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2005年10月20日

アテネ(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その9

旅行22日目「アテネ(ギリシャ)」

『ギリシャ人は南米並の英語力?』

10月20日、
朝6時半にクレタ島からの夜行フェリーはアテネのピレウス港につく、
この時間はまだ日が昇っていなくて暗い、
こんな時間につかれても何もできないんだけど、
船からは出なければいけないみたいなのでとりあえず出て日が昇るのをベンチに座って待つ。

町はすでに人が歩いていて車も結構走っている、
ここからは地下鉄でアテネに出れるけどどうせそんなに早く動いてもまだホテルとかが空いていない。

7時半ぐらいになって明るくなり、
この時間ならいいかなと地下鉄に乗ってアテネの中心街を目指す。

バックパッカーにとって一番困るのが地下鉄でのラッシュ、
なにせ荷物があるので人一倍場所をとっている。

そこへ人がぎゅうぎゅうに来るとジャマだなーこいつという感じになる、
まあそんなものはバックパッカーなので勘弁してねーと心の中で誤っておけばいいんだけど、
降りるときに人があんまり降りない駅だとバックパックを持って人をかき分けるのは非常に大変。

だから私はできるだけラッシュの時間に電車やバスなどに乗らないようにしている。
この時間は非常に微妙な時間なんだけどまあラッシュ終わるまでまっているわけにも行かないのでのってみる。

ここは地下鉄の始発駅にあたりとりあえず空いている、
座ることもできたけどもちろんバックパックを持っているので座らない、
そんなおくまで入っていったらもしラッシュになったらとてもじゃないけど出られない。

電車はメトロ(地下鉄)という割にはほとんどの区間地上を走っている、
まあ海外のメトロにはよくあること。
地下を走るのは中心街の一部だけのようだ。

幸いなことに地下鉄は混むことなく普通に人が乗っているぐらいで済んだ。

目的の駅で降りて地上に出るとなんか人があんまり歩いていない、
今日は平日で今は8時過ぎなのになんでこんなに人がいないの?
一応ここはギリシャの首都のアテネ、そこの中心街の一部なのに?
ギリシャ人口少ないからそんなものなんだろうか?

とりあえずガイドブックにのっているユースホステルへと行く、
ここでいくらか聞くとドミトリーで10ユーロ、
シングルなら25ユーロからあるといわれた。

ドミトリーで10ユーロならそんなものかな、
それなりに安いしここでいいかもと思ったら、
なぜか部屋に入れるのは他の人がチェックアウトしてからなので11時ぐらいになるかなといわれた。

11時?今8時半ぐらいなのに何で入れないんだ?
ユースで昼間は中に入れないというところはあるけど、
朝にはいれないなんて聞いたことない。
疲れているからちょっと休んで観光に出ようと思っていたので予想外。

それなら近くにもう1つユースがあるからそっちに行ってみるかなと歩き出す、
でもこのあたりはなんかやたらホテルがいっぱいある、
これだけあるなら安いところもあるんじゃないのか?
と探すと2軒目で18ユーロのシングルを見つけた。

このあとイタリアから先はすべてドミトリーの予定なのでせっかくなら最後にとシングルに泊まることにする。

なんかここのおばちゃんホテルの人なのに英語さっぱり話せなかった、
ユーロなのに、ギリシャなのに、南米並みかよ・・・。





『トラベル in トラブル』


少し寝て部屋に洗面台があったのでせっかくだから洗濯物をつけ置き洗いしておいて11時にホテルを出る。

今日の予定はアテネ半日観光と次の移動の方法の確保。
明日には移動するつもりなのでとりあえず移動方法の方を先に終わらせることにする。

とはいえ別にたいしたことではない、
次はここからパトラという西へ300kmぐらい行ったところまで移動して、
そこからフェリーでイタリアへと渡る。

フェリーの時刻もだいたい調べてあるし、
パトラへの移動はこのホテルからすぐのところにある鉄道駅から列車が出ている。

なのでその時間と明日の列車のチケットを確保しておくだけ。

駅まで歩いていくけど時刻表らしきものがさっぱりなくてどれ見ていいのかすらよくわからない。

なんかわかりにくい駅だ、
チケットの窓口は列ができているので並んでもいいけどそのときはチケットを買わなければいけない、
とりあえず時刻表だけ見れればいいんだけどと思っていると、
列車のインフォメーションオフィスというものがあった。

ここで聞けばいいなといってみて、
パトラまでの時刻表ある?
と聞くと、
なんかそっけなくそっちの紙を見ろ、
というようにいわれて窓口の横に張ってある紙を見る。

そこには

パトラまでの列車なんか客少ないからここまで来るの面倒なので、
この1つ先の駅どまりにするね。
ちなみにその駅までだけどここの駅の列車は北部行きだから全然行かないから乗っちゃダメよ。
もし駅にきたいなら下記の番号のバスにのってきて。

2005年8月9日

見たいな事が書いてあった。
なんでここまで来なくなるんだよー、
しかも2005年8月9日ってついこないだじゃん!
それにそのときはまさに夏のハイシーズン真っ盛り、
そんなときにとめるなんてギリシャ人バカじゃないのか?

あっさり終わるはずの予定がいきなり大問題になってしまう、
とりあえず窓口のおっちゃんに、
時刻表はないのか?
ときくと、

だからパトラ行きのインフォメーションを知りたかったらその駅に行け!

とやたら態度悪い言い方で言われた。
ギリシャ人馬鹿の上に使えないの多いなー。

じゃあ行き方教えて、
というとそこに書いてあるだろ!
といわれたけど、
こんなんじゃわからん、そもそもこのバスどこに走ってるんだよ!

ギリシャ人馬鹿なんでバスの番号は書いてあるのにのる場所かいてない。

すると駅を出て200mぐらい歩いて右に曲がったあたりにバス停があるといわれた。

じゃあどこで降りればいいの?

なんとかかんとか、
ギリシャ語で言われてもさっぱりわからん、
まあ固有名詞だから何語でも関係ないんだけど覚えれるような単語ではなかった。

わからん、書け!

といって紙に書かせる。
インフォメーションなのになんでこいつこんなに態度でかいんだろう、
ギリシャ人困難で大丈夫なのかよ・・・。

さっそく教えてもらった所へ行くとたしかにバス停らしきものがあって、
そこにこのバス停に止まるバスの番号が書いてありその中に先の番号もあった。

じゃあこれを待てばいいなーと思ったけど、
なんか皆さんすでにチケットらしきものを持っている。

はて?これはどこで買うのだろうか?

周りを見渡しても特にそれらしきところはないので、
これは聞くしかないとおじさんに聞くと、
英語はなせなかった。

しかもさっぱり取り合うきなしみたいな感じで、
うっとうしい、向こうへ行け。
というように追い払われた。

英語わからなくても、
手に持っているチケット指差して、それどこ?
というジェスチャーで伝わらないことなんて全世界でないよ、
そんなのギリシャだけじゃないの?

というかこいつ全然話そうとか助けようという気がないよ、
ギリシャ人英語も話せない馬鹿の上に本当にむかつく!


まあ聞く相手もいまいちだったかな、
ちなみに旅行をしていて人に道とかを尋ねるときは

1.暇なポリス
これが一番手っ取り早くて親切に教えてくれる

2.その辺の店の人に聞く
これも人によるけど結構親切に教えてくれることが多い、
道を歩いている人はこのあたりのことを知っているかどうかわからないので店の人だと間違いなく知っているのでよいです

3.その辺の人でスーパーの袋や犬などを連れている人
買い物帰りや犬の散歩をしている人は近くにすんでいる確率が高いです

4.その辺の人
どうにもみつからなかったらこれしかない、
できるだけおじさん、おばさんぐらいの人が親切でいいけど、
逆に英語はなせないことも多いので国によっては考えもの。


今回はポリスはいなかったので店の人に聞くことにする、
宝くじやロトを売っている店に入っていって、
バスのチケットどこで買うの?
と聞くとおばちゃんさっぱり英語はなせなかった。

またかよ、意外とギリシャ人英語はなせないものなのか?
まあいいやと外のバス停を指差して、
チケット?ビエリット?どこ?
というジェスチャーすると
ここにあるみたいなジェスチャーが返って来た。

ここ?ここでうってるの?
というようにジェスチャーすると

首を横に振られる

え?
おばちゃん今売ってるというようなジェスチャーしたはずなのに?

じゃあどこなの?
とまた聞こうとしたら、

なぜかチケットが引き出しからでてくる。

ん?
おばちゃんないっていったじゃん!
とジェスチャーすると

ある、あるといいながら首を横に振る。
そういえばどこかの国はYESの時に首を横に振ってNOの時に首を縦に振るとどこかの本で読んだことあるような気もする、
それがギリシャだったのかな?

まあいいやとにかく売ってもらうことにするけど、
チケットは値段がいくつかあった。

それならと先に書いてもらった紙をみせて
ここ、ここというと一番安いチケットを売ってくれた。
ついでにこの書いてある場所が駅なのか聞いてみるとどうも違うみたい、
それなら目的の駅を書いて見せるけどやっぱりよくわかんないみたい。

まあとにかくのってみてバスの運転手か車掌に聞いてみるかな。
少し待つとバスが着て乗り込む、
そしてここで予想外なことが起きる。

まずアテネのバスはワンマンなので車掌いません、
まあ先にチケットかうんだから確かに必要ないともいえる。

そして基本的に後ろのり後ろおりで運転手の前はさっぱりと降りません。

ヨーロッパのチケットは刻印という自分でチケットにパンチャーみたいな日付を押すようになっている、
運転手はチケットを持っているとかそんなのさっぱりチェックしないでただ運転するだけ、
チケットのチェックはたまにのってくる検札官やることになる。

まいったなー、しかも子のバス人いっぱい乗ってて運転手の周り人いっぱい立っててとてもいけないぞ、
となるとまたその辺の人に聞くことになるんだけど、

ギリシャ人=英語はなせない+不親切

という意識が1週間ぐらいギリシャを旅して私に植え付けられているのでとても利く気になれない。

うーんこのままのっていて駅の目の前を通るのかなー、
あ、駅だってわかるような規模の駅なのかなー。

ダメだ!
そもそもどれぐらいの距離があり何分ぐらいのるのかすらわかっていない、
絶対たどり着かない可能性のほうが高い!

バスのって5分ぐらいでちょうど地下鉄駅が見えたのであわてて降りる。

すぐ終わる予定だった移動手段の確保ははじめて1時間半たっているのにまだおわってない、
しかも今日はアテネの半日観光もする予定。

ついでにすぐ鉄道のチケットかって戻って洗濯物を干すつもりだったのでいまだに洗濯物は洗剤の中につけ置き中。

明日移動するのならこれもやらなければいけないし、めちゃいそがしい。

ちょっとパニックになりながら、
どうしよう?どうしよう?
と考えて、
最悪明日もアテネに泊まればいいということで、
やはりとにかく移動手段は確保しなければいけない!

