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2006年10月24日

『コルカタ観光』

『コルカタ観光』

アジア日記 その6-5


インド鉄道が12時間も遅れたおかげでコルカタには今日しかいない、
すでにいろいろあってついでに体調も悪いのだけど旅行者なので観光しないわけには行かない。

そんなコルカタの観光はというと

見所さっぱりない!

ある程度予想してきたのではあるけど、
インドにはネパールから入って地方都市にしかいったことがなかった。

インドといえばいまや中国と同様に大発展の最中、
インド最大の都市はムンバイでその次がこのコルカタ、
それはそれはすごいところのはず。

都会の町の雰囲気を楽しむだけでもいいかなーと思ってきてみたら

田舎だった・・・

いや田舎ではないんだけど高いビルとかさっぱりなくて2,3階建ての家ばかり、その家も古いし、町も汚い。

まあそれがインドなのかもしれないけど見所さっぱりないのであえて来る必要はなかった。
しかもインド鉄道のおかげで9時間で来れるところを21時間もかけてまで・・・

そんなコルカタの中で唯一?の見所がカーリー寺院、
カーリーはヒンドゥー教の神様。

さっそくいってみると平日の昼間なのに人がいっぱいいる、
インド人ははたしていつ働いているのだろう?

人口多いからか町には無駄に座っている人とかもいっぱいいるし、
この町といい、インド人といい、インドの発展にはまだ30年ぐらいかかるんじゃないの?

中国はものすごい勢いで発展してるのにねー、
まあ中国人はすごく働き者だからね、
インド人とは全然違う。

ヒンドゥー教はよく知らないけどこのカーリーという神様はなんか生贄が大好きみたい。

羊(なぜか子羊)を生贄にささげるんだけど、
それを次々にやっているみたい。

旅行者でも普通にみれていってみるとちょうど儀式の最中だった。
家族の人がその儀式台の近くにいてお祈りしている。

そこへ子羊つれてこられる(しかも2頭も)、
子羊あきらかに自分の死期を悟っていてめちゃ鳴いている。

まあそれもそうだ、
なにせあたりはその生贄にされた子羊たちの血で一面真っ赤なんだから。

そんな子羊を係りの人はなれたもので首を木の固定具で固定して、
でかい曲刀で

スパン!

見た目切れ味悪そうなのにあんなにあっさり切れるものなんだねー、
すぐに2頭目がおなじようにセットされてまた

スパン!

そして神官みたいな人が切り落として出た血をお祈りしている家族のインド人のおでこに塗りつける。

えーーー!
なんでそんなことするの?
という感じ。

そしてその家族がでていくと子羊の死体をすぐに片付ける、
でも血のりはそのまま。

だってすぐに次が来るんだからいちいち拭いてられないでしょ?
ぐらいなつもりなのだろう。

なんなら首とかも全部山積みにしてもいいんだけど、
それだとどれが今の生贄だったかわからなくなるからやらないんだよ。
と勝手に想像しておいてみた。


そしてすぐに次の家族がやってくる、
また子羊が鳴きながらつれてこられる
そして

スパン!

ひたすらこれを繰り返すようだ、
とにかくここはかなり有名みたいで参拝に訪れる人が列を作るほど、
お金がある人は子羊を買うことでこの儀式をすることができるみたい。

ヒンドゥー教の人にとってはこれがこの上ない幸せなのだろうか?

インド人ちょっと怖いよー。

あとは見所ないので適当に町をぶらぶらする、
といっても日本の田舎の街以上に見所がない、
中途半端に都会でもあり、そのうえ店はほとんどないので旅行者にはまったくみるところがない、
コルカタにきたのは失敗だったかも。

こんな感じで旅行中は毎日がいろいろおきます、
いったことがないところばかりに行き、初めてのことばかりするので毎日イベント盛りだくさん。

2年旅してかなり慣れたとはいえ、今でも新しいこといっぱいおきます。
まあそれもあと1ヵ月半ぐらいでこのアジア旅行終了で終わりの予定ですが。

投稿者 nabe : 21:35 | コメント (0)

2006年10月23日

『お金が・・・』

『お金が・・・』

アジア日記 その6-4


鉄道のチケットをとりあえずホテルに戻る。

私は現地通貨はほとんどATMからのクレジットカードでのキャッシングを使っている。

旅行中荷物の盗難などの際にキャッシュを持ち歩いているととられたらそれまで。
それを防ぐためにTC(トラベラーズチェック)というものがあるけど、これも意外と使い勝手が悪い。

アジアでは結構普通にいくらでも変えられるみたいだけど、
南米、アフリカでは非常に使い勝手が悪く変えられるところがほとんどない。

ついでにTCは作るのにまず手数料がかかる、そして変えるのにもまた手数料がかかる。
そこから考えるとTCが一番コストパフォーマンスが悪い。


ドルキャッシュが一番使い勝手がよくコストパフォーマンスもいいんだけど、
ドルキャッシュだってドルを作るのに手数料が取られている、
そして現地通貨に変えるときはレートが少し悪くて結局手数料を取られているのと同じ。

