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2005年10月20日

アテネ(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その9

旅行22日目「アテネ(ギリシャ)」

『ギリシャ人は南米並の英語力?』

10月20日、
朝6時半にクレタ島からの夜行フェリーはアテネのピレウス港につく、
この時間はまだ日が昇っていなくて暗い、
こんな時間につかれても何もできないんだけど、
船からは出なければいけないみたいなのでとりあえず出て日が昇るのをベンチに座って待つ。

町はすでに人が歩いていて車も結構走っている、
ここからは地下鉄でアテネに出れるけどどうせそんなに早く動いてもまだホテルとかが空いていない。

7時半ぐらいになって明るくなり、
この時間ならいいかなと地下鉄に乗ってアテネの中心街を目指す。

バックパッカーにとって一番困るのが地下鉄でのラッシュ、
なにせ荷物があるので人一倍場所をとっている。

そこへ人がぎゅうぎゅうに来るとジャマだなーこいつという感じになる、
まあそんなものはバックパッカーなので勘弁してねーと心の中で誤っておけばいいんだけど、
降りるときに人があんまり降りない駅だとバックパックを持って人をかき分けるのは非常に大変。

だから私はできるだけラッシュの時間に電車やバスなどに乗らないようにしている。
この時間は非常に微妙な時間なんだけどまあラッシュ終わるまでまっているわけにも行かないのでのってみる。

ここは地下鉄の始発駅にあたりとりあえず空いている、
座ることもできたけどもちろんバックパックを持っているので座らない、
そんなおくまで入っていったらもしラッシュになったらとてもじゃないけど出られない。

電車はメトロ(地下鉄)という割にはほとんどの区間地上を走っている、
まあ海外のメトロにはよくあること。
地下を走るのは中心街の一部だけのようだ。

幸いなことに地下鉄は混むことなく普通に人が乗っているぐらいで済んだ。

目的の駅で降りて地上に出るとなんか人があんまり歩いていない、
今日は平日で今は8時過ぎなのになんでこんなに人がいないの?
一応ここはギリシャの首都のアテネ、そこの中心街の一部なのに?
ギリシャ人口少ないからそんなものなんだろうか?

とりあえずガイドブックにのっているユースホステルへと行く、
ここでいくらか聞くとドミトリーで10ユーロ、
シングルなら25ユーロからあるといわれた。

ドミトリーで10ユーロならそんなものかな、
それなりに安いしここでいいかもと思ったら、
なぜか部屋に入れるのは他の人がチェックアウトしてからなので11時ぐらいになるかなといわれた。

11時?今8時半ぐらいなのに何で入れないんだ?
ユースで昼間は中に入れないというところはあるけど、
朝にはいれないなんて聞いたことない。
疲れているからちょっと休んで観光に出ようと思っていたので予想外。

それなら近くにもう1つユースがあるからそっちに行ってみるかなと歩き出す、
でもこのあたりはなんかやたらホテルがいっぱいある、
これだけあるなら安いところもあるんじゃないのか?
と探すと2軒目で18ユーロのシングルを見つけた。

このあとイタリアから先はすべてドミトリーの予定なのでせっかくなら最後にとシングルに泊まることにする。

なんかここのおばちゃんホテルの人なのに英語さっぱり話せなかった、
ユーロなのに、ギリシャなのに、南米並みかよ・・・。





『トラベル in トラブル』


少し寝て部屋に洗面台があったのでせっかくだから洗濯物をつけ置き洗いしておいて11時にホテルを出る。

今日の予定はアテネ半日観光と次の移動の方法の確保。
明日には移動するつもりなのでとりあえず移動方法の方を先に終わらせることにする。

とはいえ別にたいしたことではない、
次はここからパトラという西へ300kmぐらい行ったところまで移動して、
そこからフェリーでイタリアへと渡る。

フェリーの時刻もだいたい調べてあるし、
パトラへの移動はこのホテルからすぐのところにある鉄道駅から列車が出ている。

なのでその時間と明日の列車のチケットを確保しておくだけ。

駅まで歩いていくけど時刻表らしきものがさっぱりなくてどれ見ていいのかすらよくわからない。

なんかわかりにくい駅だ、
チケットの窓口は列ができているので並んでもいいけどそのときはチケットを買わなければいけない、
とりあえず時刻表だけ見れればいいんだけどと思っていると、
列車のインフォメーションオフィスというものがあった。

ここで聞けばいいなといってみて、
パトラまでの時刻表ある?
と聞くと、
なんかそっけなくそっちの紙を見ろ、
というようにいわれて窓口の横に張ってある紙を見る。

そこには

パトラまでの列車なんか客少ないからここまで来るの面倒なので、
この1つ先の駅どまりにするね。
ちなみにその駅までだけどここの駅の列車は北部行きだから全然行かないから乗っちゃダメよ。
もし駅にきたいなら下記の番号のバスにのってきて。

2005年8月9日

見たいな事が書いてあった。
なんでここまで来なくなるんだよー、
しかも2005年8月9日ってついこないだじゃん!
それにそのときはまさに夏のハイシーズン真っ盛り、
そんなときにとめるなんてギリシャ人バカじゃないのか?

あっさり終わるはずの予定がいきなり大問題になってしまう、
とりあえず窓口のおっちゃんに、
時刻表はないのか?
ときくと、

だからパトラ行きのインフォメーションを知りたかったらその駅に行け!

とやたら態度悪い言い方で言われた。
ギリシャ人馬鹿の上に使えないの多いなー。

じゃあ行き方教えて、
というとそこに書いてあるだろ!
といわれたけど、
こんなんじゃわからん、そもそもこのバスどこに走ってるんだよ!

ギリシャ人馬鹿なんでバスの番号は書いてあるのにのる場所かいてない。

すると駅を出て200mぐらい歩いて右に曲がったあたりにバス停があるといわれた。

じゃあどこで降りればいいの?

なんとかかんとか、
ギリシャ語で言われてもさっぱりわからん、
まあ固有名詞だから何語でも関係ないんだけど覚えれるような単語ではなかった。

わからん、書け!

といって紙に書かせる。
インフォメーションなのになんでこいつこんなに態度でかいんだろう、
ギリシャ人困難で大丈夫なのかよ・・・。

さっそく教えてもらった所へ行くとたしかにバス停らしきものがあって、
そこにこのバス停に止まるバスの番号が書いてありその中に先の番号もあった。

じゃあこれを待てばいいなーと思ったけど、
なんか皆さんすでにチケットらしきものを持っている。

はて?これはどこで買うのだろうか?

周りを見渡しても特にそれらしきところはないので、
これは聞くしかないとおじさんに聞くと、
英語はなせなかった。

しかもさっぱり取り合うきなしみたいな感じで、
うっとうしい、向こうへ行け。
というように追い払われた。

英語わからなくても、
手に持っているチケット指差して、それどこ?
というジェスチャーで伝わらないことなんて全世界でないよ、
そんなのギリシャだけじゃないの?

というかこいつ全然話そうとか助けようという気がないよ、
ギリシャ人英語も話せない馬鹿の上に本当にむかつく!


まあ聞く相手もいまいちだったかな、
ちなみに旅行をしていて人に道とかを尋ねるときは

1.暇なポリス
これが一番手っ取り早くて親切に教えてくれる

2.その辺の店の人に聞く
これも人によるけど結構親切に教えてくれることが多い、
道を歩いている人はこのあたりのことを知っているかどうかわからないので店の人だと間違いなく知っているのでよいです

3.その辺の人でスーパーの袋や犬などを連れている人
買い物帰りや犬の散歩をしている人は近くにすんでいる確率が高いです

4.その辺の人
どうにもみつからなかったらこれしかない、
できるだけおじさん、おばさんぐらいの人が親切でいいけど、
逆に英語はなせないことも多いので国によっては考えもの。


今回はポリスはいなかったので店の人に聞くことにする、
宝くじやロトを売っている店に入っていって、
バスのチケットどこで買うの?
と聞くとおばちゃんさっぱり英語はなせなかった。

またかよ、意外とギリシャ人英語はなせないものなのか?
まあいいやと外のバス停を指差して、
チケット?ビエリット?どこ?
というジェスチャーすると
ここにあるみたいなジェスチャーが返って来た。

ここ?ここでうってるの?
というようにジェスチャーすると

首を横に振られる

え?
おばちゃん今売ってるというようなジェスチャーしたはずなのに?

じゃあどこなの?
とまた聞こうとしたら、

なぜかチケットが引き出しからでてくる。

ん?
おばちゃんないっていったじゃん!
とジェスチャーすると

ある、あるといいながら首を横に振る。
そういえばどこかの国はYESの時に首を横に振ってNOの時に首を縦に振るとどこかの本で読んだことあるような気もする、
それがギリシャだったのかな?

まあいいやとにかく売ってもらうことにするけど、
チケットは値段がいくつかあった。

それならと先に書いてもらった紙をみせて
ここ、ここというと一番安いチケットを売ってくれた。
ついでにこの書いてある場所が駅なのか聞いてみるとどうも違うみたい、
それなら目的の駅を書いて見せるけどやっぱりよくわかんないみたい。

まあとにかくのってみてバスの運転手か車掌に聞いてみるかな。
少し待つとバスが着て乗り込む、
そしてここで予想外なことが起きる。

まずアテネのバスはワンマンなので車掌いません、
まあ先にチケットかうんだから確かに必要ないともいえる。

そして基本的に後ろのり後ろおりで運転手の前はさっぱりと降りません。

ヨーロッパのチケットは刻印という自分でチケットにパンチャーみたいな日付を押すようになっている、
運転手はチケットを持っているとかそんなのさっぱりチェックしないでただ運転するだけ、
チケットのチェックはたまにのってくる検札官やることになる。

まいったなー、しかも子のバス人いっぱい乗ってて運転手の周り人いっぱい立っててとてもいけないぞ、
となるとまたその辺の人に聞くことになるんだけど、

ギリシャ人=英語はなせない+不親切

という意識が1週間ぐらいギリシャを旅して私に植え付けられているのでとても利く気になれない。

うーんこのままのっていて駅の目の前を通るのかなー、
あ、駅だってわかるような規模の駅なのかなー。

ダメだ!
そもそもどれぐらいの距離があり何分ぐらいのるのかすらわかっていない、
絶対たどり着かない可能性のほうが高い!

バスのって5分ぐらいでちょうど地下鉄駅が見えたのであわてて降りる。

すぐ終わる予定だった移動手段の確保ははじめて1時間半たっているのにまだおわってない、
しかも今日はアテネの半日観光もする予定。

ついでにすぐ鉄道のチケットかって戻って洗濯物を干すつもりだったのでいまだに洗濯物は洗剤の中につけ置き中。

明日移動するのならこれもやらなければいけないし、めちゃいそがしい。

ちょっとパニックになりながら、
どうしよう?どうしよう?
と考えて、
最悪明日もアテネに泊まればいいということで、
やはりとにかく移動手段は確保しなければいけない!

こうなってしまうと何とかするにはインフォメーションに行くしかない、
うまくすれば液が乗っているようなかなりでかい地図を持っているかもしれない。

さっそく地下鉄に乗って町の中心にでてインフォメーションにいく、
ここのインフォメーションの人はなんか親切な女の人で、
とりあえず地図をもらう、
でもその駅はどうも書いていないみたい。

まあ聞いてみるしかないので、
パトラまでいきたいんだけどどうすればいいのかな?
というと、

パトラなら列車かバスがあるけどバスの方が便利よといわれた。
バス?そういえばそんなものもあるとガイドブックには書いてあったな。
でもバスもバスステーションまで市バスで行かなければいけないのでそれについて詳しく書かれていなかった。

バスステーションまでどうやっていくの?
というともらった地図にそのバスのバス停がのっていて私のホテルから歩いて5分ぐらいだった。

ここが始発で終点がバスターミナル、
これなら迷うこともない!

ついでにパトラへのバスのスケジュールまでくれた、
それによると列車は日に4本ぐらいなのに対して、
バスは朝から夜まで30分に1本の間隔でめちゃ出ていた。
値段はどっちが高いかよくわからないけどまあこっちの方が便利でよい。

これでなんとかパトラへの移動手段を確保することができた、
このルートとバスの本数なら前日に買う必要もないのでとりあえず移動手段はこれでおわり。

ついでにとなりに旅行会社があったので、
パトラからイタリアへの船を調べてもらうと毎日出ていて40ユーロぐらいだった。

すぐに終わるはずの予定が2時間以上かかってなんとかおわらせることができた。

もう午後1時半でどうしようかと思い、
とりあえずマクドナルドで飯を食べる、
5ユーロなのでやはり高いけどユーロが高いからしょうがない。

そしてホテルに戻って洗濯物を洗って干しておいた。

午後2時過ぎやっとアテネの観光がスタートする。





『芸術はユーロを超える!』


とりあえず向かうのは国立考古学博物館、
ホテルからなら歩いても15分ぐらいなので歩いて向かう、
今日もかなり天気がよくて歩いているとちょっと暑いぐらい。

考古学博物館について中に入りチケット売り場で学生証を見せる、
どこから来たの?といわれたら

スペイン!

と答えてやろうと思っていたのに、
かなりよく学生証をみられたのでさすがに東京藝術大学と書いてあるのにそれは無理、
そもそも聞かれることもなく学割はダメで普通のチケットを買って中に入る。

なかはアテネやエーゲ海の島などで発掘されたものがいろいろおいてあり、
彫刻と陶器が中心だった。

結構広くて見るところもいっぱいあってぐるっとまわるだけで1時間半ぐらいかかってしまった。





国立考古学博物館







なんか綺麗な絵の描かれた壺がいっぱい






メデューサを倒した人の像らしい
本当は手にメデューサの首があったとか


ようやく博物館を出て今度はアクロポリスの丘を目指す、
ここはアテネ観光のハイライトとも言うべきパルテノン神殿があるところ。

また歩いていったので結構遠くて30分ぐらいかかってやっと丘にたどり着く。
ここまでくると結構観光客がいっぱいいて日本のツアーの人もいた。

そしてここで最も重要なのがいかに学割を効かせるかということ。
なにせアクロポリスの丘は入るのに15ユーロもかかる。

EUの学生ならただなのに、
普通の学生だとそのまま15ユーロ払わなければいけない。

なんとしてもEUの学生ということで通り過ぎなければ!

チケット売り場に行くと若い美人のお姉さんとかなり年をとったおじいちゃんが売っていた。
いつもなら迷わず美人のお姉さんに直行だけどもちろん今回は違います!

美人のお姉さんの方は誰も並んでいなくておじいちゃんの方はちょうど買っている人がいるにもかかわらず、

おじいちゃんにまっしぐら!

だっておじいちゃんなら目が悪くて国際学生書見せたときに読めないだろうから、
どこから来たの?
と聞いてきてくれるはず、
そこですかさず

スペイン!

と答えればもはやもらったもの。

私の番になり学生なんだけどといって国際学生証をチラッと見せる、
できるだけ短時間で見せてしまおうと思ったら、

おじいちゃんとは思えないすばやい手さばきで、
ガラス越しのお金を渡す小さい隙間から手が伸びてきて私の学生証を奪い去る。

私の学生証はできるだけ見せなくてもすむように財布の中の免許証などを入れる透明のカバーのところに入れている、
なのでまさかサイフごともっていかれるとは思っていなくかなりびっくり。
おじいちゃんの動きのすばやさにはもっとびっくりだけどね。

財布を持っていかれて国際学生証をめちゃ見てる、
いくら目が悪くてもあれならどこの大学かわかる、
それどころかなんかとなりの美人のお姉ちゃんにも見せて話をしている。

あかん、これはもう無理や、
15ユーロ払って!といわれるのは時間の問題。

15ユーロならそのサイフの中に入ってるから勝手に持っていってよ・・・

おじいちゃんは1分ぐらいお姉ちゃんと話をして、
サイフを返してきて、

君はどこで勉強しているの?
と聞いてきた。

本来なら

ジョ エステュディアンテ スパニョール
(スペインで勉強していますというスペイン語)

とでもいってやるところだったのに、
これはもう無理なので
日本
と答える。

すると日本のどこの大学だ?
とさらに聞いてくる。

なんで大学とかが関係ある?
日本に興味持っているのか?
しょうがないのでTokyo art Univ.(東京藝術大学)とこたえる。

すると
artか?
ときかれた。

だってそう書いてあるじゃんと思ったけど、
artだ
と答えると、
またお姉ちゃんと30秒ぐらい話をして、

この学生証を入口の係りの人に見せれば入れる
といってきた。

えっ?
それはフリーってこと?
でもフリーならフリーの券をくれればいいんじゃないの?

まあとにかくただになるかもしれないのだからいくだけいってみようと入口に行く、
係りの人に学生証を見せるとなんかまたすごく見てる。

そしてどこから来たんだ?
と聞かれて日本と答えると、

何を学んでいるんだ?
と聞かれる。

何を学んでいる?
残念ながら私の英語に芸術に関する単語は一切ない、
彫刻とか油絵とか英語でなんていうのだろう?
さっぱりわからないので

art!

と答えると・・・

通ってよし!

えーーー、本当に?
ラッキー!

どうもartを学んでいるとただになるみたい、
でもそれならチケットを売るところにそういう風に書いてあってもいいはずなのに一切そんなことは書いていない、なんでOKなのだろうか?

そもそもこの偽者の学生証を作るときに東京大学でもよかったのに、
あえて東京藝術大学にしたのは、
フランスの美術館は大学名にartの文字がはいっている芸術系の大学だとただでいくらでも入れると聞いたから、
まさかそれがギリシャでも役に立つとは、しかも12ユーロもただ!






『パルテノン神殿』

喜んで中に入ってパルテノン神殿を目指す、
途中で劇場とかあったけどなんかかなり修復されている。
イスの部分がすべて綺麗に修復されていて逆にそれはそれで異様な光景、
直しすぎはよくないんじゃないのか?





直しすぎてしまった円形劇場


丘をあがっていくとパルテノン神殿があった、
パルテノン神殿は旅行であった人から聞くと思っていたよりもすごく小さくてあんまりたいしたことないといわれていたけど、
実物を見るとかなり大きくて全然すごい。

紀元前400年ごろにこんなでかい石造建築物をたてるなんてギリシャ人はすごいね、
しかもそれが崩れてなくならないで残っているなんてよっぽど地震とかないんだろうなー。





パルテノン神殿



かなり良い感じでしばらくいろいろな角度から見てまわる、
唯一ダメなのは修復工事をしているみたいであちこちに足場があってそれが雰囲気をかなりダメにしている、
まさかとは思うけどギリシャ人ここも先の円形劇場みたいに完全修復を目指しているんじゃないだろうなー、
この昔の状態が崩れても残っているのがいいのに完全に直したらそれはただのレプリカと同じだぞ!

ギリシャ人ならもしかしたらやるかも・・・
危うしパルテノン神殿!

ここからはアテネの町も一望できて、
アテネの町は基本的に平坦なのでかなりとおくまで見渡すことができた、
それなりに都会ともいえるんだけど日本のように高いビルがさっぱり建っていないのでやっぱりそんなに都会でもないかな。





アテネの町







『過ぎたるは及ばざるが如し』


アクロポリスの丘を出て少し降りたところに古代アゴラというまた別の遺跡があった、
通り道だしせっかくなら入っていこうかなと中に入ってチケット売り場で学生証をみせる。

どこから来たの?
と聞かれたので、
もう日本とは答えずに

東京芸術!大学

と答えると、

2ユーロ
とあっさりいわれた。

えっ?

artだよ?
というけど

だからなんだ?
EUの学生じゃなければ学割は4ユーロ半額の2ユーロ。
といわれた。

ちょっとまってよ!
アクロポリスの丘はただでは入れたよ?
というと、

それはアクロポリスの丘のチケット売り場の人が間違えただけ、
はいるなら2ユーロいる、
といわれた。

別にそこまで興味なかったのでまあそれならいいやといって出る、
うーんやっぱりartではだめなのかな?
なんかよくわからん。

歩いていくと少し行ったら別の入口があった、
せっかくだから疑惑を検証してみようとまた学生証を見せる。

どこから来た?
と聞かれて
日本と答えると

チケット売りのおじさん少し悩んでから、
普通にEUの学生用のただのチケットをくれた。

artだからOKだったのだろうか?
アテネのチケット売り場全然統一されていなくてさっぱりわからない。

まあとにかくおかげでただでは入れたので中を見てまわる。
ここの一番の目玉はギリシャの遺跡の中で完全に修復された唯一の遺跡「アタロスの柱廊」。

さっそくみにいってみる。

うーん、これがアタロスの柱廊か・・・





アタロスの柱廊、綺麗に修復されています






なかも新築並みに綺麗です



これはどうみてもただのレプリカにしか見えん!

