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2005年06月28日
山とホットシャワー
6月28日、旅行201日目にやっと山にたどり着きました。
まあ山といっても標高1000mのどこにでもあるようなところなんだけど、
ブラジルは基本的に平野ばっかりなのでブラジルでは貴重なところ。
ボリビアを出たのが3月の初めて、
それ以来標高の高いところはいくつか行ったけど、
町が大きすぎて山なんだか平野なんだかわからないところばかりだった。
そしてひたすら平野の町を巡ること約4ヶ月、
もう平野は飽き飽きで
とにかく山が見たい!
そして山に囲まれた高原の田舎町に泊まりたい!
という思いが強くなり、
旅行半年が近づいたころにベネズエラから命からがらブラジルに逃げ帰ってきて、
今後の予定を考えていたら、
ブラジルにも高原の田舎町があることが発覚!
まあいくらブラジルが平野の国といったって山がないわけではない、
むしろブラジルの中央部はほとんど山なので1/3ぐらい山がある。
でもそのあたりに旅行者が行くような町はさっぱりない、
なにせもともとポルトガルからの植民地なので、
主だった町はすべて大西洋岸にある。
いくら山が見たいといっても、
地図もないどこの町かもわからないところにまで行って見たい、
とまでは日本への帰国も近くなってきたこの時期には思わない。
でもブラジルの中央部で唯一といってもよいぐらいの見所が1つだけある、
それは
首都ブラジリア
南米の国はいったところはすべて首都を回っていて、
あの超危険なベネズエラの首都まで命がけでいっている。
これだけブラジルをいろいろまわっているのだからもちろん首都にはいっておきたい。
しかもこの首都というのが非常に変わっていて、
先に書いたようにブラジルは植民地なので基本的に海岸沿いにしか大きい町がない、
じゃあなんで首都がブラジルの中央部のまわりにまったく大きい町がないようなところにあるの?
ということになる。
答えは簡単で、
つい最近無理やり作ったから。
なんかねー、
ある日の昼下がり大統領が突然
首都を5年で作る!
とかいいだしたらしいよー。
そして本当に村すらない荒野だったところに5年でつくっちゃったらしいよー、
すぐにそれまでの首都リオ・デ・ジャネイロから移してしまったらしい。
ブラジル人すごいよねー、たった5年で首都を移転させるなんてねー、
日本なんて首都を移転させようかという議論ですら10年以上かかっているのにねー。
そして普通の国ならやっぱり海岸沿いのアクセスの良いところに作るのに、
大統領は何を考えているのか
めちゃくちゃ交通の便が悪く、
そして周りに大きい町がさっぱりない陸の孤島のような、
ブラジル中央部の荒野に首都の建設地を選んだ。
ということでブラジルのあらゆる主要都市から最低でも
1000km
も離れているという至上稀に見ない不便で土田舎な首都が誕生した。
まあある日の昼下がりに突然ということはさすがになくて公約かなんかだったんだろうけど、
それにしてももう少し場所はちゃんと選べなかったものなのか?
まあブラジルの中央に位置するから、
ある意味ではあらゆる都市から近いともいえるんだけどねー。
で、遷都から約40年が過ぎた現在ではというと・・・
全然田舎デース!
土田舎デース!
まあ確かに官庁とかのビルは立っているんだけど、
他にオフィスビルとかほとんどないんだよねー、
あるのは中高級ホテルだけ。
でも暇そうにしてたよー、
客いないのかなー。
中心の通りから1kmもはなれたらすべて一戸建ての家ばっかり、
土地よっぽど余ってるんだねー。
そして5kmもはなれたらまわり森と山だねー、
自然豊かなところに作ったもんだよねー。
いろんな国に行ったけどこんな田舎の首都ははじめて、
まあ世界第五位の面積を持つ国だからできることかもしれないね、
あらゆる主要都市から1000kmも離れたところを持つ国なんてほとんどないしね。
他の国も国自体がそこまで大きくないから田舎に作りようがないとも言える、
でかい国は田舎に首都を作るものなのかな?
オーストラリアもキャンベラとかいうよくわからないところが首都になってるしねー。

ブラジリア
計画都市なので道とかは整備されていて綺麗
でも田舎なんだよねー、すっごく!
まあブラジルの首都の話はどうでも良い話、
ただあまりにも田舎だったもので誰かに聞いてもらいたかっただけ。
とにかくブラジルの首都が中央部にあり、
首都でもあるし人工都市として世界遺産にも登録されているようなところ、
もちろんここはルートに入っている。
そしてガイドブックを見ているとその南のリオ・デ・ジャネイロとの中間ぐらいに、
オーロ・プレット
という町について書かれていた。
ここも町が世界遺産に登録されているということでのっているみたいだけど、
もちろん町の世界遺産は基本的にたいしたことないのでそんなに興味はない、
でもここは標高1000mの高原に位置していて、
町もかなり小さくて田舎で周りは山に囲まれている可能性が非常に高い。
ここだ!
ここ以外にブラジルで山の町に泊まることなんてありえない!
ということで1ヶ月も前からこの町を非常に楽しみにしていた、
というか心のよりどころになっていたかな、
なにせマナウスからひたすら30℃を超えるような暑いところばかりで、
オーロ・プレッとまで行けば南にかなり下がるし標高も高いから涼しくなるはず!
という感じで暑さに耐えてきていた。
そしてブラジリアにたどり着く、
ブラジリアも標高は高くて1000mぐらいある、
なのでまあそれなりに涼しくて23~25℃ぐらいとなかなか快適だった。
田舎だけどビルもそれなりにあるし、やっぱり高原の田舎町には程遠い。
しかしここでついにシャワーがお湯に戻る。
最後にお湯のシャワーを浴びたのはいつだったかなー、
記憶にあるのは確かカンポグランジ、
サンパウロから北上していってパンタナール湿原の入り口となるブラジル3都市目の町。
それが5月の上旬ごろの話だから、
1ヵ月半以上、水シャワー!
だったことになる、
途中にアマゾン川シャワーも数日含んでいたねー。
まあ確かに暑いからいいといえばいいんだけど、
日本と違って夜は27℃ぐらいまでちゃんと下がるから、
夜に浴びるとちょっと冷たかったりする。
ましてやその日が曇っていて気温が上がらなかったら、
夜に浴びるのはかなり大変。
暑いところでも水はやっぱりちょっと冷たいよねー、
毎日プールに入ってるような感覚だもん、
いくらあつくてもプールに入るときはどうしてもちょっと冷たい、
それを毎日、しかもプールと違って慣れたころにはもう洗い終わっている。
オーロ・プレットにいくまで水シャワーかなーと思っていたら、
ブラジリアも標高が高くて冬に気温がかなり下がるときもあるようなのでお湯になっていた。
まあどんな町でもそれなりのホテルに泊まれば当然お湯なんだけど、
安宿は経費節約のためか水のみ、
しかしこのブラジリアの宿も安宿かというと微妙。
なにせ一泊35ヘアルもする、
それまで25ヘアル以下が基本で20ヘアル、15ヘアルがほとんどだったので、
私の中ではちょっと高級なホテル?見たいな感じ。
ブラジリアは首都で他に何もないからか、
官庁の町でほとんど高級ホテルばっかり、
ガイドブックには100ヘアルが手ごろな料金とか書いてある。
何泊分だよそれ・・・
ガイドブックの最安が60ヘアルなのでブラジリアのホテルは本当に困る、
まあインターネットで少しはなれたところに、
安いポサダと呼ばれる安宿があることを見つけておいたのでなんとかなったけど、
それでも35ヘアル、困った都市なブラジリア。
なんかすぐブラジリアの話になる、
それだけいろいろ印象が深い町なのかな。
とにかくここでやっとお湯のシャワーを浴びることができた、
久しぶりに浴びるお湯のシャワーは普通の温度なのにかなり暖かく感じました。
でもここは電気シャワーだった、
日本ではほとんどガスでお湯を沸かすけど、
南米ではこの電気シャワーというのが結構ある。
普通の蛇口の先にその電気でお湯を作る装置(かなり小型)をつけてあとは電源をとるだけ、
お湯の温度は一応2段階メモリで調整できて、
それと出す水の量で多く出せばあまり温まらずに出てくるというように調整できる。
大体ぬるいお湯が出てくるので、
一度電源を入れるために多めに水を出して入ったら、
電源が落ちない範囲でできる限り絞ってやると暑いお湯が出てよい感じになる。

電気シャワー
結構簡単につけれてお湯が出るので便利
これは1つ20ヘアルぐらいと1000円もしないで売っていてかなり安い、
こんな安いんだから安宿でも十分つけれるのではないのかと思うのだが、
暑いところでは水で十分という考え方なのだろうか?
ただこの電気シャワーにも1つだけ、そして最大の問題点がある。
それはたまに漏電していること。
南米人ただ装置をつければいいと思ってるんだよねー、
電線をつないでいって、
あれ?
電線三本もあるよ?
一本細いのあまるけどなにこれ?
まあいいかちゃんとお湯でるし!
といった感じでつけるみたいなんだよねー、
なにせシャワーを浴びるのだから全身びしょぬれ、
とりあえず浴びる前は当然ぬれていないので抵抗が大きくて大丈夫、
そしてシャワーを浴びてとめようと蛇口をひねろうと触った瞬間に
ビリ、ビリ、ビリ
ギャーーー!
といった感じになる。
アースちゃんと取れよ!
200Vの電撃ビリビリはちょっとしゃれにならないぞ!