こうなってしまうと何とかするにはインフォメーションに行くしかない、
うまくすれば液が乗っているようなかなりでかい地図を持っているかもしれない。

さっそく地下鉄に乗って町の中心にでてインフォメーションにいく、
ここのインフォメーションの人はなんか親切な女の人で、
とりあえず地図をもらう、
でもその駅はどうも書いていないみたい。

まあ聞いてみるしかないので、
パトラまでいきたいんだけどどうすればいいのかな?
というと、

パトラなら列車かバスがあるけどバスの方が便利よといわれた。
バス?そういえばそんなものもあるとガイドブックには書いてあったな。
でもバスもバスステーションまで市バスで行かなければいけないのでそれについて詳しく書かれていなかった。

バスステーションまでどうやっていくの?
というともらった地図にそのバスのバス停がのっていて私のホテルから歩いて5分ぐらいだった。

ここが始発で終点がバスターミナル、
これなら迷うこともない!

ついでにパトラへのバスのスケジュールまでくれた、
それによると列車は日に4本ぐらいなのに対して、
バスは朝から夜まで30分に1本の間隔でめちゃ出ていた。
値段はどっちが高いかよくわからないけどまあこっちの方が便利でよい。

これでなんとかパトラへの移動手段を確保することができた、
このルートとバスの本数なら前日に買う必要もないのでとりあえず移動手段はこれでおわり。

ついでにとなりに旅行会社があったので、
パトラからイタリアへの船を調べてもらうと毎日出ていて40ユーロぐらいだった。

すぐに終わるはずの予定が2時間以上かかってなんとかおわらせることができた。

もう午後1時半でどうしようかと思い、
とりあえずマクドナルドで飯を食べる、
5ユーロなのでやはり高いけどユーロが高いからしょうがない。

そしてホテルに戻って洗濯物を洗って干しておいた。

午後2時過ぎやっとアテネの観光がスタートする。





『芸術はユーロを超える!』


とりあえず向かうのは国立考古学博物館、
ホテルからなら歩いても15分ぐらいなので歩いて向かう、
今日もかなり天気がよくて歩いているとちょっと暑いぐらい。

考古学博物館について中に入りチケット売り場で学生証を見せる、
どこから来たの?といわれたら

スペイン!

と答えてやろうと思っていたのに、
かなりよく学生証をみられたのでさすがに東京藝術大学と書いてあるのにそれは無理、
そもそも聞かれることもなく学割はダメで普通のチケットを買って中に入る。

なかはアテネやエーゲ海の島などで発掘されたものがいろいろおいてあり、
彫刻と陶器が中心だった。

結構広くて見るところもいっぱいあってぐるっとまわるだけで1時間半ぐらいかかってしまった。





国立考古学博物館







なんか綺麗な絵の描かれた壺がいっぱい






メデューサを倒した人の像らしい
本当は手にメデューサの首があったとか


ようやく博物館を出て今度はアクロポリスの丘を目指す、
ここはアテネ観光のハイライトとも言うべきパルテノン神殿があるところ。

また歩いていったので結構遠くて30分ぐらいかかってやっと丘にたどり着く。
ここまでくると結構観光客がいっぱいいて日本のツアーの人もいた。

そしてここで最も重要なのがいかに学割を効かせるかということ。
なにせアクロポリスの丘は入るのに15ユーロもかかる。

EUの学生ならただなのに、
普通の学生だとそのまま15ユーロ払わなければいけない。

なんとしてもEUの学生ということで通り過ぎなければ!

チケット売り場に行くと若い美人のお姉さんとかなり年をとったおじいちゃんが売っていた。
いつもなら迷わず美人のお姉さんに直行だけどもちろん今回は違います!

美人のお姉さんの方は誰も並んでいなくておじいちゃんの方はちょうど買っている人がいるにもかかわらず、

おじいちゃんにまっしぐら!

だっておじいちゃんなら目が悪くて国際学生書見せたときに読めないだろうから、
どこから来たの?
と聞いてきてくれるはず、
そこですかさず

スペイン!

と答えればもはやもらったもの。

私の番になり学生なんだけどといって国際学生証をチラッと見せる、
できるだけ短時間で見せてしまおうと思ったら、

おじいちゃんとは思えないすばやい手さばきで、
ガラス越しのお金を渡す小さい隙間から手が伸びてきて私の学生証を奪い去る。

私の学生証はできるだけ見せなくてもすむように財布の中の免許証などを入れる透明のカバーのところに入れている、
なのでまさかサイフごともっていかれるとは思っていなくかなりびっくり。
おじいちゃんの動きのすばやさにはもっとびっくりだけどね。

財布を持っていかれて国際学生証をめちゃ見てる、
いくら目が悪くてもあれならどこの大学かわかる、
それどころかなんかとなりの美人のお姉ちゃんにも見せて話をしている。

あかん、これはもう無理や、
15ユーロ払って!といわれるのは時間の問題。

15ユーロならそのサイフの中に入ってるから勝手に持っていってよ・・・

おじいちゃんは1分ぐらいお姉ちゃんと話をして、
サイフを返してきて、

君はどこで勉強しているの?
と聞いてきた。

本来なら

ジョ エステュディアンテ スパニョール
(スペインで勉強していますというスペイン語)

とでもいってやるところだったのに、
これはもう無理なので
日本
と答える。

すると日本のどこの大学だ?
とさらに聞いてくる。

なんで大学とかが関係ある?
日本に興味持っているのか?
しょうがないのでTokyo art Univ.(東京藝術大学)とこたえる。

すると
artか?
ときかれた。

だってそう書いてあるじゃんと思ったけど、
artだ
と答えると、
またお姉ちゃんと30秒ぐらい話をして、

この学生証を入口の係りの人に見せれば入れる
といってきた。

えっ?
それはフリーってこと?
でもフリーならフリーの券をくれればいいんじゃないの?

まあとにかくただになるかもしれないのだからいくだけいってみようと入口に行く、
係りの人に学生証を見せるとなんかまたすごく見てる。

そしてどこから来たんだ?
と聞かれて日本と答えると、

何を学んでいるんだ?
と聞かれる。

何を学んでいる?
残念ながら私の英語に芸術に関する単語は一切ない、
彫刻とか油絵とか英語でなんていうのだろう?
さっぱりわからないので

art!

と答えると・・・

通ってよし!

えーーー、本当に?
ラッキー!

どうもartを学んでいるとただになるみたい、
でもそれならチケットを売るところにそういう風に書いてあってもいいはずなのに一切そんなことは書いていない、なんでOKなのだろうか?

そもそもこの偽者の学生証を作るときに東京大学でもよかったのに、
あえて東京藝術大学にしたのは、
フランスの美術館は大学名にartの文字がはいっている芸術系の大学だとただでいくらでも入れると聞いたから、
まさかそれがギリシャでも役に立つとは、しかも12ユーロもただ!






『パルテノン神殿』

喜んで中に入ってパルテノン神殿を目指す、
途中で劇場とかあったけどなんかかなり修復されている。
イスの部分がすべて綺麗に修復されていて逆にそれはそれで異様な光景、
直しすぎはよくないんじゃないのか?





直しすぎてしまった円形劇場


丘をあがっていくとパルテノン神殿があった、
パルテノン神殿は旅行であった人から聞くと思っていたよりもすごく小さくてあんまりたいしたことないといわれていたけど、
実物を見るとかなり大きくて全然すごい。

紀元前400年ごろにこんなでかい石造建築物をたてるなんてギリシャ人はすごいね、
しかもそれが崩れてなくならないで残っているなんてよっぽど地震とかないんだろうなー。





パルテノン神殿



かなり良い感じでしばらくいろいろな角度から見てまわる、
唯一ダメなのは修復工事をしているみたいであちこちに足場があってそれが雰囲気をかなりダメにしている、
まさかとは思うけどギリシャ人ここも先の円形劇場みたいに完全修復を目指しているんじゃないだろうなー、
この昔の状態が崩れても残っているのがいいのに完全に直したらそれはただのレプリカと同じだぞ!

ギリシャ人ならもしかしたらやるかも・・・
危うしパルテノン神殿!

ここからはアテネの町も一望できて、
アテネの町は基本的に平坦なのでかなりとおくまで見渡すことができた、
それなりに都会ともいえるんだけど日本のように高いビルがさっぱり建っていないのでやっぱりそんなに都会でもないかな。





アテネの町







『過ぎたるは及ばざるが如し』


アクロポリスの丘を出て少し降りたところに古代アゴラというまた別の遺跡があった、
通り道だしせっかくなら入っていこうかなと中に入ってチケット売り場で学生証をみせる。

どこから来たの?
と聞かれたので、
もう日本とは答えずに

東京芸術!大学

と答えると、

2ユーロ
とあっさりいわれた。

えっ?

artだよ?
というけど

だからなんだ?
EUの学生じゃなければ学割は4ユーロ半額の2ユーロ。
といわれた。

ちょっとまってよ!
アクロポリスの丘はただでは入れたよ?
というと、

それはアクロポリスの丘のチケット売り場の人が間違えただけ、
はいるなら2ユーロいる、
といわれた。

別にそこまで興味なかったのでまあそれならいいやといって出る、
うーんやっぱりartではだめなのかな?
なんかよくわからん。

歩いていくと少し行ったら別の入口があった、
せっかくだから疑惑を検証してみようとまた学生証を見せる。

どこから来た?
と聞かれて
日本と答えると

チケット売りのおじさん少し悩んでから、
普通にEUの学生用のただのチケットをくれた。

artだからOKだったのだろうか?
アテネのチケット売り場全然統一されていなくてさっぱりわからない。

まあとにかくおかげでただでは入れたので中を見てまわる。
ここの一番の目玉はギリシャの遺跡の中で完全に修復された唯一の遺跡「アタロスの柱廊」。

さっそくみにいってみる。

うーん、これがアタロスの柱廊か・・・





アタロスの柱廊、綺麗に修復されています






なかも新築並みに綺麗です



これはどうみてもただのレプリカにしか見えん!

完全修復しすぎだろこれは!
あまりにも綺麗になっていてつい最近作ったみたいな感じ。
それじゃ遺跡の意味ないんじゃないのかなー、ギリシャ人。

ある程度修復するのは崩れすぎていては何にもわからないからいいと思うけど、
完全に修復しちゃダメでしょ。

ここまでやるなら別のところにレプリカとして新しく建ててよ、
これはもう遺跡とはいえないでしょ。

まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」
そして「覆水盆にかえらず」
もはや逆に前の崩れた形に戻すのも無理だろうし、
これは完全な遺跡破壊行為だね。

ギリシャ人以外といやもともと感じていたけど馬鹿なのかな?
愛想悪いし、態度も悪いし、ダメダメだね。

この遺跡の中は小さい博物館になっていて空調とかきいていて本当になにやってるんだギリシャ人?というものだった。

でてここのもう1つの見所であるヘファイストス神殿にいく、
ここはパルテノン神殿のような形で規模は小さいけど完全に近い形で残っている遺跡。

さすがにギリシャ人もこれには手をつけていなくてなかなか良い感じで残っていた。
(でも耐震対策とかで一部補強はしてあったけどね、まあそれは必要だろう)

ここからはアクロポリスの丘とパルテノン神殿を見ることができてなかなか良い景色だった。
あのパルテノン神殿がアタロスの柱廊の二の舞にならないことを願いながら見ておいた。





真ん中の丘がアクロポリスの丘、小さくパルテノン神殿も見える







『足の筋肉マッチョ化』

もう夕方で日もくれ始めたのであとは町をブラブラする、
この遺跡のあたりはカフェとかがいっぱいあり、
地元の学生みたいな人たちや旅行者がオープンテラスで話しをしたりゲームをしたりしていて満席に近い状況だった。

ガイドブックにのっていた一番の繁華街というところへ歩いていってみる、
道の両脇はお土産などの店が並んでいてなかなかよい雰囲気、
旅行者も結構歩いていた。

でもガイドブックにのっている繁華街というところが近づくにつれてどんどん人も少なく、店も少なくなりさびしくなってくる。

そして繁華街に着いたら人もかなりまばら、
店は軒並み閉まっている、というかそもそも店自体が少ない、
どうみて繁華街ではないところだった。

また嘘つきやがったか、
本当に嘘多いよなー

「地球の歩き方」!