完全修復しすぎだろこれは!
あまりにも綺麗になっていてつい最近作ったみたいな感じ。
それじゃ遺跡の意味ないんじゃないのかなー、ギリシャ人。

ある程度修復するのは崩れすぎていては何にもわからないからいいと思うけど、
完全に修復しちゃダメでしょ。

ここまでやるなら別のところにレプリカとして新しく建ててよ、
これはもう遺跡とはいえないでしょ。

まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」
そして「覆水盆にかえらず」
もはや逆に前の崩れた形に戻すのも無理だろうし、
これは完全な遺跡破壊行為だね。

ギリシャ人以外といやもともと感じていたけど馬鹿なのかな?
愛想悪いし、態度も悪いし、ダメダメだね。

この遺跡の中は小さい博物館になっていて空調とかきいていて本当になにやってるんだギリシャ人?というものだった。

でてここのもう1つの見所であるヘファイストス神殿にいく、
ここはパルテノン神殿のような形で規模は小さいけど完全に近い形で残っている遺跡。

さすがにギリシャ人もこれには手をつけていなくてなかなか良い感じで残っていた。
(でも耐震対策とかで一部補強はしてあったけどね、まあそれは必要だろう)

ここからはアクロポリスの丘とパルテノン神殿を見ることができてなかなか良い景色だった。
あのパルテノン神殿がアタロスの柱廊の二の舞にならないことを願いながら見ておいた。





真ん中の丘がアクロポリスの丘、小さくパルテノン神殿も見える







『足の筋肉マッチョ化』

もう夕方で日もくれ始めたのであとは町をブラブラする、
この遺跡のあたりはカフェとかがいっぱいあり、
地元の学生みたいな人たちや旅行者がオープンテラスで話しをしたりゲームをしたりしていて満席に近い状況だった。

ガイドブックにのっていた一番の繁華街というところへ歩いていってみる、
道の両脇はお土産などの店が並んでいてなかなかよい雰囲気、
旅行者も結構歩いていた。

でもガイドブックにのっている繁華街というところが近づくにつれてどんどん人も少なく、店も少なくなりさびしくなってくる。

そして繁華街に着いたら人もかなりまばら、
店は軒並み閉まっている、というかそもそも店自体が少ない、
どうみて繁華街ではないところだった。

また嘘つきやがったか、
本当に嘘多いよなー

「地球の歩き方」!

せめてそれぐらいは調べられないものなのか?
まあこれぐらいの嘘ならまだたいした被害ではないからいいけどね、
結構肝心なところでも嘘つくからそういうときはかなり困る。

南米でこりてもとからあんまり信用していないけど、
そこしかないというところが嘘だとどうにもならん。

もう日も暮れたし歩きつかれてきたのでホテルに戻ることにする、
すぐシンタグマ広場というアテネの中心地みたいなところについて、
そこからさらに歩いてホテルを目指す。

このあたりは歩行者天国になっていてちょうど仕事終わりの時間で人がすごくいっぱい歩いていた、
まわりは店がいっぱいだけど旅行者にはさっぱり関係ないファッションとかの店ばかりなのでほとんど見ることなく通り過ぎる。

ホテルの近くまで30分ぐらいかけて歩いて戻って、
近くでレストランを探す。

アテネはレストランの数がかなり少ないようで、
戻ってくる途中でも探していたけど全然なかった。

でもやっといくつかレストランが集まっているところがあってみてみたけど、これが結構高い。
うーん、たいしたものじゃないのにこんなに高いとなー。

ついつい近くにマクドナルドがあって安さに引かれて入ってしまった。
これで2食連続マクドナルド、まあヨーロッパを旅していれば物価高いからそんなこともあるでしょう。

たべてホテルに戻るともう8時過ぎだった。

あとは日記を書いたりシャワーを浴びたりしてまったりする。

午前11時からひたすら9時間ぐらい歩き回っていたことになる、
旅行中は結構こういうことが多い、
南米でも町を歩いているときはだいたいこんな感じだった、
そりゃ9時間も歩いてればやせるよねー。

最近やたらバックパックが軽く感じられるんだけど、
そりゃ足の筋肉もモリモリついちゃうよねー。

ちょっとマッチョ化しつつある気がする・・・

本日の会計 33.7E (4,711円)

通算 110,621円(1日平均5,028円)

だんだん1日平均が上がってきた・・・・

投稿者 nabe : 17:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月19日

クレタ島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その8

旅行21日目「クレタ島(ギリシャ)」


『クレタ島に客引きは・・・』

10月18日
午後5時、サントリーニ島から高速船フライングキャットにてクレタ島へとむかう。

船は予定通り午後7時半にクレタ島にたどり着く、
さすがにこの時間ではもう日が暮れていて真っ暗。

これは急いでホテルの客引きを捕まえないとこんな時間にウロウロしていられない。

いつもどおりに船から大急ぎで下りて客引きを探す、
でもそれらしき人がさっぱり見当たらない。
ここの港かなり大きくてとてもそんなものが繰るような雰囲気でもない、
いっぱいいるのは他の島ではさっぱりいないタクシーの運転手ばかり。

まあこの島は今までの島とは全然規模が違って数十倍はあり、標高2000mぐらいの山もあるようなかなり大きい島。

いろいろなところから船がやってきてはでていく、
なのでいちいち客引きなんかしてられん、自分できな!
というような感じになるみたいだねー。

まあいないものはしょうがない、
とりあえず中心街へ行けばそこの地図はガイドブックにのっているのでそこからはホテルとかもわかる。

たぶん欧米人が持っているあの無駄に分厚いギリシャのガイドブックならいくらでものっているだろう、
だからあいつらについていけば中心街へと導いてくれる。

と思ったのに、
もともとサントリーニ島で港へ行く市バスに15人ぐらいしか乗っていなかったのに、
そのあと300人ぐらいどこからともなくやってきた、
だからその300人ぐらいはまたバスとかでどこかへとそのまま散っていった。

タクシーつかうわけにもいかないので、
その辺にいた港の係りの人に中心街どこ?
ときくと歩いて15分ぐらいということだったのでいわれた方向に歩いていく。
(船から下りて歩いている人はほとんどいなかった)

この時間に歩いても危ないということは全然なくて普通に歩ける、
まあ世の中の町でこの時間にまともに歩けないところの方が少ないと思うけど。

とりあえずガイドブックにのっているホテルで安いのはユースホステルぐらいしかなかったのでそこへ向かう。

はいってベットあるか聞くともちろんあって10ユーロだった、
シングルはあるのか聞くとドミトリーを1人で使うなら13ユーロといわれた。

それならそっちの方がいいのでとりあえず部屋を見せてもらう、
すると8人ドミトリーでかなり広い部屋。

でもよく考えるとドミトリーで10ユーロでこの部屋を1人で13ユーロは安すぎる、31ユーロと効き間違えたかな?

おりていって聞くと13ユーロだったのでそれなら安いからここに泊まることにする。
たぶん空いているから安くとめてくれるのだろう、
でも他の旅行者は8人部屋にしかも男女相部屋で5人ぐらい泊まっていた。
そんなにお金ないのだろうか?

とりあえず早速町を歩いてみる、
さすがでかい島でしかもその中でも一番大きいイラクリオンという町、いままでののどかな島の感じとは全然違ってかなり都会、車もいっぱい走っていて渋滞すら起こっている。

適当に町をぶらぶらして夕食を食べて戻る、
あとは日記を書いたりして明日の準備をして寝る。

『ミノタウロス狩り』

10月19日
朝9時に起きて出る準備をする、
とりあえず荷物はそのままでアテネへむかう船を探す、
旅行代理店に入って聞くと毎日夜8時半と9時にそれぞれ別の会社が運行しているらしい、値段は8時半の方が6ユーロ安く、つく時間は朝5時とどちらも変わらないのでこっちにしておいた。

すぐに部屋に戻って荷物をまとめてチェックアウトをする、
なんかここは午後6時以降荷物を預けるのには2ユーロ別に必要だった、普通ただなのに珍しい。


クレタ島のメインの観光地はクノッソス宮殿、
ここはかつて4000年ぐらい前にクレタ島文明の中心地だったところでかなり高度な文明を築いていたけど、
3500年ぐらい前に地震の被害で地下に埋もれて消えてしまった文明。

そのなかでも怪獣ミノタウロスを迷路のように作ったこのクノッソス宮殿にはなって封印したという伝説が残るようなところ。

これはミノタウロスを退治しに行かなければ!

ということでさっそくクノッソス宮殿に行く、
さすがクレタ島一の観光名所だけあってかなり人が多い。

入り口で南米産の偽者だけど本物の学生証をみせると6ユーロが3ユーロになった、
この学生証のおかげでいろいろなところで安く済んでいる。

中に入ると思ったよりもかなり小さい遺跡、
崩れた3階建ての建物とかもありかなり高度な文明であったことはわかるけど、
ミノタウロスこんなところでは閉じ込められないでしょう、猫だって5分で逃げ出せるぞ。

ミノタウロスは頭が牛だから馬鹿なのかな?
それにしてもこれでは、伝説を作るにしても無理がありすぎのような・・・

まあ遺跡自体はいろいろあってそれなりによく、
4000年前にあまりにも高度な文明なのでここがあのアトランティスではないかといわれるぐらいだなーというのもうなずけるぐらいだった。





クノッソス宮殿全景

この規模ではミノタウロスを閉じ込めるのは・・・






クノッソス宮殿、地下があったりして建物はなかなか大きい



2時間ぐらい見てまた町に戻って今度は考古学博物館に行く、
ここも学割が効いて半額になった。
でもなんかいろいろおいてあってミノタウロスの仮面みたいなのもあった、
いろいろ見てまわって1時間ぐらいででる。





ミノタウロス?
ただの牛の模型?






ミノタウロスの斧?
人が扱うにはかなりでかい






蛇を持つ女の像
よくわからないけど有名らしいです、みんな写真とってた。
でも実はすごく小さく手のひらサイズぐらい



あとはやることなくて船の時間まで町をぶらぶらしたりしてすごす、
そして船の出発の1時間半前ぐらいに船へと向かう。

『アテネへの夜行フェリー』

今日は久しぶりの夜行フェリーなのでデッキ(一番安いクラス)は完全に自由席なのでよい席の確保が非常に重要。

どうせもうやることないのでできるだけ早く行ってよい場所をとった方がいい。

港はサントリーニ島から来たのと同じところ、
私の船は28ユーロでちょっと高い34ユーロの船はやっぱり高いだけあって向こうの方がかなりよさそうな船。
まあボロくても別にのって寝ていればつくんだから関係ない。





今回のフェリー
なんか聞いたことない会社


船に乗り込んで上がっていきとりあえずラウンジを見る、
すごく小さくてソファーもかなり少ない、
寝るなら基本的にはここしかないのにこれではかなりつらい。

それならイスのところへ行ってみるかなといくけどかなり奥の方でこれまたそんなに数は多くない。

その代わりにキャビンはやたら多くて船のほとんどの部分を占めている、
これはもう選択の余地がない、
ということでさっそくラウンジに行く、
どの船もラウンジは一応バーみたいになっていてメニューとかもおいてある、
ほとんどの人はコーヒーとかを頼んで座っているけど、
そこは日本人バックパッカー、

1人なのにでかいソファーに注文なしで座る!

まあ他にも同じようなことやっている人もごく少数ながらいるから。

ねれるようなソファーは全部で10個ぐらいしかなくてそのほとんどがまだ1時間前なのにキープされていた、皆さん考えることは同じ。

私が何とか確保したソファーはテレビが置いてあるところのすぐでちょっとうるさい、
でも他に足を伸ばしてしっかり横になって寝れるところもないのでしょうがない。

あとからだんだん人が増えてきたけど以前にのったロドス島からシロス島への夜行フェリーに比べると人の数はかなり少ない。
まあ皆さんキャビンをちゃんととってそこで寝るのかもしれないけどね。

21時船はしっかり30分遅れて出航する、
本当ならもう1つのアテネ行きの船も出る時間だけどそっちもしっかり遅れているので問題ない。

1時間ぐらいは起きていたけど、
明日は朝も早くつくことだしさっさと寝ることにする、
前もそうだったけどギリシャ人はおとなしい?のかせっかくソファーをキープしているのにおおっぴらに横になって寝る人はすごく少ない、
小さく体を丸めて寝たりソファーなのに座りながら寝たりする、
すごく混んでるならしょうがないけど人もそこまで多くないのに何でだろう。

私は外国人なのにさっぱりお構いなしでむしろ率先して横になってやる。
テレビのすぐそばなので見ている人とかもいるけどお構いなし、
バックパッカーもそろそろ1年近くになるので人目が気にならなくもなります。

1時間ぐらい寝て一度起きてちょっと体勢を変えようと一瞬体を起こしたらそこへおばちゃんがいきなり入ってくる。

ちょっとまってよおばちゃん、
ここは無理でしょ、本当に1人分のスペースしかないよ、
私が寝ているすぐ横に座られてもー、これはこまったなー。

と思っていたけど、よく考えたらこのおばちゃん私の後ろのソファーに座っていなかったっけ?
振り返るとそのソファーがしっかり空いている、
そっちは私が一番寝たかったところでテレビからも離れるから静かになるしよいところ、
どうもおばちゃんはテレビが見たくてこっちに来たみたいなので、
それなら私も移動させてもらってさらによい席をゲット!

そしてさらに1時間ぐらい寝ているとなぜかその先にいた家族もどこかへ行ったしまう、
なんでキープしたソファーをわざわざ開けるのだろう?

まあそれならテレビからさらに離れるのでそっちへ移動させてもらおう、
ここは私の中ではこのラウンジでも一番よいソファー、
あとは喫煙だったり、寝にくかったりと変なところばかり。
というかこの席ならキャビンと全然変わらない、
ソファー長いからもしかしたらキャビンより快適かもというぐらい。

ちょうど日付が変わったぐらいだったので、
これはよいと本格的に寝る。
さすがいい席だけあってめちゃ熟睡できた。

なんか陸(バス)海(船)空(飛行機)すべての乗り物で寝ることにすごく慣れたなー、
いよいよ本格的なバックパッカーになってきたかな。






ラウンジ
ここでのイス(ソファー)取りゲームが夜行フェリーの快適さを左右する






ギリシャ人の寝方はこんな感じ
なんで広く使えるのにわざわざコーナーで丸まって寝るのだろう?






私の今日のベット
この船のソファーの中では最高の位置
ギリシャ人を気にしないでめちゃ広く使って寝てやる



投稿者 nabe : 20:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月17日

サントリーニ島(ギリシャ)


ヨーロッパ日記 その7

旅行19日目「サントリーニ島(ギリシャ)」


『サントリーニ島の集団客引き』

10月17日
朝8時半に起きて出る準備をする、
9時15分にこのホテルの人が迎えに来てくれて港まで送ってくれるはずだったんだけどその時間になってもさっぱり来ない。

まあ歩いても15分ぐらいで付くからギリギリまでまって9時半にさすがにこれは無理だなと部屋を出たらちょうど迎えに来た。

5分ぐらいで付いて港で待つ、今日はサントリーニ島に行く予定だけどこの次期はもう直行の船は運航していなくて、
まずパロス島へ行き、ここで船を乗り換えてナクソス島、イオス島を経由してサントリーニ島にたどり着く。

港で待っていると結構人がいた、
みなさんサントリーニ島に行くのだろうか?
100人ぐらい入る。

9時50分に船が来て乗り込む、
この船はおりる人はあんまりいなかった。

1時間ぐらいでパロス島につく、
この船はここで終点なのでみんな降りる、
次の船もここから出るのでとりあえずベンチに座って待つ。

乗っていた人は半分ぐらいはパロス島に滞在、もしくは住民のようでのこりが私と同じように船を待つ人たち。
今日は曇っていて風もあるので少し寒いぐらい、
ジャンパーを出してきておく。

このエーゲ海に入ってからやたらと中国人の観光客が多い、
個人もそうだし、団体でも結構いて日本人よりは全然多い。

なんで中国人こんなにエーゲ海に出没するの?
確かに今は中国人の旅行者も増えてきているけど、
全体としてはそんなに多い数でもない、それなのにこんなにいるなんてなにかあるのだろうか?

11:50に船が着て乗り込む、
中はかなりの人が乗っていてめちゃ混んでいる、
あきらかにみんな旅行者で大きいトランクやバックパックを持っている、
こんなにいっぱいの人がサントリーニ島にいくのか!

ついにホテル争奪戦争が勃発するのか・・・

と思ったら次の停泊地のナクソス島で2/3ぐらいの人が降りていった。
この島にそんなに見所があるのだろうか?
私のガイドブックには何の情報もないのでさっぱりわからない。
まあおかげで人が減ってよかったよかった。
次のイオス島では少し降りたぐらいであんまり変わらなかった。

そして15:20に少し遅れてサントリーニ島につく、
急いで降りてホテルをゲットしなければ!
大急ぎで降りておりれるようになるのをまってハッチが開くと同時にダッシュ!

でも出て歩いていくけど、
ほっといても向こうからやってくるはずのホテルの客引きが来ない。

はて?これはどうなっているのかな?
もしかしてサントリーニ島のシーズンはもう終わってるからホテルの客引きも来ないのか!

よりによってここでか・・・、
というのもここはミコノス島と違って船が着くのが中心地からバスで20分ぐらい走ったところにつく、
なのでホテルの客引きについていけばそこの車で連れて行ってくれるけど、そうじゃなければ自分でバスでいってそこから歩いてホテルを探すことになる。

まいったなー、いよいよユースホステルデビューかな、
と思ってバスを探すためにきょろきょろしていると、
港を出てすぐ左にプラカードとかを持って手招きしている人たちがすごくいる、
なんかかなり狭いところにぎゅうぎゅうになってしきりにこっちへ来い!こっちへ来い!みたいな手招きをしている。

逆に怖くて近づけないよ・・・

でもそうも言ってられないので近づいていって、
聞いてみるとやはりホテルの勧誘だった。
ここはどうも協定か何かでこの狭いブースの中からでて勧誘することを禁止しているみたい、
それにしてもせますぎないか?そんなにすごい密度では客も怖がるよ。

値段はやはり格安の1泊20ユーロ、
でもこれだけ勧誘がいておそらくホテル決めていないで来ている人はわずかだろうからもっと値切れるのでは?
と思って15ユーロにしてといったらあっさりなった。
場所はサントリーニ島の中心の町フィラにありセンターまで徒歩5分。

これならいいのでこの客引きのところにする、
とりあえずバンにつれいてかれてまだ客引きするので少し待っていてといわれる。
10分ぐらいするとなんか中国人の若いカップル2組を連れてきた。






『中国人バックーパッカーの謎』

中国人のバックパッカーってなんなんだろう?
中国人で海外旅行をこの20歳ぐらいの若さでできるなんて、
家が相当お金持ちか高級官僚の子供ぐらい、
でもそれだと逆にバックパッカーなんてしなくても普通にホテルに泊まっていけばいい、
たしかに留学とかでその間に旅行をするという考えもあるけど、
9月から新学期が始まるヨーロッパで10月に旅行しているのはおかしい。

中国人バックパッカーは本当に謎だ。

ちなみにこれに対して韓国人のバックパッカー、
今はすごく多くて日本人並か季節によっては日本人より多いぐらい。
でも韓国人のバックパッカーは別に何もおかしくなくて、
留学でその間に来ているか、
徴兵制度があるのでその兵役が終わったあとに旅行をするというのが結構普通にあるみたい。(イスラエルもそんな感じで多い)

なので韓国人のバックパッカーはまさに今は増加の一途をたどっている、
韓国は小さいから国際化しないとやっていけないから英語も結構話せるしね。

一昔前は東洋人=日本人という考えしかなかった世界中の国々だけど、
今は東洋人=日本人、韓国人、中国人というように3つ聞いていくることが多い。
まだ日本人?と始めに聞いてくるけど、近いうちに韓国人になるのかなー、
そしてそのうち中国人になるのだろう。

私とこの4人を乗せてバンはホテルへと向かう、
なんちゃって英語しか話せない私は中国人めちゃ英語はなせたらどうしよう?
ちょっとういちゃうねー、まあいいけど。

などと思っていたけど、
やっぱり同じ漢字を使う中国人、
私と同じようなレベルだった。

なにせ中国、日本語と英語では言語のプログラム自体がさっぱり違うからね、
そりゃ話せなくて当然ですよ!
(というように割り切って最近は話せなくても全然お構いなしで旅行しているし、話しかける、まあ変わりになんちゃってスペイン語はなせるしね)

20分ぐらいでホテルに着いたけどまわり閑散としていてなにもない、
とりあえず部屋を見せてもらうとバストイレつきのツインでかなり広くて綺麗だった。
これで15ユーロなら安いのでここにする。

何泊するのか聞かれてこの次の船の予定によって変わる、
明後日の船があったら2泊と言っておいた。

ここは結構快適そうだからゆっくり2泊したいところだ。






『フィラの町を捜索』

もう16:00を過ぎているので急いで次のクレタ島への船の便を調べに行く、
ちかくの旅行会社を教えてもらっていくけど、
ギリシャはシエスタというものがあり、
昼間の14:00ぐらいから17:00ぐらいまで店を閉めて休む、
そのかわりに夜は20:00ぐらいまでやっている、
ちょうどその時間帯であいていなかった。

しょうがないのでインフォメーションに行って聞こうと思ったけど、
自分がどこに入るのかさっぱりわからない、
私の地図にはこの場所のっていない、
おかしい徒歩5分でセンターだといっていたのに・・・。

まったくわからなくてちょうど警察署があったのでそこに入って聞いてみる、
始めに聞いた人は英語さっぱり理解しなかった。

でもフィラ!セントロ!インフォメーション!
といってるんだからそこにいきたいことぐらいわかるだろうに、
こいつ全然やるきない、むかつくギリシャ人!