下手したら死にかねないよねー、
南米の電気シャワーはかなり怖いです。
すべて漏電しているわけではないのだけれど、
たまに漏電したのもある、
一度あうとしらばくは警戒するんだけど、
忘れたころにまたやってくるといった感じ。
そんな南米の電気シャワー対策は、
とりあえずタオルで体を拭いてサンダルを履くまでシャワーは流しっぱなしで止めない
そしてとめるときも素手じゃなくてタオルの上から触る
これをやると電撃をあびなくても良くなります。
まあやらなくても、
慣れると100Vぐらいの電撃は耐えれるようになりますけど、
200Vはちょっときついです。
ここの電気シャワーは漏電していなくて大丈夫だった、
そしてひさしぶりに朝シャワーをしておいた。
いくら暑いところでも朝の寝起きは体が冷えているのでとてもじゃないけど水シャワーは浴びれない、でもお湯なら大丈夫。
夜に夜行で移動するので朝浴びれるとかなり良いです。
そして気持ちよく夜行バスで憧れの地オーロ・プレットへと移動。
オーロ・プレットは予想していた通りの田舎の高原の町、
まさにこんなところにきたかったという所。
曇っていることもあり気温は20℃とちょっと寒いぐらい、
そして景色はまさに絶景。
といっても普通にきたらただの山間の田舎町なんだけど、
やっぱり平野ばかりからくるとすごく特別に感じられる。
世界遺産とはいえそんなに見るところがない、
そもそも中心地だけなら30分ぐらいあれば歩けてしまうような町、
でもただぶらぶらしているだけでも周りは山ばかりで、
山に沿うように家が建っていて見ているだけでも飽きない。
日本にならどこにでもある風景でもブラジルでは非常に珍しい、
やっぱり山はいいです。
まあでもペルーやボリビアのようにあの異常に高い山はちょっと・・・、
なにせ緑がないからねペルーやボリビアには、
標高高すぎて木が生えないの、
高山植物がちょっと生えているだけであとは岩肌ばかり。
これだけ理想の山間の田舎町というと南米ではなかなかお目にかかれない、
これに近いのはエクアドルのアラウシぐらい、
アラウシも本当に田舎だった、ここよりもさらに田舎で山ばかりだった。
あとペルーのワラスというところもかなり良かった、
ただここは標高が3000mを超えていて、
まわりは4000~5000m級の山ばかりで周りはすべて雪山だった、
でも田舎だったし、雪山も真っ白で綺麗だった。
あとはまあ普通の山間の町が少々あったぐらいで、
そのほかは標高高くても都会だったりしていまいちなところばかりだった。
南米の最後で理想の山間の町にたどり着いたのは結構良かったです、
あとは日本に帰ったらちょっと山にでも行ってみようかな、
日本ならちょっと走っただけですぐ山だから良い景色いっぱい見れそうだし、
そろそろちょっとしかわからないポルトガル語にも飽きてきてたし、
日本語が話したい今日この頃です。

オーロ・プレット
小さい町で景色も良くてかなり良いところ
ブラジル人がハイシーズンになるといっぱい来るのも納得
投稿者 nabe : 15:32 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月27日
旅行200日目
ついに旅行も200日を越えました。
200日目はブラジルの首都ブラジリアで迎えることとなりました。
100日目は結構長く旅をしたなーとなかなか感傷に浸っていたのですが、
200日も旅行するとああそんなものかなというぐらいで、あんまり感動とかほとんどないです。
旅行の節目は1週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、100日、半年はやっぱり大きいです、
でもこれを過ぎると次は1年になるのかな?
それとも9ヶ月はやっぱり重要かな。
200日なんてついこのまえ半年が過ぎたばかりなので全然たいしたものではない。
それに加えてあと2週間もしないで日本に帰ってしまうので、
旅の終わりがどんどん近づいているというカウントダウンの方が重要なぐらいです。
旅も残り12日しかなく、
訪れる都市もサンパウロを除くとあと2都市のみ。
でもこれだけ日本が近づいてくると逆にあんまり日本のことは考えなくなってくる、
残り1ヶ月ぐらいのときは結構いろいろ考えていたけど、
ここまでくると長かった南米の旅の終わりがもうすぐなのかと思うとちょっと残念。
ブラジルの物価が南米一、しかも際立って高くなければもっとブラジルをまわっても良かったんだけどねー、
なにせお金がそれまでの他の国とは違ってすごい勢いで飛んでいくからなー。
まあ旅も飽きてきたことだし、
ちょうどいいといえばちょうどいいころあい。
あと12日、なんとか無事に無傷で南米を脱出できるといいなー。
でもなんかリオ・デ・ジャネイロもすごく危ないところらしいからなー、
なんかリオ一体を支配していたマフィアの大ボスが捕まって、
その跡目争いと分裂などでめちゃくちゃ治安が悪くなっているらしい、
毎日夜になると銃声が聞こえてたとかいった人はいってたなー。
銃を使った強盗とかも多発しているらしいし、
最後の最後でやばいところに行くことになった、
なんとか無事に脱出できると良いのだけど・・・。
投稿者 nabe : 14:30 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月20日
料理の鉄人再び
もう南米では仕事はない
そう思って引退した料理の鉄人ですが、
再び仕事ができました。
物価が南米一高いブラジルは、
唯一食事だけはやたら安く済む。
町のあちこちにポルキロ(Por Kg)というグラム単位の量り売りの店がある、
ビュッフェみたいな形式になっていて、
好きなものを好きなだけ皿に取りその重さでいくらというように売ってくれる。
だいたい100gが1.1~1.5ヘアルぐらいで、
500gでも6,7ヘアルもあれば十分でお腹いっぱいになる、
2.5ヘアルが100円ぐらいなので250円ぐらい。
物価の高いブラジルではこれは非常に助かる、
そして普通においしいのでこんな状態で鉄人の仕事なんてあるわけない。
と思っていたのですが、
ブラジルに入って中央平原部を上がっていくときは全然問題なく、
そのままベネズエラまで行ってまたブラジルに戻ってアマゾン川を下り、
ブラジル北東部の町ベレンまでたどり着いた。
でもここはいままでのブラジルとは全然違っていた。
夜は午後6時過ぎてくると人が減りだして、
8時には全然いなくなってとても歩ける状態じゃなくなる。
それにそもそも店が午後6時をすぎるとほとんど閉まってしまう、
なので食べに行きたくても食べることができない。
高い店ならやっているだろうけど、
そんなところまで歩いていくのもそもそも危ない、
そして高いから行く気にもならない。
このあとの町もベレンほどじゃないにしても、
夜は店がやっていない、歩くのは危ないという状態、
これまではまあ昼にいっぱい食べておけばいいやということで、
1日1食で過ごしていた。
そしてサルバドールへとたどり着く、
ここはブラジルで一番危ない都市といわれているところ、
黒人さんがいっぱいいて銃とか持ってるらしい。
こんなところ出れるわけないねー、
そしてサルバドールには日本人がいっぱい泊まる宿があり、
そこにいくと冷蔵庫とキッチンがあった。
いままでどおり1日1食でもいいけど、
日曜日が間にある。
これまでの傾向からすると日曜日は店が一切やっていないはず、
となると食事すらできない。
それならキッチンもあることだし・・・
ということで鉄人に仕事ができて再び料理をすることになりました。
といって本格的にはやらなくて日曜日と夜にお腹がすいたときに作るぐらいの予定だったけど、
日曜日は予想外に観光都市だからか店がいっぱいやってて昼間は食べれてしまった。
でもサルバドールについてすぐに食材を買い込んでしまった、
もうあと4日ぐらいしかいないし、捨てるのはもったいないから、
ということでサルバドールについて3日目の日曜日の夜についに料理を作ってみることにした。
今日のメニューは
パスタ
ブラジルはスーパーというものがほとんどなく、
現地人はどこで食材を買っているのだろうか?というぐらいない、
しかもサルバドールは観光の町なのでいっそうなく、
ちかくにあった小さい食料品店で調達できるものというとこれぐらいしかなかった。
でもさすがにこれだけだといまいちなので、
その他にコーンとツナの缶詰と卵を買っておいた。
卵はこのままおいておいても食べなさそうなのでゆで卵にする、
それように鍋でお湯を沸かす。
さらにパスタ用に大きい鍋でお湯を沸かす、
塩がおいてあったのでちょっといれておく。
その間にコーンの缶詰をあける、
これはそのまま食べれるのでつまみ食いをしながら料理をしていく。
卵用の鍋が沸騰したので卵を入れることにするのだが、
ここでふと疑問が、
あれ?
これもう沸騰していて熱いんだけど卵どうやって入れるの?
そっと入れてあげたいけど熱くてとてもじゃないけど無理、
うーん、これってうえから落としてやればいいのかなー、
水が入っているからゆらゆらとゆっくり落ちるのかな?
まあいいや、やってみよう
ガチャ
あ、ヒビ入っちゃった・・・
しかも中から白身が出てきてそれが白くなってる、
あわててお玉ですくいだす。
やっぱりダメか、
よく考えれば(考えなくても)そりゃ勢いよく落ちるよね、
あきらかに比重でかいもんね。
ゆで卵を作るときは卵は鍋にお玉で入れる
また1つ勉強になった。
残りはちゃんとお玉を使ってそっと入れておきました。
(うーん、そんなことしなくても最初から入れておけばよかったのかな)
割れてしまったものはしょうがないので目玉焼きにする、
フライパンに油を引いて目玉焼きを作る、
やたら黄身がでかくてちょっと不気味だったけどまあそれなりの目玉焼きができた。
そんなことをしているうちにパスタ用の鍋が沸騰したのでパスタを入れる、
いつも作りすぎてあまるので今回は少なめにする。
さすがにそろそろ慣れてきたので適当にかき混ぜながら試食して硬さを確かめる。
それをしながらそういえばゆで卵はどうなったのかな?
と鍋のふたを開けてみてみる。
まあ普通に沸騰している、
ここでまた疑問が、
ゆで卵ってどれぐらいの時間でできるの?
10分ぐらいなのかなー、
でもそもそもここには時計がないから時間とかさっぱりわからない、
まあでも茹でるだけだから焦げるとか何にもないし、
長くやっておけば間違いないか。
とまたふたをしてそのままにしておく。
パスタが良い硬さになったのでお湯を捨てる、
いつもならこの状態でパスタソースをかけて終わりにしているけど、
これだとソースが冷たくてパスタがすぐ冷たくなりおいしくない、
そしてうまくあわさらないということが修行の末にわかったので、
浅い鍋にうつして油をかける、
そしてそこにパスタソースをかけて暖めながら混ぜる、
これでおいしいパスタができるはず!
ということでそれをやるのだけど、
ここで大問題が発覚!
今回はパスタソースがなかったので、
トマトソースかケチャップでうまく味付けをしようと思っていた、
そこでトマトソースを買ってきていたんだけど、
あけてびっくりトマトジュースだった・・・
紙パックのトマトソースなんてちょっと変だとは思ったんだよねー、
でもジュースなら他のオレンジジュースとかが別のところに集まっていたからそこにあるだろうし、ソースでしょ?
という感じで買ってきたのだが、
まさかどうやら予想に反してトマトジュースだけわざわざ別に、
しかもパスタの近くにおいてあったようだ。
なんでだよー、まちがえるじゃんよー。
まあポルトガル語が読めるブラジル人なら大丈夫なのかなー、
せめてジュースとか何とか書いておいてよ・・・。
うーん、困った、
このままでは味なしのパスタになってしまう、
しかしトマトジュースで味付けできるのか?
ジュースとソースの違いは濃度が違うだけなのかなー、
それだったら大量に入れれば水分が飛んでソースと同じになるのでは?
まあやってみるしかないか・・・
ということでトマトソースで味付けをしてみる。
入れても入れてもなかなか味がつかないので150mlぐらい入れてやるとやっと味がついた。
とにかくこれだパスタも完成。
さあじゃあ食べてみるかなと思ったら、
そういえば卵を茹でていたのだったと思い出して、
鍋のふたを開けてみてみると、
なぜか水面に白い膜が、
なんなのこれ?
お玉を使って卵をあげてみると、
全部ヒビはいって中身が飛び出しているものもあった。
茹ですぎなの?
ゆで卵って茹ですぎると割れちゃうものなの?