せめてそれぐらいは調べられないものなのか?
まあこれぐらいの嘘ならまだたいした被害ではないからいいけどね、
結構肝心なところでも嘘つくからそういうときはかなり困る。

南米でこりてもとからあんまり信用していないけど、
そこしかないというところが嘘だとどうにもならん。

もう日も暮れたし歩きつかれてきたのでホテルに戻ることにする、
すぐシンタグマ広場というアテネの中心地みたいなところについて、
そこからさらに歩いてホテルを目指す。

このあたりは歩行者天国になっていてちょうど仕事終わりの時間で人がすごくいっぱい歩いていた、
まわりは店がいっぱいだけど旅行者にはさっぱり関係ないファッションとかの店ばかりなのでほとんど見ることなく通り過ぎる。

ホテルの近くまで30分ぐらいかけて歩いて戻って、
近くでレストランを探す。

アテネはレストランの数がかなり少ないようで、
戻ってくる途中でも探していたけど全然なかった。

でもやっといくつかレストランが集まっているところがあってみてみたけど、これが結構高い。
うーん、たいしたものじゃないのにこんなに高いとなー。

ついつい近くにマクドナルドがあって安さに引かれて入ってしまった。
これで2食連続マクドナルド、まあヨーロッパを旅していれば物価高いからそんなこともあるでしょう。

たべてホテルに戻るともう8時過ぎだった。

あとは日記を書いたりシャワーを浴びたりしてまったりする。

午前11時からひたすら9時間ぐらい歩き回っていたことになる、
旅行中は結構こういうことが多い、
南米でも町を歩いているときはだいたいこんな感じだった、
そりゃ9時間も歩いてればやせるよねー。

最近やたらバックパックが軽く感じられるんだけど、
そりゃ足の筋肉もモリモリついちゃうよねー。

ちょっとマッチョ化しつつある気がする・・・

本日の会計 33.7E (4,711円)

通算 110,621円(1日平均5,028円)

だんだん1日平均が上がってきた・・・・

投稿者 nabe : 17:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月19日

クレタ島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その8

旅行21日目「クレタ島(ギリシャ)」


『クレタ島に客引きは・・・』

10月18日
午後5時、サントリーニ島から高速船フライングキャットにてクレタ島へとむかう。

船は予定通り午後7時半にクレタ島にたどり着く、
さすがにこの時間ではもう日が暮れていて真っ暗。

これは急いでホテルの客引きを捕まえないとこんな時間にウロウロしていられない。

いつもどおりに船から大急ぎで下りて客引きを探す、
でもそれらしき人がさっぱり見当たらない。
ここの港かなり大きくてとてもそんなものが繰るような雰囲気でもない、
いっぱいいるのは他の島ではさっぱりいないタクシーの運転手ばかり。

まあこの島は今までの島とは全然規模が違って数十倍はあり、標高2000mぐらいの山もあるようなかなり大きい島。

いろいろなところから船がやってきてはでていく、
なのでいちいち客引きなんかしてられん、自分できな!
というような感じになるみたいだねー。

まあいないものはしょうがない、
とりあえず中心街へ行けばそこの地図はガイドブックにのっているのでそこからはホテルとかもわかる。

たぶん欧米人が持っているあの無駄に分厚いギリシャのガイドブックならいくらでものっているだろう、
だからあいつらについていけば中心街へと導いてくれる。

と思ったのに、
もともとサントリーニ島で港へ行く市バスに15人ぐらいしか乗っていなかったのに、
そのあと300人ぐらいどこからともなくやってきた、
だからその300人ぐらいはまたバスとかでどこかへとそのまま散っていった。

タクシーつかうわけにもいかないので、
その辺にいた港の係りの人に中心街どこ?
ときくと歩いて15分ぐらいということだったのでいわれた方向に歩いていく。
(船から下りて歩いている人はほとんどいなかった)

この時間に歩いても危ないということは全然なくて普通に歩ける、
まあ世の中の町でこの時間にまともに歩けないところの方が少ないと思うけど。

とりあえずガイドブックにのっているホテルで安いのはユースホステルぐらいしかなかったのでそこへ向かう。

はいってベットあるか聞くともちろんあって10ユーロだった、
シングルはあるのか聞くとドミトリーを1人で使うなら13ユーロといわれた。

それならそっちの方がいいのでとりあえず部屋を見せてもらう、
すると8人ドミトリーでかなり広い部屋。

でもよく考えるとドミトリーで10ユーロでこの部屋を1人で13ユーロは安すぎる、31ユーロと効き間違えたかな?

おりていって聞くと13ユーロだったのでそれなら安いからここに泊まることにする。
たぶん空いているから安くとめてくれるのだろう、
でも他の旅行者は8人部屋にしかも男女相部屋で5人ぐらい泊まっていた。
そんなにお金ないのだろうか?

とりあえず早速町を歩いてみる、
さすがでかい島でしかもその中でも一番大きいイラクリオンという町、いままでののどかな島の感じとは全然違ってかなり都会、車もいっぱい走っていて渋滞すら起こっている。

適当に町をぶらぶらして夕食を食べて戻る、
あとは日記を書いたりして明日の準備をして寝る。

『ミノタウロス狩り』

10月19日
朝9時に起きて出る準備をする、
とりあえず荷物はそのままでアテネへむかう船を探す、
旅行代理店に入って聞くと毎日夜8時半と9時にそれぞれ別の会社が運行しているらしい、値段は8時半の方が6ユーロ安く、つく時間は朝5時とどちらも変わらないのでこっちにしておいた。

すぐに部屋に戻って荷物をまとめてチェックアウトをする、
なんかここは午後6時以降荷物を預けるのには2ユーロ別に必要だった、普通ただなのに珍しい。


クレタ島のメインの観光地はクノッソス宮殿、
ここはかつて4000年ぐらい前にクレタ島文明の中心地だったところでかなり高度な文明を築いていたけど、
3500年ぐらい前に地震の被害で地下に埋もれて消えてしまった文明。

そのなかでも怪獣ミノタウロスを迷路のように作ったこのクノッソス宮殿にはなって封印したという伝説が残るようなところ。

これはミノタウロスを退治しに行かなければ!

ということでさっそくクノッソス宮殿に行く、
さすがクレタ島一の観光名所だけあってかなり人が多い。

入り口で南米産の偽者だけど本物の学生証をみせると6ユーロが3ユーロになった、
この学生証のおかげでいろいろなところで安く済んでいる。

中に入ると思ったよりもかなり小さい遺跡、
崩れた3階建ての建物とかもありかなり高度な文明であったことはわかるけど、
ミノタウロスこんなところでは閉じ込められないでしょう、猫だって5分で逃げ出せるぞ。

ミノタウロスは頭が牛だから馬鹿なのかな?
それにしてもこれでは、伝説を作るにしても無理がありすぎのような・・・

まあ遺跡自体はいろいろあってそれなりによく、
4000年前にあまりにも高度な文明なのでここがあのアトランティスではないかといわれるぐらいだなーというのもうなずけるぐらいだった。





クノッソス宮殿全景

この規模ではミノタウロスを閉じ込めるのは・・・






クノッソス宮殿、地下があったりして建物はなかなか大きい



2時間ぐらい見てまた町に戻って今度は考古学博物館に行く、
ここも学割が効いて半額になった。
でもなんかいろいろおいてあってミノタウロスの仮面みたいなのもあった、
いろいろ見てまわって1時間ぐらいででる。





ミノタウロス?
ただの牛の模型?






ミノタウロスの斧?
人が扱うにはかなりでかい






蛇を持つ女の像
よくわからないけど有名らしいです、みんな写真とってた。
でも実はすごく小さく手のひらサイズぐらい



あとはやることなくて船の時間まで町をぶらぶらしたりしてすごす、
そして船の出発の1時間半前ぐらいに船へと向かう。

『アテネへの夜行フェリー』

今日は久しぶりの夜行フェリーなのでデッキ(一番安いクラス)は完全に自由席なのでよい席の確保が非常に重要。

どうせもうやることないのでできるだけ早く行ってよい場所をとった方がいい。

港はサントリーニ島から来たのと同じところ、
私の船は28ユーロでちょっと高い34ユーロの船はやっぱり高いだけあって向こうの方がかなりよさそうな船。
まあボロくても別にのって寝ていればつくんだから関係ない。





今回のフェリー
なんか聞いたことない会社


船に乗り込んで上がっていきとりあえずラウンジを見る、
すごく小さくてソファーもかなり少ない、
寝るなら基本的にはここしかないのにこれではかなりつらい。

それならイスのところへ行ってみるかなといくけどかなり奥の方でこれまたそんなに数は多くない。

その代わりにキャビンはやたら多くて船のほとんどの部分を占めている、
これはもう選択の余地がない、
ということでさっそくラウンジに行く、
どの船もラウンジは一応バーみたいになっていてメニューとかもおいてある、
ほとんどの人はコーヒーとかを頼んで座っているけど、
そこは日本人バックパッカー、

1人なのにでかいソファーに注文なしで座る!

まあ他にも同じようなことやっている人もごく少数ながらいるから。

ねれるようなソファーは全部で10個ぐらいしかなくてそのほとんどがまだ1時間前なのにキープされていた、皆さん考えることは同じ。

私が何とか確保したソファーはテレビが置いてあるところのすぐでちょっとうるさい、
でも他に足を伸ばしてしっかり横になって寝れるところもないのでしょうがない。

あとからだんだん人が増えてきたけど以前にのったロドス島からシロス島への夜行フェリーに比べると人の数はかなり少ない。
まあ皆さんキャビンをちゃんととってそこで寝るのかもしれないけどね。

21時船はしっかり30分遅れて出航する、
本当ならもう1つのアテネ行きの船も出る時間だけどそっちもしっかり遅れているので問題ない。

1時間ぐらいは起きていたけど、
明日は朝も早くつくことだしさっさと寝ることにする、
前もそうだったけどギリシャ人はおとなしい?のかせっかくソファーをキープしているのにおおっぴらに横になって寝る人はすごく少ない、
小さく体を丸めて寝たりソファーなのに座りながら寝たりする、
すごく混んでるならしょうがないけど人もそこまで多くないのに何でだろう。

私は外国人なのにさっぱりお構いなしでむしろ率先して横になってやる。
テレビのすぐそばなので見ている人とかもいるけどお構いなし、
バックパッカーもそろそろ1年近くになるので人目が気にならなくもなります。

1時間ぐらい寝て一度起きてちょっと体勢を変えようと一瞬体を起こしたらそこへおばちゃんがいきなり入ってくる。

ちょっとまってよおばちゃん、
ここは無理でしょ、本当に1人分のスペースしかないよ、
私が寝ているすぐ横に座られてもー、これはこまったなー。

と思っていたけど、よく考えたらこのおばちゃん私の後ろのソファーに座っていなかったっけ?
振り返るとそのソファーがしっかり空いている、
そっちは私が一番寝たかったところでテレビからも離れるから静かになるしよいところ、
どうもおばちゃんはテレビが見たくてこっちに来たみたいなので、
それなら私も移動させてもらってさらによい席をゲット!