するとなんか別の人が奥からちょうどできて相手をしてくれた。
それによるとセントロまでは1000mぐらいあるとのことだった。
めちゃ遠い・・・

でてさてこれは困ったなーと思っていたら、
ちょうどホテルのおじさんがバンに乗って道を通っていくので、
それをとめて

センターどこだよ!
センターに連れて行け!

といって無理やり乗って連れて行かせる。
すると本当に1000mぐらいあってしかもそこがフィラの町の境界、
センターまではさらにあって車で5分ぐらいかかってやっとたどりつく。

おやじ、全然徒歩5分じゃないじゃないか!
と思ったけど、まあ安いんだし、あの状態でホテルの正確な位置までチェックするのは無理、
運が悪かったということであきらめる。

インフォメーションにいこうかと思ったらオフシーズンで閉まっていた。

しょうがないのでその辺の旅行代理店でも船のチケットを扱っていたのでそこに行く、
そして聞くと明日はあるけど明後日はない、その次の日はあるとのことだった。
この時期でもまだ週5便ぐらい出ているけどちょうどそのない日が明後日になってしまった。

サントリーニ島は見所さっぱりなさそうだし、さすがに3日もいるのは無駄なので明日のチケットを買っておいた。

そしてフィラの町を少しぶらぶらするけど、
ここはミコノス島と違ってそんなに規模は大きくなくこのあたりにだけちょっと店が集まっているぐらい、
そのかわりに観光客はここに集中するのでそれなりにいた。
とはいえ別にたいしたものがあるわけでもなく、
もう日もくれ始めていたのでホテルに戻ることにする。

歩いて戻ると結構な距離があった、
途中のスーパーでちょっと食材をかってもどって部屋でまったりする。

夜は今日しかないので7時半ぐらいにでてまた町へと歩いていく、
片道25分はやはり遠い。

夜はちょっと寒くてジャンパーがいるぐらいだった、
夜の町も特に代わり映えもなくなんかぱっとしなかった。

歩いているとレストランの呼び込みにつかまって、
グラタンのパスタみたいなのがおいしそうで、
そろそろいつも同じものを食べていて飽きてきたので食べることにする。
これはかなりおいしくて良い感じだった。

そしてやることなくなってホテルに戻ってあとはゆっくりするだけ、
明日もそんなにやることないので午前1時ぐらいまでおきていて寝る。






『サントリーニ島観光』

10月18日
サントリーニ島2日目

朝は8時半ぐらいにおきて出る準備をする、
今日出るから荷物預かってといおうと思ったけど、
ここはホテルというよりはペンションみたいな感じで管理人みたいな人もいなくて、
誰にも言うことができない。

まあ荷物出してその辺においておけばいいだろうと、
勝手にイスにおいて町へと向かう。

フィラにあるバスステーションでアクロティリ行きのバスに乗り、30分ぐらいでアクロティリにつく。

このアクロティリには古代の遺跡があり、
この後に行くクレタ島の文明などと密接な関係があり保存状態もよくて考古学史上でも重要なところらしい。

サントリーニ島にわざわざ来たのはこのためなので、
期待に胸をふくらませていったけど閉まってた。

他にも4人ぐらい一緒のバスで来ていてみなさんがっかり、
閉まってるなら閉まってるでバスターミナルにでも書いておけばいいのに!
この次の帰りのバスは1時間後・・・。

何にもないのでしょうがないから海でも眺めながら日記を書く、
すると悪いことに雨が降ってくる。
本降りになる前にバスが来たのでのったけどバスに乗っていると大振りになっていた。

フィラの町に戻ってとりあえずバスステーションで雨がやむのを待つ、
本当はこのあと景色のよいところへまたバスでいこうと思っていたけど雨が降っているのでは意味ない、
雨は30分ぐらいでやんだけど曇っていて天気も悪いのでこのままサントリーニ島をぶらぶらする。

ここは海から断崖絶壁の上にある町、
なんだけどその町にいたら別にただの町、
海から見ればそれなりの景色なんだろうけどねー。

でも歩いていくとそれなりに見晴らしがいいところについてそこで写真を撮っておいた。





フィラの町並み
絵ハガキだともっと綺麗に飛行機からとっているけど普通にとるならこれが限界






今日も青いエーゲ海


あとオールドポートという昔つかっていた港がこの断崖の下にあり、
階段かロープウェイでいける、
一応途中まで降りていってみたけど下まで降りても何があるわけでもないし、
あきらかに景色はさっぱり見えなさそうなのでやめて引き返した。

あとここはドンキー(ロバ)でも階段を上り下りできる、
シーズン中はすごい人なのでそれぐらいいるのかもしれないけど、

ドンキー300頭ぐらいいる!

しかもほとんどその辺でぶらぶらしているだけ!
それだけなら別にいいんだけど、
奴らの糞が階段を埋め尽くすようになってよけて歩くの無理!

もう時期はずれなんだから牧場に戻そうよドンキー使いさん・・・





ドンキーに乗っている人も中にはいる
ドンキー階段踏み外すからかなり怖そうに見えたけどね







『バックパックの正しい背負い方講座』

あとはやることなくてただひたすらぶらぶらするだけ、
そして15時ぐらいにホテルへと戻っていって、
荷物はちゃんとおいてあったのでそれをもってそのまままた町へと引き返す。
(宿代はついたその日に払っておきました、踏み倒したんじゃないです)

本当はここから10分ぐらい上がったところもバスが通るとホテルのおじさんは行っていたけど、
もし通らなかったりスルーされたら大変、
なにせこのバスは船の時間に合わせてのみそれぞれ1便運行されるだけ、
今回の移動も30ユーロと高いので乗り過ごすわけには行かない!

まあ時間も余ってるのでバスステーションまで歩く、
でもやはり荷物をもっての30分歩いたけど全然問題なし。

荷物も南米のときより多少軽量化してたぶんトータルで20kgぐらい、
そしてなによりパタゴニアの4泊5日のキャンプトレッキング中にバックパックの持ち方を会得したのが大きい。

ちなみにこれは別にたいしたことではなく、ただ腰のベルトをひたすら強く締めるだけ。
いままでもそれなりに締めていたけどそんなものではなまぬるかった。
とにかく思いっきり引っ張る、そのときに前かがみになってバックパックを上に持ち上げてやるとより強く締まるのでよい。

これを覚えるまでは南米で荷物持って歩いていたときは、
すぐに肩がいたくなってもう限界というようになっていた。

ちゃんとこのようにすれば肩が痛くなることはよほど長時間(1時間以上)持たない限りないです、
とにかく腰、バックパックは腰のベルトが命!
これが切れたらもう役立たずです。

でもいっぱい締めるのはいいけど、
なんか今の状態で残り5cmぐらいしかないんだよねー、
私は腹は少し出ているほうでこれ、もう少しやせたらきかなくなるんじゃないのか?
というか女の人のバックパッカーとかはこれじゃあ全然効かないと思うんだけどどうなっているのだろうか?

海外のメーカーだから欧米人はやたら体格いいからそれに合わせるとこんなものなのか?
ベルトを締めるとあまったところが30cmぐらいブランブラン垂れ下がるんですけど・・・






『飛ぶ猫?』

話しそれましたが、
バスステーションについてまっていると他にもバックパックを持った人などがいた、
でも10人ぐらいでそんなにいない。
バスはこれしかないからクレタ島に行く人はあんまりいないのかな?

そのままバスに乗って港へと行く、
港に着くと待合室には30人ぐらい待っていた。

でもこれだけ?
これはよっぽどいく人が少ないんだなーと思っていたら、
あとからあとからやたら人がいっぱいやってくる、
どうやら皆さんホテルの送迎、ツアーとかタクシーで来ているみたい。

やっぱりエーゲ海は貧乏パッカーが来るところではないのかな・・・

さて今日のクレタ島に行く船はなんかすごく早いらしい、
普通の船だと4時間かかるところを2時間でついてしまうというもの。

なので17時半にでると19時半にはクレタ島についてしまう。
どうせならもう少し早い時間に出てくれればいいのに。

そしてその船の名前が

フライング・キャット!

飛ぶ猫?

なんで船にそんな名前付けるんだ?
ギリシャ人のセンスおかしくないか?
せめて魚とかいるかの名前をつけておこうよ。





フライングキャット
なぜかボーダーフォンのロゴ入り


ぶつぶつ言いながら船に乗り込むと、
船の横には
Flaying Cat.
と書いてあったけど、
入り口には
Flaying Catamaran
となっていた。

カタマラン(双胴船)を略してキャットだったのか、
まあいくらなんでも飛ぶ猫はないよな・・・

一人納得して船に乗り込む、
この船は珍しく全席指定で座るところが決まっていた、
そんなに人のるのか?と思っていたけど出発の時にはほとんど満員になっていた。

クレタ島ってそんなに人気があるのか?
この船はクレタ島直通だから、ついにホテル争奪戦争が勃発するのか?
夜7時半にホテル探すの大変だからなんとしても客引きをゲットしなければ!

そんなことを考えながらサントリーニ島をあとにする、
フライングキャットは本当に飛ぶように進んでかなり早い、
でも変わりに揺れもちょっと大きかった。

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2005年10月15日

ミコノス島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その6

旅行10日目「ミコノス島(ギリシャ)」

『運命の再会?』

10月14日
前日から夜行フェリーでロドス島からシロス島へと移動、
この船はアテネまで行く船なのでアテネに朝のよい時間に付くようになっていて、
そのおかげでシロス島には午前6時に着く。

次のシロス島 → ミコノス島への移動は午前11時過ぎなので5時間待ち、
この時間はまだ日が昇っていなくてちょっと寒い。

シロス島はエーゲ海の島としてはいろんな船が経由していくので重要なところだろうけど、
なにせ私のガイドブックはヨーロッパ編、
ギリシャにいたっては20ページぐらいしかない、
欧米人がもっているロンリープラネットのギリシャ版なら、
私のヨーロッパ編1冊分ぐらいあるのでかなり詳しくのっているだろう。

それにしてもギリシャだけであの厚みとはどういうことなのだろう?
ただでさ写真とかほとんど一切なくてひたすら文字ばかりのガイドブック、
それであれだけの厚さになるんだからよっぽどいっぱい要らない情報が書いてあるのだろう。

とにかく地図も何にもないし、
そもそもこの時間では動きのとりようもない。

他にも20人ぐらい降りたけどその人たちはどこかへと消えていったので、
ここはターミナルもないので港の入り口近くのベンチでまだ寒いのでシュラフを出して
寝てやる。





野宿の場所
下が石なのでちょっと冷たい






寝ながらとった朝日



8時ぐらいになると明るくなって人も通るようになったので、
シュラフをしまってバックパックにもたれかかりながらそれでも寝る。

9時になるとどうも別のフェリーが出るようで人がまわりに集まり始めた、
これはさすがにもう寝ていられないなと起きてガイドブックを読んでいると、
女の人が声をかけてきた。

見るとそれはトルコのカッパドキアのツアーで一緒だったブラジルからポルトガルへ移住したお姉ちゃんだった。

このお姉ちゃんとはパムッカレのバスターミナルでも会った。
このときは同じトルコだし、皆さんが行くメジャールートなので別にたいしたことないと思っていたけど、
まさかエーゲ海の島のシロス島であつとは思ってもいなかった。

これはまさに運命の再会?

でもお姉ちゃん結婚してるからね。

少し話しているとフェリーが来てこの人はこれからパロス島へといくらしい、
この人のガイドブックは欧米人のメジャーなロンリープラネットだけど、なぜかヨーロッパ編。

いくらロンリープラネットでもヨーロッパ編では情報量はかなり少ない、
なにせトルコとか東欧まですべて含めたヨーロッパだからねー、
地図とか一切ないのに全然気にしないで現地で情報収集しているみたい。

まさに本物のバックパッカーといった感じ、
ちなみに私はなんちゃってなので地図がないところなんて行きません!

だって荷物重いんだもん、まずインフォメーションを探して地図をもらって、
そこからホテル探してなんてとてもとても、
そもそもバスとかではいって町の中心まで遠かったりしたら困っちゃうよ。
まあ聞けばなんとでもなるだろうけど、やっぱりめんどくさいので私には無理。





『ミコノス島のホテル争奪戦』

お姉ちゃんと別れて私はまたフェリーを待つ、
この時間になると結構暖かくなってきてTシャツでも十分過ごせる。

11時にフェリーがやってくる、
この時間になると人がそれなりに集まってきた。

フェリーはシロス島につくと結構たくさんの人がおりていった、
やっぱりシロス島は結構人が住んでいるようだ。
(旅行者っぽい人はあんまりいなかった)

そしてフェリーに乗る、
のるとデッキには人がすごいいっぱい乗っていた、
この船はアテネから来ているのでどう考えても皆さんミコノス島へまっしぐら!

ガイドブックにはこの時期は完全にオフシーズンでホテルとかも閉まっていることが多くて人もまばら、
とかかいてあったのにこの分だとこの船だけで400人ぐらいはいるぞ。

オフだからホテルとか余裕で取れると思っていたのに、
これでは旅行者の客引きの奪い合いになりかねない。

というのもミコノス島はユースホステルがない、しかもエーゲ海でも屈指の観光地なのでホテル料金が非常に高い、しかもインフォメーションもないという不毛の地。
ただ唯一幸いなのは島なので交通手段が船しかなく、
その船は定期便で1日に3つぐらいしかないためその時間に合わせてホテルの客引きがやってきてくれること。
ミコノス島では予約なしならこの客引きにすべてを頼るしかないのです!

それでもハイシーズンはホテルが満員になって大変らしい。
まあ夏ならバックパッカーはビーチで寝ろ!という感じなんだろう、
タダだし暖かいし、ちょっとキャンピング気分でいいんじゃないの?

それにしてもこの分だと1泊いくらになるんだろう?
40ユーロぐらいまでならリゾート地だからしょうがないと思うけどそれ以上はちょっとなー。

最悪はこの時期でもビーチで野良だな・・・


しかし予想外に次の停泊地のティノス島につくと2/3ぐらいの人が降りていった、
私のガイドブックにはティノス島については何も書いていないけど、
結構有名なところなのかな?ミコノス島よりもメジャーというとよっぽど何かあるのだろうか?

まあおかげでかなりフェリーは空いた、
これならホテルの客引きも奪い合いというほどにはならなさそう、
バックパッカーらしき人も少し入るけど客の大半は老年夫婦と家族連れ、
このような人たちが私とホテルの奪い合いをするようなところに泊まるとは思えない、
というかたぶん予約してきていて客引きなんか目もくれないだろう。

1時間ぐらいでミコノス島に着く、
一応客引きの奪い合いも想定して着く前から下に降りて行ってすぐに出られるようにしておく。

そして付くと同時にスタートダッシュでおりて客引きへとまっしぐら、
客引きはあちこちにいて早速声をかける。


船を下りてはじめに話を聞いた客引きがシングルで1泊20ユーロと激安だった。
ヨーロッパではドミトリーでも15ユーロぐらい取るのにミコノス島でシングル20ユーロってどんな部屋だよ、部屋の写真見せて!
といって見せてもらうと、なんかツインでしかもめちゃ広くてバストイレ付でミコノスのダウンタウンといわれた。

こいつもしかして強盗か何かか?
それとも連れて行くだけ連れて行って実は写真とは全然違うとか、
ダウンタウンから車で20分とか遥かかなたのホテルじゃねーのか?

他にも客引きいっぱいいたけど、
まあ安いし、ダメならまた別を探せばいいか
(ただしダメな場合は客引きはもう解散しているので、自分でバックパックを背負って探すことになるのでかなり大変)

ということで連れて行ってもらう。

車で中心を迂回して南の方に回る、
車を降りていくとなんかホテルじゃなくて普通に人の家だった。
普通のアパートでドアを開けて玄関があってバストイレの部屋とあとは流し台と一緒になった大きい部屋があるだけ、
でも窓も2つあるしめちゃ広いし、冷蔵庫、TVもありと20ユーロとはとても思えない部屋。





1泊20ユーロ?の部屋
広くて綺麗で快適


もしかしてこいつ20ユーロといってつれてきておいて、

いや50ユーロだよ、いやなら他に行けば?
でももう客引きいないから自分で歩いて探すことになるから大変だろうけどね。

というんじゃないのか?
とにかく不安で本当に20ユーロか?ときくとそうだといわれた。

もしや人の家を勝手に合い鍵作って貸してるんじゃないだろうなー、
もうオフシーズンだから家の人は来ないからこの人が大家で勝手に貸しているとか・・・。

まあいくら考えてもどうにかなるものじゃない、
あまりの安さに逆に不安でしょうがないけどよい部屋であることには違いないので泊まることにした。

なんかあとで部屋をよく見たらちゃんと貸しアパートの許可表示みたいなのが張ってあった、
でもそれにはハイシーズン100ユーロ、ミドルシーズン80ユーロ、ローシーズン60ユーロ(これが今)となっていた。
うーん、20ユーロとはどういうことなのだろうか・・・。

なんかホテルの説明じゃなくて部屋をみつけたいきさつがひたすら長かったけど、
ホテルじゃないのでホテルの人の対応というのはないけど、
連れてきてくれた管理人の人は親切で毎日1,2回顔を出しに来て問題ないか聞いてくれる。
帰る日にはフェリーポートまで送ってくれる。

部屋はアパートなのでかなり広い、フローリングでめちゃ綺麗、窓は2つあって明るい。
騒音は少しだけ奥に入っていてかなり静か。
シャワーは熱いお湯が24時間いつでも出る。
冷蔵庫で飲み物冷やせてテレビも見られる。

南のバスステーションからすぐなのでビーチにいこうと思えばバスに乗ってすぐ。
そしてバスステーションの周りにはレストラン、マーケット、トラベルエージェンシー、インターネットなど必要なものがすべてそろっていてそれらがすべて徒歩15秒圏内。
唯一ダウンタウンとしては南のはずれになり、メインのフェリーポート近くまでは10分ぐらい歩かなければいけないけど、
その歩く道すがらがミコノスタウンのメインの通りを歩くので店とかいっぱいあるし、ミコノスの雰囲気が味わえてよい感じ。

これで20ユーロとは本当にどうなっているのだろう?
なんかでるのかなー、人死んでるのかなー、
安くてあまりにも快適で3日泊まったけど本当に最高の宿だった。





『ミコノス島の観光』

さて宿も決まったことだし、
値段も安かったのでちょっとゆっくりするので初日は町をぶらぶらとしてみることにする、
すでに午後2時ぐらいでミコノス島は暑いぐらいでTシャツに半ズボン、サンダルという完全にリゾートスタイル。

そして町を歩いていくけどミコノス島の町はすごく入り組んでいて枝分かれもすごくてわかりにくい。

まあどうせ小さい町なのでまよっても海に出るか丘のほうに出るしかないので地図を見る必要もなく、
ぐるぐると迷いながらあるくのが当たり当たり前みたい。

私の宿は南のバスステーションのすぐなのでミコノスの町の一番南側、
ここから北へ行くとフェリーポートとかがある一番栄えているところに着く。

ミコノス島にいる間、何回も宿からそこまでいったけど、
たぶん1回も同じルートはとおっていないと思う、
歩いていていくとすぐに分岐してその数がフェリーポートに出るまでに20個ぐらいあるので、
こっち行ってみよう、あっちへとかやっているといろいろいけてなかなか面白い町。





ミコノスの町
人と人よけずにすれ違うのがやっとぐらいの道幅
そこに店がいっぱいあって雰囲気もかなり良い



とりあえずフェリーポートに出てそこで絵ハガキを探すとよさそうなものが見つかったので買う、
その絵ハガキを見てこれはどこから取っているのかと考えてそれらしき方へと歩いていってみる。

ミコノスの町はダウンタウン以外はこの時期は人もかなり少なく閉まっている家が多い、
どんどん丘をあがっていくと景色もそれに伴ってよくなっていき、
ついにベストポジションを発見!