うーんゆで卵も難しいねー(鉄人には)。
まあでも食べれないことはないので、
そのまま出す、3個作ったので1個だけ食べて2個は朝食用にする。
そしていよいよ試食?です!
とりあえずコーンを食べる、
さすが缶詰だけあっておいしいです。
これが一番おいしかったなー。
そして次は目玉焼き、
まあこれも見た目はちょっとだけど味は普通だった。
さらにゆで卵、
形が良いものを選んだのでこれも普通、
まあゆで卵をまずく作るという方が難しい。
(でもそれができてしまうのが鉄人、まあ形だけだけど)
そして最後にパスタ、
その味は・・・
まずい!
相当にまずい!
なかなかパスタをここまでまずくするのは難しいぞ!
というぐらいまずかった。
やはりトマトジュースでの味付けが良くなかったようだ、
無理やり水分を蒸発させている間にパスタがのびてた、
のびたパスタはめちゃくちゃまずい、
そこへトマトジュースの味付けなのでさらにまずい。
不幸中の幸いは、
パスタの量が少なめだったことかな、
なんとか無理やり食べきることはできた。
こうして鉄人の本領を発揮しまくりながら鉄人の再起戦がおわった。
まあもう旅もあと少しだし、
ここでたらまた普通のホテルばかりなのでキッチンなんてないし、
今度こそ鉄人は本当に引退かな。
本日の教訓
1.ゆで卵を作るときは卵は鍋にお玉を使ってそっといれる
2.ゆで卵は茹ですぎると破裂する
3.トマトジュースでパスタに味付けしてはダメ
の3つでした。

今日の鉄人の料理
投稿者 nabe : 15:36 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月18日
南米の風
南米に来て190日がすぎました。
その間にいろいろなところへと行き、
そして南米の東西南北端にたどり着きました。
はじめは西の端「ペルーのピウラ」
旅行をはじめて1ヶ月ぐらいの1月12日に到達、
でもここは通り過ぎただけで泊まっていない。
真夏だったこともありやたら砂漠のような乾燥した暑い風が吹いていた。
次は南の端「アルゼンチンのウシュアイア」
ここは旅行を始めて4ヶ月たった4月10日に到達。
冬が近づいてきていてかなり寒い風が吹いていて雪も降っていた。
そして北の端「ベネズエラのカラカス」
ここには5ヵ月半ぐらいで到達。
ここは北半球になるので夏が近く暑かった、
でも危ないところでしかも都会だったので、
排気ガス臭く汚い風が吹いていた。
最後が東の端「ブラジルのオリンダ」
ここはつい先日とおってきたばかり、
半年ちょっとでここまでたどり着いた。
ここは大西洋が目の前で、
潮風を含んだ心地よい風が吹いていた。
これで東西南北端を制覇、
まあ実際のところは本当の端といわけではないので、
私の中での端を制覇したというところかな。
ピウラとオリンダはほとんど同緯度で、
カラカスとウシュアイアはほとんど同経度、
たまたまだけどちょうど十字架を書くように南米大陸を制覇、
まさに Crus del Sur(南十字星)
みたいな感じです。
さてこんな南米の旅ですが、
私の中での南米の風といえばこれしかない!というものがあります。
それは旅行1週間目とブラジルにはいって旅行が5ヶ月ぐらいすぎたアマゾン川を下る船の上、そしてついこないだあった風です。
正確には風邪。
この南米の風は本当に半端じゃないです。
日本ならかかっても1日で直る、
風邪薬とかいっさいなしでしかも仕事してたりしても直ってしまう、
そんな私がどっぷりかかってしまうのが南米の風。
3つの風はなぜか同じ症状でした、
そんな南米の風の特長としては
突然かかる
本当にびっくりするぐらい突然かかります。
1回目の旅行1週間目のときは朝起きたときは特に問題なくて、
ペルーからエクアドルへと行く長距離バスに乗るために午後4時にバス会社のオフィスにいってまっていたらいつの間にかかかってた。
2回目のときは夜寝てたらかかってた、
まあ船の上はちょっと寒かったから。
3回目のつい先日も朝起きてバスターミナルに行く途中でいつの間にかかかってた。
寒気とかするし、のどが痛いというのは日本の風と同じ症状。
ただかかったらとりあえず最悪の状態まではほぼ間違いなくいきます。
まあいつもかかるのがバスで移動する変なときだからということもあるけど。
のどはどうにもならないくらい痛くなります、
うがいなどをしてもさっぱり痛みはおさまりません。
それにあわせて頭がかなりボーっとしてきます、
たぶん熱が出ているのでしょう。
この状態が2,3日続きます。
のどが痛いということは当然風の菌がそこまで来ているので腹にも入っているので、
ある程度過ぎると今度は下痢になります。
そのうち頭は直っていきます、
そして下痢も治ってくるけどなぜか下痢でもないのに腹が痛くなります、
ちょっと鈍い痛みでやばそうな感じの痛みです、
風で弱っているのでけっこうびびります。
こんな感じでだいたい完治するまでに1週間ぐらい必要になります。
まあかかっている間も観光していたり移動しているのもちょっと良くないのかもしれないけど、
日本の風なら全然仕事していても問題ないので、
やはり南米の風はかなり強力です。
あんまりにも症状が重いので2回目と3回目のときは、
ちょうどマラリアの感染地域がちかくて、
その前に蚊にいっぱいかまれていたので、
マラリアじゃないのかこれ?
とかなり本気で心配してました。
それにしてもこれだけすごい南米の風は普通の人はどうなるのかなー、
かなり健康体な私でもこんなことになるのに、
普通の人がかかったらそれこそとんでもないことになるのでは?
まあでも南米の風にかかるのは長期旅行者ばかりだろうから、
長期旅行者は体力あるから何とでもなるのかな。
でも途中であった1ヶ月ぐらいの短期旅行者(短期か?まあ南米ではね・・・)はかかったときに日本の風邪薬では全然きかなくて、
現地の病院で薬もらって飲んだらすぐ直ったとか言ってたなー。
日本の風邪薬が効かない南米の風がすぐ直るって・・・
抗生物質とかいっぱい入ってるんじゃないのか?
それはそれでやばそうな気がするけどなー、
南米の風よりも南米の風邪薬の方が怖いかもね・・・。
投稿者 nabe : 15:34 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月15日
ある日の一日の出来事
6月15日水曜日(旅行188日目)
レシフェ(私の中では南米大陸西端)
朝9時に起きて外を見ると良く晴れている、
昨日は一日雨でさっぱり観光できなかったので今日こそは観光する!
と勢いはいいけど、
ここ3日ぐらい体調がかなり悪くてもたもたしていたら10時近くになってしまい急いでホテルを出る。
今日はここレシフェから20kmぐらい離れたところにあるオリンダという町に行く。
オリンダは町が世界遺産に登録さているところで、
古い教会などがたくさんあるところ。
ここに行くにはタクシーかバスしかない、
もちろんバックパッカーなのでバスでいくことになる。
バスでいくのはいいけど、
レシフェは人口140万人とやたら大きい町でバスの路線は星の数ほどある。
オリンダ行き
と書いてあるバスは街中を歩いているときに注意してみていたけどさっぱりなかった。
そこでホテルのフロントの人に聞くけど、
2人にきいたけどそれぞれ言うことが違う。
本来ならこんなときに一番役に立つはずのガイドブック、
でもそのガイドブックには
オリンダ行きはセントロのなんとか橋の手前にあるバスターミナルで、
前から2,3番目ぐらいの停留所からでている、
停留所に行き先が書いてあるからそこでのる。
と書かれているんだけど、
そもそもバスターミナルなんてないです、
小さい停留所があるだけ、
そして行き先なんてさっぱり書いていない。
バスも手をあげると止まるのでいつも止まる所が違う。
こんなんでどうやって乗るのだろうか?
使えないよ「地球の歩き方」!
レシフェにきたらオリンダに行くに決まってるんだから、
もう少しちゃんと調べようよ。
まあとにかくその停留所にいってみる。
そしてオリンダ行きなんてさっぱりないので、
いつもどおりに人に聞くことになる。
さっそく前にいたおじさんに
ペルドン セニョール
(すいません、おじさん)
キエロ イル オリンダ!
(オリンダに行きたいんだけど)
エステ オニブス パラ アキ?
(バスはここから出てるの?)
するとおじさんはちょうど前にいたバスのフロントに書かれている文字を覗き込んで、
このバスはオリンダまで行くよ
と教えてくれた。
お礼を行って早速乗り込む、
一応運転手にオリンダに行くの?
ときくと行くというのでそのまま乗る。
そして車掌(ブラジルのバスは必ず車掌が乗っていてお金をこの車掌に払う)にお金を払う。
このときに「オリンダのセー教会にいきたいからついたら教えて」というと、
自分はわからないから運転手にいってといわれたので、
また運選手のおじさんに同じように言う。
でもセー教会というのがどうもわからないようで通じない、
まあ運転をしていることだし、
たぶんオリンダはそんなに大きくないだろうからつけばなんとかなるだろう、
ということでオリンダについたら教えてもらうことにする。
するとそんなやりとりを見ていた客の1人のおじさんが、
話しかけてきてくれて、
ポルトガル語なので何をいっているのかわらかないけど、
この感じからするとこの人がついたら教えてくれるといっているみたい。
なんか運転手とも話をしている、
ああこれで無事にたどりつくな、
と思ったらこのおじさんは10分ぐらいで降りていってしまった。
えっ?
教えてくれるんじゃなかったの?
じゃあさっきの話はなんの話だったの?
まあいいや、たぶん運転手のおじさんは教えてくれるだろう。
さらに10分ぐらい走ったら丘の上に教会らしきものがいくつか見えてきた。
運転手も合図をしてきたので、どうやらオリンダに着いたようだ。
さてどこでおりたものかな?
と考えてもう一度運転手に、
今度はカルモ教会に行きたいというと、
理解してくれてすぐ近くでおろしてくれた。
ついたところは目の前に大西洋が広がっていた、
そういえば大西洋を見るのは南米に来てからでは初めて、
ちょうど南米大陸の西端に着いたことだし、
これはよいとちょっと眺めておいた。
そしてカルモ教会にあるいていていくとすぐにつく、
まあ古いことがとりえの教会なのでたいしたものではない、
でもまわりにはヤシの木がはえていたりと南国ムード満点なところ。
なかなか良いところだなーと思っていたけど、
すぐにガイドがやってくる。
ガイドブックにも書いてあったし、
日本人宿の情報ノートにも書いてあったけど、
このオリンダのガイドはすごくしつこくて数も多くてめちゃくちゃうっとうしいらしい。
どうせ高いだろうし、
たのむ気はさっぱりないので無視するけど、
しつこいので
No fale portgers
(ポルトガル語は話せない)
とポルトガル語でいうと、
スペイン語は?
と聞いてきたので、
No hablo espanol
(スペイン語も話せない)
とスペイン語で言うと、
じゃあ英語は?