そしてさらに1時間ぐらい寝ているとなぜかその先にいた家族もどこかへ行ったしまう、
なんでキープしたソファーをわざわざ開けるのだろう?

まあそれならテレビからさらに離れるのでそっちへ移動させてもらおう、
ここは私の中ではこのラウンジでも一番よいソファー、
あとは喫煙だったり、寝にくかったりと変なところばかり。
というかこの席ならキャビンと全然変わらない、
ソファー長いからもしかしたらキャビンより快適かもというぐらい。

ちょうど日付が変わったぐらいだったので、
これはよいと本格的に寝る。
さすがいい席だけあってめちゃ熟睡できた。

なんか陸(バス)海(船)空(飛行機)すべての乗り物で寝ることにすごく慣れたなー、
いよいよ本格的なバックパッカーになってきたかな。






ラウンジ
ここでのイス(ソファー)取りゲームが夜行フェリーの快適さを左右する






ギリシャ人の寝方はこんな感じ
なんで広く使えるのにわざわざコーナーで丸まって寝るのだろう?






私の今日のベット
この船のソファーの中では最高の位置
ギリシャ人を気にしないでめちゃ広く使って寝てやる



投稿者 nabe : 20:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月17日

サントリーニ島(ギリシャ)


ヨーロッパ日記 その7

旅行19日目「サントリーニ島(ギリシャ)」


『サントリーニ島の集団客引き』

10月17日
朝8時半に起きて出る準備をする、
9時15分にこのホテルの人が迎えに来てくれて港まで送ってくれるはずだったんだけどその時間になってもさっぱり来ない。

まあ歩いても15分ぐらいで付くからギリギリまでまって9時半にさすがにこれは無理だなと部屋を出たらちょうど迎えに来た。

5分ぐらいで付いて港で待つ、今日はサントリーニ島に行く予定だけどこの次期はもう直行の船は運航していなくて、
まずパロス島へ行き、ここで船を乗り換えてナクソス島、イオス島を経由してサントリーニ島にたどり着く。

港で待っていると結構人がいた、
みなさんサントリーニ島に行くのだろうか?
100人ぐらい入る。

9時50分に船が来て乗り込む、
この船はおりる人はあんまりいなかった。

1時間ぐらいでパロス島につく、
この船はここで終点なのでみんな降りる、
次の船もここから出るのでとりあえずベンチに座って待つ。

乗っていた人は半分ぐらいはパロス島に滞在、もしくは住民のようでのこりが私と同じように船を待つ人たち。
今日は曇っていて風もあるので少し寒いぐらい、
ジャンパーを出してきておく。

このエーゲ海に入ってからやたらと中国人の観光客が多い、
個人もそうだし、団体でも結構いて日本人よりは全然多い。

なんで中国人こんなにエーゲ海に出没するの?
確かに今は中国人の旅行者も増えてきているけど、
全体としてはそんなに多い数でもない、それなのにこんなにいるなんてなにかあるのだろうか?

11:50に船が着て乗り込む、
中はかなりの人が乗っていてめちゃ混んでいる、
あきらかにみんな旅行者で大きいトランクやバックパックを持っている、
こんなにいっぱいの人がサントリーニ島にいくのか!

ついにホテル争奪戦争が勃発するのか・・・

と思ったら次の停泊地のナクソス島で2/3ぐらいの人が降りていった。
この島にそんなに見所があるのだろうか?
私のガイドブックには何の情報もないのでさっぱりわからない。
まあおかげで人が減ってよかったよかった。
次のイオス島では少し降りたぐらいであんまり変わらなかった。

そして15:20に少し遅れてサントリーニ島につく、
急いで降りてホテルをゲットしなければ!
大急ぎで降りておりれるようになるのをまってハッチが開くと同時にダッシュ!

でも出て歩いていくけど、
ほっといても向こうからやってくるはずのホテルの客引きが来ない。

はて?これはどうなっているのかな?
もしかしてサントリーニ島のシーズンはもう終わってるからホテルの客引きも来ないのか!

よりによってここでか・・・、
というのもここはミコノス島と違って船が着くのが中心地からバスで20分ぐらい走ったところにつく、
なのでホテルの客引きについていけばそこの車で連れて行ってくれるけど、そうじゃなければ自分でバスでいってそこから歩いてホテルを探すことになる。

まいったなー、いよいよユースホステルデビューかな、
と思ってバスを探すためにきょろきょろしていると、
港を出てすぐ左にプラカードとかを持って手招きしている人たちがすごくいる、
なんかかなり狭いところにぎゅうぎゅうになってしきりにこっちへ来い!こっちへ来い!みたいな手招きをしている。

逆に怖くて近づけないよ・・・

でもそうも言ってられないので近づいていって、
聞いてみるとやはりホテルの勧誘だった。
ここはどうも協定か何かでこの狭いブースの中からでて勧誘することを禁止しているみたい、
それにしてもせますぎないか?そんなにすごい密度では客も怖がるよ。

値段はやはり格安の1泊20ユーロ、
でもこれだけ勧誘がいておそらくホテル決めていないで来ている人はわずかだろうからもっと値切れるのでは?
と思って15ユーロにしてといったらあっさりなった。
場所はサントリーニ島の中心の町フィラにありセンターまで徒歩5分。

これならいいのでこの客引きのところにする、
とりあえずバンにつれいてかれてまだ客引きするので少し待っていてといわれる。
10分ぐらいするとなんか中国人の若いカップル2組を連れてきた。






『中国人バックーパッカーの謎』

中国人のバックパッカーってなんなんだろう?
中国人で海外旅行をこの20歳ぐらいの若さでできるなんて、
家が相当お金持ちか高級官僚の子供ぐらい、
でもそれだと逆にバックパッカーなんてしなくても普通にホテルに泊まっていけばいい、
たしかに留学とかでその間に旅行をするという考えもあるけど、
9月から新学期が始まるヨーロッパで10月に旅行しているのはおかしい。

中国人バックパッカーは本当に謎だ。

ちなみにこれに対して韓国人のバックパッカー、
今はすごく多くて日本人並か季節によっては日本人より多いぐらい。
でも韓国人のバックパッカーは別に何もおかしくなくて、
留学でその間に来ているか、
徴兵制度があるのでその兵役が終わったあとに旅行をするというのが結構普通にあるみたい。(イスラエルもそんな感じで多い)

なので韓国人のバックパッカーはまさに今は増加の一途をたどっている、
韓国は小さいから国際化しないとやっていけないから英語も結構話せるしね。

一昔前は東洋人=日本人という考えしかなかった世界中の国々だけど、
今は東洋人=日本人、韓国人、中国人というように3つ聞いていくることが多い。
まだ日本人?と始めに聞いてくるけど、近いうちに韓国人になるのかなー、
そしてそのうち中国人になるのだろう。

私とこの4人を乗せてバンはホテルへと向かう、
なんちゃって英語しか話せない私は中国人めちゃ英語はなせたらどうしよう?
ちょっとういちゃうねー、まあいいけど。

などと思っていたけど、
やっぱり同じ漢字を使う中国人、
私と同じようなレベルだった。

なにせ中国、日本語と英語では言語のプログラム自体がさっぱり違うからね、
そりゃ話せなくて当然ですよ!
(というように割り切って最近は話せなくても全然お構いなしで旅行しているし、話しかける、まあ変わりになんちゃってスペイン語はなせるしね)

20分ぐらいでホテルに着いたけどまわり閑散としていてなにもない、
とりあえず部屋を見せてもらうとバストイレつきのツインでかなり広くて綺麗だった。
これで15ユーロなら安いのでここにする。

何泊するのか聞かれてこの次の船の予定によって変わる、
明後日の船があったら2泊と言っておいた。

ここは結構快適そうだからゆっくり2泊したいところだ。






『フィラの町を捜索』

もう16:00を過ぎているので急いで次のクレタ島への船の便を調べに行く、
ちかくの旅行会社を教えてもらっていくけど、
ギリシャはシエスタというものがあり、
昼間の14:00ぐらいから17:00ぐらいまで店を閉めて休む、
そのかわりに夜は20:00ぐらいまでやっている、
ちょうどその時間帯であいていなかった。

しょうがないのでインフォメーションに行って聞こうと思ったけど、
自分がどこに入るのかさっぱりわからない、
私の地図にはこの場所のっていない、
おかしい徒歩5分でセンターだといっていたのに・・・。

まったくわからなくてちょうど警察署があったのでそこに入って聞いてみる、
始めに聞いた人は英語さっぱり理解しなかった。

でもフィラ!セントロ!インフォメーション!
といってるんだからそこにいきたいことぐらいわかるだろうに、
こいつ全然やるきない、むかつくギリシャ人!

するとなんか別の人が奥からちょうどできて相手をしてくれた。
それによるとセントロまでは1000mぐらいあるとのことだった。
めちゃ遠い・・・

でてさてこれは困ったなーと思っていたら、
ちょうどホテルのおじさんがバンに乗って道を通っていくので、
それをとめて

センターどこだよ!
センターに連れて行け!

といって無理やり乗って連れて行かせる。
すると本当に1000mぐらいあってしかもそこがフィラの町の境界、
センターまではさらにあって車で5分ぐらいかかってやっとたどりつく。

おやじ、全然徒歩5分じゃないじゃないか!
と思ったけど、まあ安いんだし、あの状態でホテルの正確な位置までチェックするのは無理、
運が悪かったということであきらめる。

インフォメーションにいこうかと思ったらオフシーズンで閉まっていた。

しょうがないのでその辺の旅行代理店でも船のチケットを扱っていたのでそこに行く、
そして聞くと明日はあるけど明後日はない、その次の日はあるとのことだった。
この時期でもまだ週5便ぐらい出ているけどちょうどそのない日が明後日になってしまった。

サントリーニ島は見所さっぱりなさそうだし、さすがに3日もいるのは無駄なので明日のチケットを買っておいた。

そしてフィラの町を少しぶらぶらするけど、
ここはミコノス島と違ってそんなに規模は大きくなくこのあたりにだけちょっと店が集まっているぐらい、
そのかわりに観光客はここに集中するのでそれなりにいた。
とはいえ別にたいしたものがあるわけでもなく、
もう日もくれ始めていたのでホテルに戻ることにする。

歩いて戻ると結構な距離があった、
途中のスーパーでちょっと食材をかってもどって部屋でまったりする。

夜は今日しかないので7時半ぐらいにでてまた町へと歩いていく、
片道25分はやはり遠い。

夜はちょっと寒くてジャンパーがいるぐらいだった、
夜の町も特に代わり映えもなくなんかぱっとしなかった。

歩いているとレストランの呼び込みにつかまって、
グラタンのパスタみたいなのがおいしそうで、
そろそろいつも同じものを食べていて飽きてきたので食べることにする。
これはかなりおいしくて良い感じだった。