ここからはミコノスの白い家とエーゲ海の青い海が見渡せてかなり良いポイント。
せっかくなのでと30分ぐらいまったり見ておいた。





ミコノス島の全景
まさに絶景といった感じ
ちょっと入る道はわかりにくいけどポートから一本道で来れる

ここまでこないと電線がいっぱいあっていい写真が取れない


オフシーズンが近いとはいえまだ気候も温暖でミコノスの町は観光客が結構いる、
店もまだそれなりにやっているのでギリギリシーズンオフ前ぐらい、
ホテル代は安くてミコノス島の雰囲気は味わえるのでこの時期は結構お得。

ミコノスの迷路のような町は道幅がかなり狭くてその両脇に店がぎっしりあり、
夜もかなり遅くまで営業している、バーやディスコなどもあって欧米人の観光客でまだまだにぎわっていた。

ちょうど週末でこの週で終わってしまうフェリーの便とかもあるようで、
ロドス島から予想外にミコノス島に来てしまったけど、
ミコノス島の雰囲気を味わうにはちょうどよかった。





『世界遺産ディロス島』

10月15日
ミコノス島2日目

この日はちょっと曇っていて風も強かったのでビーチに行くのをやめて、
ミコノス島からフェリーで30分ぐらいいったところにあるディロス島へといく、
ここは島が遺跡になっていて世界遺産に登録されている。

定期観光フェリーが毎日5便ぐらいありそれにのっていく、
島へと移動するのは小型船で、
今までのように大型船だとわざわざ外にでてまで見に行くというのもめんどくさくて窓から眺めるだけだったけど、
これだけ小さいならすぐなので外に出てエーゲ海を眺めてみる。

エーゲ海はとんでもない青さです、
ディープブルー、マリンブルーというのかな、
とにかく日本の海とは比べ物にならないぐらい青いです。





エーゲ海
本当に青々としてます



なんでこんなに違うのだろう?海の成分がそんなに違うのかな?

エーゲ海を堪能しながらディロス島につく、
30人ぐらい一緒に乗ってきてチケットを買って中に入る。

世界遺産
それは非常に当たりはずれが大きいところ、
何でこれが世界遺産に登録されているの?というところもあるのに、
何でこれが世界遺産に登録されていないの?というところも非常にいっぱいある。

どこのだれが決めているのかよくわからないけど、
ワイロとかで決まってるんじゃないのか?
と疑いたくなるようなぐらい当たりはずれが激しい。

まあ文化遺産とかは見た目には価値がわかりづらいからしょうがないのだろうけど、
なんかなんでもかんでも世界遺産に登録している気がする、
最近に質の低下はかなり酷い。

で、ここはというと、
ちょっといまいちというところかな。

いや歴史的に非常に価値があるらしいのでそこが世界遺産なんだろうけど、
うーん、なにせ遺跡ほとんど壊れてるからねー、
原形とどめているの少なくてほとんど石がちょっと積み重なっているだけといった感じ。





世界遺産の遺跡、このように見るとただの廃墟といった感じ






この辺りはちょっとだけ建物が残っている

でも遺跡より遠くのエーゲ海の美しさに目がいきます



まあそれなりに見所があったから、
南米で見た酷い世界遺産の数々よりはよかったけど、
期待していたよりはいまいちだった。

本当は2,3時間いるつもりだったけどいまいちなのと、
今日は風がかなり強くて寒いぐらいで船は1時間毎ぐらいにしかないので、
急ぎで1時間で回って帰ってきてしまった。
(でも遺跡見るだけなら1時間ぐらいで十分かな、
ガイドツアーだといろいろ説明があるからいろいろ見てまわるんだろうけど、
個人ではただの廃墟なのでそんなに長くいれないね)

一応ミコノス島の観光の中では1,2位を争うぐらいのところだった割にはいまいちで、
この日は風強くて天気もいまいちだったのであとはミコノスの町をぶらぶらしたりしてすごして終わった。





『スーパーパラダイスビーチ』

10月16日
ミコノス島3日目

この日はミコノス島を世界屈指のリゾート地にしているビーチを見に行く、
その名も

スーパーパラダイスビーチ

パラダイスの上にスーパーが付くなんて相当すごいところのような感じ、
そしてその名前に恥じないぐらい実際にすごい。

何がすごいってヌーディストビーチとして世界的に有名、
もともとミコノス島のビーチは基本的にヌーディストビーチらしいが、
そのなかでもスーパーパラダイスは一番そういう人たちが集まってくるらしい。

中には勘違いしている人もいるけど、
基本的にはヌードになる人はスタイルとかに自身がある人、
となればそこはまさにスーパーパラダイス!

男はどうでもいいけどそれはそれでどんなにすごい物なのか見てみるのもいいかも。

あと実はミコノス島はゲイビーチでも有名らしい、
普通のビーチなら男が2人でいたらナンパでもしにきたのかと思うぐらいだけど、
ここでみたらカップルと思った方がいいぐらいらしい。

いろんな意味で面白そうなところ、
朝は気温が少し低いのでゆっくりしていて一番気温が上がる午後2時にむけて部屋を出る。

スーパーパラダイスビーチへはまずバスに乗って別のビーチまで行き、
そこからボートで行くことになる。

バスは部屋から徒歩10秒なので出発時間だけを調べておいてぎりぎりに行く。
そしてボートが出るビーチについて、

いざスーパーパラダイスビーチへ!

と思ったんだけどなんかもうオフシーズンでボートなくなってた。
せっかくのスーパーパラダイスビーチが・・・。

とはいえまあある程度予想されていたことではあったんだけどね、
なにせ気温が上がるとはいえ28℃ぐらいで海に入るにはちょっと寒い、
しかもいまやオフシーズンでそのおかげでホテルが安いぐらいなのでそもそも人がいない。

バスに乗った時点で客がほとんど欧米人老夫婦だった時点ですでに終わってたかな。

でも一応若い人も乗っていたから万が一にもと思ったけどやっぱりダメだった。
そもそも昨日今日とやたら風が強くてTシャツでも寒いぐらいなのに水着でビーチにいるほうがおかしいよね。

一応ここのビーチにもレストランとかがあってビーチパラソルなども置いてある、
そこに少ないけど人がいて水着で肌を焼いていたりしていた、
なかには数人だけど海に入っている人もいた。

欧米人は結構寒さの感覚おかしい人多いからなー、
冬でみんなコートとかきてるのに半ズボンで歩いている奴とかいっぱいいるもんね。

まあとにかくヌードどころの騒ぎではなく、
ただのビーチどころかお姉ちゃん自体がいないのでもはやここは私の中ではビーチではない。





プラティ・ギャロスとかいうビーチ
人のいないビーチはただの砂場



とはいえ帰りのバスは1時間後なのでやることもないし、
しょうがないから私も寒さに耐えながら肌を焼くことにする。

水着は持ってきていたけどここはヌーディストビーチなのでトランクスでそのまま焼く、
敷物は日本から来るときにマレーシアエアラインで頂いた備え付けの毛布、
これは薄くてデザインはかなりダサいけど意外といろんなところで役になっていて、
ちょっと寒いときにかけたり、シーツがないところではひいてみたりと大活躍。

もともと南米旅行のときにほしいと思っていて、
南米に行くときはあわてていて頂くのを忘れて、
次に飛行機に乗ったときはガラパゴス諸島行きで近かったので毛布はなくて、
イースター島に行ったときはランチリは青地に白い星のマークでかっこいいので絶対頂こう!とおもったらなんか金属のタグが付いていて、
もしかしたら飛行機から出るときに警報なるかもしれないので頂けなかった。

やっと手に入れたけどやっぱりこれはかなり便利、
長期旅行にはぜひもって行ったほうがいい一品です。


話がそれたけど寒さに耐えながら何とか日光浴をする、
せっかくの世界屈指のリゾート地もビーチがこれだと、
ホテル安くてもあんまり意味ないとも言えるかなー、
まあ雰囲気だけでも味わえたからいいけど。

次のバスでもどってあとはまた町をぶらぶらしたりしてゆったりとすごし、
明日には移動なので船のチケットを購入する。

次の目的地はこれまたエーゲ海の中でも1,2位を争う(というところが5,6個あるのはどうなのかな?ちゃんと順位決めようよ)といわれるサントリーニ島。

距離的にはそんなに遠くないけど移動料金は30ユーロと結構高い、
まあこの時期は船がこの船だけでしかも週4便ぐらいしかないので選択の余地はなくこれをかう。

エーゲ海を旅するのにはやはりお金がかかる、
せめて宿代だけが安いのが幸いかな。

まだもう少しエーゲ海の旅が続きます。

投稿者 nabe : 20:45 | コメント (0) | トラックバック

ミコノス島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その6

旅行10日目「ミコノス島(ギリシャ)」

『運命の再会?』

10月14日
前日から夜行フェリーでロドス島からシロス島へと移動、
この船はアテネまで行く船なのでアテネに朝のよい時間に付くようになっていて、
そのおかげでシロス島には午前6時に着く。

次のシロス島 → ミコノス島への移動は午前11時過ぎなので5時間待ち、
この時間はまだ日が昇っていなくてちょっと寒い。

シロス島はエーゲ海の島としてはいろんな船が経由していくので重要なところだろうけど、
なにせ私のガイドブックはヨーロッパ編、
ギリシャにいたっては20ページぐらいしかない、
欧米人がもっているロンリープラネットのギリシャ版なら、
私のヨーロッパ編1冊分ぐらいあるのでかなり詳しくのっているだろう。

それにしてもギリシャだけであの厚みとはどういうことなのだろう?
ただでさ写真とかほとんど一切なくてひたすら文字ばかりのガイドブック、
それであれだけの厚さになるんだからよっぽどいっぱい要らない情報が書いてあるのだろう。

とにかく地図も何にもないし、
そもそもこの時間では動きのとりようもない。

他にも20人ぐらい降りたけどその人たちはどこかへと消えていったので、
ここはターミナルもないので港の入り口近くのベンチでまだ寒いのでシュラフを出して
寝てやる。





野宿の場所
下が石なのでちょっと冷たい






寝ながらとった朝日



8時ぐらいになると明るくなって人も通るようになったので、
シュラフをしまってバックパックにもたれかかりながらそれでも寝る。

9時になるとどうも別のフェリーが出るようで人がまわりに集まり始めた、
これはさすがにもう寝ていられないなと起きてガイドブックを読んでいると、
女の人が声をかけてきた。

見るとそれはトルコのカッパドキアのツアーで一緒だったブラジルからポルトガルへ移住したお姉ちゃんだった。

このお姉ちゃんとはパムッカレのバスターミナルでも会った。
このときは同じトルコだし、皆さんが行くメジャールートなので別にたいしたことないと思っていたけど、
まさかエーゲ海の島のシロス島であつとは思ってもいなかった。

これはまさに運命の再会?

でもお姉ちゃん結婚してるからね。

少し話しているとフェリーが来てこの人はこれからパロス島へといくらしい、
この人のガイドブックは欧米人のメジャーなロンリープラネットだけど、なぜかヨーロッパ編。

いくらロンリープラネットでもヨーロッパ編では情報量はかなり少ない、
なにせトルコとか東欧まですべて含めたヨーロッパだからねー、
地図とか一切ないのに全然気にしないで現地で情報収集しているみたい。

まさに本物のバックパッカーといった感じ、
ちなみに私はなんちゃってなので地図がないところなんて行きません!

だって荷物重いんだもん、まずインフォメーションを探して地図をもらって、
そこからホテル探してなんてとてもとても、
そもそもバスとかではいって町の中心まで遠かったりしたら困っちゃうよ。
まあ聞けばなんとでもなるだろうけど、やっぱりめんどくさいので私には無理。





『ミコノス島のホテル争奪戦』

お姉ちゃんと別れて私はまたフェリーを待つ、
この時間になると結構暖かくなってきてTシャツでも十分過ごせる。

11時にフェリーがやってくる、
この時間になると人がそれなりに集まってきた。

フェリーはシロス島につくと結構たくさんの人がおりていった、
やっぱりシロス島は結構人が住んでいるようだ。
(旅行者っぽい人はあんまりいなかった)

そしてフェリーに乗る、
のるとデッキには人がすごいいっぱい乗っていた、
この船はアテネから来ているのでどう考えても皆さんミコノス島へまっしぐら!

ガイドブックにはこの時期は完全にオフシーズンでホテルとかも閉まっていることが多くて人もまばら、
とかかいてあったのにこの分だとこの船だけで400人ぐらいはいるぞ。

オフだからホテルとか余裕で取れると思っていたのに、
これでは旅行者の客引きの奪い合いになりかねない。

というのもミコノス島はユースホステルがない、しかもエーゲ海でも屈指の観光地なのでホテル料金が非常に高い、しかもインフォメーションもないという不毛の地。
ただ唯一幸いなのは島なので交通手段が船しかなく、
その船は定期便で1日に3つぐらいしかないためその時間に合わせてホテルの客引きがやってきてくれること。
ミコノス島では予約なしならこの客引きにすべてを頼るしかないのです!

それでもハイシーズンはホテルが満員になって大変らしい。
まあ夏ならバックパッカーはビーチで寝ろ!という感じなんだろう、
タダだし暖かいし、ちょっとキャンピング気分でいいんじゃないの?

それにしてもこの分だと1泊いくらになるんだろう?
40ユーロぐらいまでならリゾート地だからしょうがないと思うけどそれ以上はちょっとなー。

最悪はこの時期でもビーチで野良だな・・・


しかし予想外に次の停泊地のティノス島につくと2/3ぐらいの人が降りていった、
私のガイドブックにはティノス島については何も書いていないけど、
結構有名なところなのかな?ミコノス島よりもメジャーというとよっぽど何かあるのだろうか?

まあおかげでかなりフェリーは空いた、
これならホテルの客引きも奪い合いというほどにはならなさそう、
バックパッカーらしき人も少し入るけど客の大半は老年夫婦と家族連れ、
このような人たちが私とホテルの奪い合いをするようなところに泊まるとは思えない、
というかたぶん予約してきていて客引きなんか目もくれないだろう。

1時間ぐらいでミコノス島に着く、
一応客引きの奪い合いも想定して着く前から下に降りて行ってすぐに出られるようにしておく。

そして付くと同時にスタートダッシュでおりて客引きへとまっしぐら、
客引きはあちこちにいて早速声をかける。


船を下りてはじめに話を聞いた客引きがシングルで1泊20ユーロと激安だった。
ヨーロッパではドミトリーでも15ユーロぐらい取るのにミコノス島でシングル20ユーロってどんな部屋だよ、部屋の写真見せて!
といって見せてもらうと、なんかツインでしかもめちゃ広くてバストイレ付でミコノスのダウンタウンといわれた。

こいつもしかして強盗か何かか?
それとも連れて行くだけ連れて行って実は写真とは全然違うとか、
ダウンタウンから車で20分とか遥かかなたのホテルじゃねーのか?

他にも客引きいっぱいいたけど、
まあ安いし、ダメならまた別を探せばいいか
(ただしダメな場合は客引きはもう解散しているので、自分でバックパックを背負って探すことになるのでかなり大変)

ということで連れて行ってもらう。

車で中心を迂回して南の方に回る、
車を降りていくとなんかホテルじゃなくて普通に人の家だった。
普通のアパートでドアを開けて玄関があってバストイレの部屋とあとは流し台と一緒になった大きい部屋があるだけ、
でも窓も2つあるしめちゃ広いし、冷蔵庫、TVもありと20ユーロとはとても思えない部屋。





1泊20ユーロ?の部屋
広くて綺麗で快適


もしかしてこいつ20ユーロといってつれてきておいて、

いや50ユーロだよ、いやなら他に行けば?
でももう客引きいないから自分で歩いて探すことになるから大変だろうけどね。

というんじゃないのか?
とにかく不安で本当に20ユーロか?ときくとそうだといわれた。

もしや人の家を勝手に合い鍵作って貸してるんじゃないだろうなー、
もうオフシーズンだから家の人は来ないからこの人が大家で勝手に貸しているとか・・・。

まあいくら考えてもどうにかなるものじゃない、
あまりの安さに逆に不安でしょうがないけどよい部屋であることには違いないので泊まることにした。

なんかあとで部屋をよく見たらちゃんと貸しアパートの許可表示みたいなのが張ってあった、
でもそれにはハイシーズン100ユーロ、ミドルシーズン80ユーロ、ローシーズン60ユーロ(これが今)となっていた。
うーん、20ユーロとはどういうことなのだろうか・・・。

なんかホテルの説明じゃなくて部屋をみつけたいきさつがひたすら長かったけど、
ホテルじゃないのでホテルの人の対応というのはないけど、
連れてきてくれた管理人の人は親切で毎日1,2回顔を出しに来て問題ないか聞いてくれる。
帰る日にはフェリーポートまで送ってくれる。

部屋はアパートなのでかなり広い、フローリングでめちゃ綺麗、窓は2つあって明るい。
騒音は少しだけ奥に入っていてかなり静か。
シャワーは熱いお湯が24時間いつでも出る。
冷蔵庫で飲み物冷やせてテレビも見られる。

南のバスステーションからすぐなのでビーチにいこうと思えばバスに乗ってすぐ。
そしてバスステーションの周りにはレストラン、マーケット、トラベルエージェンシー、インターネットなど必要なものがすべてそろっていてそれらがすべて徒歩15秒圏内。
唯一ダウンタウンとしては南のはずれになり、メインのフェリーポート近くまでは10分ぐらい歩かなければいけないけど、
その歩く道すがらがミコノスタウンのメインの通りを歩くので店とかいっぱいあるし、ミコノスの雰囲気が味わえてよい感じ。

これで20ユーロとは本当にどうなっているのだろう?
なんかでるのかなー、人死んでるのかなー、
安くてあまりにも快適で3日泊まったけど本当に最高の宿だった。





『ミコノス島の観光』

さて宿も決まったことだし、
値段も安かったのでちょっとゆっくりするので初日は町をぶらぶらとしてみることにする、
すでに午後2時ぐらいでミコノス島は暑いぐらいでTシャツに半ズボン、サンダルという完全にリゾートスタイル。

そして町を歩いていくけどミコノス島の町はすごく入り組んでいて枝分かれもすごくてわかりにくい。

まあどうせ小さい町なのでまよっても海に出るか丘のほうに出るしかないので地図を見る必要もなく、
ぐるぐると迷いながらあるくのが当たり当たり前みたい。

私の宿は南のバスステーションのすぐなのでミコノスの町の一番南側、
ここから北へ行くとフェリーポートとかがある一番栄えているところに着く。

ミコノス島にいる間、何回も宿からそこまでいったけど、
たぶん1回も同じルートはとおっていないと思う、
歩いていていくとすぐに分岐してその数がフェリーポートに出るまでに20個ぐらいあるので、
こっち行ってみよう、あっちへとかやっているといろいろいけてなかなか面白い町。





ミコノスの町
人と人よけずにすれ違うのがやっとぐらいの道幅
そこに店がいっぱいあって雰囲気もかなり良い



とりあえずフェリーポートに出てそこで絵ハガキを探すとよさそうなものが見つかったので買う、
その絵ハガキを見てこれはどこから取っているのかと考えてそれらしき方へと歩いていってみる。

ミコノスの町はダウンタウン以外はこの時期は人もかなり少なく閉まっている家が多い、
どんどん丘をあがっていくと景色もそれに伴ってよくなっていき、
ついにベストポジションを発見!

