべー、さらに増員か?

と思ったら、
なんかあの上司が若いバカ軍人に何かを言う、
するとバカ軍人がもういっていいと手であっちいけみたいに合図した。

どうやらあきらめたみたい、
さっきまであんなに一生懸命バックパックの下の方からとか出して探していたのになー、
そしてその出した荷物がまだ机の上に一部散乱してるんですけど・・・。

でもここでそんなことを追求していても始まらない、
これはさっさと逃げるに限ると、
とにかく大急ぎで適当に荷物をバックパックに入れてそそくさと逃げる。

そしてバスに戻って手荷物を見ると、
あけられて様子もなくそのままイスの下においてあった。

ここでチェックしてもいいけど、
人がいっぱいいて細かいチェックなんてとてもできそうにないし、
まあどうせ盗まれていたら今更取り返せないのだから同じこと。

ということでそのままにしてバスはまた走り出す。

30分ぐらいでバスは国境の町サンタエレナにつく。

降りて手荷物をチェックするけどもちろん何にも盗まれていなかった。


したがってこんなときは、

1.貴重品は隠す・持っていかない
2.言葉がわからないふりをして都合の悪いことは答えないか嘘を言う
3.必ず路線バスなどの公共交通機関を使う

この3つを守るだけでもだいぶ違います。
ちなみに私のバックパックの200ドルは、
そこまで大げさに隠してあるわけではなく、
逆に簡単に見ようと思えば見れる

ニット帽の中のお守りの中

にあります。

ニット帽はチェックしないねー、
見た目でもニット帽ってわかるからドル探すには意味ないように見えるからねー。

あと手袋の中の指の部分もなかなかお勧めかなー、
さすがにそこまでチェックするとなるとまあどこに入れておいてもすべて見つかるね。

まあこんな感じでとにかく裸にされることなくなんとか抜けることができた。

でももちろん軍人不信になったので、
このあとはベネズエラの軍人を見ると今まででも避けていたのに、
さらに避けるようになった。

しかしベネズエラもあと数時間で終わり、
もう大丈夫だろうと思っていたけど、
とにかく抜けるまでは絶対に気が抜けない国。

そしてそれはすぐ証明されることになる。


『タクシー強盗?』

サンタエレナに7時過ぎについて、
ここからブラジルの町ボアビスタか最終目的地のマナウスまでのバスがないのか聞いてみる。

するとちょうど8時にマナウス行きのバスがあるらしい、
直行便なので国境の手続きとかも簡単そうでよい、
でも行きに来たように自分で国境を越えたりしていくよりはUS15ドルぐらい高い。

でもこの腐った国ベネズエラで国境を越えたりするのは大変そうなので、
多少お金が高くても全然良いのだけど、
問題はバスが午前0時に到着すること。

あのなにもないすごく小さいマナウスのバス停にそんな時間についてどうする?

そんな時間からバスで市内へと向かうのはいくらなんでも無謀だし、
タクシーでいくのだってタクシー強盗があるから怖い、
そしてタクシー代とホテル代でさらにかなりお金がかかる。

それなら当初の予定通り来たように自分で国境を越えたほうがよい、
このターミナルからブラジルの国境まではタクシーで15分ぐらいで、
そこからボアビスタという町まで3時間のバス移動で、
ボアビスタからはマナウスまで12時間ぐらいのバスがでている。

くるときに調べてたところ、
ブラジルの国境からボアビスタまでのバスは1日朝昼晩の3便、
これからだと一番早いのが昼の午後2時半の便、
これだとちょうどボアビスタからマナウスまでの夜行便に乗れる時間なのでちょうどよい。

ということでまだまだかなり時間がある、
本当ならこんな腐った国からさっさと逃げ出したいんだけど、
ブラジルの国境の町は何にもなくてしかも暑い。

ここは標高が1000mぐらいあるので赤道直下の割には涼しく、
ターミナルも綺麗でなかなか良いところ。

今出てしまうと向こうで6時間ぐらい待たなければいけない、
そんなにあんなところで待つのもなんなのでここでしばらく時間をつぶすことにする。

日記を書いたりハガキを書いたりして3時間ぐらい時間をつぶす。
さてそろそろ移動しようかなーと思ってターミナルに止まっているタクシーのところに行く。

そしていくらかきくと20000Bsといわれた、
まえにここでタクシーに乗ったときに10000Bsぐらいで国境まで行くと聞いていたので、

高いぞそんなの!