そしてやることなくなってホテルに戻ってあとはゆっくりするだけ、
明日もそんなにやることないので午前1時ぐらいまでおきていて寝る。






『サントリーニ島観光』

10月18日
サントリーニ島2日目

朝は8時半ぐらいにおきて出る準備をする、
今日出るから荷物預かってといおうと思ったけど、
ここはホテルというよりはペンションみたいな感じで管理人みたいな人もいなくて、
誰にも言うことができない。

まあ荷物出してその辺においておけばいいだろうと、
勝手にイスにおいて町へと向かう。

フィラにあるバスステーションでアクロティリ行きのバスに乗り、30分ぐらいでアクロティリにつく。

このアクロティリには古代の遺跡があり、
この後に行くクレタ島の文明などと密接な関係があり保存状態もよくて考古学史上でも重要なところらしい。

サントリーニ島にわざわざ来たのはこのためなので、
期待に胸をふくらませていったけど閉まってた。

他にも4人ぐらい一緒のバスで来ていてみなさんがっかり、
閉まってるなら閉まってるでバスターミナルにでも書いておけばいいのに!
この次の帰りのバスは1時間後・・・。

何にもないのでしょうがないから海でも眺めながら日記を書く、
すると悪いことに雨が降ってくる。
本降りになる前にバスが来たのでのったけどバスに乗っていると大振りになっていた。

フィラの町に戻ってとりあえずバスステーションで雨がやむのを待つ、
本当はこのあと景色のよいところへまたバスでいこうと思っていたけど雨が降っているのでは意味ない、
雨は30分ぐらいでやんだけど曇っていて天気も悪いのでこのままサントリーニ島をぶらぶらする。

ここは海から断崖絶壁の上にある町、
なんだけどその町にいたら別にただの町、
海から見ればそれなりの景色なんだろうけどねー。

でも歩いていくとそれなりに見晴らしがいいところについてそこで写真を撮っておいた。





フィラの町並み
絵ハガキだともっと綺麗に飛行機からとっているけど普通にとるならこれが限界






今日も青いエーゲ海


あとオールドポートという昔つかっていた港がこの断崖の下にあり、
階段かロープウェイでいける、
一応途中まで降りていってみたけど下まで降りても何があるわけでもないし、
あきらかに景色はさっぱり見えなさそうなのでやめて引き返した。

あとここはドンキー(ロバ)でも階段を上り下りできる、
シーズン中はすごい人なのでそれぐらいいるのかもしれないけど、

ドンキー300頭ぐらいいる!

しかもほとんどその辺でぶらぶらしているだけ!
それだけなら別にいいんだけど、
奴らの糞が階段を埋め尽くすようになってよけて歩くの無理!

もう時期はずれなんだから牧場に戻そうよドンキー使いさん・・・





ドンキーに乗っている人も中にはいる
ドンキー階段踏み外すからかなり怖そうに見えたけどね







『バックパックの正しい背負い方講座』

あとはやることなくてただひたすらぶらぶらするだけ、
そして15時ぐらいにホテルへと戻っていって、
荷物はちゃんとおいてあったのでそれをもってそのまままた町へと引き返す。
(宿代はついたその日に払っておきました、踏み倒したんじゃないです)

本当はここから10分ぐらい上がったところもバスが通るとホテルのおじさんは行っていたけど、
もし通らなかったりスルーされたら大変、
なにせこのバスは船の時間に合わせてのみそれぞれ1便運行されるだけ、
今回の移動も30ユーロと高いので乗り過ごすわけには行かない!

まあ時間も余ってるのでバスステーションまで歩く、
でもやはり荷物をもっての30分歩いたけど全然問題なし。

荷物も南米のときより多少軽量化してたぶんトータルで20kgぐらい、
そしてなによりパタゴニアの4泊5日のキャンプトレッキング中にバックパックの持ち方を会得したのが大きい。

ちなみにこれは別にたいしたことではなく、ただ腰のベルトをひたすら強く締めるだけ。
いままでもそれなりに締めていたけどそんなものではなまぬるかった。
とにかく思いっきり引っ張る、そのときに前かがみになってバックパックを上に持ち上げてやるとより強く締まるのでよい。

これを覚えるまでは南米で荷物持って歩いていたときは、
すぐに肩がいたくなってもう限界というようになっていた。

ちゃんとこのようにすれば肩が痛くなることはよほど長時間(1時間以上)持たない限りないです、
とにかく腰、バックパックは腰のベルトが命!
これが切れたらもう役立たずです。

でもいっぱい締めるのはいいけど、
なんか今の状態で残り5cmぐらいしかないんだよねー、
私は腹は少し出ているほうでこれ、もう少しやせたらきかなくなるんじゃないのか?
というか女の人のバックパッカーとかはこれじゃあ全然効かないと思うんだけどどうなっているのだろうか?

海外のメーカーだから欧米人はやたら体格いいからそれに合わせるとこんなものなのか?
ベルトを締めるとあまったところが30cmぐらいブランブラン垂れ下がるんですけど・・・






『飛ぶ猫?』

話しそれましたが、
バスステーションについてまっていると他にもバックパックを持った人などがいた、
でも10人ぐらいでそんなにいない。
バスはこれしかないからクレタ島に行く人はあんまりいないのかな?

そのままバスに乗って港へと行く、
港に着くと待合室には30人ぐらい待っていた。

でもこれだけ?
これはよっぽどいく人が少ないんだなーと思っていたら、
あとからあとからやたら人がいっぱいやってくる、
どうやら皆さんホテルの送迎、ツアーとかタクシーで来ているみたい。

やっぱりエーゲ海は貧乏パッカーが来るところではないのかな・・・

さて今日のクレタ島に行く船はなんかすごく早いらしい、
普通の船だと4時間かかるところを2時間でついてしまうというもの。

なので17時半にでると19時半にはクレタ島についてしまう。
どうせならもう少し早い時間に出てくれればいいのに。

そしてその船の名前が

フライング・キャット!

飛ぶ猫?

なんで船にそんな名前付けるんだ?
ギリシャ人のセンスおかしくないか?
せめて魚とかいるかの名前をつけておこうよ。





フライングキャット
なぜかボーダーフォンのロゴ入り


ぶつぶつ言いながら船に乗り込むと、
船の横には
Flaying Cat.
と書いてあったけど、
入り口には
Flaying Catamaran
となっていた。

カタマラン(双胴船)を略してキャットだったのか、
まあいくらなんでも飛ぶ猫はないよな・・・

一人納得して船に乗り込む、
この船は珍しく全席指定で座るところが決まっていた、
そんなに人のるのか?と思っていたけど出発の時にはほとんど満員になっていた。

クレタ島ってそんなに人気があるのか?
この船はクレタ島直通だから、ついにホテル争奪戦争が勃発するのか?
夜7時半にホテル探すの大変だからなんとしても客引きをゲットしなければ!

そんなことを考えながらサントリーニ島をあとにする、
フライングキャットは本当に飛ぶように進んでかなり早い、
でも変わりに揺れもちょっと大きかった。

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2005年10月15日

ミコノス島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その6

旅行10日目「ミコノス島(ギリシャ)」

『運命の再会?』

10月14日
前日から夜行フェリーでロドス島からシロス島へと移動、
この船はアテネまで行く船なのでアテネに朝のよい時間に付くようになっていて、
そのおかげでシロス島には午前6時に着く。

次のシロス島 → ミコノス島への移動は午前11時過ぎなので5時間待ち、
この時間はまだ日が昇っていなくてちょっと寒い。

シロス島はエーゲ海の島としてはいろんな船が経由していくので重要なところだろうけど、
なにせ私のガイドブックはヨーロッパ編、
ギリシャにいたっては20ページぐらいしかない、
欧米人がもっているロンリープラネットのギリシャ版なら、
私のヨーロッパ編1冊分ぐらいあるのでかなり詳しくのっているだろう。

それにしてもギリシャだけであの厚みとはどういうことなのだろう?
ただでさ写真とかほとんど一切なくてひたすら文字ばかりのガイドブック、
それであれだけの厚さになるんだからよっぽどいっぱい要らない情報が書いてあるのだろう。

とにかく地図も何にもないし、
そもそもこの時間では動きのとりようもない。

他にも20人ぐらい降りたけどその人たちはどこかへと消えていったので、
ここはターミナルもないので港の入り口近くのベンチでまだ寒いのでシュラフを出して
寝てやる。





野宿の場所
下が石なのでちょっと冷たい






寝ながらとった朝日



8時ぐらいになると明るくなって人も通るようになったので、
シュラフをしまってバックパックにもたれかかりながらそれでも寝る。

9時になるとどうも別のフェリーが出るようで人がまわりに集まり始めた、
これはさすがにもう寝ていられないなと起きてガイドブックを読んでいると、
女の人が声をかけてきた。

見るとそれはトルコのカッパドキアのツアーで一緒だったブラジルからポルトガルへ移住したお姉ちゃんだった。

このお姉ちゃんとはパムッカレのバスターミナルでも会った。
このときは同じトルコだし、皆さんが行くメジャールートなので別にたいしたことないと思っていたけど、
まさかエーゲ海の島のシロス島であつとは思ってもいなかった。

これはまさに運命の再会?

でもお姉ちゃん結婚してるからね。

少し話しているとフェリーが来てこの人はこれからパロス島へといくらしい、
この人のガイドブックは欧米人のメジャーなロンリープラネットだけど、なぜかヨーロッパ編。

いくらロンリープラネットでもヨーロッパ編では情報量はかなり少ない、
なにせトルコとか東欧まですべて含めたヨーロッパだからねー、
地図とか一切ないのに全然気にしないで現地で情報収集しているみたい。

まさに本物のバックパッカーといった感じ、
ちなみに私はなんちゃってなので地図がないところなんて行きません!

だって荷物重いんだもん、まずインフォメーションを探して地図をもらって、
そこからホテル探してなんてとてもとても、
そもそもバスとかではいって町の中心まで遠かったりしたら困っちゃうよ。
まあ聞けばなんとでもなるだろうけど、やっぱりめんどくさいので私には無理。





『ミコノス島のホテル争奪戦』

お姉ちゃんと別れて私はまたフェリーを待つ、
この時間になると結構暖かくなってきてTシャツでも十分過ごせる。

11時にフェリーがやってくる、
この時間になると人がそれなりに集まってきた。

フェリーはシロス島につくと結構たくさんの人がおりていった、
やっぱりシロス島は結構人が住んでいるようだ。
(旅行者っぽい人はあんまりいなかった)

そしてフェリーに乗る、
のるとデッキには人がすごいいっぱい乗っていた、
この船はアテネから来ているのでどう考えても皆さんミコノス島へまっしぐら!

ガイドブックにはこの時期は完全にオフシーズンでホテルとかも閉まっていることが多くて人もまばら、
とかかいてあったのにこの分だとこの船だけで400人ぐらいはいるぞ。

オフだからホテルとか余裕で取れると思っていたのに、
これでは旅行者の客引きの奪い合いになりかねない。

というのもミコノス島はユースホステルがない、しかもエーゲ海でも屈指の観光地なのでホテル料金が非常に高い、しかもインフォメーションもないという不毛の地。
ただ唯一幸いなのは島なので交通手段が船しかなく、
その船は定期便で1日に3つぐらいしかないためその時間に合わせてホテルの客引きがやってきてくれること。
ミコノス島では予約なしならこの客引きにすべてを頼るしかないのです!