ここからはミコノスの白い家とエーゲ海の青い海が見渡せてかなり良いポイント。
せっかくなのでと30分ぐらいまったり見ておいた。





ミコノス島の全景
まさに絶景といった感じ
ちょっと入る道はわかりにくいけどポートから一本道で来れる

ここまでこないと電線がいっぱいあっていい写真が取れない


オフシーズンが近いとはいえまだ気候も温暖でミコノスの町は観光客が結構いる、
店もまだそれなりにやっているのでギリギリシーズンオフ前ぐらい、
ホテル代は安くてミコノス島の雰囲気は味わえるのでこの時期は結構お得。

ミコノスの迷路のような町は道幅がかなり狭くてその両脇に店がぎっしりあり、
夜もかなり遅くまで営業している、バーやディスコなどもあって欧米人の観光客でまだまだにぎわっていた。

ちょうど週末でこの週で終わってしまうフェリーの便とかもあるようで、
ロドス島から予想外にミコノス島に来てしまったけど、
ミコノス島の雰囲気を味わうにはちょうどよかった。





『世界遺産ディロス島』

10月15日
ミコノス島2日目

この日はちょっと曇っていて風も強かったのでビーチに行くのをやめて、
ミコノス島からフェリーで30分ぐらいいったところにあるディロス島へといく、
ここは島が遺跡になっていて世界遺産に登録されている。

定期観光フェリーが毎日5便ぐらいありそれにのっていく、
島へと移動するのは小型船で、
今までのように大型船だとわざわざ外にでてまで見に行くというのもめんどくさくて窓から眺めるだけだったけど、
これだけ小さいならすぐなので外に出てエーゲ海を眺めてみる。

エーゲ海はとんでもない青さです、
ディープブルー、マリンブルーというのかな、
とにかく日本の海とは比べ物にならないぐらい青いです。





エーゲ海
本当に青々としてます



なんでこんなに違うのだろう?海の成分がそんなに違うのかな?

エーゲ海を堪能しながらディロス島につく、
30人ぐらい一緒に乗ってきてチケットを買って中に入る。

世界遺産
それは非常に当たりはずれが大きいところ、
何でこれが世界遺産に登録されているの?というところもあるのに、
何でこれが世界遺産に登録されていないの?というところも非常にいっぱいある。

どこのだれが決めているのかよくわからないけど、
ワイロとかで決まってるんじゃないのか?
と疑いたくなるようなぐらい当たりはずれが激しい。

まあ文化遺産とかは見た目には価値がわかりづらいからしょうがないのだろうけど、
なんかなんでもかんでも世界遺産に登録している気がする、
最近に質の低下はかなり酷い。

で、ここはというと、
ちょっといまいちというところかな。

いや歴史的に非常に価値があるらしいのでそこが世界遺産なんだろうけど、
うーん、なにせ遺跡ほとんど壊れてるからねー、
原形とどめているの少なくてほとんど石がちょっと積み重なっているだけといった感じ。





世界遺産の遺跡、このように見るとただの廃墟といった感じ






この辺りはちょっとだけ建物が残っている

でも遺跡より遠くのエーゲ海の美しさに目がいきます



まあそれなりに見所があったから、
南米で見た酷い世界遺産の数々よりはよかったけど、
期待していたよりはいまいちだった。

本当は2,3時間いるつもりだったけどいまいちなのと、
今日は風がかなり強くて寒いぐらいで船は1時間毎ぐらいにしかないので、
急ぎで1時間で回って帰ってきてしまった。
(でも遺跡見るだけなら1時間ぐらいで十分かな、
ガイドツアーだといろいろ説明があるからいろいろ見てまわるんだろうけど、
個人ではただの廃墟なのでそんなに長くいれないね)

一応ミコノス島の観光の中では1,2位を争うぐらいのところだった割にはいまいちで、
この日は風強くて天気もいまいちだったのであとはミコノスの町をぶらぶらしたりしてすごして終わった。





『スーパーパラダイスビーチ』

10月16日
ミコノス島3日目

この日はミコノス島を世界屈指のリゾート地にしているビーチを見に行く、
その名も

スーパーパラダイスビーチ

パラダイスの上にスーパーが付くなんて相当すごいところのような感じ、
そしてその名前に恥じないぐらい実際にすごい。

何がすごいってヌーディストビーチとして世界的に有名、
もともとミコノス島のビーチは基本的にヌーディストビーチらしいが、
そのなかでもスーパーパラダイスは一番そういう人たちが集まってくるらしい。

中には勘違いしている人もいるけど、
基本的にはヌードになる人はスタイルとかに自身がある人、
となればそこはまさにスーパーパラダイス!

男はどうでもいいけどそれはそれでどんなにすごい物なのか見てみるのもいいかも。

あと実はミコノス島はゲイビーチでも有名らしい、
普通のビーチなら男が2人でいたらナンパでもしにきたのかと思うぐらいだけど、
ここでみたらカップルと思った方がいいぐらいらしい。

いろんな意味で面白そうなところ、
朝は気温が少し低いのでゆっくりしていて一番気温が上がる午後2時にむけて部屋を出る。

スーパーパラダイスビーチへはまずバスに乗って別のビーチまで行き、
そこからボートで行くことになる。

バスは部屋から徒歩10秒なので出発時間だけを調べておいてぎりぎりに行く。
そしてボートが出るビーチについて、

いざスーパーパラダイスビーチへ!

と思ったんだけどなんかもうオフシーズンでボートなくなってた。
せっかくのスーパーパラダイスビーチが・・・。

とはいえまあある程度予想されていたことではあったんだけどね、
なにせ気温が上がるとはいえ28℃ぐらいで海に入るにはちょっと寒い、
しかもいまやオフシーズンでそのおかげでホテルが安いぐらいなのでそもそも人がいない。

バスに乗った時点で客がほとんど欧米人老夫婦だった時点ですでに終わってたかな。

でも一応若い人も乗っていたから万が一にもと思ったけどやっぱりダメだった。
そもそも昨日今日とやたら風が強くてTシャツでも寒いぐらいなのに水着でビーチにいるほうがおかしいよね。

一応ここのビーチにもレストランとかがあってビーチパラソルなども置いてある、
そこに少ないけど人がいて水着で肌を焼いていたりしていた、
なかには数人だけど海に入っている人もいた。

欧米人は結構寒さの感覚おかしい人多いからなー、
冬でみんなコートとかきてるのに半ズボンで歩いている奴とかいっぱいいるもんね。

まあとにかくヌードどころの騒ぎではなく、
ただのビーチどころかお姉ちゃん自体がいないのでもはやここは私の中ではビーチではない。





プラティ・ギャロスとかいうビーチ
人のいないビーチはただの砂場



とはいえ帰りのバスは1時間後なのでやることもないし、
しょうがないから私も寒さに耐えながら肌を焼くことにする。

水着は持ってきていたけどここはヌーディストビーチなのでトランクスでそのまま焼く、
敷物は日本から来るときにマレーシアエアラインで頂いた備え付けの毛布、
これは薄くてデザインはかなりダサいけど意外といろんなところで役になっていて、
ちょっと寒いときにかけたり、シーツがないところではひいてみたりと大活躍。

もともと南米旅行のときにほしいと思っていて、
南米に行くときはあわてていて頂くのを忘れて、
次に飛行機に乗ったときはガラパゴス諸島行きで近かったので毛布はなくて、
イースター島に行ったときはランチリは青地に白い星のマークでかっこいいので絶対頂こう!とおもったらなんか金属のタグが付いていて、
もしかしたら飛行機から出るときに警報なるかもしれないので頂けなかった。

やっと手に入れたけどやっぱりこれはかなり便利、
長期旅行にはぜひもって行ったほうがいい一品です。


話がそれたけど寒さに耐えながら何とか日光浴をする、
せっかくの世界屈指のリゾート地もビーチがこれだと、
ホテル安くてもあんまり意味ないとも言えるかなー、
まあ雰囲気だけでも味わえたからいいけど。

次のバスでもどってあとはまた町をぶらぶらしたりしてゆったりとすごし、
明日には移動なので船のチケットを購入する。

次の目的地はこれまたエーゲ海の中でも1,2位を争う(というところが5,6個あるのはどうなのかな?ちゃんと順位決めようよ)といわれるサントリーニ島。

距離的にはそんなに遠くないけど移動料金は30ユーロと結構高い、
まあこの時期は船がこの船だけでしかも週4便ぐらいしかないので選択の余地はなくこれをかう。

エーゲ海を旅するのにはやはりお金がかかる、
せめて宿代だけが安いのが幸いかな。

まだもう少しエーゲ海の旅が続きます。

投稿者 nabe : 20:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月13日

ロドス島(ギリシャ)

ヨーロッパ日記 その5

旅行15日目「ロドス島(ギリシャ)」


『ギリシャへ』


10月13日
この日はいよいよヨーロッパに上陸する日。

トルコもイスタンブールはヨーロッパに当たるみたいだけど、
EUにもはいれてないし、イスラム教でモスクばっかりあるのでアジアみたいな感じでいまいち。

今回はヨーロッパ旅行なのに2週間目にしてやっとヨーロッパへと行くことになる。

その目的地はギリシャのロドス島、
エーゲ海に浮かぶ島でトルコ南部のマルマリスという町からフェリーで1時間ぐらいでいける。
このためトルコから日帰りで来る人もいっぱいいる所。

朝、8時にフェリー会社のバスが来るはずの場所でまつ、
他にも1人だけ待っていてその人もバックパックを持っていた。

しかしまってもまってもバスは来ない、
なんかそれらしきバスは通るんだけどさっぱりとまる気配がない。

一緒にまっていた人とこれくるのかな?
もしかして忘れられてるんじゃないの?
というような話をして気を紛らわせながら待つ。

8時20分になってもバスは来ない、
トルコからギリシャへのフェリーなので出入国手続きが必要、
フェリーが9時発なのに今こんなところにいて大丈夫なのか?

やばい、このフェリーだけは乗り遅れれない。
というのもこのフェリーは1時間でつくわりには値段がやたら高く40ユーロもする、
フェリーを使う出入国税とかなんかいろいろあって高くなるみたいだけど、
それにしても距離の割には高すぎないか?

これはもうタクシー捕まえていくか?
お兄ちゃんとなら半分の値段でいけるし。

お兄ちゃんと相談しようとしたらやっとバスがやってきた、
1人だったら即効でタクシー使っていたな。

バスは10分ぐらいでフェリーポートに着く、
おりるとそこは出国手続きですごい列を作っていた。

もう8時半なのに100人以上並んでいる、
しかも進みすごく遅いし、
こりゃ9時に出るなんて無理だな。

しかも待っている人たちほとんどみんな日帰りみたい、
バックパックを持っている人なんて私と一緒にいたおにいちゃんぐらい。
ちょっと場違いな感じだし、待っている間もバックパックを背負っていなければいけなかったのでつらかった。

船はカタマラン(双翼船)で中型ぐらいの大きさだった。

船は結局30分ぐらい遅れて9時半に出発する。
中はすごい人の数で座るところを探すのも大変、
日帰りで40ユーロもするのに300人ぐらいのっているようだ、
奴ら金余ってるなー。





ギリシャへのフェリー





『ロドス島戦記 Ⅰ』

1時間でギリシャのロドス島に到着する。

トルコの出国であれだけ混んだのだから入国もまたすごそう、
日帰りの奴らはどうでもいいだろうけど、
こっちは船さえあれば今日の夜にでもフェリーでさらに別の島へと移動する予定。
フェリーがあるかどうかはこれから探すので、
なければ宿も探さなくてはいけないし、忙しいので早めに席を立って降りる準備をする。

でも皆さん考えることは同じですでに降り口で結構人が待っていた。

船が止まって急いで出たけどなんか別の船もついたみたいでイミグレ(出入国管理事務所)はすでに長蛇の列。

また30分ぐらい待たされるのか?

とおもったら、
イミグレは3つブースがあって2つはEUの人、
あと1つがそれ以外、
でも乗客の90%以上がEUの人。
(トルコ人はビザがないとEUにはいれないのでこんなに近い島でもほとんど来ない)

残りのうちの7,8%がイギリス人、
そしてその残りが他の国の人となる。
なのでEUの列はすごいけど、
他の国の人の列はかなり短い。

これはラッキーとそっちに並ぶと5分ぐらいで私の番になる。

そしてパスポートを見せる、
すると乗船券に入国のスタンプを押される。

他の人たちもみんなそのようにされていたけど、それってどうなの?
そもそもパスポートを機械にすら通していないんだけどEUの出入国の管理ってそんなにザルでいいのか?

でもいくらなんでもパスポートにスタンプがないのはまずいだろうから、
係りのおっちゃんにちゃんとパスポートにも押してよ!
というと、

パスポートに、なんで?
といわれた。

いやだって日帰りじゃないよ?
パスポートにスタンプ押さないとダメでしょ?
というと、

日帰り?だってこの乗船券日帰りじゃないだろ。
と言い返された。


このトルコからロドス島へのフェリーは日帰りでも片道でも料金が同じだった、
基本的には日帰りするつもりなんて全然ないんだけど、
もしかしたらこのあとの次の島へのフェリーが1週間ぐらいないかもしれない。
それらの情報がガイドブックとかにないのでこっちに着てから探すから、物価が高いギリシャの島に無駄に長くいても困るので、その場合はトルコに戻って別のルートを考えればいいからということで日帰りの券をもらっておいた。

このことをいちいちこのおっちゃんに一から説明するのか、なんちゃって英語で?
後ろにまだ20人ぐらい並んでるのに?

めんどくさいので説明するのはやめた。

私「日帰りじゃないんです」

「日帰りのチケットだぞ!」

私「でも日帰りじゃないんだ!
みろこのバックパックを!」

「じゃあなんで日帰りのチケットなんだ!」

いちいち細かいなー、そんなのどうでもいいだろうに!

私「いろいろあるんだよ!いいからパスポートにスタンプ押してくれ!」

「じゃあこの帰りのチケットはいらないな」

私「なんでだよ、いるよ!」

「日帰りじゃないからいらないだろ!」

私「日帰りにするかもしれないからいるんだよ!」

「だって帰らないんだろ!」

私「これから決めるんだよ!」

なんでそんなことをイミグレのおっちゃんに今決められなくちゃいけないんだよ!
俺の好きにさせろ!

とでもいいたかったけど、
さすがにイミグレでそこまでもめるのはやばそうなのでやめた。

結局5分ぐらいもめてなんとかパスポートにスタンプを押してもらって、さらに日帰りのチケットも返してもらうことができた。

パスポートにスタンプ押したらちゃんと機械で出入国のチェックもしていた、
あのままなにもいわないでそのままギリシャ旅行していたら、
EUから出るときに不法滞在とか言われるところだった。





『ロドス島戦記 Ⅱ』

やっとのことでギリシャに入国して、
早速トラベルエージェンシーに行って次の目的地のクレタ島へのフェリーの日程を聞きにいこうと思ったらホテルの客引きに捕まる。

ちょうどもし何日かいなければいけなかったら泊まろうと思っていたユースホステルの人だった。

この人に聞くと今日はクレタ島へのフェリーはないらしい、
それどころか次の日曜日の早朝までないとのこと。

今日が木曜日だから3日もいなければいけない、
ロドス島はそんなに見るところないのでやることない。

それならとルートを変えてミコノス島へはないのかと聞くと、
それなら土曜日にあるといわれた。

まあそれぐらいならないものはしょうがないかな、
話によるとクレタ島へは本当なら明日の早朝にあったらしいんだけど、
その船が座礁か何かでダメージ受けて今は直しているところらしい、タイミング悪い。

となるとこのおじさんのユースホステルに泊まるしかない、
車で来ているらしいからここからだと15分ぐらい歩かなければいけないので連れて行ってもらうことにする。

このおじさんもはっきりとわかっているわけではないといっていたので、
じゃあトラベルエージェンシーに行ってくるというと、
ユースホステルの近くにもあるからあとで連れて行ってやるからとりあえずまっていろといわれた。

おじさんは他のバックパッカーも探すということでしばらく待つ、
私と一緒に乗ったおにいちゃんは出遅れたのか全然出てこない、
30分以上たって人がまったくでてこなくなったときにやっと出てきた。

なんでもバックパックの中身をすべて出されてチェックされたらしい、
EUの人だとバックパッカーはだいたいバックの中身をすべてチェックされるらしい、
でも日本人とかはさっぱりチェックしないとのことだった。

この人も一緒に乗ってユースホステルに行く。

ついて部屋を見せてもらうと8ユーロでドミトリーの4人部屋、
空いているけど一箇所に集めているのですでに1人いて私とおにいちゃんで3人部屋。

シングルはいくらかきくと12ユーロだった、
バブリーパッカーなのであっさりシングルにする。
まあこのあとヨーロッパに行ったらどうせドミトリーしか泊まれないのだから安いうちはシングルで泊まっておく。

とりあえず荷物を置いてすぐにトラベルエージェンシーへと行くことにする、
おじさんが宿代先に払ってといってきたけど、
いやいまトルコから着たばかりでユーロ持ってないからおろしてくるよ、
といって逃げておいた。

ユーロは日本からある程度は持ってきているんだけど、
このユースホステルのおじさんが果たして本当のことを行っているのか怪しくもあった。

トルコなら間違いなく泊めるためなら嘘をつく、
まだトルコモードな私はこのおじさんをあんまり信じていない。

払ってしまうともし今日の夜の便とかがあったらキャンセルできないとお金がもったいない。

ということで払わずに急いでトラベルエージェンシーに行く。

ユースのおじさんに教えてもらった近くのところへ行き、
クレタ島行きたいんだけど次の船いつ?
ときくとおじさんがいったとおり日曜日にしかなかった。

じゃあミコノス島行きは?
ときくと、土曜日といわれた。

やっぱここはギリシャだし、嘘なんかつかないか、
さすがヨーロッパだね。

でもさらに、
ミコノス島に直接行くのは土曜日しかないけど、
他の島で船を乗り換えるなら他にもあるよ。
といわれた。

それはいつになるの?
ときくと、

今日の夜7時にシロス島行きの船があるよ。
シロスからミコノスにいけばいいんじゃない。
といわれた。

今日の夜7時にでてシロス島に朝5時につくらしいから、
それなら一泊と考えて移動としてはちょうどよいかな。

とりあえずホテルに戻り、
今日の便があるから宿泊キャンセルして、
というと、

シロス島からミコノス島行きの船は毎日ないんじゃないのか?
といわれた。

たしかあるといっていたけど、
というと、

トラベルエージェンシーも船のチケットを売ってもうけるから、
嘘を言ってでも売ろうとしたりするから気をつけなくちゃいけないぞ。

俺が今から電話で聞いてやる、といって電話をしてくれた。

おじさんは3分ぐらい電話で話をしていた、
もちろんギリシャ語なので内容はさっぱりわからない。

そして電話を切ると、
やっぱりシロス島からミコノス島への船は次の日曜日までないらしい、
それだと土曜日まで待って夜行でここから直接行ったのと変わらないぞ、
シロス島は何にもないし物価も高いから、ここにいたほうがまだいいぞ。
といってきた。

そうかー、ないんじゃしょうがないなー、
と思ったけど、
そういえばシロス島ってどこかで見たような気がする、
そもそもどのあたりの島なんだろう?とガイドブックを見ていくと、
アテネからミコノス島へ行くフェリーが

必ず!

シロス島を経由すると書いてあった。

で、そのフェリーはというと毎日1便必ずでているみたい。

これはどういうことだ?
おじさんにアテネからの船がシロス島を経由してミコノス島に行くんじゃないの?
ときくと、

そうなのか、俺は聞いたことないけどなー。
トラベルエージェンシーもないといっているんだし、
今はオフシーズンだから船がないんじゃないのか?


このおじさんとトラベルエージェンシーの人のどちらかは間違いなく嘘をついている、
でもどっちが嘘をついているのかなかなか判断のしようがない。

もうちょっと情報を調べてくるといってホステルを出て別のトラベルエージェンシーをさがすけどこのあたりには他にないみたい。

それにすでに午後12時半をまわっていて、
もし今日の7時の便でロドス島をでるなら早く観光をしなければいけない。

しょうがないのでまた同じトラベルエージェンシーに行って、
今日の7時に出てシロス島からミコノス島のフェリーは同日に乗り継げるのか?
ときくと、

もちろん乗り継げる、毎日何便かある。
とあっさり言われた。

じゃあそのフェリーのチケットもここで手配できるの?
ときくと、

もちろんできるよ、
とのこと。

どうやらうそつきがどっちか判明したようだ。

じゃあミコノス島までのフェリーのチケットを売って、
といってその場でチケットを発行してもらう。

もらったチケットを見ると、
シロス島を午前11時発なので約6時間待ち、
他にも2便ほどあったけどそられはさらに遅い時間だった。

せっかくなので、
ちなみにこのシロス島からの船ってアテネから来る奴じゃないの?
ときくと、

そうだよ

それって毎日でてるの?