と各国の言葉で聞いてきた。
もちろん英語も話せない、
日本語しか話せないよ。
といってやる。
さすがにあきらめるだろうと思ったら、
それでもポルトガル語でカルモ教会の説明を始める始末。
噂には聞いていたけど本当にうっとうしい、
頭にきて
うるせーんだよ!
どっかいけ!
と日本語で怒鳴ってやるとやっと離れていった。
でもその30秒後には別のガイドがきて同じやり取りをすることに。
それをふり切っても1分もしないうちにまたきてと、
どうしてこんなにガイドが多いのだここは?
さすがにこれはいかんなと思い、
近づいてくる前に何とかしないと、
ということで4人目からは、
こっちに向かってきたら、
すぐににらんでやる
でももちろんそんなことでひるむほどここのガイドはあっさりしていない、
それでも近づいてきて声をかけてくるので、
目をそらして無視する。
でもまだ話しかけてくるので、
もう一度だけ本気でにらんで、
すぐ目をそらす
これをやるとさすがにあきらめる。
目だけでガイドを殺す!
つかえると結構便利です、
応用として
目だけで客引きを殺す!
目だけで土産物屋の勧誘を殺す!
などなどいろいろ使えます。
3人ぐらいこれで殺してやってやっとカルモ教会から逃げ出す。
たった10分もいなくてこれだけくるとは噂にたがわぬすごさ。
さらにオリンダをみていく、
オリンダの中心ともいえるセー教会へと石畳の古い町並みを歩く、
他の町の世界遺産とはちょっと違ってやっぱりなかなか良い雰囲気だ。
そしてオリンダ観光の中心地なのだから当然だけど、
ガイドがいっぱいいる!
群れだ!
ガイドの群れができてる!
そんなところに日本人が1人で歩いていった日には・・・
狼の群れに羊が飛び込むようなもの。
すぐにまたガイドが来る。
それでも3人ぐらいは目で殺して頑張っていた。
しかしいい加減疲れてくる。
あいつら順番で永遠来る気なのか?
ここはガイドなしでは観光してはいけない地区なの?
確かに他の人は個人でもガイドと一緒に歩いているけど、
あいつらタクシーで来るようなお金持ちだからなー、
タクシーが来るとすぐ囲まれて頼まざるを得ないような状況になってたしなー。
私がガイドを断っているのが見えているはずなのに、
さらにまた次が来る、
しかもこいつは目では殺せなかった。
無視していても話しかけてきてしつこい、
せっかくいい雰囲気なんだからお前らうるさいよ!
また怒鳴ってやろうかと思ったけど、
よく考えると・・・
ジャ ミラール!
ジャ ミラール!
(もう見た)
とスペイン語でいうとあっさりわかってくれた。
そりゃそうだ、もう見終わってるんだから今更ガイドもなにもないだろう。
最初からこうしておけばよかったんだ。
そしてこのガイドが戻っていこうとしたので、
呼び止めて
デシール オトラ グイア!
ジャ ミラール!
(もう見たと、他のガイドに言っておけ!)
といってガイドの群れに帰らせてやるとここでピタリと来るのが止まった。
これでやっとうっとうしいガイドから解放された。
こうしてガイドに悩まされることなくオリンダ観光をして、
2時間ぐらいで観光が終わる。
そしてまたレシフェへと戻ることにする、
当然だけど行きのバスすらわからないんだから、
帰りのバスもどれに乗ればいいかなんてさっぱりわからない。
まあでも帰りはレシフェ・セントロとでも書いてあるバスがあるだろう、
と思っていたけどそんなのさっぱりなかった。
またその辺の人に聞こうかなと思ったら、
来たバスに10人ぐらい一気に人が乗っていく、
これはレシフェに行きそう、
しかもバスのフロントにかかれて行き先がホテルの近くの公園の前の通りだった。
乗って運転手にレシフェのセントロに行く?
ときくと、
なにかよくわからない返事が返ってくる、
もう一度聞くけどおんなじ感じ。
ノーとは言われていないので、
まあなんとかなるだろうと乗ってみる。
バスは来た道を戻っていくのでこれはつきそうだ、
とおもったら結構手前で変な方向へと曲がった。
それでもまだそんなに離れていなくて近づいてはいる。
そのまま乗っているとさっぱりどこだかわからなくなる。
なにせレシフェは140万人の人口の都市、
そして私が持っているガイドブックの地図は完全にセントロのみで2km四方ぐらいしかない、
そんなのレシフェの10分の1ぐらいでしかない。
地図がないと全然どこだかわらかないねー、
遠いのか近いのかもわからない。
でも感覚的にはそんなに離れていないような感じ、
しかし変なところをどんどん走っていくので、
これは降りて別のバスに乗り換えるしかないかな・・・。
まあいいや、いけるところまでいってやれ、
とのっていると40分ぐらいかかって予定通りホテルの近くの公園の道に出る。
あんまり時間かかったから乗るときに見間違えたのかなと思っていた。
これは良かったと降りて歩いていく。
明日はここからサルバドールという南へ800kmぐらいいったところにある町まで移動する、
私はバスのチケットは前日に買うことにしているので今日買わなければいけない。
ということでバスのチケットを買うことにする。
町を歩いているときにちょうどバス会社のオフィスがあるのを見つけていたので、
そこにいってみるがサルバドール行きはこの会社はなかった、
なかなか大きい会社なのに。
あともう1つ「Itapemirin」というかなり大きい会社のチケットを売っているところも見つけておいた。
この会社なら間違いなくサルバドール行きがありそうだけど、
1つ大きな問題があり、バスが信じられないぐらいボロいこと。
この会社はブラジルの南部と東部、北部を走っていて、
私はブラジルの中央と西部を抜けていったのでそのときにはここの会社は走ってなかった。
でも北東部のベレンについてこの会社のバスをはじめてみたら、ちょっとボロかった。
まあでもたまたまボロいのか、
安いからボロいのかよくわらかなくて、
でかい会社なんだからそんなバスもたまにはあるか、
と思っていた。
そしてベレンの次の都市のサンルイスでも見たけど、
さらにボロくなっていた。
おかしいなー、相当大きい会社のはずなのになんで?
このあたりだけがボロいのかな?
と思っていると、
サンルイスからの移動の途中で止まったターミナルでとんでもないものを見る。
ここはそれなりに大きいターミナルで、
バスがいっぱい入ってきていた。
そこにこの会社のバスも入ってくる、
かわるがわるで3台ぐらい入ってきたんだけどー、
かなりボロくてしかも・・・
全部窓を全開にして走ってた!
クーラー効かない長距離バスってブラジルで走ってたの?
かなりびっくりした。
はじめは市バスがなんで長距離バスターミナルの発着所に?
と思ったけど、そんなわけはないはず。
だとするとよっぽど小さくてしょぼい会社なんだなー、
と思ったら、
この「Itapemirin」だった。
それだけでもかなり驚きなんだけど、
もっと衝撃的な出来事があり、
まあ近いと大きい会社でもそんなものかもなー、
と理解しようとしていたら、
その行き先は・・・
ブラジリア
リオ・デ・ジャネイロ
サンパウロ
となっていた。
えー、ここはブラジルの北東部の果てがかなり近いところです、
そしてサンパウロ、リオ・デ・ジャネイロはブラジル南部になります。
ブラジリアは中央部に位置するけど、
それぞれの都市までのお時間はおよそ・・・
ブラジリア 36時間
サンパウロ・リオ 50時間!
おそらくブラジルの中でも最長距離の路線の1つだと思います。
それをクーラーも効かないようなこんなボロいバスで?
どんな会社なんだ?
乗ってる人たちはなんか普通に乗っていたけど、
たぶんまだ旅が始まったばかりだからだろうなー、
そんな市バスみたいなので2日も移動したら君達死んじゃうよ!
そんな光景をみているので、
12時間ぐらいの夜行便でもあのバスはきついよ、
絶対にこの会社だけは乗らないでおこう、
と固く心に誓っておいた。
というわけでこの会社は私の中ではないものになっている。
となるとあとは長距離バスターミナルまで行って買うしかない。
ここのバスターミナルも非常に辺鄙なところにあり、
いくだけでも30分近くかかる。
でも幸いなことにここは地下鉄でいけるのでまだまし。
さっそく地下鉄に乗ってバスターミナルへと行く。
ついてバス会社のオフィスを見ていくけど、
ターミナル自体はかなり大きいのにバス会社は10社ぐらいしかなかった。
その中でサルバドール行きがあるのは2社だけ、
1つはもちろんあの会社。
さっそくもう1つのところに行く、
サルバドールまでで、
何時に出ていくら?
と聞くと
午後7時か10時で80ヘアル
といわれた。
ついでに何時間ぐらいかかるのか聞くと
12時間でつくとのこと。
それなら午後7時かな。
もうほとんどこの会社で決まりなんだけど、
一応物は試しにあのやばい会社もきいてみる?
聞くだけはタダだし。
オフィスはすぐ隣だったのでせっかくだから聞いてみる、
半額ぐらいだったらちょっと考えるなーと思ったら、
明日の出発で午後6時45分発で90ヘアルと高くなっていた。
あのオンボロ市バスでなんで高くなるんだ?
まあ乗らないから関係ないけど、
隣りあわせなのでちょっといやらしいけど、
そのまままた隣に戻ってチケットを売ってくれという。
明日の午後7時のバスというと、
明日は午後6時45分だよ、といわれる。
え?
日によって出発時間が違うの?
それもなんか隣の会社とまったく同じ出発時刻なんだけどなー、
まさかとは思うけど・・・
私「値段は80ヘアルなんだよねー?」
「いや90ヘアル」
私「なにそれ?
それじゃあ隣の会社と同じじゃん!」
「うん、だっておんなじ会社だもん」
私「なにいってるの?
看板違うじゃん!」
「でもな、俺の後ろ見てみろよ」
といわれてみてみる、
そして
「な、隣とつながってるだろ
同じ会社なの」
えーーー、
同じなのーーー、
じゃあ1つでいいじゃん、
しかもなんで看板違うんだよーーー!
理由を聞けるほどポルトガル語は話せない、
たぶん提携とかしているのかな?
まあここしかないんだからしょうがない。
じゃあそれでいいからチケット売ってよ、というと
うーんじゃああっちいっって、と隣に行かされる。
話していたおじさんもオフィス内をそのまま移動して隣のブースに来る、
そしてそこにあるパソコンで手続きを始める。
完全に一体化してるじゃないですか、
なら1つにしておこうよ。
さっきここのオフィスで聞いて「買うの?」といわれて、
「いや、高いからいいや」といって断ったエージェントがおじさんの隣で見てるんですけど・・・
こうして結局あれほど乗らないでおこうと思っていたのに、
ブラジル最長路線をオンボロ市バスで走っている会社
「Itapemirin」
に乗ることになってしまった。
しかもわざわざセントロで買えるのに片道30分もかけて来て。
意外とブラジルのバスは1つの路線に1つの会社しかないところも多い、
よりによってそれがあの会社の路線になるとは・・・。
12時間だからオンボロ市バスでも何とかなるかな。
そしてセントロに戻ろうとしたら、
このターミナルに郵便局があることがわかる。
いままでのブラジルの都市ではそんなことはなかったのだけど、
なぜかレシフェの郵便局は異常に混んでいる。
セントロに中央郵便局があったので切手を買いに行こうとしたら、
50m四方はあるであろうところにすごい長蛇の列。
300人以上並んでる!