それでもハイシーズンはホテルが満員になって大変らしい。
まあ夏ならバックパッカーはビーチで寝ろ!という感じなんだろう、
タダだし暖かいし、ちょっとキャンピング気分でいいんじゃないの?

それにしてもこの分だと1泊いくらになるんだろう?
40ユーロぐらいまでならリゾート地だからしょうがないと思うけどそれ以上はちょっとなー。

最悪はこの時期でもビーチで野良だな・・・


しかし予想外に次の停泊地のティノス島につくと2/3ぐらいの人が降りていった、
私のガイドブックにはティノス島については何も書いていないけど、
結構有名なところなのかな?ミコノス島よりもメジャーというとよっぽど何かあるのだろうか?

まあおかげでかなりフェリーは空いた、
これならホテルの客引きも奪い合いというほどにはならなさそう、
バックパッカーらしき人も少し入るけど客の大半は老年夫婦と家族連れ、
このような人たちが私とホテルの奪い合いをするようなところに泊まるとは思えない、
というかたぶん予約してきていて客引きなんか目もくれないだろう。

1時間ぐらいでミコノス島に着く、
一応客引きの奪い合いも想定して着く前から下に降りて行ってすぐに出られるようにしておく。

そして付くと同時にスタートダッシュでおりて客引きへとまっしぐら、
客引きはあちこちにいて早速声をかける。


船を下りてはじめに話を聞いた客引きがシングルで1泊20ユーロと激安だった。
ヨーロッパではドミトリーでも15ユーロぐらい取るのにミコノス島でシングル20ユーロってどんな部屋だよ、部屋の写真見せて!
といって見せてもらうと、なんかツインでしかもめちゃ広くてバストイレ付でミコノスのダウンタウンといわれた。

こいつもしかして強盗か何かか?
それとも連れて行くだけ連れて行って実は写真とは全然違うとか、
ダウンタウンから車で20分とか遥かかなたのホテルじゃねーのか?

他にも客引きいっぱいいたけど、
まあ安いし、ダメならまた別を探せばいいか
(ただしダメな場合は客引きはもう解散しているので、自分でバックパックを背負って探すことになるのでかなり大変)

ということで連れて行ってもらう。

車で中心を迂回して南の方に回る、
車を降りていくとなんかホテルじゃなくて普通に人の家だった。
普通のアパートでドアを開けて玄関があってバストイレの部屋とあとは流し台と一緒になった大きい部屋があるだけ、
でも窓も2つあるしめちゃ広いし、冷蔵庫、TVもありと20ユーロとはとても思えない部屋。





1泊20ユーロ?の部屋
広くて綺麗で快適


もしかしてこいつ20ユーロといってつれてきておいて、

いや50ユーロだよ、いやなら他に行けば?
でももう客引きいないから自分で歩いて探すことになるから大変だろうけどね。

というんじゃないのか?
とにかく不安で本当に20ユーロか?ときくとそうだといわれた。

もしや人の家を勝手に合い鍵作って貸してるんじゃないだろうなー、
もうオフシーズンだから家の人は来ないからこの人が大家で勝手に貸しているとか・・・。

まあいくら考えてもどうにかなるものじゃない、
あまりの安さに逆に不安でしょうがないけどよい部屋であることには違いないので泊まることにした。

なんかあとで部屋をよく見たらちゃんと貸しアパートの許可表示みたいなのが張ってあった、
でもそれにはハイシーズン100ユーロ、ミドルシーズン80ユーロ、ローシーズン60ユーロ(これが今)となっていた。
うーん、20ユーロとはどういうことなのだろうか・・・。

なんかホテルの説明じゃなくて部屋をみつけたいきさつがひたすら長かったけど、
ホテルじゃないのでホテルの人の対応というのはないけど、
連れてきてくれた管理人の人は親切で毎日1,2回顔を出しに来て問題ないか聞いてくれる。
帰る日にはフェリーポートまで送ってくれる。

部屋はアパートなのでかなり広い、フローリングでめちゃ綺麗、窓は2つあって明るい。
騒音は少しだけ奥に入っていてかなり静か。
シャワーは熱いお湯が24時間いつでも出る。
冷蔵庫で飲み物冷やせてテレビも見られる。

南のバスステーションからすぐなのでビーチにいこうと思えばバスに乗ってすぐ。
そしてバスステーションの周りにはレストラン、マーケット、トラベルエージェンシー、インターネットなど必要なものがすべてそろっていてそれらがすべて徒歩15秒圏内。
唯一ダウンタウンとしては南のはずれになり、メインのフェリーポート近くまでは10分ぐらい歩かなければいけないけど、
その歩く道すがらがミコノスタウンのメインの通りを歩くので店とかいっぱいあるし、ミコノスの雰囲気が味わえてよい感じ。

これで20ユーロとは本当にどうなっているのだろう?
なんかでるのかなー、人死んでるのかなー、
安くてあまりにも快適で3日泊まったけど本当に最高の宿だった。





『ミコノス島の観光』

さて宿も決まったことだし、
値段も安かったのでちょっとゆっくりするので初日は町をぶらぶらとしてみることにする、
すでに午後2時ぐらいでミコノス島は暑いぐらいでTシャツに半ズボン、サンダルという完全にリゾートスタイル。

そして町を歩いていくけどミコノス島の町はすごく入り組んでいて枝分かれもすごくてわかりにくい。

まあどうせ小さい町なのでまよっても海に出るか丘のほうに出るしかないので地図を見る必要もなく、
ぐるぐると迷いながらあるくのが当たり当たり前みたい。

私の宿は南のバスステーションのすぐなのでミコノスの町の一番南側、
ここから北へ行くとフェリーポートとかがある一番栄えているところに着く。

ミコノス島にいる間、何回も宿からそこまでいったけど、
たぶん1回も同じルートはとおっていないと思う、
歩いていていくとすぐに分岐してその数がフェリーポートに出るまでに20個ぐらいあるので、
こっち行ってみよう、あっちへとかやっているといろいろいけてなかなか面白い町。





ミコノスの町
人と人よけずにすれ違うのがやっとぐらいの道幅
そこに店がいっぱいあって雰囲気もかなり良い



とりあえずフェリーポートに出てそこで絵ハガキを探すとよさそうなものが見つかったので買う、
その絵ハガキを見てこれはどこから取っているのかと考えてそれらしき方へと歩いていってみる。

ミコノスの町はダウンタウン以外はこの時期は人もかなり少なく閉まっている家が多い、
どんどん丘をあがっていくと景色もそれに伴ってよくなっていき、
ついにベストポジションを発見!

ここからはミコノスの白い家とエーゲ海の青い海が見渡せてかなり良いポイント。
せっかくなのでと30分ぐらいまったり見ておいた。





ミコノス島の全景
まさに絶景といった感じ
ちょっと入る道はわかりにくいけどポートから一本道で来れる

ここまでこないと電線がいっぱいあっていい写真が取れない


オフシーズンが近いとはいえまだ気候も温暖でミコノスの町は観光客が結構いる、
店もまだそれなりにやっているのでギリギリシーズンオフ前ぐらい、
ホテル代は安くてミコノス島の雰囲気は味わえるのでこの時期は結構お得。

ミコノスの迷路のような町は道幅がかなり狭くてその両脇に店がぎっしりあり、
夜もかなり遅くまで営業している、バーやディスコなどもあって欧米人の観光客でまだまだにぎわっていた。

ちょうど週末でこの週で終わってしまうフェリーの便とかもあるようで、
ロドス島から予想外にミコノス島に来てしまったけど、
ミコノス島の雰囲気を味わうにはちょうどよかった。





『世界遺産ディロス島』

10月15日
ミコノス島2日目

この日はちょっと曇っていて風も強かったのでビーチに行くのをやめて、
ミコノス島からフェリーで30分ぐらいいったところにあるディロス島へといく、
ここは島が遺跡になっていて世界遺産に登録されている。

定期観光フェリーが毎日5便ぐらいありそれにのっていく、
島へと移動するのは小型船で、
今までのように大型船だとわざわざ外にでてまで見に行くというのもめんどくさくて窓から眺めるだけだったけど、
これだけ小さいならすぐなので外に出てエーゲ海を眺めてみる。

エーゲ海はとんでもない青さです、
ディープブルー、マリンブルーというのかな、
とにかく日本の海とは比べ物にならないぐらい青いです。





エーゲ海
本当に青々としてます



なんでこんなに違うのだろう?海の成分がそんなに違うのかな?

エーゲ海を堪能しながらディロス島につく、
30人ぐらい一緒に乗ってきてチケットを買って中に入る。

世界遺産
それは非常に当たりはずれが大きいところ、
何でこれが世界遺産に登録されているの?というところもあるのに、
何でこれが世界遺産に登録されていないの?というところも非常にいっぱいある。

どこのだれが決めているのかよくわからないけど、
ワイロとかで決まってるんじゃないのか?
と疑いたくなるようなぐらい当たりはずれが激しい。

まあ文化遺産とかは見た目には価値がわかりづらいからしょうがないのだろうけど、
なんかなんでもかんでも世界遺産に登録している気がする、
最近に質の低下はかなり酷い。

で、ここはというと、
ちょっといまいちというところかな。

いや歴史的に非常に価値があるらしいのでそこが世界遺産なんだろうけど、
うーん、なにせ遺跡ほとんど壊れてるからねー、
原形とどめているの少なくてほとんど石がちょっと積み重なっているだけといった感じ。





世界遺産の遺跡、このように見るとただの廃墟といった感じ






この辺りはちょっとだけ建物が残っている

でも遺跡より遠くのエーゲ海の美しさに目がいきます



まあそれなりに見所があったから、
南米で見た酷い世界遺産の数々よりはよかったけど、
期待していたよりはいまいちだった。

本当は2,3時間いるつもりだったけどいまいちなのと、
今日は風がかなり強くて寒いぐらいで船は1時間毎ぐらいにしかないので、
急ぎで1時間で回って帰ってきてしまった。
(でも遺跡見るだけなら1時間ぐらいで十分かな、
ガイドツアーだといろいろ説明があるからいろいろ見てまわるんだろうけど、
個人ではただの廃墟なのでそんなに長くいれないね)

一応ミコノス島の観光の中では1,2位を争うぐらいのところだった割にはいまいちで、
この日は風強くて天気もいまいちだったのであとはミコノスの町をぶらぶらしたりしてすごして終わった。





『スーパーパラダイスビーチ』

10月16日
ミコノス島3日目

この日はミコノス島を世界屈指のリゾート地にしているビーチを見に行く、
その名も

スーパーパラダイスビーチ

パラダイスの上にスーパーが付くなんて相当すごいところのような感じ、
そしてその名前に恥じないぐらい実際にすごい。

何がすごいってヌーディストビーチとして世界的に有名、
もともとミコノス島のビーチは基本的にヌーディストビーチらしいが、
そのなかでもスーパーパラダイスは一番そういう人たちが集まってくるらしい。

中には勘違いしている人もいるけど、
基本的にはヌードになる人はスタイルとかに自身がある人、
となればそこはまさにスーパーパラダイス!