うん、毎日

エーゲ海の島に住む人でアテネからミコノス島への船が毎日出ていることを知らない人など間違いなくいない一番のメジャー路線。


あいつーーー!
トラベルエージェンシーはチケット売って儲けたいから嘘だとー、

お前が人を泊めたいから嘘ついてるんやんかーーー!


すぐにユースに戻りおじさんに

チケット取れた、だから宿泊キャンセルね!
というと、

いやキャンセルはできないよ
といってきたけど、

そんなもんしらん、泊まらないんだからキャンセルだ!
そもそもお前嘘ついてただろ!

だからキャンセルはできないから1泊分は払っていけ!

部屋なんて荷物置いただけで何にも使ってないんだから、払わん!

宿帳にも名前とか書いただろ、払わないなら警察呼ぶぞ!

いいよ、呼んできても、
でも僕は来るのをわざわざ待ってるほど暇じゃないからさよなら。

ちょっとまてって!

忙しいんだよ!
文句あるなら日本まで金取りに来い!

そのまま荷物を持って逃げるようにユースホステルを後にした。

あのユースホステルでの日本人の評判悪くなっただろうねー、
でも嘘つきおじさんがいけないんだよー。

南米での経験が活きているねー、
怪しいときには後払い、これ基本ね。
というか基本的にできるなら後払いが一番いい、
あとやっぱりホテルとかトラベルエージェンシーは嘘つきが多いので信用しない、
これが旅行をする上で最重要です!


ちなみにバックパックはというと、
チケットを買ったトラベルエージェンシーのオフィスにおかさせてもらった、
泊まらないで次の目的地に夜に向かうときとかは、
このようにトラベルエージェンシーでチケットかって荷物おかさせてもらうというのが結構有効です。





「やっとロドス島観光」

やたら文章長いのにロドス島ほとんど関係ない話、
とにかく二度にわたる大戦をおえてやっと観光を始める。

ロドス島は昔はロドス騎士団がまもっていたところで、
旧市街はすべて城壁に覆われている要塞都市、
この町並みが世界遺産に登録されているところ。

町並みの世界遺産はどこもいまいちなところが多いけど、
ここは古きよき町並みをかなり残していて、
迷路のように入り組んだ道に遺跡がいくつもありなかなか良い感じだった。

とはいえ見所あんまりないので3時間もあれば見終わってしまう、まあそれなりの観光地でした。

詳しく知りたい方は世界遺産のホームページでも見てみてください。
(なんか余計な文章いっぱい書いてめんどくさくなった)

写真だけはちょっとした説明入りでいれておきます。






城壁と門






メインの通り、両脇はすべて店でツーリストめちゃいっぱいいる






メインを外れるとこんな感じでなかなか雰囲気よいです






さらにはずれると右がすごく細くなり迷路にようになる






グランドマスター宮殿
ここの観光のメインなかなか大きくて内部も見ごたえ有り






グランドマスター宮殿内部
綺麗な装飾とかがあり保存状態もかなりよい、さすが世界遺産といった感じ

投稿者 nabe : 17:23 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月09日

パムッカレ(トルコ)

ヨーロッパ日記 その4

旅行11日目「パムッカレ(トルコ)」


『バックパックの置き所』


10月9日
トルコでカッパドキアと双璧をなすほどの有名な観光地パムッカレ、
大規模な石灰棚で綺麗な警官が見られるところでもちろん世界遺産に登録されている。

前日はカッパドキアの1日ツアーに参加してその足で夜行バスに乗る、
本当はパムッカレまでの乗り継ぎだけど一気にいけるバスもあるが、
パムッカレは小さそうなので私は泊まらないでそのまま次の目的地へと移動する予定。

となるとバックパックの処遇が問題になる、
パムッカレがある村はそのなもパムッカレでかなり小さい、
現地でツアーに参加すればそのトラベルエージェンシーにおいたりできるけど、
パムッカレはツアーで見るほど大きい規模ではなく自分で回れるレベル。
でもバックパックを背負ってまわる気にはならない。

個人旅行ではこういうときにバックパックの置き所を探すのに非常に困る。
南米だったらバスターミナルにはだいたい荷物預かりがあるのでそこに預けてもいいし、うまくすれば次の移動のバス会社のチケットを買ったときに預かってくれ!といっておいておくこともできる可能性がある。

でもトルコのバスターミナルはなんかしょぼいんだよねー、
バス社会のはずなんだけど南米よりもいまいちで小さい会社が集まっているだけなので、ターミナルというよりはバス会社がいっぱいあるところ見たいな感じ。
イスタンブールはそんな感じでカッパドキアは一応ターミナルらしくなってたけど荷物預かりなんてなかった。

まあ考えてもどうにかなるものではない、
とりあえずパムッカレへの拠点となるちょっと手前の大きい町デニズリへといくことにする。
(もともと同じ会社で乗り継いでいくにしても必ずデニズリは通る)

前日の午後8時にカッパドキアを出て、
相変わらずなにくい夜行バスに揺られること10時間、
朝6時にバスはデニズリにつく。

バックパッカーとか観光の感じの人たちはほとんどここですぐに同じバス会社で乗り継いでパムッカレへと向かっていった。

私はそのままバスターミナルへと入る、
ここも一応ターミナルのようになっていてレストランとかもある、
でも規模は小さい。

とりあえずパムッカレのあとの目的地「セルチェック」へのバスを探す、
すると直通はなくてアイデュンというところで乗り継いでいかなければいけなかった。

そのバスも午後8時ぐらいからでまだオフィスも開いていないぐらい、
他のバス会社はいくつかあいているけどまったく関係ない。

となるとあとは望み薄いけどここに荷物預かりなんていう便利なものがあることを願うのみ・・・
(もちろんロッカーなんてあるわけもない)

どう考えてもないだろうなー、
トルコ人荷物なんて預けないだろうしなー、
と思って歩いているとすぐに荷物預かりが見つかる。

あるとは全然思っていなかったので大喜び、
早速荷物を預ける。

この時期のトルコは夜と昼間の気温差がかなり激しくて、
夜はジャンバーがいるぐらい冷え込むけど日中はTシャツ1枚で過ごせる厄介な気候。
まだ寒かったけど荷物になるとジャマなので寒さは耐えるということでジャンバーも預けて身軽で観光にする。







『パムッカレはしょぼい?』


あとはパムッカレ行きのバスを探すのみ、
これはガイドブックには午前7時半から30分おきぐらいに出ていると書いてあった。

ウロウロしていればだいたいトルコ人は声をかけてきて、
どこへ行くんだ?何を探している?
と聞いてきてくれる。

でもそろそろやっと旅の調子が出てきたので、
もう探す気もなくその辺の人に

パムッカレいきてーんだけど、バスどこ?

とすぐに聞く、
私の旅はだいたいこんな感じ、
基本的に自分で探すのは10秒くらいかなー、
頑張って30秒くらいは探してることもあるかも。

それ以上はもう自分では見つからないものとして、
すぐにその辺の人に聞いてまわることにしている。

こっちの方が早いし、現地人の親切さに触れれてその国がより好きになるのでよい。
南米だと暇そうなポリスがあちこちに立っているので非常に聞きやすくてよい。

するとそのおじさんがあそこといって教えてくれた、
ガイドの通り7時半に出るらしい。

パムッカレまでそれでどれぐらいかかるの?
ときくと

2時間
といわれた。

2時間!
そんなにかかんないでしょ、おっちゃん!

ガイドブックには30分ぐらいと書いてある、
でもガイドブックは嘘が多いので聞けるなら常に聞いておいた方がよい、
特に中・長距離バスとかの時間はかなりでたらめなことが多々ある、
南米で苦労してこのようにしたほうがいいと学んだ。

おじさんは、
パムッカレだろ?
2時間だよ
とまたいってきた。

2時間もかからんでしょ、
ここからなら30分もあれば十分でしょ。
というと、

30分!
いくらパムッカレでも30分じゃ見てまわれねーぞ

見てまわる?
なにそれ?
どうもいまいち英語が完全には通じていない感じなので、

バスがここからパムッカレまで行くのに何分かかるの?
とちゃんときくと

バスか、バスは30分でつくぞ
とあっさり言われた。

じゃあ2時間は?

それは観光にかかる時間だ

たった2時間なの?

まあ頑張って2時間だな

じゃあ頑張らなかったら?

1時間!

減るんかよ!
なんでやねん!

それどういうこと?

いや、まあいけばわかる、
よっぼどゆっくり見てまわって2時間だ、
そもそもお前達外国人はなんであんなの見にくるんだ?
あんなものわざわざ見に来る価値なんてないぞ。

・・・・・

とりあえずおじさんにお礼を言って別れる、
バスの発着場所を聞くだけだったのになんか衝撃発言があったなー、
まあ人に聞くとこういう情報も手に入るから一石二鳥。

しかしおじさんの言うことはどういうことなのだろう?
現地の人にしてみたらすぐそこにあっていつも見ている景色だからたいしたことない、ということなのかなー。
それとも本当にやばいぐらいしょぼいのかな・・・。

1つ気がかりなのはガイドブックに今は石灰棚を形作った石灰入りの温泉が枯渇しそうで温泉を石灰棚に流すのを日中だけにしていると書いてあった、
それがいまいちなのか、下手したら今はもうオフシーズンだから流していないのか?

嫌な予感がするなー、せっかくきたのにショボイとショック倍増だな・・・。






『ヒエロポリス』

おじさんに教えてもらったところでバスを待つと、
7時半前には来ていてそれに乗り込んで時間どおりに出発する。

普通の宿泊する観光客はパムッカレの村でおりるんだけど私は村には用がない。
このバスは村を通り過ぎてパムッカレの入場口の近くを通ってさらに別の村へと行くのでそこで降りることにする。

バスは運転手のほかに車掌が乗っていたので、

パムッカレのヒエロポリス!
パムッカレのヒエロポリス!
(ヒエロポリスが入り口付近にある遺跡の名前)

と連呼しておいた。
たぶん大丈夫だろうけど、
南米ではスルーパスをされることも結構あったので、
外を見ながらおりそこなわないように注意する。

するとパムッカレの町を過ぎて走っていくと、
丘に石灰棚が一面にあるのが見えた。

まだ日が昇って少しなので陰になっていてわかりにくいけど、かなりの規模。

でーもー、
恐れていた通り温泉はさっぱり流れていない。
まだ朝早いからかなー、
9時ぐらいになれば流しだすだろう!
と期待しながら見ておいた。

町から5分ぐらい走ると看板が立っていて、
ヒエロポリスこっちとなっていた、
降りなければと思ったら車掌も降りろといってバスを止めてくれた。

それで降りたのはもちろん私1人、
観光客なんて乗ってねー。

いまいち位置がわからないけどまあでかいんだから適当に歩いていけばつくだろうと歩いていく。

5分ぐらい歩くと日曜日なのにトルコ人5人ぐらいが道路工事をしていた、
どうも遺跡の道を綺麗にしているみたい。

声をかけられて日本人というと、
おはよう!
ありがとう!
とか片言の日本語がやたら返ってくる。

トルコ人はやたら親日的でなぜか片言の日本語、または単語を話す人がやたら多い、
ちょうどよいので、ヒエロポリスどこ?
ときくとこの先と教えてくれた。

言われたとおりに歩いていくと、
ちょっと上のほうに大きい道があって観光バスがいっぱい走っていた、
まだ朝8時過ぎなのにこんなにはやくから観光とはすごいな。
(まあ私もだけどさー、普段は遅いから私は)

途中で降りて写真とかを撮っていたのでどうやらそこら辺がヒエロポリスみたいなので私もそっちへと歩いていく、
そして遺跡を見ていると500mぐらい向こうのほうから次々とバスがこっちへ向かってくる。

そしてなんかそこにはゲートらしきものが・・・

これはどうやら横から勝手に入ってきてしまったみたいだねー、
うーんこれはどうするか・・・

まあいっか、入ってしまったものはしょうがない!

わざわざお金払うのに500mも戻ってここまでまた歩くなんてやってられないよね。

ということで無料入場してしまった。
歩いてくる人なんて基本的に皆無みたい、
みんなツアーバスできてるから想定してないんだろう。

パムッカレは世界遺産の中でも自然遺産と文化遺産を併せ持つ複合遺産となっている、
自然遺産のほうは先の石灰棚、
そして文化遺産のほうはここにはかなり古い遺跡が比較的良い保存状態であるのでそれが登録されている。

それがヒエロポリス、
なかなか規模も大きくて見ごたえがある。






ヒエロポリス





特に円形劇場はかなり大きくて保存状態もよく良い感じ。

なんだけど歩いて坂を500mぐらい上がらなければいけないからか、
ツアーの人たちはほとんどやってこない。

こんなすごいものがあるのに何しに来てるんだあいつら?
まあパムッカレがメインだから遺跡なんてどうでもいいということか?

かなり良い感じだったので最上段に座って20分ぐらいまったりしておいた。
この時点で遺跡に入ってから1時間ぐらいが過ぎた。






円形劇場
遥か昔に作られたとは思えないぐらい大規模
右上に小さく写っているのが人
保存状態もよくほぼ完全に残っている




遺跡はほとんど見たのであとはパムッカレだけ、
あのおっちゃんはトータルで2時間といっていたけど、
それだとあと1時間しかないぞ。

パムッカレは泳いだりとかもできるらしいから1時間じゃ無理でしょ、
やっぱり現地人だからたいしたことないと思っているのかな。







『トルコ人の考え方』


さていよいよメインのパムッカレです!

と、その前にこのパムッカレを作っている石灰いりの温泉がこの遺跡の中に温泉施設としてある、
せっかくだから入ってみようかと思っていってみる。

水着着用でそれは持ってきているんだけど、
入っている人が7人ぐらいしかいない。

それを見ているツアー客がひっきりなしで常時30人以上の人に見られて写真とか撮られてる。

さらしものじゃんこれ・・・、
しかもその温泉は1500円ぐらいしてかなり高かった、
まあこっそり入れそうだったけどそこまでするほどでもないのでやめた。






パムッカレ温泉?




そしてパムッカレへ、
時間はもう9時半過ぎなのでもう温泉を流していてもよいはず。

ヒエロポリスの前が石灰棚の丘の上に当たるので1分も歩かないでつく、
もちろん観光客がいっぱいいた。

石灰棚を見るにあたってガイドブックの話から私なりの考察をしておきましたので、
それを先に書いておきます。

ある日の朝

A「なんかさー、最近パムッカレの温泉の水減ってない?」

B「そうなの?あんなもんじゃなかった?」

A「いや減ってるよ、
どうも最近リゾート施設をいっぱい作ってそこにみんな温泉ひいたから足りなくなって見るみたい」

B「マジで?やばいじゃんそれ」

A「やばいんだよねー、どうしたものかなー」

B「どうするっていったって、できることなんて1つしかないでしょ」

A「だよねー、やっぱとめるしかないか」

B「とめるしかないでしょ」

A「じゃあとめるよ」

数日後

A「どう?とめてみたけど」

B「あー、完全にとまってるよ、石灰棚の温泉水!」

A「これで温泉リゾートの方は大丈夫だな
だいたい石灰棚温泉水使いすぎなんだよ!
無駄にいっぱい流れやがってさー」

B「でもそういえばこれ世界遺産に登録されたんじゃなかったっけ?」

A「え?そうなの?まあいいんじゃないの、
逆に世界遺産だったらどんなにしょぼくても馬鹿な外国人こぞって来るでしょ」

B「それもそうか!」

A「でも完全にとめるのもさすがにやばいからちょっとだけ流しておいてやるか」

B「そうだね、それで外国人も納得するでしょ」

ということで、石灰棚には温泉流れてなかった。

状況がよく飲み込めていなかった私は、

なんだよー、まだなのこれ?
10時からか?
まさか流さないなんてことないだろうなー。
と考えて、

ちょうど警備か管理人らしきタグをつけた人が近くにいたので、

ねえ、これ何時になったら温泉流れるの?
と聞くと。

流れてるだろ

流れてねーじゃん!

流れてるよ、ほらそこ。

といって指をさした先には、
なんか幅50深さ30cmぐらいずっと続いて掘って側溝みたいになっている、
たしかにそこには温泉か何かとにかく液体は流れている。






温泉が流れている側溝





これがなにか?
と聞くと

これがパムッカレの水

ふーん、でこれをいつ丘一面に流すの?

いやこれで終わり

えーーー!

思わず我を忘れて叫んじゃったよ、
警備のお兄ちゃんちょっとびっくりしてた。

かなりがっかりで気落ちしながらも、
この季節だけこういうようになってるの?
夏のハイシーズンだと一面に流すの?
と聞くと、

いや、常時これ。






水の絶えた石灰棚
まさにただの白い丘
真ん中の段々になっているところが水がたまると水色になりすごく綺麗になっていたところ
完全に干上がってる・・・





パムッカレはもう終わりです、
世界遺産に登録されると観光地化されてだめになるところ結構あるけど、
ここもその1つといった感じなのかなー。

石灰棚を見るために来ているのに、
そっちの水を止めてどうするトルコ人!

本当に酷いことになってる、
温泉水が流れてこないから石灰棚は色がだんだん黒くなってきていて、
草とか生えているところもある。






現在の石灰棚
そのうち真っ黒になりそうな感じです、草もぼうぼう





白くてそこに青い水をたたえるというすごく綺麗な景色はもはやなくなってる、
しかもトルコ人馬鹿なのでさらに石灰棚の下になんかまた温泉みたいな施設工事中。

世界遺産こんなことしていいのかよ!

世界広しといえども世界遺産をここまでしたのはトルコ人ぐらいじゃないのか?

世界遺産って登録解除できないのかなー、
もう世界遺産なんて呼べるものじゃないぞここ、
ただの石灰が固まった丘になってる。

これならイエローストーンにあった同じような石灰棚の方が、
規模はここの1/5ぐらいだけどちゃんと温泉流れていて綺麗で本物だった。

カッパドキアもダメだったし、
トルコの有名な観光地ってダメなところばかり、
みんな知らないから私のようにきてしまうのでしょうか・・・。

石灰棚ははだしで歩かなければいけなくなっていたけど、
なにせ水が流れていなくて今はもう石ごろごろ、砂ざらざらで歩くのは結構痛かった。

一応一部には温泉水が流れていてそれらしく見せてはいたけど、
たまっている水は全然冷えていて冷水で泳げたものじゃない、
せめて循環させるとか棚の部分には水を張っておくとか考えようよトルコ人。






かろうじて昔の面影を残す部分、でもここだけ
本当は一面にこのようにしろと水色のコントラストが綺麗な風景が広がっていたところ




いろいろなショボイ世界遺産を世界各地で見てきたけど、
ここはその中でもかなりトップクラス。

こうしてトルコ人の陰謀によりパムッカレはもはや行く価値がないところに成り下がり、
私はバスターミナルであったおっちゃんが言っていた通り2時間でしっかり観光を終えてしまった。


昔の写真とかを見て現実とのギャップを確認するとある意味よいところかもしれません、
自然って大事なんだ、一度破壊したら二度と戻らなんだ、人間って酷いことするなーと実感できるので、それはそれで世界遺産といえるかも。

投稿者 nabe : 19:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月08日

カッパドキア(トルコ)

ヨーロッパ日記 その3

旅行10日目「カッパドキア(トルコ)」


『トルコのバスは南米以下?』

10月6日
やっとヨーロッパでの移動が始まる、
初めての移動はトルコ中部のカッパドキアまでのバス、
トルコは南米と同じくバス社会で移動はもっぱらバス、
カッパドキアまで10時間ぐらいの夜行バスの旅。

南米で山ほど夜行バスに乗っているのでこのぐらいの時間は隣町に移動するようなもの。

トルコのバスはガイドブックによるとなかなか快適でよいと書いてあったので期待してバスを待つ。

午後9時、来たバスは確かになかなかよさそうなバス、
大きさも南米で乗っていたのと同じ大型で真ん中にものり口があるというかなり高級そうなもの。

これは期待できる!

と思ったけど、
早くも問題発見。

こいつトイレついてないよ・・・、
長距離バスでトイレついていないなんてどうなってるの?
日本みたいに列車が主流のところならわからなくもないけど、
バス社会のトルコでこれはないでしょ。

早くもやばそうな感じがしていたけど、
トイレがないならとりあえず乗る前にしておこうとトイレに行ってからバスの乗り込む。

他の人はすでに乗り込んでいてかなり最後の方になってしまった。
そしてここでもまた問題が起きる。

南米で現役で夜行バスに乗りまくっていたときには注意していたんだけど、
ここへきて久しぶりですっかり忘れてしまっていた。

バスに乗り込んで私の席に行くとすでに他の人が座っている!
別のこのバスは今のところはそんなに込んでいなく、
2人組の人以外はそれぞれ1人で座っていてとなりに人はいない。
それでもまだ誰も座っていない席がいくつかあるぐらいだった。

であるにもかかわらず、
なぜか私の席に2人組の人が座っている。

この人たちもヨーロッパの旅行者みたい。

ちっ、夜行バス素人が!
空いているからって勝手に席変わるなよ!
せめて発車してから変われよ!
そんなんじゃ夜行バスなんて乗ってらんねーぞ!