というけどなかなか下がらない、
そしてターミナルで厄介なのが、
他にもタクシーはいくらでもいるけど交渉できるのが列の一番前のタクシーだけということ。

このタクシーのドライバーなんか悪そうな顔してるしねー、
5分ぐらい粘ったけどやっぱり下がらない。

どうしようかなーとふと後ろを見ると、
私のバックパックと手荷物が置いてあるベンチのところに軍人2人が座ってる。

どこに座ってんだよお前ら!

ベンチなんてほかにいくらでもあるだろ!

ちょっと交渉するだけでいけると思ったので手荷物にも鍵をかけていない、
あわててもどって荷物を持ってくる。

すでに抜かれているかどうかもわからないけど、
まあどうせ取り戻せないので同じこと。

そしてあきらめてセントロまでいって、
どうせセントロのイミグレーションでスタンプをもらわなければいけないので、
もらってからまた別のタクシーがいくらでもいるはずなので、
そこからまた乗ればいいだろう。

といことでこのタクシーでセントロに行くことにする、
それでも5000Bsと高かったけどここも軍人が増えてきてやばそうになってきたし、
高くても逃げた方がいいなということで、
乗ろうとして荷物を後部座席にのせようとするとトランクに入れろといわれる。

そんなところに入れたらいざというときに逃げれないだろ!

後部座席でいいだろ!というけどだめで仕方なくバックパックだけトランクに入れる。

そして乗ろうとしたらなぜか他にもう1人乗っている、

なにそれ?

なんでこいつのってるんだ?
ときくけど、

いいからのれ、のれ、
といってくる。

何馬鹿なこと言ってるの、そんなの乗れるわけないじゃん!
トランク開けろ、乗らないから荷物返せ!
といって荷物を回収すると、

このタクシーはさらにもう1人乗せてそのまま走り去っていった。

なにそれ、タクシー強盗するつもりだったのか?
詳細は不明だけど結構やばい状態だったかも、
なにせ腐った国ベネズエラだからねー。
タクシーといってもすべて白タクでかってにTAXIとステッカーつけたりしているだけのものがほとんどだからなー。

あと少しで逃げれるというのに本当に大変だなこの国、
次のタクシーのおっちゃんは15000Bsでいってきて、
見るからに人がよさそうだったのでこれならもうこのままこんな国から早く逃げた方がいいな、言い値で乗る。

『最後まで大変なベネズエラ』

とりあえずセントロにあるイミグレーションに行く、
いつもならタクシーにバックパックは置いていくけど、
貴重品の入っている手荷物は持って行く。

でもここはベネズエラ、
イミグレーションの軍人とかがまた荷物検査と称していろいろやってくるかもしれないので、
はじめてタクシーにすべての荷物をおいて離れる。

この運転手のおっちゃんはいい人でこっちだこっちと連れて行ってくれて、
一緒にイミグレーションまできてスタンプをもらうのを待っていてくれた。

まあここのオフィスは全然危なそうな雰囲気はなく、
おばさんとかも働いているので大丈夫みたい。

何の問題もなくスタンプをもらってこれでベネズエラから脱出できる。

またタクシーに乗ってブラジルの国境の町へと走り出す、
そしてあと少しでブラジルの国境を越えるというところで、
またベネズエラの税関があった。

よりによって最後の最後でまた税関かよ・・・、
行きはここは素通りで、
先につかまった税関もサンタエレナのバスターミナルに税関があり、
ここで先にチェックを受けていたためにノーチェックで通れた。

入るのはやたら簡単なのに、
でるのはやたら難しい国ベネズエラ。

そして現地人の乗用車とかは全然ノーチェックで抜けているのに、
私はしっかり止められて降りて荷物をもってついてこいといわれる。
さすがに今回は手荷物を隠すことはできなくてバックパックと両方持っていく。

またかよー、
ここは裸にされるのかな・・・

タクシーを降りて15mぐらいあるくとなんか小屋みたいなのがあった。

やばい!
これドア閉められたら外から見えないぞ!

いよいよ裸になるのか?