男はどうでもいいけどそれはそれでどんなにすごい物なのか見てみるのもいいかも。

あと実はミコノス島はゲイビーチでも有名らしい、
普通のビーチなら男が2人でいたらナンパでもしにきたのかと思うぐらいだけど、
ここでみたらカップルと思った方がいいぐらいらしい。

いろんな意味で面白そうなところ、
朝は気温が少し低いのでゆっくりしていて一番気温が上がる午後2時にむけて部屋を出る。

スーパーパラダイスビーチへはまずバスに乗って別のビーチまで行き、
そこからボートで行くことになる。

バスは部屋から徒歩10秒なので出発時間だけを調べておいてぎりぎりに行く。
そしてボートが出るビーチについて、

いざスーパーパラダイスビーチへ!

と思ったんだけどなんかもうオフシーズンでボートなくなってた。
せっかくのスーパーパラダイスビーチが・・・。

とはいえまあある程度予想されていたことではあったんだけどね、
なにせ気温が上がるとはいえ28℃ぐらいで海に入るにはちょっと寒い、
しかもいまやオフシーズンでそのおかげでホテルが安いぐらいなのでそもそも人がいない。

バスに乗った時点で客がほとんど欧米人老夫婦だった時点ですでに終わってたかな。

でも一応若い人も乗っていたから万が一にもと思ったけどやっぱりダメだった。
そもそも昨日今日とやたら風が強くてTシャツでも寒いぐらいなのに水着でビーチにいるほうがおかしいよね。

一応ここのビーチにもレストランとかがあってビーチパラソルなども置いてある、
そこに少ないけど人がいて水着で肌を焼いていたりしていた、
なかには数人だけど海に入っている人もいた。

欧米人は結構寒さの感覚おかしい人多いからなー、
冬でみんなコートとかきてるのに半ズボンで歩いている奴とかいっぱいいるもんね。

まあとにかくヌードどころの騒ぎではなく、
ただのビーチどころかお姉ちゃん自体がいないのでもはやここは私の中ではビーチではない。





プラティ・ギャロスとかいうビーチ
人のいないビーチはただの砂場



とはいえ帰りのバスは1時間後なのでやることもないし、
しょうがないから私も寒さに耐えながら肌を焼くことにする。

水着は持ってきていたけどここはヌーディストビーチなのでトランクスでそのまま焼く、
敷物は日本から来るときにマレーシアエアラインで頂いた備え付けの毛布、
これは薄くてデザインはかなりダサいけど意外といろんなところで役になっていて、
ちょっと寒いときにかけたり、シーツがないところではひいてみたりと大活躍。

もともと南米旅行のときにほしいと思っていて、
南米に行くときはあわてていて頂くのを忘れて、
次に飛行機に乗ったときはガラパゴス諸島行きで近かったので毛布はなくて、
イースター島に行ったときはランチリは青地に白い星のマークでかっこいいので絶対頂こう!とおもったらなんか金属のタグが付いていて、
もしかしたら飛行機から出るときに警報なるかもしれないので頂けなかった。

やっと手に入れたけどやっぱりこれはかなり便利、
長期旅行にはぜひもって行ったほうがいい一品です。


話がそれたけど寒さに耐えながら何とか日光浴をする、
せっかくの世界屈指のリゾート地もビーチがこれだと、
ホテル安くてもあんまり意味ないとも言えるかなー、
まあ雰囲気だけでも味わえたからいいけど。

次のバスでもどってあとはまた町をぶらぶらしたりしてゆったりとすごし、
明日には移動なので船のチケットを購入する。

次の目的地はこれまたエーゲ海の中でも1,2位を争う(というところが5,6個あるのはどうなのかな?ちゃんと順位決めようよ)といわれるサントリーニ島。

距離的にはそんなに遠くないけど移動料金は30ユーロと結構高い、
まあこの時期は船がこの船だけでしかも週4便ぐらいしかないので選択の余地はなくこれをかう。

エーゲ海を旅するのにはやはりお金がかかる、
せめて宿代だけが安いのが幸いかな。

まだもう少しエーゲ海の旅が続きます。

投稿者 nabe : 20:45 | コメント (0) | トラックバック

ミコノス島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その6

旅行10日目「ミコノス島(ギリシャ)」

『運命の再会?』

10月14日
前日から夜行フェリーでロドス島からシロス島へと移動、
この船はアテネまで行く船なのでアテネに朝のよい時間に付くようになっていて、
そのおかげでシロス島には午前6時に着く。

次のシロス島 → ミコノス島への移動は午前11時過ぎなので5時間待ち、
この時間はまだ日が昇っていなくてちょっと寒い。

シロス島はエーゲ海の島としてはいろんな船が経由していくので重要なところだろうけど、
なにせ私のガイドブックはヨーロッパ編、
ギリシャにいたっては20ページぐらいしかない、
欧米人がもっているロンリープラネットのギリシャ版なら、
私のヨーロッパ編1冊分ぐらいあるのでかなり詳しくのっているだろう。

それにしてもギリシャだけであの厚みとはどういうことなのだろう?
ただでさ写真とかほとんど一切なくてひたすら文字ばかりのガイドブック、
それであれだけの厚さになるんだからよっぽどいっぱい要らない情報が書いてあるのだろう。

とにかく地図も何にもないし、
そもそもこの時間では動きのとりようもない。

他にも20人ぐらい降りたけどその人たちはどこかへと消えていったので、
ここはターミナルもないので港の入り口近くのベンチでまだ寒いのでシュラフを出して
寝てやる。





野宿の場所
下が石なのでちょっと冷たい






寝ながらとった朝日



8時ぐらいになると明るくなって人も通るようになったので、
シュラフをしまってバックパックにもたれかかりながらそれでも寝る。

9時になるとどうも別のフェリーが出るようで人がまわりに集まり始めた、
これはさすがにもう寝ていられないなと起きてガイドブックを読んでいると、
女の人が声をかけてきた。

見るとそれはトルコのカッパドキアのツアーで一緒だったブラジルからポルトガルへ移住したお姉ちゃんだった。

このお姉ちゃんとはパムッカレのバスターミナルでも会った。
このときは同じトルコだし、皆さんが行くメジャールートなので別にたいしたことないと思っていたけど、
まさかエーゲ海の島のシロス島であつとは思ってもいなかった。

これはまさに運命の再会?

でもお姉ちゃん結婚してるからね。

少し話しているとフェリーが来てこの人はこれからパロス島へといくらしい、
この人のガイドブックは欧米人のメジャーなロンリープラネットだけど、なぜかヨーロッパ編。

いくらロンリープラネットでもヨーロッパ編では情報量はかなり少ない、
なにせトルコとか東欧まですべて含めたヨーロッパだからねー、
地図とか一切ないのに全然気にしないで現地で情報収集しているみたい。

まさに本物のバックパッカーといった感じ、
ちなみに私はなんちゃってなので地図がないところなんて行きません!

だって荷物重いんだもん、まずインフォメーションを探して地図をもらって、
そこからホテル探してなんてとてもとても、
そもそもバスとかではいって町の中心まで遠かったりしたら困っちゃうよ。
まあ聞けばなんとでもなるだろうけど、やっぱりめんどくさいので私には無理。





『ミコノス島のホテル争奪戦』

お姉ちゃんと別れて私はまたフェリーを待つ、
この時間になると結構暖かくなってきてTシャツでも十分過ごせる。

11時にフェリーがやってくる、
この時間になると人がそれなりに集まってきた。

フェリーはシロス島につくと結構たくさんの人がおりていった、
やっぱりシロス島は結構人が住んでいるようだ。
(旅行者っぽい人はあんまりいなかった)

そしてフェリーに乗る、
のるとデッキには人がすごいいっぱい乗っていた、
この船はアテネから来ているのでどう考えても皆さんミコノス島へまっしぐら!

ガイドブックにはこの時期は完全にオフシーズンでホテルとかも閉まっていることが多くて人もまばら、
とかかいてあったのにこの分だとこの船だけで400人ぐらいはいるぞ。

オフだからホテルとか余裕で取れると思っていたのに、
これでは旅行者の客引きの奪い合いになりかねない。

というのもミコノス島はユースホステルがない、しかもエーゲ海でも屈指の観光地なのでホテル料金が非常に高い、しかもインフォメーションもないという不毛の地。
ただ唯一幸いなのは島なので交通手段が船しかなく、
その船は定期便で1日に3つぐらいしかないためその時間に合わせてホテルの客引きがやってきてくれること。
ミコノス島では予約なしならこの客引きにすべてを頼るしかないのです!

それでもハイシーズンはホテルが満員になって大変らしい。
まあ夏ならバックパッカーはビーチで寝ろ!という感じなんだろう、
タダだし暖かいし、ちょっとキャンピング気分でいいんじゃないの?

それにしてもこの分だと1泊いくらになるんだろう?
40ユーロぐらいまでならリゾート地だからしょうがないと思うけどそれ以上はちょっとなー。

最悪はこの時期でもビーチで野良だな・・・


しかし予想外に次の停泊地のティノス島につくと2/3ぐらいの人が降りていった、
私のガイドブックにはティノス島については何も書いていないけど、
結構有名なところなのかな?ミコノス島よりもメジャーというとよっぽど何かあるのだろうか?

まあおかげでかなりフェリーは空いた、
これならホテルの客引きも奪い合いというほどにはならなさそう、
バックパッカーらしき人も少し入るけど客の大半は老年夫婦と家族連れ、
このような人たちが私とホテルの奪い合いをするようなところに泊まるとは思えない、
というかたぶん予約してきていて客引きなんか目もくれないだろう。

1時間ぐらいでミコノス島に着く、
一応客引きの奪い合いも想定して着く前から下に降りて行ってすぐに出られるようにしておく。

そして付くと同時にスタートダッシュでおりて客引きへとまっしぐら、
客引きはあちこちにいて早速声をかける。


船を下りてはじめに話を聞いた客引きがシングルで1泊20ユーロと激安だった。
ヨーロッパではドミトリーでも15ユーロぐらい取るのにミコノス島でシングル20ユーロってどんな部屋だよ、部屋の写真見せて!
といって見せてもらうと、なんかツインでしかもめちゃ広くてバストイレ付でミコノスのダウンタウンといわれた。

こいつもしかして強盗か何かか?
それとも連れて行くだけ連れて行って実は写真とは全然違うとか、
ダウンタウンから車で20分とか遥かかなたのホテルじゃねーのか?