というわけで私が一番嫌いな指定席なのに別の席へと座ることになる。
(まあどかしてもよかったんだけど、2人組で座られているとちょっとねー)

夜行バス素人さんのためにこれがどれほど深刻な事態かを説明すると、

まずこのあとすぐにでも私が適当に座った席の人が来るかもしれない、
そこでいわれるとすぐに移動しなければいけない。

そして夜行バスが今どれだけ空いていようとも、
目的地までに途中で人が乗ってくることが非常によくある。
ここはイスタンブールでトルコで一番大きいところだから可能性は低くなるけど、
地方都市とかだとむしろ主要都市まで行ってそこでいっぱい人を乗せるので出発するときは人が全然少ないということになる。

もしあとから人がいっぱい乗ってきた場合は、

そこ私の席なんですけど?

どいてあいている席に移る

そこ私の席なんですけど?

どいてあいている席に移る

をひたすら繰り返す、
バスの中のジプシーになってしまう。

夜行バスでこれは最悪、
夜行なんだから夜寝ておいて次の日の朝から観光ということになるので、
ひたすらジプシーでの移動を繰り返していると寝れたものじゃない。

だから夜行バスのプロは、
どんなにバスの席が空いていたとしてもかならず自分の指定されている席に座るのが基本。

ヨーロッパの鉄道で数時間で着いてしまう移動しかしないヨーロッパパッカーにはわからないことだねー。

まあ南米でも何回過去のような自体になったけど、
幸いなことにそれらのバスは後から人がいっぱい乗ってくることもなく事なきを得ていた。

今回もそうであることを願いながら座って待つ。

でも発車間際になって車掌がやってきて、
私の席が違うといってきた。

そうなんだよ、
あのバカヨーロッパパッカーを注意してどかしてくれ!
と思っていると、
なぜか別の席でしかもとなりに人がいるところ。

まだ他にまったく座っていない席があるのにもかかわらずなぜ?
しかもとなりのおっちゃんかなりデブなんですけど・・・

でも逆にこれはラッキーともいえる、
まだ席が結構空いているにもかかわらずこのように移動させるということは、
このあとのとまったところで人がいっぱい乗ってくるはずなので、
ジプシーにならずにすむことになる。
これはよかった。

午後9時半にバスは出発する、
出発してすぐになんか別の車掌がやってきて行き先のチェックをする、
するとなんかとなりのデブのおっちゃんと車掌が話をしていて、
そのあとすぐにとなりのおっちゃんが別の空いている席に移動していった。

なにそれ?
だったら私が先の場所から動かなければよかったんじゃないのか?

まあおっちゃんが適当に席に座っていただけかもしれないからわかんないけど、
とりあえずとなりに人がいなくなった。

バスが走り出して少ししたら、
車掌がお茶と水をサービスで出してくれた。

あとはテレビでなにかトルコ語の映画をやっていたけどさっぱりわからない、
昨日は4時間ぐらいしか寝ていないのでかなりつかれていてぐったりなのでそのまま寝る。

2時間ぐらい気を失うように寝て起きると、
首がめちゃいたい。

それもそのはずトルコのバスのシートはめちゃくちゃ固い、
鉄板でも入ってるんじゃねーのか?
というぐらい硬い。
なんでこんなに硬くする必要があるのだろうか?

しかも変な風にくぼんでいてちょうど首が浮くようになり首がめちゃ痛くなる。

南米で夜行バスで寝ることにはすごく慣れていたのに、
このトルコのバス寝れねー。

値段は南米一物価が高いブラジルなみなのに、
バスのグレードは南米一物価が安いボリビアとまではいかなくても、
その次ぐらいに安いペルー並。

ペルーのローカルバスは本当にすごいけど、
その1つ上のランクのバスといい勝負。

しかも空調がおかしくて20℃ぐらいまで下がって寒いと思っていたら、
いつのまにか30℃まで上がって暑くてねてられない、
下から暖房、上から冷房というなんとも無駄な空調がきいたりきかなかったり。

トルコのバス全然ダメじゃん・・・

しかも高速みたいなところを走っていてかなりスピード出ている、
途中でトイレに行きたくなった場合はどうすればいいのかなー?
止めれるようなところではなさそうだし。

我慢!ということかな。

でも1つ確実にわかっていることは、

このバスは必ず午前4時ぐらいにレストランにとまる!
からそこでしろということかな。
(理由は後述します)

なんか予想外にかなりいまいちなトルコのバスで、
眠れない夜をすごしながらバスは一路カッパドキアへと向かっていく。

『ラマザン』

イスラム教といえばちょうどのこの時期はラマザンというものがあり、
日が昇っている間は飲食を一切しないというのを1ヶ月ぐらいする。

ガイドブックによると10月4日からちょうど始まるところだった。

前日にトルコ人のお兄ちゃんと話していて明日からラマザンなんでしょ、
じゃあレストランとかもやっていないね。
というと、

いや、やってるよ。
トルコ人でも食べる人と食べない人がいるからね。
とあっさり言われた。

えー、イスラム教ってそんな適当だったかなー、
トルコだからあんまりまじめじゃないのかな?

まあそれなら逆にレストランとかがやっていなくて食べれなくても困るので良い感じ。

次の日、
レストランは普通にやっていてトルコ人も普通にいっぱい飯を食べていた。
トルコのイスラムは本当に適当だなー、
だから他のイスラム教の国からも敬遠されるんじゃないのか?
ビールとかもバリバリ飲んでるし。

アジアにも中東にもヨーロッパにもならない、
非常に微妙なトルコの現状は国民性にもあるんじゃないかなと思うぐらいだった。


その夜、
午前4時過ぎになぜかホテルの部屋のドアをガンガンノックされる。
午前3時半までおきていてちょうど寝始めたところなので、

何でこんな時間に!
部屋間違えるなよ!

と思いながらも、
起きるの面倒なのでそのまま寝ていたらさっていった。

この日は寝るのは遅かったけどちょっと頑張って午前9時ぐらいにおきてみる、
そして10時に外に出て歩き出してすぐに腹が減ってケバブ(パンに肉を挟んだサンドイッチのような有名なトルコ料理)を買う。

トルコは店で飲み物を頼むと日本と同じように2倍から3倍ぐらいの値段がするので、
近くの店で飲み物を買ってその辺でたって食べていると、
通り過ぎるトルコ人がやたらとこっちを見る。

何の用があるんだ?
トルコでは外でたって食べるのはあんまりよくないことなのか?
でもケバブはそうやって食べるものだし、他のトルコ人が食べているのも見たぞ。

あまりにも視線が気になるので急いで食べてまた歩き出す。
歩いていて気づいたのがなぜかいつも無駄にレストランでチャイ(トルコのお茶)を飲んで話をしている人がいるのに今日に限ってさっぱりいない。
レストランにいるのは外国人ばかり。

さてこれはどういうことだろうか?

お昼になってまたその辺の店でケバブを買って今度は中で食べる、
この時間だと普通にトルコ人も食事をしている、
でもいつもに比べると店が混んでいない。
この店は通りから少し入ってしかも店の入り口が狭くて外から見えないけど、
他のオープンテラスの店は12時過ぎなのに全然がらがらで食べているのは少人数の外国人旅行者のみ。

これはもしやラマザンの影響なのか?

昨日は大丈夫だったのに何で今日から?
ガイドブックにも昨日からと書いてあったのに・・・。

この日は結局よくわからないまま終わってしまう。

そして夜、また深夜4時にホテルのドアをガンガンたたかれる、
なんで毎日たたくんだよ!
と思いながらも寝ていると、
なんか下のほうで話し声がしていた。
こんな時間から活発に活動するなんてどうなってるんだトルコ人?

でも話し声に混じって食器の音とかもしている、
これはもしかしてラマザンで日が昇る前に食事をしているのでは?

どうやらガイドブックがラマザンの始まりの日を1日間違えていたみたいで昨日からラマザンがスタートしたようだ。

ということでラマザン中は毎日午前4時にトルコ人は朝食を食べるようだ、
そのおかげで夜行バスも毎回午前4時にレストランに止まる。

私はイスラム教じゃないからそんな時間に止まられても困るんだけどねー。

ところでラマザン中は仕事はどうなっているのだろうか?
トルコ人に聞いたところ、
いや腹へって集中できないから適当だよ、
休んでる人も多いかな、あとは寝てるかかな。

なんじゃそりゃ?
イスラム教はこの時期はてんで仕事にならないみたいです。
まあ肉体労働なんて飲食禁止じゃどうにもならないよねー、
水飲まなかったら倒れちゃうって。

宗教だからなんともいえないけどなかなか大変だ。

『トルコのツアー会社』

イスタンブールからの夜行バスは午前7時過ぎにカッパドキアの町の1つネヴィッシェルにつく。
湖のバスは直通ではなくここでバスを乗り換えるとイスタンブールで言われていて、
バスを降りようかなと思っていたら男の人がギュレメ?(私の目的地)ときかれてそうだというとついてこいといわれてついていく。

そのままついていくとバスターミナルの中に入りその中のオフィスへと連れて行かれる。
他のバスがきてそれと一緒に乗っていくことになるから少しまっていろといわれて座ってまっていると。

このあとどうする?
ツアーに行くのか?
という話になっていってツアーの説明をはじめた。

なんかおかしいなーと思いつつも、
まあ情報収集になるからといろいろ聞いておく。

1日ツアーは50リラ(=約4000円)といわれた、
それが適正なのかどうかもわからないのでギュレメについたら探すといっておく。

でも全然迎えのバスは来なくてひたすらツアーの説明続く、
ここは韓国人や日本人がよく使っているようでその人たちの感想とかもあり評判はよいみたい。

いろいろ説明を聞くと、
カッパドキアは大きく4つのエリアに分かれていて、
それぞれ1日ツアーがあるのでまともに見るとしたら4日かかるらしい。

でもそもそもカッパドキアにあんまり興味のない私、
というのも旅行者の間ではカッパドキアは世界遺産なのにかなりいまいちというので有名なところ、
それにアメリカの国立公園、南米大陸制覇などをしている私にはおそらくもっといまいちのはず。

なので興味があるのはギュレメのあたりと地下19階ぐらいまであるという巨大地下都市の跡、
ギュレメはそこに泊まるので今日の間に見ておく。
よってツアーは地下都市にいくものにさえいけばよい。

ここの人はやたら他のツアーとかも進めてくるけど、
さっぱり興味ないです、どうせしょぼいでしょ、という感じで取り合わない。

このようなやり取りをしていてやっと自分が騙されていたことに気づく。
夜行バスであんまり寝れなかったのに加えて早朝いきなりなので頭が働いていなかった。

どうやらこいつらはただのツアー会社でバスとは一切関係ないただの客引き、
バス会社の変えのバスはおそらくバスがついてすぐに出発したのだろう、
本当ならそれにのせてもらえるはずだったのに、
このバス会社みたいな感じで話しかけてきたツアーの人に下ろされて、
バス会社の人もツアーに行くのかな?という感じでそのままにしてしまったのだろう。

トルコ人のホテルとかツアーの客引きはかなり強引ですごいという話を聞いてはいたけど、あっさり騙されちゃったねー。

まあでも騙されてつれてこられてけど、
評判は悪くないみたいだし、
博物館とか見所の入場料だけど20リラぐらいかかり、
それに昼食付でそれも10リラぐらいはかかるだろうから、
50リラというのもそんなに高い値段ではない。

少し高めになっている気もするけど、
私はツアーは最安値を目指してはいけないことを南米で知った。

とにかく少しでも安く、安くというのが日本人だけど、
それをやってボリビアのウユニ塩湖で酷い目にあった。

3人でかなり頑張って値切ってすごく安くなったのはいいんだけど、
3泊4日で車はボロくて遅くよくエンストする、
最後には車輪壊れて動かなくなって2時間ぐらいウユニの夜空を見て遭難してたねー、そのまま発見されないんじゃないかと思ったよ。

食事も他のツアーの人は優雅にテーブルとかまで出して朝食といった感じだったのに、
うちらのツアーは、
餌だ食え!
みたいな悲惨な感じだった。

なのでツアーは無理値切りはやめたほうがよく、
ある程度安ければいいというように考え方を改めた。

たぶんここのツアーも安くはないけどそこまで高いわけでもないみたいだし、いった人の評判はいいみたいだから多少高いぐらいならツアーの質がいい方がよいのでここで頼むことにした。

頼むとすぐにギュレメの町にこの旅行会社の人の車で連れて行ってくれた。
やっぱりバス会社関係ないのかよ・・・。

まあ安いホテルを紹介してくれて、
ホテルまで車で連れて行ってくれたから歩かなくてすんだのはよかったけどね。

こうして騙されながらもツアーにこの会社の参加することになった。

『カッパドキア』

カッパドキアはキノコの形をした岩がたくさんある景観が有名なところで世界遺産に登録されている。
実はここは自然遺産だけではなく文化遺産にも登録されている。

というのもこのキノコ岩のいたるところに穴があけられていて昔は住居として使われていて、
そのときの壁画が残っていてキリスト教徒もいっぱいいたみたいでフレスコ画もいっぱいあるのでそれらも遺産として登録されている。

そられに簡単にアクセスできるのがギュレメという町、
カッパドキアの中心地ネヴィッシェルから10kmぐらいいったところにある町であたりにはキノコ岩がいっぱいある。

ホテルについて疲れてしばらく寝て、
午前11時過ぎに起きてホテルを出る。

とりあえずぶらぶら歩いて、
レンタサイクルがあったのでそこで自転車を借りる。

1時間7リラだったのでオフシーズンだからまけてよ、
といったら学生か?と聞かれて学生証を見せたら5リラになった。
レンタサイクルと学生に関係があるのだろうか?

そしてこのギュレメが一望できる展望台ギュレメパノラマへと向かう、
ひたすら上り坂で自転車さっぱり意味ないどころか重いだけ。

ギュレメパノラマはなかなか良い景色だった。
でも思っていたよりはという程度かなー、
やっぱりカッパドキアはそんなにたいしたものではないようだ。


ギュレメパノラマと自転車
なんかかっこよく撮れそうなのでとってみた
でもがけギリギリに自転車置いたから風で向こう側に倒れたらどうしようかとちょっとヒヤヒヤだった

ギュレメパノラマ
ギュレメのキノコ岩はあんまりキノコ型じゃないです
ツアーで行かないと見れないようなところにもっとマツタケみたいな背の高いものがあるみたい
でもキノコ岩みにいってもねー


このあとギュレメにある屋外博物館へといく、
トルコは博物館の入場料がやたら高くしかも学割がない。

でもトルコ人は入場料が安く、
ツアーできても同じように入場料が安くなる、
あきらかにツアーに人がいくように斡旋しているぞトルコ政府。

学割ないわ、高いわ、そんなんだからユーロに入れてもらえないんだよ!
などとぶつぶつ文句を言いながらお金を払ってはいる。

ここは観光客がいっぱいいて、
日本人や韓国人の団体もいっぱいいた。

で、博物館はというとまあキノコ岩をくりぬいた住居がたくさんあり、
その中にはキリスト教徒が住んでいてフレスコ画がいっぱいあったけど、
いろんな聖職者とか書かれていてもキリスト教徒じゃないからさっぱりわからないです。
そんなんなのでまあ普通かなという評価だった。


ギュレメ屋外博物館


そして次の日、
朝9時半にツアーの人が迎えに来る、
でも昨日の会社の人ではなくこのギュレメにあるツアー会社のバンだった、
うーんなんか明らかにやられた感じだあるなー。

ツアーの人にいくらぐらいなのかきくと40~45リラだった。
まあこういうものは聞くものじゃないねー、
知ってしまうとすごく損した気にある。

ツアーは始めに地下都市へと向かう、
カッパドキアがいまいちだっただけにここにはかなり期待がかかる。

でその結果はというとまあ普通、
いくら地下が深くても4階ぐらいまでしか降りられないんじゃねー。

しかも回れるところはほとんど一本道で決まってるし、
もっと地下迷宮みたいな感じで迷って出て来れないぐらいの感じだとよかったのに。
まあそれでもなかなかこんなものは見ることができないのでよかったけど。


地下都市「デリユンク」
とおるところはすべてライト設置済みで雰囲気いまいち
やっぱりもっとダンジョンらしくハンドライトかヘッドライトでもぐれるようにすればいいのに
ボリビアの鉱山ツアーは本格的でよかったのになー
(まあボリビアはお金がないから設置できないという気もしないでもないけど)


そのあとこのツアーのもう1つの見所であるウフララ渓谷というところに行く、
その名の通り渓谷で下まで下りて谷の間を歩いたけど、
なにせ渓谷マニア?な私、
グランドキャニオンを始めとしていろんなすごい渓谷を見ているので、
こんなものではただのちょっとした丘と丘の間?見たいな感じだった。


ウフララ渓谷
まあ普通の谷です、特に珍しい生き物も住んでないみたい

1時間半ぐらい歩いたけど、
途中にまた岩をくりぬいた住居や教会がありフレスコ画があるくらいであとは特に何にもない。

あと他にもシルクロードのキャラバン隊の遺跡もいったけどたいしたものじゃなかった。

確かにどこをみても噂にたがわぬいまいちぶりだったぞカッパドキア。

こうしてカッパドキアのいまいちさをちゃんと確認して観光は終了した。
まあもともと本当にいまいちなのを確認しにきただけだからいいけどねー。

たまに噂とは違ってナスカの地上絵みたいに全然たいしたことない、セスナのフライトなんて乗る価値なしという人もいっぱいいたけど、
乗ってみたら地上絵ばっちり見えたからかなりよかったし、
こういうところもあるので自分の目で確かめないとという感じできたところだからちゃんと目的は達成した。

投稿者 nabe : 21:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月07日

なんちゃってオタク

なんか私は実はお宅であったことが突然判明しました。

ネットカフェでMSNのニュースを見ていると、
野村総研の調査でオタクの定義を

強くこだわりを持っている分野に趣味や余暇として使える金銭または時間のほとんどすべてを費やす生活者

と定義してました。
この定義で調査を行ったところ

人数が最も多かったのはコミックで35万人
次いで、芸能人の28万人
そして第三位に・・・

旅行の25万人

がランクインしてました。

金銭的には使い込んでいないけど余暇?(といっても無職だから常に暇?)のほとんどすべてを費やしている。

自分、オタクやったみたいです・・・

でもなんかオタクって何でもかんでも適当に決めてると、
本物のディープなオタクに失礼じゃないのか?

やっぱりオタクといえばフィギア、ギャルゲー、アイドルぐらいのことをいうんじゃないの?

はやっているからって適当にオタクの称号を使っては行かんぞ野村総研!

という言い訳で、
自分はなんちゃってオタクぐらいですませておこうと思います。

私はこのオタクの定義でいったら、
女性のブランドオタクのほうがはるかに人数多いと思うんだけどなー、
ちゃんと調査しろよ野村総研!

投稿者 nabe : 13:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月06日

旅行8日目「イスタンブール」

ヨーロッパ日記 その2

旅行8日目「イスタンブール(トルコ)」

10月2日
マレーシアから10時間かけてトルコのイスタンブールへと移動、いよいよヨーロッパ大陸にたどり着いて旅行の始まり。


『絨毯売りの客引き』

トルコといえば絨毯、
そしてガイドブックとかにも書いてあるぐらい空港での客引きは有名らしい。

どういう手法かわからないが空港で客引きをしてそのまま店に連れて行って法外な高値で絨毯を売りつけるらしい。
同じような手口でトルコのツアーを高値で斡旋するというものもあるらしい。

100歩譲ってツアーはまあ行こうとしているところなら価格もわからなくて騙されて高いお金を払ってしまうということもあるかもしれない。
でもガイドブックとかちょっとでも読んでいればそれもありえないと思うけど。
それでも引っかかる人はいるからその商売が成り立つんだろう。

しかし絨毯はどうなの?
あんなでかいものをなんで間違って買うなんてことがあるの?
しかも旅行最終日じゃなくて初日に。

ニッポンジンなに考えてるかワカラナイネー。

それでも引っかかる人がいるぐらいなんだから、
ある意味それはトルコマジック!
そんなマジシャンの手口を見れるだろうなーと楽しみにして空港を出る。

入国審査を受けて荷物をピックアップして到着ロビーにでる、
そこにはかなりの人だかり。
これはやってくる!