なにこれ?
コンサートでもあるの?
それとも今日は郵便料金タダの日?
1時間以上待つのは間違いないのでさすがにあきらめる。
ホテルのフロントで郵便局近くにないの?
ときいたら、その中央郵便局しかない。
といわれた、だからあんなにこんでいたのか。
そして今日、オリンダに行ったときにも郵便局があった。
こっちならいいだろうと思ったら、
小さい郵便局なのにまた長蛇の列、
規模が小さくなった分人も少なくなって100人ぐらいかな、
ただ窓口も減ってるので進むスピードは変わらないけどね。
なんだこの都市は?
郵便局がどう考えても少なすぎるだろう!
他の都市では携帯電話で電話しているほど暇な郵便局もあったぞ!
中央郵便局の500m先に普通の郵便局があったりと、
日本並とは言わないにしてもかなりの数があるのがブラジルの郵便局。
なぜレシフェだけはこんなことに?
ブラジルはアメリカと似たような感じで、
州が集まっているから各州によって違うのだろうか?
それにしもてレシフェの行政馬鹿すぎじゃないのか?
郵便出すのにあんなに並ぶなんて・・・。
でもさすがに長距離バスターミナルは周りに何もないし、
田舎なので大丈夫だろうと思ってキョロキョロとみて探していると、
向こうの方に
店に入りきらなくて外まで長く続いている列が・・・
あー、郵便局見つかったね、
もう行くまでもないけど一応確認する?
という感じで歩いていくと、
やっぱり郵便局だった。
ここは50人ぐらいしかいなかったよ、
窓口は2つしか開いてないけどね。
たぶん30分も待てば順番がまわってくるんじゃないかな、
レシフェの郵便局の中ではかなりすいている方でしょ。
切手買うのに30分も並ぶ気にはやっぱりならない、
もうここで出すのはあきらめて次の都市で出すしかないな。
あきらめて地下鉄でセントロに戻り、
そのままホテルへと戻る。
そして夜は危ないので出歩かない、
ホテルの周りはまだちょっと安全そうだけど、
店もほとんど午後7時には閉まってしまうし、どうせやれることもない。
そしてパソコンでこんな文章を書いたり、
ガイドブックを見て今後の予定を考えたりする。
でもねー、
なんか夜になると爆竹がたまに鳴るんだよねー、
サンパウロもそうだし、そこから中央部を北上していく間はさっぱりなっていなかったんだけど、
北東部に来てベレンとここレシフェは毎日なるんだよねー。
そういえばベネズエラのカラカスでもなってたなー。
この3都市に共通するのは犯罪率が異常に高くて危険なところということぐらい。
あと爆竹といってもやたら音がでかくて
パン!
というのが1~3発ぐらいだけなんだよね
うーん、正確には
パン!
というよりは
ドン!
ズドン!
といった方が近いかなー、
すごく良く響いて威力抜群な爆竹。
時間帯は大体午後10時過ぎから朝方までで、
頻繁になるわけではなく1~3時間に1、2回ぐらいかなー。
なんで平日とかのそんな時間に爆竹鳴らすんだろうねー、
ブラジル人かわってるよねー。
でもあれはよく考えると、
爆竹というよりは銃の発・・・
いや爆竹、
あれは爆竹!
こうして爆竹の音を聞きながら1日が終わっていく。
やっぱりブラジルの北東部はやばいよ!
次のサルバドールはブラジル一危険な都市とも言われてるからなー、
また爆竹いっぱいなるのかな。
だいたいこんな感じで旅行のある日の一日が過ぎていきます。
観光をしているといつもこんな感じ、
ぱっとみるとなんかいろいろありそうだけど、
こんなことを半年も続けていると、
ああいつもどおりの一日だったなー、
というぐらいでしかないです。
これだけ毎日のようにいろいろ起きると、
物事にまったく動じなくなっていきます。
(物事に鈍感になるのかな?)
投稿者 nabe : 14:04 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月12日
ついに半年を越える、そして・・・
6月7日
マナウスからのアマゾン川の船の旅が終わってベレンについた日、
ついにこの旅も180日目を向かえ半年を越えることになりました。
去年の12月10日にペルーのリマから旅を始めて1週間目で、
体調を思いっきり崩して、
しかも英語さっぱり通じなくて、
まだ旅の最終目的地のブラジルのサンパウロは遥か先。
かなりホームシックにかかって、
日本までのチケット買って帰ってやろうかと、
本気で思ったころがすごく懐かしいです。
あのときはかなり弱ってましたねー、
体調が1週間ぐらい直らなかったからなー、
普段病気しない私、そしてかかってもすぐ直るのでたぶんかなり重症だった。
まあそりゃ地球の裏側で言葉も通じないでそんな状態になれば、
ホームシックの1つや2つかかりますよ!
そんな状態から脱出したのは年が明けたあとぐらい、
エクアドルのキトで時間があったのでスペイン語を独学で勉強して少し話せるようになった。
それに1ヶ月たってやっと南米の常識とか旅の仕方を覚えてきて調子が出てきた。
これ以降はホームシックにはかからなくなった、
まあ初めのが結構酷かったからその反動かな。
あと南米は日本人宿がいっぱいあって日本人と結構話していたからなー。
ちょうど学生旅行シーズンで卒業旅行の人がいっぱいいたから、
みんな1ヶ月ぐらいの短期だったのでかなり忙しくて、
それにつられるようにさらに旅も調子が出てきて旅が面白くてしかたがなかった。
1~3月はたぶん日本人旅行者が一番南米にいる時期、
学生の人はもちろん、無職の人とかも3月までに帰って4月から働こうという人が多い、
そして2月にはブラジルのカーニバルもある、
それにあわせて世界一周旅行の人もアフリカからやってくる、
あと南米南部のパタゴニアは夏のみシーズンなのでちょうどこの時期にあたり、
それでも人が集まってくる。
そんな時期だったから、
1~3月はいろんな人と会って一緒に旅行していてあっという間に過ぎていった。
そして南米最南端に4月にたどり着く、
そのころには叔父さんになっていたから、
ちょっと急ぎ足で旅行して早く帰ろうと思って、
南米最南端を出たらちょっと早くつきすぎて、
40日足らずで南米最北端にたどり着いてしまう。
そしてそのあとすぐに南米最後の大自然観光「ギアナ高地とエンジェルフォール」が終わってしまう。
すると・・・
もう見所ほとんどないんだよねー、
まあないことはないんだけどー、
あとは町とか文化しかないんだよねー。
興味ないわけじゃないけど、
じっくり見てまわるほど大好きというわけでもない。
とりあえずアマゾン川を下るまではまだ大自然だったけど、
ベレンについて都会になってきて、
あとはこんなところばっかりかー、
と思うと旅のやる気がかなり減っていく。
そして半年ついに半年を越えて・・・
旅に飽きた!
見所がなくなってしまったというのもあるけど、
それを差し引いても半年は飽きるね。
世界一周の人とか1年半旅したりしているけど、
よく持つよなー、私は半年で限界だったね。
南米だけで半年かけているからかもしれないけどねー、
しかも最後がブラジルでやたら広くて金もかかるし、
見所はというと・・・
いっそう飽きてしまう。
そして帰国日をアマゾン川を下る前の6月のはじめにマナウスで、
7月9日サンパウロ発
7月11日日本着
と決めてからはいっそうやる気がなくなってくる。
なんか日本に帰ったら何しようかとかすごくよく考えるようになってきた。
だめです、もう完全に旅に飽きてます私!
ならさっさと帰ればいいのに、
となるのですが、
まあそうはいってもブラジルの大西洋側を下っていくのに、
町とはいえいくつか見所みたいなものはある。
それによっていくとちょっとは時間がかかる、
そして一応私の中では面白そうなところ首都ブラジリアがある。
ここは1960年ぐらいに何にもないところに作られた完全な計画的人工都市、
あまりにも人工的で世界遺産に登録さているぐらい。
なんかカテドラルとかもすごく近代的なつくりしていてビルみたいになっているらしい。
まさに世界にも類を見ない変わった都市。
これぐらいじゃないと最近興味が出てこないいんだよねー。
そして今私が一番興味を持っていて見たい町が
古都オーロ・プレット
場所はブラジリアとリオ・デ・ジャネイロの間ぐらいでブラジル南部に当たる。
何があるかというと、
なんにもない
そしてかなり小さい村?見たいなところ。
まあ何にもないということはさすがになく、
一応世界遺産に登録されているみたいです。
町の世界遺産なのでどうせかなりしょぼいものでしょうけど。
なんでそんなところにすごく興味があるかというと
平地に飽きた!
からです。
いやーもう本当に平地にはすごく飽きた。
ボリビアを出ていらいずっと平地ばっかりなんだよねー、
まあ移動の間にちょっとした山とかを抜けたりもしているけど、
基本的に平地ばかり。
そして山間の街といってもかなり大きくてそこが山間なのか平地なのかわからないようなところ。
ボリビアを出るまでは逆に山間の町ばかりにいて、
ペルーとかで平地とかもあったけど山間との繰り返しでなかなか風光明媚でよかった。
でも今は平地ばっかり、
ボリビアを出たのが2月末だからかれこれ3ヶ月以上平地ばっかり。
山だ!
山が見たいんだよ!
山に囲まれている高原の町に泊まりたいんだよーーー!
そんな理由で今はオーロ・プレットが私の中では一番楽しみな町。
でもそこにつくころにはもう日本に半月後ぐらいには帰るときだけどね。
山で思い出す町といえば、
エクアドルのアラウシというすごく小さい村、
ペルーのカハマルカという温泉がある町、
ペルーのワラスという5000m級の山に囲まれている町
ペルーのクスコ
ペルーのアレキパ郊外の村
これぐらいしかない、
あとは町が大きすぎて山間というにはいまいちだったりとか、
私のイメージには合わないところ。
オーロ・プレッとは町が半径1.5kmぐらいしかないので、
ほとんど村だからエクアドルのアラウシに近い感じになりそう。
標高が1000mしかないのがちょっと残念だが、
(久しぶりに3000mぐらいほしいなー)
まあブラジルで標高を求める方が無理な話、
かなり南の方に下るし標高も高いから、
そこまで行けば冬なのに毎日30℃を越えるなんていう馬鹿みたいな気候も終わるはず。
いい加減夏にも飽きた。
暑いんだよ、ブラジル!
何月だと思ってるんだ、冬だぞ冬!