他にも客引きいっぱいいたけど、
まあ安いし、ダメならまた別を探せばいいか
(ただしダメな場合は客引きはもう解散しているので、自分でバックパックを背負って探すことになるのでかなり大変)

ということで連れて行ってもらう。

車で中心を迂回して南の方に回る、
車を降りていくとなんかホテルじゃなくて普通に人の家だった。
普通のアパートでドアを開けて玄関があってバストイレの部屋とあとは流し台と一緒になった大きい部屋があるだけ、
でも窓も2つあるしめちゃ広いし、冷蔵庫、TVもありと20ユーロとはとても思えない部屋。





1泊20ユーロ?の部屋
広くて綺麗で快適


もしかしてこいつ20ユーロといってつれてきておいて、

いや50ユーロだよ、いやなら他に行けば?
でももう客引きいないから自分で歩いて探すことになるから大変だろうけどね。

というんじゃないのか?
とにかく不安で本当に20ユーロか?ときくとそうだといわれた。

もしや人の家を勝手に合い鍵作って貸してるんじゃないだろうなー、
もうオフシーズンだから家の人は来ないからこの人が大家で勝手に貸しているとか・・・。

まあいくら考えてもどうにかなるものじゃない、
あまりの安さに逆に不安でしょうがないけどよい部屋であることには違いないので泊まることにした。

なんかあとで部屋をよく見たらちゃんと貸しアパートの許可表示みたいなのが張ってあった、
でもそれにはハイシーズン100ユーロ、ミドルシーズン80ユーロ、ローシーズン60ユーロ(これが今)となっていた。
うーん、20ユーロとはどういうことなのだろうか・・・。

なんかホテルの説明じゃなくて部屋をみつけたいきさつがひたすら長かったけど、
ホテルじゃないのでホテルの人の対応というのはないけど、
連れてきてくれた管理人の人は親切で毎日1,2回顔を出しに来て問題ないか聞いてくれる。
帰る日にはフェリーポートまで送ってくれる。

部屋はアパートなのでかなり広い、フローリングでめちゃ綺麗、窓は2つあって明るい。
騒音は少しだけ奥に入っていてかなり静か。
シャワーは熱いお湯が24時間いつでも出る。
冷蔵庫で飲み物冷やせてテレビも見られる。

南のバスステーションからすぐなのでビーチにいこうと思えばバスに乗ってすぐ。
そしてバスステーションの周りにはレストラン、マーケット、トラベルエージェンシー、インターネットなど必要なものがすべてそろっていてそれらがすべて徒歩15秒圏内。
唯一ダウンタウンとしては南のはずれになり、メインのフェリーポート近くまでは10分ぐらい歩かなければいけないけど、
その歩く道すがらがミコノスタウンのメインの通りを歩くので店とかいっぱいあるし、ミコノスの雰囲気が味わえてよい感じ。

これで20ユーロとは本当にどうなっているのだろう?
なんかでるのかなー、人死んでるのかなー、
安くてあまりにも快適で3日泊まったけど本当に最高の宿だった。





『ミコノス島の観光』

さて宿も決まったことだし、
値段も安かったのでちょっとゆっくりするので初日は町をぶらぶらとしてみることにする、
すでに午後2時ぐらいでミコノス島は暑いぐらいでTシャツに半ズボン、サンダルという完全にリゾートスタイル。

そして町を歩いていくけどミコノス島の町はすごく入り組んでいて枝分かれもすごくてわかりにくい。

まあどうせ小さい町なのでまよっても海に出るか丘のほうに出るしかないので地図を見る必要もなく、
ぐるぐると迷いながらあるくのが当たり当たり前みたい。

私の宿は南のバスステーションのすぐなのでミコノスの町の一番南側、
ここから北へ行くとフェリーポートとかがある一番栄えているところに着く。

ミコノス島にいる間、何回も宿からそこまでいったけど、
たぶん1回も同じルートはとおっていないと思う、
歩いていていくとすぐに分岐してその数がフェリーポートに出るまでに20個ぐらいあるので、
こっち行ってみよう、あっちへとかやっているといろいろいけてなかなか面白い町。





ミコノスの町
人と人よけずにすれ違うのがやっとぐらいの道幅
そこに店がいっぱいあって雰囲気もかなり良い



とりあえずフェリーポートに出てそこで絵ハガキを探すとよさそうなものが見つかったので買う、
その絵ハガキを見てこれはどこから取っているのかと考えてそれらしき方へと歩いていってみる。

ミコノスの町はダウンタウン以外はこの時期は人もかなり少なく閉まっている家が多い、
どんどん丘をあがっていくと景色もそれに伴ってよくなっていき、
ついにベストポジションを発見!

ここからはミコノスの白い家とエーゲ海の青い海が見渡せてかなり良いポイント。
せっかくなのでと30分ぐらいまったり見ておいた。





ミコノス島の全景
まさに絶景といった感じ
ちょっと入る道はわかりにくいけどポートから一本道で来れる

ここまでこないと電線がいっぱいあっていい写真が取れない


オフシーズンが近いとはいえまだ気候も温暖でミコノスの町は観光客が結構いる、
店もまだそれなりにやっているのでギリギリシーズンオフ前ぐらい、
ホテル代は安くてミコノス島の雰囲気は味わえるのでこの時期は結構お得。

ミコノスの迷路のような町は道幅がかなり狭くてその両脇に店がぎっしりあり、
夜もかなり遅くまで営業している、バーやディスコなどもあって欧米人の観光客でまだまだにぎわっていた。

ちょうど週末でこの週で終わってしまうフェリーの便とかもあるようで、
ロドス島から予想外にミコノス島に来てしまったけど、
ミコノス島の雰囲気を味わうにはちょうどよかった。





『世界遺産ディロス島』

10月15日
ミコノス島2日目

この日はちょっと曇っていて風も強かったのでビーチに行くのをやめて、
ミコノス島からフェリーで30分ぐらいいったところにあるディロス島へといく、
ここは島が遺跡になっていて世界遺産に登録されている。

定期観光フェリーが毎日5便ぐらいありそれにのっていく、
島へと移動するのは小型船で、
今までのように大型船だとわざわざ外にでてまで見に行くというのもめんどくさくて窓から眺めるだけだったけど、
これだけ小さいならすぐなので外に出てエーゲ海を眺めてみる。

エーゲ海はとんでもない青さです、
ディープブルー、マリンブルーというのかな、
とにかく日本の海とは比べ物にならないぐらい青いです。





エーゲ海
本当に青々としてます



なんでこんなに違うのだろう?海の成分がそんなに違うのかな?

エーゲ海を堪能しながらディロス島につく、
30人ぐらい一緒に乗ってきてチケットを買って中に入る。

世界遺産
それは非常に当たりはずれが大きいところ、
何でこれが世界遺産に登録されているの?というところもあるのに、
何でこれが世界遺産に登録されていないの?というところも非常にいっぱいある。

どこのだれが決めているのかよくわからないけど、
ワイロとかで決まってるんじゃないのか?
と疑いたくなるようなぐらい当たりはずれが激しい。

まあ文化遺産とかは見た目には価値がわかりづらいからしょうがないのだろうけど、
なんかなんでもかんでも世界遺産に登録している気がする、
最近に質の低下はかなり酷い。

で、ここはというと、
ちょっといまいちというところかな。

いや歴史的に非常に価値があるらしいのでそこが世界遺産なんだろうけど、
うーん、なにせ遺跡ほとんど壊れてるからねー、
原形とどめているの少なくてほとんど石がちょっと積み重なっているだけといった感じ。





世界遺産の遺跡、このように見るとただの廃墟といった感じ






この辺りはちょっとだけ建物が残っている

でも遺跡より遠くのエーゲ海の美しさに目がいきます



まあそれなりに見所があったから、
南米で見た酷い世界遺産の数々よりはよかったけど、
期待していたよりはいまいちだった。

本当は2,3時間いるつもりだったけどいまいちなのと、
今日は風がかなり強くて寒いぐらいで船は1時間毎ぐらいにしかないので、
急ぎで1時間で回って帰ってきてしまった。
(でも遺跡見るだけなら1時間ぐらいで十分かな、
ガイドツアーだといろいろ説明があるからいろいろ見てまわるんだろうけど、
個人ではただの廃墟なのでそんなに長くいれないね)

一応ミコノス島の観光の中では1,2位を争うぐらいのところだった割にはいまいちで、
この日は風強くて天気もいまいちだったのであとはミコノスの町をぶらぶらしたりしてすごして終わった。





『スーパーパラダイスビーチ』

10月16日
ミコノス島3日目

この日はミコノス島を世界屈指のリゾート地にしているビーチを見に行く、
その名も

スーパーパラダイスビーチ

パラダイスの上にスーパーが付くなんて相当すごいところのような感じ、
そしてその名前に恥じないぐらい実際にすごい。

何がすごいってヌーディストビーチとして世界的に有名、
もともとミコノス島のビーチは基本的にヌーディストビーチらしいが、
そのなかでもスーパーパラダイスは一番そういう人たちが集まってくるらしい。

中には勘違いしている人もいるけど、
基本的にはヌードになる人はスタイルとかに自身がある人、
となればそこはまさにスーパーパラダイス!

男はどうでもいいけどそれはそれでどんなにすごい物なのか見てみるのもいいかも。

あと実はミコノス島はゲイビーチでも有名らしい、
普通のビーチなら男が2人でいたらナンパでもしにきたのかと思うぐらいだけど、
ここでみたらカップルと思った方がいいぐらいらしい。

いろんな意味で面白そうなところ、
朝は気温が少し低いのでゆっくりしていて一番気温が上がる午後2時にむけて部屋を出る。

スーパーパラダイスビーチへはまずバスに乗って別のビーチまで行き、
そこからボートで行くことになる。

バスは部屋から徒歩10秒なので出発時間だけを調べておいてぎりぎりに行く。
そしてボートが出るビーチについて、

いざスーパーパラダイスビーチへ!

と思ったんだけどなんかもうオフシーズンでボートなくなってた。
せっかくのスーパーパラダイスビーチが・・・。

とはいえまあある程度予想されていたことではあったんだけどね、
なにせ気温が上がるとはいえ28℃ぐらいで海に入るにはちょっと寒い、
しかもいまやオフシーズンでそのおかげでホテルが安いぐらいなのでそもそも人がいない。

バスに乗った時点で客がほとんど欧米人老夫婦だった時点ですでに終わってたかな。

でも一応若い人も乗っていたから万が一にもと思ったけどやっぱりダメだった。
そもそも昨日今日とやたら風が強くてTシャツでも寒いぐらいなのに水着でビーチにいるほうがおかしいよね。

一応ここのビーチにもレストランとかがあってビーチパラソルなども置いてある、
そこに少ないけど人がいて水着で肌を焼いていたりしていた、
なかには数人だけど海に入っている人もいた。

欧米人は結構寒さの感覚おかしい人多いからなー、
冬でみんなコートとかきてるのに半ズボンで歩いている奴とかいっぱいいるもんね。

まあとにかくヌードどころの騒ぎではなく、
ただのビーチどころかお姉ちゃん自体がいないのでもはやここは私の中ではビーチではない。





プラティ・ギャロスとかいうビーチ
人のいないビーチはただの砂場



とはいえ帰りのバスは1時間後なのでやることもないし、
しょうがないから私も寒さに耐えながら肌を焼くことにする。

水着は持ってきていたけどここはヌーディストビーチなのでトランクスでそのまま焼く、
敷物は日本から来るときにマレーシアエアラインで頂いた備え付けの毛布、
これは薄くてデザインはかなりダサいけど意外といろんなところで役になっていて、
ちょっと寒いときにかけたり、シーツがないところではひいてみたりと大活躍。

もともと南米旅行のときにほしいと思っていて、
南米に行くときはあわてていて頂くのを忘れて、
次に飛行機に乗ったときはガラパゴス諸島行きで近かったので毛布はなくて、
イースター島に行ったときはランチリは青地に白い星のマークでかっこいいので絶対