とおもったらちょうどこの部屋がペンキを塗っている最中で使えなかった。
するとそのすぐ脇にあったテーブルに荷物を置けという。

そこにおいて荷物検査が始まる、
でもここは通る車からも丸見えだし、
タクシーのおっちゃんも近くで見てくれていた。

そのせいなのか全然普通の検査だったけど、
やっぱり結構細かくて小物入れとかはあけてみていた。

お金が入っている小物いれとかも見ていたけど、
ちょっとみておわりだった。

まあ一応偽装工作をしてあり、
ちょっとみただけではパスポートのコピーとか住所、連絡先などの紙の束、
そしてペンケースのように見えるようにいっぱいペンとか入っているので、
わからなかったのかもしれない。

それでも10分ぐらいチェックをしている、
うーん旅行者だけにするのは何でなんだ?
どういう理屈なんだ?
むしろ現地人のほうがチェック厳しくていいんじゃないの?

チェックしているのはまた22歳ぐらいの若い軍人、
この人もスペイン語しか話せなかったので、
またスペイン語をわからないふりをしておく。

するとまた上司みたいなのがやってきて、
今度は英語で話しかけてきた。

英語もわからないふりをしようかと思ったけど、
世間話みたいだったのでちょっと話をしておいた。

そんなことをしていたらチェックも終わって開放された、
これでやっとベネズエラから脱出できる!

荷物を持ってタクシーの方に歩いていくと、
おっちゃんがここの軍人と世間話している。

おやじ!
はやくしろ!
いくぞ!

とせかしてタクシーに乗せて走り出す。

5分ぐらいでブラジルとベネズエラの国境について、
そのまま3分ぐらい走ったらブラジルのイミグレーションにたどり着いた。

やっと、なんとか無事に南米最悪の国ベネズエラから脱出できた、
最後の最後でやたら大変でかなりつらかった・・・。

もう二度とこないよベネズエラなんて!
(ベネズエラを旅した99%の旅行者はこう思うと思います)

そしてブラジル入国のスタンプをもらう。
こっちはいたって平穏な雰囲気、
イミグレーションのおじさんも全然優しいし、
やはりブラジルはいいところだねー。

『ついに荷物を盗まれる!?』

タクシーはバスターミナルまで走っていく。

ターミナルでタクシーを降りてお金を払う、
まだ11時ぐらいなのでバスを待つかなーと思ったら、
タクシーの運転手が声をかけてくる。

ボアビスタまで20Rだけどのらないか?
といわれた、

たしかバスだと15Rなのでそんなに高くはない、
どうも4人乗せていくので安いみたい。
時間的にはバス3時間に対してタクシー2時間、
でもどうせ早くついてもマナウスまでの夜行便は午後6時過ぎぐらいからなのであんまり意味がない。

ただ前にマナウスであったベネズエラから来た人は、
ボアビスタからマナウスまでのバスがやたら混んでいてあやうく2日待ちになるところだったといっていたので、
まあ早くついてチケットだけ買っておくのもよい。

ボアビスタはさすがにここよりはまだ大きいし、
ちゃんとしたバスターミナルがあるのでこのタクシーに乗ることにする。


タクシーの乗る前にトイレに行く、
運転手が私のバックパックをタクシーのトランクに入れる、
そしてこのタクシーだぞと私に合図をしてくれた。

そしてトイレに行ってでてくると、
そのタクシーが止まっていたところにいない!

トイレなんて1分も入っていない、
あわてて通りに出ると、

ちょうどタクシーが向こうへと走っていくところだった、
もうちょっと距離があってナンバープレートとかは見えない。

やられたー!

ブラジルに入って緊張がとけてすっかり油断してた!

なんでバックパックなんてわたしちゃったんだ、
これは本当にまいったぞ。

まさかベネズエラでてすぐにやられるとは思わなかった。

連続移動の上にベネズエラは緊張の連続で精神的にも疲れていたから、
本当に何にも考えないでバックパック渡してしまった。

よく考えたらトイレに行ってから、
自分でタクシーのところまで行ってトランクに入れればよかった。

いつかやられるというのは南米に来たときから覚悟はしていたけど、
いざやられてみるとやっぱり結構あせるものです。

これは警察に言わなければいけないか?
でもポルトガル語なんて話せないぞ、
いやそれよりもあのタクシーの知り合いいないのか?

どうしようとウロウロしていると、
親切なブラジル人はすぐに声をかけてきてくれる。

さっそくあそこにとまっていたタクシーしらないか?
と聞くと、

あそこに止まっていたタクシー?
誰のだったっけ?
と他の人に聞いてくれた。

するとその中の1人が誰々だよといってきた、
名前は聞き取れなかったけどこの際それは問題ではない、

あいつの仲間か!
はけ!
あいつのアジトをはけ!