まあ熱帯と亜熱帯地方なので当然なんだけど・・・。
こんな感じで半年を越えて旅に飽きて、
すごく愚痴っぽくなっている今日この頃です。
そして旅もあと残り1ヶ月、
思い起こすとこの旅は・・・
馬鹿なことばっかりやっていたな。
まあもともと性格がすごく保守的だから、
ちょっとでも変わらないかなという思いもこの旅にはあったから、
ある意味目的を達成したともいえる。
ちょっと達成しすぎな気もするけど・・・
投稿者 nabe : 16:46 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月09日
アマゾン川下りの旅2 5日目
『ついに現地人に勝つ!』
6月6日
船は予想に反してベレンには昨日のうちにはつかなくて夜の間も走っていた。
夜の10時とかについてじゃあでていってください!
なんていわれたらどうしようかと思っていたのでちょっとほっとする。
ガイドブックとかの情報だと深夜についた場合は、
そのまま次の日の朝まで船にいてもいいことになっているらしく、
さすがに午前0時を過ぎたらもう大丈夫だろうと一安心。
でも寝ていると午前5時ぐらいに船がやたら警笛を鳴らし始める、
そして外が騒がしくなってきた、
カルロスはいつもどおりに起床していて外に出て行く、
そのときにチラッと外が見えた。
そとはもう明るくなっていた。
ああそういえばほとんど真東に1500kmぐらい移動したんだった、
経度でも10度以上も変わっている、
15度で1時間ずれるんだからそれぐらい日が上るのが早くなってもおかしくない。
南米の移動は南北への移動がほとんどだった、
これだけ東西に移動したのはこの移動が始めて、
またまた改めて南米の大きさを実感した。
それでもまあいいやと寝ていると、
ドアをガンガンたたかれる、
無視しているとまたたたかれる。
このたたき方は・・・
食事のおばちゃんだな
今日はさらに張り切ってこんな時間に食事か?
また居留守を使おうとしたら、
カルロスが鍵をかけていかないで出て行っていてドアを開けて入ってきた。
そして
ベレン!
ベレンについたよ!
と私を起こして出て行った。
えー、ベレンについちゃったのー。
タイミング悪いなー、
こんなに朝早くにつかれてもそれはそれで移動が大変なんだけどなー、
どうせ遅く着くなら午前7時とかについてくれればいいのに・・・。
そのまま居座って寝ようかと思ったけど、
とりあえずベレンの港はどんなものかなーと外に出てみてみると、
もう目の前だった。

ベレン港
一応ここがアマゾン川の最下流の1つなので、
アマゾン川の最後の色は黄土色でした。
そしてハンモックの人たちとかは荷物まとめて降りる列を作っていた。
これはさすがに追い出されるな、
いそいで荷物をまとめる。
カルロスも戻ってきて荷物をまとめていた。
船はすぐについてみんなおりだしていた、
荷物をまとめるのにちょっと手間取って15分ぐらい遅れる。
カルロスもちょうど一緒に荷物をまとめ終わった、
そして部屋を出て行こうとしたら、
チケットが要るよ
といわれる、
チケット?なんで?
とカルロスに聞いてもポルトガル語だから理由はわからなかった。
まあとにかくいるなら出しておこうと財布からチケットを出す、
するとカルロスがどれどれ?と見てきて、
200ヘアルか・・・
とつぶやく、
カルロスはいくらなの?
と聞いたけど、
なんかうやむやな返事が返ってくる、
いつものマシンガントークはどうしたんだ?
怪しい!
ちょっと見せてみなさい!
とカルロスが手に持っていたチケットを見る、
そこには・・・
230ヘアル
と書いてあった。
勝った!
ついに勝った!
現地人(ブラジル人)に勝ってしまいました!
いやー、これで私の交渉術もかなりのレベルに達していることが証明されたことになる。
南米ではかなり鍛えられたからねー、
アルゼンチン、チリだけはヨーロッパみたいで交渉という雰囲気ではなかったから、
交渉をしなかったけど他の国ではいっぱいしたからなー。
私もついにこのレベルにまで達したか・・・
ちょっとしょぼんとしているカルロスを横目に、
やたら笑顔で私は部屋を出る。
でて船を下りるところで乗員がこのチケットを回収していた。
1つは無賃乗船を防止するためにおりる時にチケットの最終確認をしているのだろう、
船は結構途中で止まっているから乗り降りもそれなりにあるし、
見送りの人とかも乗ってくるからありえないこともなくはない。
でもこれだけなら確認するだけで回収する必要はないといえる。
まあ考えてみれば私もおんなじことを必ずするだろう、
ブラジル人も意外と馬鹿じゃないねー、
経営者クラスになれば当たり前かな。
隠された2つめの理由は、
船の運賃がばれないようにすること。
チケットを持って返られてしまうと、
次に乗るときにそれを見せられるとすごく困る。
そしてさっきみたいに間違いなく乗っている人たちがそれぞれ違う値段で乗っている、
それでチケットなんか持ち帰られたら、
すぐに一番安い値段がいくらかなんてばれてしまう、
しかも証拠つきで。
ある程度はばれるのはしょうがないけど、
それでもさっきみたいにブラジル人ですら本当の値段は把握していないので、
知らない客からは多くとることができる。
そのためにもできるだけ値段の情報は少なくしておいたほうが良い、
ということで全部回収するのだろう、
回収するのなんて全然手間じゃないしね。
意外と考えてるよブラジル人もちゃんと。
船を下りたのは午前6時、
ここはベレンの町のセントロからはちょっと離れている、
とりあえず港を出てどうやって移動するのか考えようと歩いていく、
すると向こうに
リンダちゃんが!
これがまさにラストチャンス!
と思ったんだけど、
リンダちゃんは1人ではなくお母さんと乗っていた。
まさに今降りたばかりなんだから、
もちろん一緒にいるわけだ、
まあ当然といえば当然、考えるまでもないこと。
なのでちょっと挨拶をするぐらいだった。
しかも話をしているときにカルロスがやってきて、
またしても話が途中で終わり、
リンダちゃんはそのままどこかへ去っていった・・・。
カルロスの話をさえぎって、
無理やり別れを告げて外に出る。
でるともうバスが走っている、
午前6時でしかも結構走っている、
やっぱりここもマナウスと同じで6時からラッシュアワーなのか?
バスでいこうかなーと思っていたらタクシーが声をかけてくる、
もちろんタクシーなんか高いから乗らないぞ、
と思っていると、
このタクシーは他にも3人乗っていた、
どうやらここだけは臨時で乗り合いタクシーとしてやっているみたい、
5ヘアルといわれて、
乗り合いタクシーにしてはちょっと高くないか?
と考えていたけど、
運転手は何にも行ってこないのでどうやらこれが適正価格のようだ、
まあ200円ぐらいだし歩くのめんどくさいし、ホテルの前まで行ってくれるのだからと乗る。
ここからセントロまでは2kmぐらいしかなく10分もかからないでつく、
ホテルはガイドブックにはたいしたものが乗っていなかったので、他の情報ノートに書かれていたホテルにいく。
つくとまだ午前6時20分ぐらいなのに人がやたら歩いている、
いくらなんでも早すぎないか?
と思っていたけど、
よく考えたらここはすでに7時20分だった。
ブラジルには3つの時間がある。
1つはこの前までいたマナウスとかが属する時間
もう1つは首都ブラジリアとかサンパウロ、そして大西洋岸の都市などほとんどの都市が含まれるブラジル標準時
これはマナウスよりも1時間進んでいる。
ちなみにもう1つはリオブランコというブラジルの西端の都市だけの時間
ここはボリビアのラパス、やチリのサンチャゴとほとんど同経度に当たる、
さすが南米一大きい国ブラジル、その規模も半端じゃないです。
南米でブラジルと国境を接していない国はエクアドルとチリだけだからねー。
まあとにかく時差が出てきていて1時間進むのでもう完全にラッシュアワーの時間だった。
なのでホテルももう空いていて中に入っていく、
かなりボロいホテルだったけど、
一泊10ヘアルとこれまでのブラジルの中で最安値だったので泊まることにする。
部屋に入って荷物を降ろしたらもう7時45分(ベレン時間)、
朝から動いていたのと昨日は船の揺れがちょっと酷かったのであんまり寝れなくて、
かなりつかれてそのまま寝る。
こうして今回の船旅もまたいろいろありながら何とか無事終了しました、
結局、約84時間でついてしまいました。
サンタレンで12時間ぐらい泊まっていたのを除くと丸3日でついてしまったことになる。
結構距離がある割にはかなり早かった、
まあ下りなので早くなるのでしょうけど、
それにしても1回目に比べるとかなり早い。
思っていたよりもアマゾン川の旅もたいしたことないです、
まあカマロッジだったから楽だったというのもありますが・・・。
そしていよいよ南米大陸の西端へと向かっていきます、
西端に着いてしまうと旅もほとんど終わり、
日本がどんどん近づいてきている・・・
投稿者 nabe : 15:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月08日
アマゾン川下りの旅2 4日目
『川賊?』
朝5時にカルロスがまた活動を始める、
そしてまだ外も暗いのに出て行く。
こんなに早く起きていつも何をしているのだろうか?
日中も部屋にはさっぱりいないし、
夜寝に帰ってくるだけみたいなもの。
これならハンモックでも変わらないんじゃないのか?
よくわからないおじさんだ。
そして昨日と同じように午前6時にまた部屋がノックされる、
どうやら朝食のようだ、面倒なので居留守を使ってやる。
しつこくたたいていたけど何とかやり過ごすことができた。
そのまま寝ていて午前8時に起きて外に出てみる、
また川幅は結構狭くなっていて100mぐらいさきに岸が見える。
今日もアマゾン川は変わらない風景だなー、
思っていたそのとき!
岸から小さい手漕ぎのボートが船に向かってくる。
それも岸のあちこちからでかなりの数。
やばいよ、海賊だよ!
いやここは海みたいにでかいけど一応川だから
川賊?
になるのかな。
そんなことを考えている間にもボートはどんどんこっちに向かってくる。
どうも原住民の人たちみたいだ、
通行料とか取られるのか?
それとも金品を強奪しにきたのか?
近づかれる前に撃たないと!

川賊、あちこちから出没してくる
と思ったけど、
よく見るとボートに乗っているのは子供と女の人だけだった。
うーん、難民かな?
このジャングルの奥地に隠された収容所みたいなのがあって、
そこで強制労働させられていた人たちが命からがら逃げてきたのか・・・。
という空想(妄想)にひたっていると、
船の客がそのボートに向かって何かが入ったビニール袋を投げていた。
届け物か?
まあこの船は輸送船でもあるからなー、
でもこんなジャングルの中で届け先の人なんてわかるのか?
郵便番号なんてなさそうなんだけど?
宝の地図みたいな住所になりそうな感じがするんだけどなー。
でもみていると来ている人すべてに投げているわけではない、
それどころか来ている人の数より投げている数のほうが圧倒的に少ない。
はて、これはどういうこと?