と思ったんだけど、
さっぱりこねー、
まあ絨毯はバックパッカーに売れるものではないからしょうがない、
それにしてもホテルとかツアーの客引きもないってどうなのよ!

なんか他の旅行者には当たっているのにどうして私には来ないのよ!

人種差別か!

でも日本人にはもちろん客引きしている、
とすると同じ日本人なのになぜ?
もしや

肌の色の差別か!

異常に黒いからタイ人とかフィリピン人にでも見えてるのか?

俺にも客引きをしろーーー!

まあ来てももちろん全然取り合わなくて無視だけどね。

ちょっとがっかりなトルコ旅行のスタートだった。


『イスタンブールの日本人宿』

イスタンブールについて始めにやることはもちろん宿探し、
イスタンブールには2つの日本人宿があり、
ここで情報収集をしようと思っていたんだけど、
1つはつい最近つぶれた、というか新しくして中級ホテルになってしまった。

なので選択肢は1つしかない、
Tree of Life
という宿でヨーロッパの日本人宿としてはすごく有名なところらしい。
でもいつも混んでいて予約なしでは泊まることができないぐらいとか。

予約がいる日本人宿ってどんなところだ?
それも20人ぐらいは泊まれるところらしいんだけどなー。

南米で日本人宿にはいくつも泊まったけど、
唯一予約が必要なぐらい混むという宿はアルゼンチンの「日本旅館」という宿。
ここはさらに規模が大きく30人ぐらい泊まれるらしいが、
それでもいっぱいのことが多いらしい。
それも学生旅行シーズンとかでなくても。

今回ももう10月だから学生旅行シーズンを過ぎている、
そんな状態で予約が必要な宿って何?

とりあえず3日前に一応予約のメールをおくってみるとすでに満員だった。
でも当日にキャンセルが出るかもしれないからよるだけよってみてという返事が返ってきた。

この時点ですでに非常にやばそうな感じがすごくしていたけど、
まあこの日本人宿はどこに泊まるにしても通り道のところで駅からも近いので一応行ってみることにする。

そしてその噂の日本人宿に着く、
1階は絨毯屋で2階からが宿のようで、
1階にいたトルコ人が日本語がやたらできて、
予約がないなら管理人が4階にいるから上まであがってといわれた。

そしておそるおそるあがっていくと、
階段の踊り場からすでに部屋がまるみえだった。

そこには・・・

せまい部屋に2段ベットがいっぱい
(完全ドミトリーで10畳ぐらいの部屋に2段ベット5個ぐらい)
し・か・も、
今は午後4時ぐらいなのにいっぱい人が寝てるー!

怖い、怖いよここ、
と思いながら3階にあがると・・・
ここにもいっぱい人が寝てるー!

部屋の雰囲気もすごく薄暗くて捕虜収容所か?
それとも死体置き場かここ?
というぐらい陰鬱。

すでにこの時点でこれは予約取れなくてよかったな、
と思いながら最後の4階へと上がる、
ここはキッチンと居間みたいになっていて、
そこには・・・

10人ぐらいなにするわけでもなくマンガとか本読んでるー!

ちょっとまってよー、
ベットに寝てるのも合計で10人ぐらいはいたと思うぞ、
そこにこいつらを足したら?

ほとんど全員この時間に宿にいて何にもしてねー!

確かに外はちょっと小雨が降ってるけど、
それにしてもこれはないでしょ。

とはいえここまで上がってしまったし、
他の人も私を見ているのでこのまま何も言わないわけにもいかない。

その辺にいた人に管理人はどこですか?
ときくと下にいなかった?掃除しているはずだけど。
といわれた。

それなら下に行くしかないなー、
という感じで降りていくフリをして

猛ダッシュで逃げる!

まかり間違って管理人にでも会って、
しかもベットあいてますよ
なんていわれたらかなわん!

物音を立てないようにして、
でも急いで下に下りてこの捕虜収容所を後にした。

南米の日本人宿とはまったく違う、
あまりにも雰囲気最悪の宿だった。

同じような感じのアルゼンチンの日本人宿は、
最低1ヶ月、数ヶ月当たり前、半年、1年なんて人も結構いるぐらいのまさに沈没者のみの宿。
たぶんそれに近い感じがここもあると思う。

無駄に生きている人たちとは話が合わないので泊まれなくて本当によかった。

このあとガイドブックにのっているホテルに行って安かったので泊まる。
シングルで約9ドルぐらい、
ちなみに日本人宿はドミトリーで5ドルと書いてある。
あれで5ドルなら数日しかいないし9ドルでシングルで十分だね。

それにしても恐るべし、イスタンブールの日本人宿!
あそこに泊まれるんならどんなボロい宿でも泊まれるよ、
私が泊まった南米のすべての宿よりも遥かに最悪な感じだった。


『イスタンブール観光』

ついた日はホテルに入ったらもう午後6時過ぎで、
あんまり何にもやれないで終わってしまう。

2日目からはまあそれなりに観光を始める。
この時期のイスタンブールはちょうど秋ぐらいになり、
気温も20~23℃ぐらいですごしやすい。

そしてヨーロッパからの観光客もいっぱいいてまだまだ旅行シーズンといった感じ。

イスラム教の国なのでモスクがいっぱいあり女性は頭を覆うスカーフをしている人が多い。

観光する場所はそれなりにあるんだけど、
なんかやたら物価が高い。

トルコといえば物価が安いことが魅力のはずだったのに、
やたら物価が上がっている。

ガイドブックのデータは2004年ぐらいなのに、
まだ2005年ですでに1.5倍ぐらいの上昇、
インフレすごすぎないか?

昔は安かったはずなのに・・・、
ユーロに加盟するとかそんな話があるから高くなっているのだろうか?
しかも今年からあの1ドル=100万リラとかとんでもない値で札が0ばかりで面白かったものがゼロを6個もとって、
1新リラ=100万リラになってしまった。
これも物価の上昇をすごく助けているような気がする。

ホテルだけは安いんだけど、
ホテル1泊9ドルぐらいなのに、
食事が1食最低でも5ドルぐらいはかかる。
普通に食べると10ドル近くにもなり、完全に先進国並み。

トルコにいる間はせめてお金をあんまり使わないですみそうだと思っていたのに予想外の出費が多い。
なんかやたら観光にお金がかかるんだよねー。
ちょっと博物館とか行くと7,8ドルぐらいかかる。

でもとりあえずヨーロッパの始めなのでゆっくり観光してまったりしてます。


イスタンブール


『トラベルエージェンシー』

イスタンブールではなんかトラベルエージェンシーに2回連れて行かれた。
始めはホテルのフロントのお兄ちゃんで日本語が話せるインフォメーションがいるけどいくか?
といわれてついていったら普通にトラベルエージェンシーだった。

もう1回はミュージアムの前でたっていたら、
お兄ちゃんに話しかけられてしばらく一緒に歩いていろいろ話していたら最後はトラベルエージェンシーに連れて行かれてた。

トラベルエージェンシーはどちらも大体言うこと同じ。

トルコはあぶないよー、
ローカルバスだと旅行者は自分だけであとはトルコ人だけだよー。
といってくる。

でも私の返事は、
いや南米より全然危なくないから、
あと南米では旅行者自分だけというのが当たり前なんで全然問題ないです。


それにカッパドキア(有名な観光地)ローカルバスで12時間とかかかるよ、
バスもいまいちだし遠いいでしょ?

いや南米は12時間ぐらいからが普通の移動なんで、
隣町みたいなもんだよ、
ボロいバスも山ほどのってるから関係ないね。


ホテルは?
ホテルはどうするつもりなの?
1泊20ドルぐらいかかるんだよ、ツアーならそれらはすべて含んでるよ。

一泊5ドルぐらいの安い宿に泊まるつもりだからいいです、
ボロい宿もいっぱい泊まってなれてるので大丈夫よ。


食事とかもお金かかるし、現地の移動も大変でしょ、
ツアーならすべてはいってるしガイドまでいるよ。

ガイドなんて要らないし、自分で移動するけど、
それならツアーはいくらぐらいなの?

600ドル

高い!
200ドルならいってやるよ

200ドル?
バカいってんなよ、移動とホテル代でそれぐらい行くぞ!

でも安ホテルとまっていけばそれぐらいでもいけると思うんだけど。

この時点ですでにこいつはなしになんねー、
見たいな感じになるんだよねー。
すごく重い感じ。

それでも200ドルといっていると、
350ドルぐらいまで普通にそのままの内容で下がる。

じゃあ始めの値段はなんだったんだ?

安くはなっているけどそれでも私の計算からすると高い、
結局さっぱり折り合わなくて追い出されるようにして交渉が終わる。

でも商売成り立ってるんだからそれでいく人もいるんだろう、
トルコ人の押しと人のよさで何とかなるのかな。

『ハマム』

ハマムとはトルコ風のお風呂で垢すりで有名、
せっかくトルコに来たのだから行ったおかなければ行けない観光名所。

なんだけどトルコの物価が上がっていることもあり、
このハマムもやたら高い。
一昔前なら5,6ドルぐらいだったらしいけど、いまや20ドルを超える値段。

たかが垢すりでそんなにとるものなのか?
まあ私が行ったのはツーリストがよく行くところなので、
その分高いような感じだけど、いくつかまわってもだいたい同じぐらいだった。

高いから観光をしないというのなら、
こなければいいじゃん!
というのが最近の私の旅行のスタイル、
バブリーパッカーなので抑えるところは抑えるけど観光にはお金をいとわない。

ということで高かったけどいくことにする。

入り口でお金を払って服を脱ぐために2階に上がり1畳ぐらいの小さい個室へといく、
ここで服を脱いで腰にタオルを巻く、
でもこのあとどうすればいいのかわからない。

部屋からでようにもなぜかしたから丸見えで、
しかもタイミング悪く中国人?の女の子が5人ぐらいいて他の人を待っている。

別に見られても困りはしないけど、
見せて歩き回るわけにも行かない。

どうしたものかと5分ぐらい悩んでいたけどよびにもこないので、
しょうがなく上にTシャツをきて出ると、
すぐに呼び止められて上も脱いでこいといわれる。

脱いででるとまた下に下りろといわれる、
下に下りるとそのロビーの前につくことになる、
なんかもうちょっと何とかならんものなのか?
ロビーに人がいっぱいいる前をわざわざ通ってお披露目して風呂へと行く。

中に入ると吹き抜けのかなり広いスペースがあり、
スチームサウナのようになっていてそこで寝転がって待つ。

15分ぐらいで汗がいっぱい出て良い感じになる、
すると垢すりの人がやってきて垢すりが始まる。

厚手の手袋のようなものを使ってゴシゴシとこすっていく、
これがけっこう痛い、でもそのおかげで垢がいっぱい取れてきた。

私は風呂はいつも石鹸をタオルを使わずにそのまま塗るみたいな感じなので垢が取れにくい。
まあバックパッカーはだいたいこんな感じでしょう、
貴重なタオルを体を洗うのに使っていたらいくらあっても足りないからね。

5分ぐらいで垢すりが終わり、
アワアワの石鹸で体を洗ってついでに頭も洗って終了。
合計10分ぐらいで終わりだった。

高い割には結構短い、
ツーリストの店だからかな?
それとももともとこんなものなのだろうか?

まあ垢はいっぱい取れたからきれいにはなった。

なんかねー、ちょっと肌の色が戻った感じ、
黒かったのが少しだけ白くなった、
どうやら南米の垢がやっと落ちたようだ。

このままどんどんめくれて真っ白に戻らないものだろうか・・・


ハマム



垢すり後の自分

投稿者 nabe : 16:53 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月02日

お金は分裂増殖するもの?

ヨーロッパ旅行とはさっぱり関係ないけど、
ちょっと前に書いてアップできなかったのでせっかくなのでアップしておきます。


最近ちょっと困ってます、
というのも株が売れないから。

もちろん売ろうと思えばいつでも売れるんだけどなかなかタイミングがない。
本当はこのヨーロッパ旅行に行く前に売って少し減らしておこうと思ったんだけど、
ほとんどの株は9月末で決算を向かえ、この9月末に持っていると配当というものがもらえる。

これが実はかなり馬鹿にならないお金になる、
私はもちろん今は給料とかは一切なくて収入はないんだけど、
この株の配当だけで年間7,8万円ぐらいの収入になる。

無職で旅行していてお金が減る一方の私にはこれはかなりよい、
特に最近は日本企業も景気を持ち直しつつあり業績がよくなっているので、
そのぶんさらに配当もよくなっている。

南米から帰ってきたら、
前回の9月決算分(配当はだいたい12月ぐらいに分配される)と3月決算分を集めたら、
ちょっとした給料?ぐらいのお金になっていた。

このために配当目当てで売れないというのが1つ、
でもそれ以上に株がやたら上がるから売れない。

なんか日本経済やたら調子よくなってきているみたいなんだよねー、
原油がすごく高騰している割には景気はさらにさらによくなっていく。
景気がよくなれば当然株価も上がる。

だいたい株価は全面高になっているのでそれに伴って私の株かも上昇、
特に鉄鋼がすごいことになってるんだよねー。

まえにHPのショッキングな出来事でかいた

2004年3月期末株式損益 ('04 4/4 up)

のときに、
鉄鋼が熱い!
と思って買ったんだけど、

まあ予想通りに熱かったんだけどそれがちょっと度を越して熱くなりすぎた。
かなり上がって1株300円を越えたのでそろそろよいかもなーと思っていたところで、
1週間で100円ぐらい一気に上がっていった。

なんか1日30円とか上がったりもしていた、
1部上場でしかもこの値段の株だとこの上がり方はかなり異常、
1日で1割の上昇なんてこんな大きい会社ではなかなかないです。

で、100円上がるということは1単元株が1000株で2単元持っているので・・・

20万円増!

しかも2種類持っているので
倍率ドン、さらに倍!

1週間で40万円増!

これはちょっと上がりすぎだねー、
あきらかにバブルっぽいよねー、
でもこんなに上がられると売れないんだよねー。

ということで株で儲かっているんだけど、
実際手元にお金がさっぱり入ってきていないので全然実感ない、
まえからそうだけど本当に株はゲーム感覚。

このところ日経平均がどんどん上がっていって、
結構いろいろな種類を持っている私はほとんど日経平均の上昇率に連動して株が上がるようになっているので、
実は南米旅行と今回のヨーロッパ旅行代金を株の儲けで相殺してしまう感じ。

このまま日経平均が14000円ぐらいまで上がってくれないかなー。
そしたら世界一周旅行分ぐらい稼いでくれそうなんだけどなー。


こんな感じで、
お金は勝手に分裂増殖していくもの
みたいです。

まあ私はそんなにたいしたことないけど、
株とかで私が体感した感じだと、
お金持ちは本当にそんな感じだと思う。

億単位のお金を持っている人とかは、
直接株をやらなくてもファンドとかに預けたり、
投資を委託したりしているだけで今の状況だとどんどん増えていく。
年間数百万~数千万単位で当たり前のように増えるだろうね。

お金って使わないと勝手に増えるじゃない?

という感じになること間違いなし。
お金を持っている人にさらにお金が集まる、
まさに資本主義万歳な感じだねー。


私が思うに、
本当は一番儲けなければいけないのは、
実際にその会社で働いている人たちなんだけどねー。

特に今の1部上場とかの企業はすごーく大変みたいだし、
なにせリストラの嵐で人を大量に減らした。
そのおかげで人件費が激減してそこへ今の景気の回復がはいってきたので、
企業の利益はバブルのころをさらに抜いて過去最高というところがいっぱいある。

でもその中身はというと、
人が減った分を残った人が今まで以上に働いているだけ、
リストラのころは採用も減らしていたので下からも人が入ってこなく、
最低でも1.5倍、上の方の人は2~3倍ぐらい働いているんじゃないかな。

今景気がよくなって人を増やそうといってもそんなにすぐに使い物になるわけでもないし、
いつまでこの景気が続くかもわからないのでどっちにしてもあんまり採用しない。

そして給料はそんなに増えていないのが現状、
なのでこの利益の上がりは、
ただ働いている人の給料を働いている分だけ払わないでカットしているから儲かっているだけなんですねー。
(まあ一概に全部ではないけど利益のうちでも結構大きいウエイトを占めるはず)

そしてその利益はというと、
お金をいっぱい持っているお金持ちが株として吸い上げていっているんですねー。

それでいいのか日本のサラリーマン?

私はおかげで儲かるからいいんだけどね。

まあ普通は子供や家族がいたりするだろうから、
そうおいそれとやめるわけにもいかないし、
まだ仕事があるだけ幸せというのが現状なので仕方がないのでしょうか?

でもやっぱり日本人は会社に頼りすぎ、
頼りすぎだから会社にいいように使われてるんだよね、
大きい会社に入ったらもったいなくてやめられない、
という考えがあんなに働かせるのかなー。

無理しなければいくらでも何とかなるものなんだろうけど、
仕事しているうちはあんまりそういうのも見えてこないのかな。

客観的に見ると、
どうなのそれは?
もっと遊ぶことも考えて方がいいんじゃないの?
という感じです。
(まあ私はちょっと遊びすぎだけどね)

でも日本のサラリーマンが気づかないでいっぱい働いてくれるのはすごくいいこと、
そのまま気づかないでいっぱいいっぱい働いて株価を上げてくれ。

ちょっとだけ気が引けるけど、
まあ働いている人はそれで満足しているんだからよいだろう。

ということで、

頑張れ!
日本のサラリーマン!
世界の果てから応援してるよ!

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2005年10月01日

旅行3日目「とりあえず旅の始まり」

ヨーロッパ日記 その1

旅行3日目「とりあえず旅の始まり」

10月1日

ついにヨーロッパ旅行が始まりました。
始まるまでの1週間ぐらいはいつも午前8時ぐらいまで起きて、
昼過ぎに起きて旅行の買出しをして、
夜は情報収集とか旅行の準備で大忙し。

なのでかなり体調が悪い、
まあ南米のときもそんな感じだったけど、
今回はマレーシア航空なのでマレーシアの首都クアラルンプールによる。

ヨーロッパ旅行がメインなのでアジアには興味ないけど、
目的地のトルコのイスタンブールへの飛行機が週数便しかなく、
乗り継ぎの関係で4日間のトランジット待ち。

まあアジアは物価が安いし、
体調が悪いからそこでまったりして回復してからヨーロッパに入ればちょうどよいぐらい。

ということで旅は始まったけどまだマレーシアで、
今回の旅の始まりの地のトルコへはまだついていません。

体調はちょっとづつ回復しつつあるのでちょうどよい休養だった。

さて今回の旅の準備で一番問題になったのは

体重

前回の南米旅行で思いのほかに激ヤセしてしまい、
62kgぐらいまで落ちてしまった。

身長からいくと65kgぐらいが適正なのでややヤセ気味となるんだけど、
もとがやや太り気味ぐらいからだったのでその差はかなり大きい。

南米の最後のブラジルでは結構食事をよく食べていたので、
これってもしかして病気じゃないのか?
とかなり不安になるぐらいだった。
戻ってきて1ヶ月ぐらいしてちょっとづつ体重が増えていったときにはかなり安心したぐらい。

病気じゃなければ普通ならやせた方が動きもよくなるし、
健康にもいいからよいことばかりのはずなんだけど、
旅をしているとなると実はそうでもない。

体重が減ると格闘技とかと同じでパワーがかなり減る、
体重=パワーといった感じなので体重が減るのは旅行者には結構大問題。

旅行に出る前はバックパックは20kgを越えていたけど普通に持ち歩いていたのに、
帰ってくるときは重いなーと思って持っていて空港ではかったら15kgぐらいしかなかった。

ただでさえ旅行に出ると体重が減る傾向にある私、
今度の目的地は物価が高いヨーロッパ、
いっそう減りやすい状況になる。

なので南米で減った分をすこしでも戻しておかないとバックパックが重くてしょうがない。

で、一応気にしてあんまりうごいていなくてもよく食べるようにしていたんだけど、
南米でかなり胃が小さくなってしまったのでちょっと食べただけでもすぐに腹がいっぱいになる。

結局出発時の体重は65kg程度にしか戻らなかった。

さて今回の旅では果たしてどうなるかな、
スタートがこのぐらいだと50kg台に突入するかも・・・

投稿者 nabe : 19:08 | コメント (0) | トラックバック