といおうと思ったが、
そんなポルトガル語はなせるわけもない、
とにかくどこにいるか聞こうとしたら、

おじさんが声をかけてくる、
そのおじさんは私がタクシーに乗らないか?ときかれたときに一緒にいた人、

おじさんもなんか盗まれたのか?

と思ったら、
今他の客を探しに行ったからここで待っていれば戻ってくる、
といわれた。

なんだ他の客って、
私があの運転手に聞いたときは今すぐでるっていってたぞ?

ラドロン(泥棒)だよ!
あいつぜったいラドロンだよ!
ポリスどこだよ!

とかいってたらこのおじさん苦笑いしていた、
おっちゃんは何にも盗まれてないかもしれないけど、

こっちはバックパック丸ごといかれてんのやで!
しかもバックパッカーのバックパックは生活用具一式、
それは家を盗まれたのとかわわらんのやで!

とでもいってやりたかったが、
ポルトガル語で話すのは大変だし、話せるかどうかも微妙、
そしてこのおじさんに文句言っても何にも代わらない。

5分たっても戻ってこない、
10分たっても戻ってこない。

こりゃやっぱりやられたな、
まったくしらないタクシードライバーにバックパックを預けるなんて、
これはちょっと私があまりにも迂闊すぎた。

盗まれても当然といえば当然、
こんな風にちょっとした隙で荷物を盗まれるんだなー。
とあきらめかけていたら、

15分ぐらいたったころにタクシーが戻ってきた、
戻ってきたときは私はタクシードライバーの顔もそんなによく見てないし、
タクシーも緑色の乗用車というぐらいの記憶しかなくわからなかった。

でも一緒に待っていたおじさんがこれだと教えてくれた。

運転手が降りてきたので、
とりあえずトランク開けろ!
といってあけさせる、

みるとちゃんと私のバックパックが入っていた、
鍵もちゃんとかかっているしたぶん盗まれていないだろう。

かなりあせったけどどうやら無事だったようだ、
そしてタクシーはボアビスタへ向けて走り出す。

このタクシー結構ボロくてエアコンかからなくて、
窓を開けて走るんだけど後部座席の窓はあけれなくてちょっと暑い、
そしてやっぱり大人三人が後ろに乗るのは結構つらい。

2時間かー、長いなこれは・・・。

と思っていたけど、
前日の寝不足とこう何回も問題ばかりおきていて精神的にもかなりつかれきっていて、
15分ぐらい寝ては5分おきてでもいつの間にかまた気を失っている。

ということを繰り返していたら一瞬にして2時間が過ぎていた。


『やはりブラジルは良いところ』

ボアビスタのバスターミナルに午後1時過ぎに着く、
さっそくマナウスまでのバスのチケットを買いにいくと、
午後6時から1時間毎に何便かあった。

だいたい12時間かかるので午後6時にでると朝6時につく、
そのころにはちょうど日が昇っている。
マナウスに着いたらセントロまで市バスで移動することになるので、
朝のラッシュが始まるとでかいバックパックを持っている私にはつらい。

それに遅い便にするとさらに待ち時間も増えることだし、
そろそろかなり疲れてきたことだし早くホテルについてやすみたい。

ということで一番早い午後6時の便のチケットを買う。

それでもまだまだかなり時間がある、
本当ならこの時間でボアビスタの町を観光するところだけど、
普通のバスターミナルなら有料の荷物預かりがあるけどここにはない、
この町はかなりしょぼくて見所があるようには見えない。

まあ前に来たときも同じ状況だったので、
今回もそのままバスターミナルで待つことにする。

でも腹が減ったので外に出てちょっとあるいたところにある、
シェハスコリア(ブラジルにはすごくいっぱいある)という日本ではバイキング、ビュフェと呼ばれる食べ放題の店に行く。

ここは9Rで食べ放題で、
肉も結構良いものでかなりおいしかった。

ベネズエラは食べ物もかなりお粗末でたいしたものは食べられないので、
久しぶりにおいしいものが食べられたとよろこんでついついいっぱい食べてしまう。

ちょっと動けなくなるぐらい食べてしまい、
バスターミナルに戻ったらもう午後2時半だった。

日記を30分ぐらい書いて、
どうせこの移動の間は待ち時間がいっぱいあるだろうと思って、
ベネズエラのギアナ高地観光のときに買っておいたハガキを書く。

休みながら書いていたこともあって結構時間がかかる、
ちょうどこのバスターミナルには小さいけど郵便局も入っていてそのまま出せるので書いたものを持っていく。

ベネズエラのハガキをブラジルで出すのもどうかと思うけど、
今回は結構枚数を書いた、
そしてベネズエラは日本までの切手代が高い、
というかブラジルが以上に安いといった方が正しいのかな?