さらに眺めていると、
なんか投げられたビニール袋を取り合ったりもしている。
どうやらこれは原住民の人たちへのプレゼントみたい。
乗客があらかじめ買ってきておいてあげたりしているようだ。
でもそんなにいっぱい投げているわけではなく、
でも原住民の人たちは船が通るとボートを漕いでやってきていた。
このあと日が暮れるまで定期的にボートが船に近づいてくるという光景がずっと見れたみたい。
私もなんか投げてあげればよかったのかなー、
でもたいしたもの持ち合わせてないからねー。
ボールペンとかじゃダメなのかな?
エジプトとかだと結構うけるんだけど・・・。
そのまま起きてまたパソコンをやる、
すると午前10時半ぐらいに食事を知らせる鈴が鳴る。
でもこんな時間に昼食はないよなーと無視していたら、
またおばちゃんが呼びに来て本当に昼食だった。
いつも午前11時で早いと思っていたのに、
今日はさらに早くなるとは。
ベレンが近いからやる気なのか?
(そういう問題でもないけど)
食べて少し休憩してまたパソコンをやる、
ひたすらこもってパソコンをやっていた。
そして午後4時過ぎにまた鈴が鳴る。
いくらなんでも午後4時はないでしょ、
おやつかなんかじゃないの。
とまた無視してたら、
15分後ぐらいにおばちゃんがやってきて
食事だ!
といわれた。
今日はやたら早いなー、
まあしょうがないのでいくとハンモックのテーブルには食事が出ていて食べていたけど、
カマロッジのテーブルにはまだでてきていなかった。
パソコンのやりすぎでつかれたし、
川と岸を見ながら待つ、
また川幅はいっそう狭くなっていた、
この分だと結構早くベレンにつくのだろうか。
ハンモックだったら早くついてベットでゆっくり寝たいけど、
カマロッジだったらエアコン付いてるし、高い金払ってるからもう1泊していきたい。
船壊れねーかな。
『覆水盆に返らず』
そんなよからぬことを向こうの方から女の子が歩いてきた、
そして
ハーイ、マサ!
と声をかけてきた。
おお!
これはかなりかわいい子だ!
南米特有の黒人とは違う褐色の肌に黒い長い髪、
まさに南米美少女とはこんな子のことをいうんだよなー。
こんなかわいい子に声をかけられるなんて今日はラッキー!
と思って喜んでいたけど、
よく考えると・・・
何でこの子、私の名前を知ってるんだろう?
この船に乗ってからはほとんど部屋にこもっていてあんまり歩き回っていない、
そしてカマロッジだから部屋はカルロスしかいなく、
他のブラジル人とかと話す機会はほとんどさっぱりなかった。
おかしいぞ?
この子が名前を知っているはずがない!
決定的な矛盾をみつけたことだし、
ここは
異議あり!
と裁判長にでもいわなければ・・・。
ちょっとゲームのやりすぎでねー、
逆転裁判も3にはいっちゃったからなー、
ひたすらゲームで矛盾を見つけてはそれを指摘するなんてことしてるからねー。
まあそんなことはこの際どうでもいい、
とにかくこのブラジル美少女は何者なの?
そこでそういえば昨日・・・
とやっと記憶がよみがえる。
すっかりわすれていて(ゲームのやりすぎかな)
昨日の3日目の日記には書かなかったけど、
昨日の午後3時過ぎのこと。
カルロスがふらっと部屋に戻ってくる、
そしてなぜかわからないけど
自分のベットに他の人がきて寝てもいいか?
といってくる。
ポルトガル語なので理由とかを説明してくれているのかもわからないけど、
とにかく他の人が来て寝るけどいいか?ということだけはわかったので、
まあ別にカルロスのベットに誰が寝ていてもあんまり関係ない。
ただパソコンを使っているので、
人が来るとパソコンを持っていることがその人にはばれてしまう、
まあでもさすがにここで盗難とかはありえないだろうし、
船の人全員に知られるわけでもないし、1人ぐらいならいいか、
と思い、
全然問題ないよ。
といっておく。
するとカルロスは部屋を出て行った。
しかしカルロスが出て行って改めてよく考えてみると、
なんか変だよなー、
なんでここで寝るんだろう?
寝るなら自分のハンモックで寝ればいいんじゃないのか?
カマロッジで寝てみたいのか?
まあどうでもいいことか。
そのままパソコンをやっていると、
鍵を開ける音がしてドアが開いた。
そこに立っていたのはブラジル美少女だった。
そういえばこのときあってた、
ブラジル人はかわいい子が多いからぱっと見ただけだと、
ああまたかわいい子がいるね、ぐらいにしか思わなかったけど、
近くにきてよく見たらその子だった。
ああ、あの時の子か、
ようやく思い出して、
こっちも挨拶をする。
でもよく考えたら名前聞いてなかった、
そして私もいってなかった。
やっぱり名前の謎は残ったままだ、
まあでもブラジル美少女と話せるならどうでもいいこと、
でもポルトガル語なのでほとんど理解不能、
なんか日本がどうだこうだ、
私はなんとかかんとか、
といっていた。
数少ないブラジル人とのコミュニケーションのチャンスなので、
せっかくだからと私も頑張って話してみる、
もしブラジル美少女じゃなくても、
そこいらのおっさんでもちゃんと頑張って話したよ(たぶん)
この子がかわいいから頑張ったというわけではないのであしからず。
まあ何はともあれ名前は聞いておかないと、
といことで話をさえぎって名前を聞く、
すると知らないの?
といわれた。
えっ、知らない?
はて?
昨日はきいた記憶はまったくないぞ?
そもそもあんまり会話もしなかったからな。
どういうことだろうか?
なんか謎がどんどん増えていくんだけど、
この事件ちゃんと解決するのかなー。
まあとにかく名前を教えてもらう、
名前は、
リンダ
だった。
リンダちゃんかかわいい名前だねー、
次に歳を聞いてみる。
女性にいきなり歳を聞くのもどうかと思うでしょうけど、
なにせポルトガル語なので、
こっちから話せるのはこんなぐらいの内容なんでしょうがないんです。
歳は18歳だった、
ふーん見た目はもう少し若く見えるんだけどそんなもんなんだ。
あとは・・・
スペイン語でしかわかんないや。
するとまたリンダちゃんが話をしてきた、
なんか私があなたなんとか、
あなたうんたらかんたら。
うーん、だめだ、全然わかんないよ~ん。
ポルトガル語は聞き取るだけでも大変だからなー、
しまったー!もっと勉強しておけばよかったよ・・・
そこへカルロスがやってきた、
カルロスがくれば情況が好転する!
などということはさっぱりなく、
むしろ悪化する。
というのもカルロスはポルトガル語しか話せない、
そして私はポルトガル語はさっぱりわかんないよ、
スペイン語なら少しわかるから。
というと、
その瞬間だけスペイン語が入ったポルトガル語で話す、
でも1分後にはそれも忘れてポルトガル語になる。
それだけでも困るんだけど、
話がマシンガントークなんだよねー。
どう考えてもその日常会話的な発音で、
ブラジル人同士が話すようなスピードで、
しかもかなり長い文章とかをいくつもいっぺんに言われても、
わかんねーよ!
始めの方は頑張って聞き取ろうとしていたけど、
あんまりお構いなしのトークなので、
もうあきらめて適当に聞き流すことにしていた。
そんなカルロスがやってくるということは・・・
マシンガントークが始まってしまう!
やばい、カルロス、今は勘弁して!
あとで聞くから今だけは、今だけは見逃してくれーーー!
私の必至のアイコンタクトはさっぱり伝わらなく、
トークが始まってしまう。
もちろん聞き取れないし、聞き取ろうともしていない。
でもなんか話をしているとリンダちゃんとも話をしている。
カルロスは一日中狭い船の中を歩き回っているだけあって、
なんか船の中にやたら知り合いがいる、
どうやらマシンガントークはブラジル人には受けがいいようだ。
そんなカルロスなのでリンダちゃんと知り合いでも全然おかしくない、
まあそもそも昨日の夕方カルロスのベットに寝に来たぐらいだから、
知り合いじゃないとおかしいか。
そしてリンダちゃんと話をして、
また私にも話をしてくる、
うーん、なんか伝えようとしているみたいなんだけど、
なにせマシンガントークなので無駄が多いんだよねー、
しかも理解していないのに次の会話に入っていくんだよねー。
そんな会話のキャッチボールどころか、
ホームランボールをとりに行け!
と言われているような会話が1分ぐらい続いたら、
リンダちゃんが、
じゃあ私は食事を食べに行くから、
といって向こうに行ってしまった。
カ・ル・ロ・ス!
時と場所を考えろよ!
いい年してるんだからわかるだろ!
でもそんなポルトガル語話せないし、
そもそもカルロスのトークに口を挟める余地などない。
なんか罰ゲームを受けているような感じで、
話が続く。
するとカマロッジのテーブルに食事が出てきた、
これはラッキーと、
カルロス、メシだよ、メシ!
といって会話をさえぎってなんとか逃げ出すことができた。
それにしてもせっかくの楽しいひと時の安らぎの会話を邪魔されるとは・・・、
でも昨日カルロスがベットを貸してあげたから知り合いになったんだから、
カルロスのおかげでもあるからなー。
まあ少しは話もできたしいいか。
食事を食べ終わって部屋に戻ってまたパソコンをやる。
カルロスは食事が終わってもそのまま戻ってこない、
そしていつもより早く今日は午後8時過ぎに部屋に戻ってきた。
ドアを開けて部屋に入ってくると、
ボン・ノイテ(こんばんは)
と挨拶してきたので、
こっちも
ボン・ノイ・・・
といっている最中からマシンガントークが始まる。
わかんねーよ、カルロス・・・、
というかもういいよ・・・。
と思っているけど、
なんかカルロス頑張っているので聞き取ってみることにする。
それによると、
今日の夕方の女の子がなんとかかんとか・・・、
あの子が君にどうたらこうたら・・・、
それで昨日はどうしてこうした・・・。
うーん、やっぱりほとんど聞き取れないけど、
おぼろげにわかったことは、
もしかしてー、
リンダちゃんは私に気があったのでは!
ということ、
カルロスのマシンガントークだけではわからないけど、
このときののカルロスはちょっとやる気でジェスチャーとかも入っていた、
なんかそれによると抱きしめたりとかキスしたりとかいろいろしてた。
始めのうちは、
カルロス、もういいおじさんなんだからちょっと行動も考えようよ・・・、
と冷めた目で見ていたけど、
かなり頑張っているので話していることも聞いているとそんな感じになってきた。
思い起こせば昨日・・・
リンダちゃんが部屋に入ってくる、
ちょっとだけ挨拶をする。
そしてリンダちゃんはカルロスのベット(2段ベットの下側)に寝る。
うーん、なんでこんなところで寝るんだろう?
まあハンモックに飽きたのかな?
と思っていると、
リンダちゃんが起き上がってきて、
「この部屋暑いわねー」
といってくる。
暑い?
クーラー効いてて27℃だからちょうどいいぐらいじゃないのかな?
でもハンモックだと船が走っていると風が良く当たるからかなり涼しい、
まあそれから比べると確かにちょっと暑いのかな?
でもだったらやっぱりこんなところで寝る必要ないんじゃないの?
私もハンモックが張れたら昼寝は絶対ハンモックでするよ。
かわいいけどよくわからない子だなー、
と思っていると、
「本当に暑いわねー」
といって立って、
Tシャツ脱ぎ始めた。
え?
と思っていると、
さらにハーフパンツも脱ぎだした。
どういうこと?
ブラジルではこんなのもありなんですか!
完全下着姿なんですけど!
そしてまたベットで寝始めた。
カルロス・・・
たまには役に立つじゃないか!
でかしたぞ!
これは思わぬラッキーだった。
そして1時間ぐらいリンダちゃんは下で寝ていて、
おもむろに起き上がってまた服を着て出て行った。
うーん、1時間だけ寝るの?
まったくよくわからない子だなー、
まあ私は得したからいいんだけどね。
と思っていたけど・・・
もしかしてあれは誘われてたんですか!
そういえばブラジルではなぜか日本人がもてるという話しを聞いたこともある、
なぜか知らないけど日本人はブラジル人女性の受けがいいらしい。
頭よさそうに見えるのと金持っているからとどこかで聞いたような・・・。
そしてブラジル人女性はかなり積極的でむこうからもどんどんアプローチをかけてくる、
ということを聞いたこともある。
まあでもそんなのただの噂話だと思ってた。
でもこれが起きた後だと・・・
本当だったのか!
そしてやっと私は理解したけど、
カルロスはまだ頑張って説明してたよ、
理解してみるとカルロスが言っていることもちょっとは聞き取れるし、ジェスチャーの意味もわかるよ。
でもね、カルロスー
そういうことはー
あのリンダちゃんが部屋に来る前にしっかり説明していかんかい!
いまになって一生懸命説明しても遅いだろうが!
なんであの時は見合いのときみたいに、
じゃああとは若いお二人に任せて・・・
みたいなニュアンスで適当な説明でいなくなったんだよ!
あのときこそ今の説明が必要だろうが!
思い出してみると、
リンダちゃんに名前を聞いたときに、
知らないの?と聞き返された、
あれはもしやカルロスに紹介しておいてといっていたのでは?
そんな話とかさっぱりなかった。
使えねーよ、カルロス!
もう午後8時過ぎててみんな寝ちゃってるよ、
そしてたぶん今日の夜にはベレンについてこの船旅終わっちゃうよ・・・。
カルロスのバカ!
カルロスまだ頑張って説明していたけど、
今理解したって遅いよ。
本当は今日も遅くまでパソコンやっている予定だったけど、
がっかりでふて寝してそのまま寝てしまう。
まさに「覆水盆に返らず」
リンダちゃんが・・・
ああ僕のリンダちゃんが・・・、
悲しい恋(?)の物語を思い出して感傷にひたりながら4日目の夜が過ぎていった。
まああくまでカルロスのマシンガントークとジェスチャー、
そしてリンダちゃんの話の断片的な理解からの推測だけどねー、
リンダちゃんも本当にただ暑っただけかもしれないし、
実際のところはどうだったのか・・・
謎は結局謎のまま終わってしまった。
投稿者 nabe : 15:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月07日
アマゾン川下りの旅2 3日目
『朝のカフェ』
6月5日
朝5時にカルロスがなんか活動を始める、
ドアを開けて外に出て行くときにチラッと見たけど、
まだ全然真っ暗なんだけど、どこへ?
実はこのカルロスはこの部屋にはほとんどまったくいない。
夜寝るときに戻ってくるのと、
たまにちょっと戻ってきてなんか荷物を持って出て行ったりするぐらい。
あとはひたすら船に中をうろついているようだ。
でもこの狭い船の中をそんなにどこに入るのだ?
まあ陽気なおじさんで誰とでも話しているみたいだから、
いろんな人と話しているのだろうか?
でもこれだけいないならハンモックでも変わらないのでは?
謎だ。
寝ているとドアをガンガンたたかれる、
なんだろうカルロスは鍵を持っているし、
何でたたく人なんているんだ。
しつこいので起きてドアを開けると、
ここの食事を作っているおばちゃんだった。
なに?
ときくと、
カフェ・デ・アマニャン
といわれた。
カフェ・デ・アマニャン
とはポルトガル語で朝食のこと、
スペイン語ではデサユーノというちゃんとした単語があるのに、
ポルトガル語では朝(アマニャン)のカフェという言葉が朝食になる。
朝食、なんかまだすごく眠いんだけどなー。
私の時計を見ると午前6時となっている、
午前6時といったら日が昇ってちょっとしかたってない。
おかしいなー、
時差とかあるのか?
とおもって今何時と聞いてみると
午前6時
とあっさりいわれた。
午前6時に朝食って、
別に仕事してるわけでもないし何でそんなに早く食べるの?
しかもだいたい嘲笑のメニューは予想できる、
朝のカフェ(カフェ・デ・アマニャン)という名の通り、
ブラジルの朝食は本当にカフェ、
すごい軽食。
まあもしかしたらこの船は違うかもしれない、
昨日はどうせ朝食はたいしたものではないだろうと興味もなく、
そもそもいつ朝食かもわからなかったので食べなかった。
ちょうどいいから食べにいってみることにする。
あるいていくとハンモックの人たちはもうみんなおきていた、
ブラジル人どんな活動周期なの?
ハンモックで寝るぐらいしかやることないんだから朝はもっと遅くまで寝ていればいいのに。
カマロッジのテーブルに行くと、
予想されていた通りで、
カフェ
クラッカー
以上!
やっぱりな、前の船もそうだったし、
他のツアーとかでもこんな感じだったもんなー、
それにしてもクラッカーって、
どこでもこれなんだけどなんで?
パンとかでいいんじゃないか?
カフェにあうものということなのだろうか?
こんなの食べさせるためにいちいち起こすなよ!
まあ一応食べておいたけどクラッカー3枚ぐらい・・・
なんの腹の足しにもならないよ。
また寝て9時過ぎに起きる。
『アマゾン川に色はない』
船は午前1時ぐらいからずっととまっていた、
ここはサンタレンというこのアマゾン川の交通の中間地点に当たるところで、
ほとんどすべての船が止まるところで町もそれなりに大きい。
はずなんだけど、
周りはさっぱり何もない、
カルロスにきくとセントロまでは5kmぐらいあるらしい。
さすがにそんなところまで行く気にもならない、
まあまたパソコンでもやろうかと思ったら、
船が長く止まっているからか電気がこなくなっていた。
パソコンはバッテリーがあるけど、
部屋はライトがつかないとほとんど真っ暗なので何もできない。
しょうがないのでシャワーを浴びて外で髪を乾かしながらまったりする。
せっかくなのでぶらぶらと周りを歩いて見る。
さっぱり何もない、
一応店が2件あったのでコーラを買っておく。
あとはチケットオフィスみたいなのがあったけど、
ほとんどがマナウス行きでベレン行きは全然なかった。
川の色を見るとなぜかまた黄土色にもどっていた、
うーんどうなってるんだこれは?
結局アマゾン川は何色になの?
もどってガイドブックを見ていると、
そこにこのサンタレンのあたりもまた大きい川が入ってきて、
その川が黄土色らしくそれと混ざるのに時間がかかり色が変わるらしい。
どうやらアマゾン川は場所によって色がころころ変わるので、
何色というのはないようだ。

サンタレン港のアマゾン川の色
黒色からまた黄土色に戻っていた。
そんなことをしていたら昼食になり食べる、
いつもは11時過ぎからだけど今日は遅くて12時をまわっていた。
食べて部屋に戻ると電気が復活していた。
またパソコンをひたすらやる。
午後4時半ぐらいまでやってちょっと寝て夕食になる、
夕食も午後5時半で全体的に食事の時間が普通より1時間ずつぐらいブラジルはずれているのかな?
朝が6時、昼が11時、夜が5時ちょっとおかしいよねー。
食事を食べたあとはちょっと休憩して、
またパソコンをひたすらやっていた。
カルロスはやっぱりほとんどまったくいない、
午後9時ぐらいに戻ってきて寝るだけ。
いつも午前0時まで明かりをつけてやっていてあんまり迷惑をかけるのも良くないので、
今日は午後11時で寝て明日早く起きることにした。
結構この船は早そうなので予定では明日にはベレンにつくはず、
でもあんまり早くつくと船から追い出される、
夜遅くにつくとそのまま船で一泊しても良くなるので、
ちょっとゆっくり走ってくれないかなー。
投稿者 nabe : 13:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月06日
アマゾン川下りの旅2 2日目
『アマゾン川の色は何色?』
6月4日
昨日は結局午前0時ぐらいまでパソコンをやっていて寝た、
カルロスは午後9時には就寝していた。
まあやることないから当然といえば当然、
その反動か朝はやたら早くて午前6時から活動し始めてた。
全体的にハンモックの人とかもその時間に動き出すようで外が騒がしくなっていた。
マナウスでも午前6時にはバスがラッシュアワーを迎えていたけど、
ブラジル人はどんな生活をしているのだろうか?
よっぽど夜やることなくてこんなに早いのかなー。
9時過ぎになりさすがにこれ以上寝ていられなくなって起きる。
さっそく外に出て昨日の疑問の答えを確かめる。
結果は予想に反して
ソリモインス川の黄土色がかっていた。

今日のアマゾン川の色
アマゾン川のあの本流の黒色はどこに入ったの?
というぐらい全然ソリモインス川の色、
本流が負けるってどうなってるのだろうか、
それは本当に本流なの?
しかもすごく強そうな黒色だったのに。
そしてすぐにどこかの港に着く、
小さい港だったけど名前が書いてありそれには
Parintins
とかいてった。
地図でその場所を調べてみると
この旅の中間地点に当たるサンタレンという町のマナウスからの中間に当たっていた。
ということはこの船の旅の1/4が終了したことになる。
15時間でそんなに進むの?
やけにはやくない?
単純計算だと60時間でついてしまう。
同室のカルロスの話だと今日の夜にはサンタレンについて、
そこで1日停泊してそれからまたベレンにむけては出向するとのこと。
すると日曜日の夜に出たとして30時間ぐらいでベレンにつく計算なので、
火曜日の早朝にはベレンにつく、
金曜日の夕方に出て火曜日の朝だと3日半でついてしまう。
おかしいなー、
前の船の旅は今回よりも500kmぐらい短いのに何で早くつくのだろう?
船の性能がいいのかな?
それともアマゾン川の流速がそんなに早いのだろうか?
丸5日ぐらいかかるつもりだったので結構予想外、
まあ早くつくならそれに越したことがないけど。
日記を書いたりパソコンを