ベネズエラは1枚だいたいUS1ドルぐらい、
まあ南米の物価水準からしたら高いけど、
他の南米の国とかでも大体それぐらいだった。

でもブラジルは違います、
南米一物価が高いのにもかかわらず、
ベネズエラの1/3の値段でおくれてしまいます。

もしかしたら世界最安かもしれないねー。

郵便局に行くと小さいのでおじさんが一人いるだけだった、
さっそくハガキを渡して日本まで

Economicoで!

という、

よくわからないんだけど、
Economico(ポルトガル語)=Economy(英語)
で安いという意味で、
これだと通常の郵便の半額の値段で送れる、
多少届くのが遅いらしいけどまあそれも1週間が10日になるとちょっとなので全然問題ない。

でもハガキにEconomicoと書いてあるのに、
ちゃんといわないと普通の値段で請求される。
ブラジル人もあんまり使わないのだろうか?

するとおじさんが、
Economico?
それだと時間がかかるよ?
といってきた、

どれぐらい?
そんなに変わらないでしょ?
どうせまだ1ヶ月ぐらい旅するから大丈夫。
といっておく、

1枚0.85Rだから11枚だと、
計算機で計算しようとしていたので

9.35Rだよ、
といってあげる。

すると、
計算速いなー、
「そろばん」やってるのか?
といわれた。

そろばん?
おじさん「そろばん」しってるの?

ああ昔ちょっとやってたんだ、もう忘れたけどね。
日本語もちょっとだけ話せるぞ。

おはよう、こんにちは、さよなら、ありがとう

といろいろ日本語で言ってきた。
そして「Fale Portugues?(ポルトガル語はなせますか?)」を日本語で教えてくれといわれる。

せっかくなので教えてあげる。

このおじさんはスペイン語が話せたので、
ついでに私もポルトガル語をスペイン語からいくつか変換してもらっておいた。

こんなことをしていたら30分ぐらいたっていた。
なんかここの郵便局は午後4時半で終了で、
私はちょうどぎりぎりに入ったからとっくに営業時間終了してるんだよねー。

ちょっと郵便局に入っただけでもこんな感じになるのがブラジル、
本当にいい人多い、
あの腐った国ベネズエラから来るといっそうそう感じる、
ちょっと感激しちゃったぐらい。

あとはバスが出るのをまた座って待つ、
午後5時45分になってバスがきたのでのろうとしたら、
なんかちょっと向こうの方で銃らしきものが見えた。

え?
なにそれ?
見間違えか?

なんか2人組に2人組が銃を頭に突きつけている、
そしてそのまま突きつけられたほうはうつぶせになった。

なんなの?
強盗にしてはいくらなんでも大胆すぎないか?

そのあと手錠をだしてかけていたので、
どうも捕り物だったみたい。

でも私服警官でジーンズとかはいているからわからないよねー、
本当に何が起きたのかと思った。

そしてそういえばブラジルも南米の中では治安が悪いところだったと思い出す。

やっぱりまだまだ気を抜いてちゃいかんね。

午後6時ちょっとすぎにバスは出発する、
ここが始発で乗っているのは10人ぐらいだった。

しばらく走ってどこかに止まり、
またはしってとまりと進んでいく、
そして午後10時ぐらいに大量に人が乗ってきて満員になる。

このバスはブラジルにしてはあんまり良くないバスだけど、
それでもベネズエラで乗ったどのバスよりも良かったかなー、
ちゃんとエアコンも効いているしね。

相変わらず聞きすぎでめちゃ寒いけど。

まあ寒さ対策は完璧なので大丈夫、
かなり疲れていたので相当良く眠れた。

夜寝ている間に北半球から赤道を越えてまた南半球へともどっていった。

投稿者 nabe : 15:48 | コメント (0) | トラックバック