キャッシングでは100ドル分の現地通貨おろすとだいたい200~300円(キャッシングの時期による)ぐらいの利子がかかる。

日本でまず100ドル作るとだいたい1ドルにつき2円ぐらい手数料を取るのでその時点ですでに200円、
さらにそこから現地通貨に変えるのにまた100円ぐらいかかるので300円

結局実はATMからキャッシングして利息を払っても損ではない、
荷物の盗難とかの時のリスクを考えるとキャッシングの方が安全でコストパフォーマンスが一番いいとなる。

でも日本人旅行者は意外にみんな現金かTC使ってるんだよねー、
あんまり何にも考えてないのかな?
欧米人とかはキャッシング使ってる人多いけどなー。
(まあ奴らはドルとユーロとだから両替手数料も少ないけどね)


さて話がそれましたがATMを使っている私ですが、
そうは言ってもドルキャッシュは必要になる。
ビザを申請するのに必要だったり、国境の町ではATMがないのでそこではドルキャッシュで両替したりする。

そんなわけでドルキャッシュとTCも盗難のときようにもっている。
内訳はだいたいどちらも1000ドルぐらい。

TCはさっぱり使うつもりはなくて荷物一式(クレジットカードとかも含む)すべてがなくなったときに、
なんとか再発行して飛行機で日本に帰れるぐらいあればいいかなーと持ち歩いている。

ドルキャッシュはたまーに使うだけでほとんど使わない。

ただ最近ネパールのビザやインドルピーの両替にちょっと使った。

荷物の中にいろいろと分散していれているのでその配分が使ったことによってくるってしまったので、それを直すためにお金の整理をする。

さっそく貴重品いれをあけて見ると


お金が・・・


あんなに注意していなのになぜ?
結構海外ではホテルとかでお金の抜き取りとかがあったりする。
全部盗むとすぐにばれるので一部だけ盗むというもの。

噂には聞いたことはあったけど、
私はもちろん常に警戒していてホテルの中でも荷物は常に鍵をかけている。

まあ当たり前なんだけど日本人は結構開けっ放しで貴重品置いたままでいったりする人多い、
それで盗まれたとか騒いでいるけどそりゃ海外じゃしょうがないよ。

さらに私の貴重品入れは南京錠をかけてある、
鍵をはずすか切り裂いたりして壊さない限りは取り出せない。
さらに私はお金はほとんどすべて封筒に入れてふたをしてある。
ある程度使ったらあけてまた別の封筒にいれるというようにしてあり、
この封筒を開けない限りお金は取り出せない。

だから盗まれたりしたらすぐに判るようになっている。
一応定期的に警戒してチェックはしていてそれまでまったく問題なかった。

そもそも普通の人よりはかなり厳重にしてあって、
もちろんこれまで2年近く旅しているけど1回もお金どころか物も盗難にあったことがない。

であるにもかかわらず、

お金が・・・

お金が・・・


増えてる!


なんで増えてるんだろう?
誰か部屋に忍び込んでわざわざ南京錠の鍵をあけてドルを入れていったのかなー、

なんていい人がいるんだ!


まあそんなわけはないだろうけど、
なぜか貴重品入れをあけていつもATMのレシートとか1ドル札を入れているところをみると

20ドル×10枚
50ドル×1枚

合計250ドル!

もでてきた。

うーんさっぱり見に覚えがありません。

アジア旅行をはじめて1ヶ月たっているのにはじめてみました。

250ドルはかなりの高額、
いつも銀行でドルパックを買っていてその封筒のまま持ち歩いているのでこんなに高額のバラの紙幣なんてないはずなんだけどなー。

やっぱり誰か親切な人がわざわざきちんと鍵とかを開けて私の貴重品入れに忍び込ませたとしか考えられない。

世にも不思議な物語でした。

投稿者 nabe : 20:34 | コメント (0)

2006年10月22日

『列車のチケット購入』

『列車のチケット購入』

アジア日記 その6-3

インドはネパールから着てからまだ1週間しかたっていない。
その間に移動は前日の移動のみでまだあんまり勝手がよくわかっていない。

インドの鉄道のチケットは駅とか街中のチケットオフィスで買うことができる、外国人専用の窓口というものがあり(インド人と一緒に並んでいたら何時間待たされるかわかったものじゃない)比較的簡単に買えるとガイドブックには書いてある。

そこへ行ってみてもいいけど鉄道駅がホテルから4kmぐらい離れていてかなり遠い、行くのもバスとかあるけどめんどくさい。

そこで旅行会社を使うことになる、
手数料を払えば旅行会社が代わりにチケットを取ってくれるというサービスをしていて、
だいたい1枚50ルピー(125円)ぐらいの手数料。

インドは物価が安くてそもそも列車が昨日の9時間乗る予定の列車の寝台車で216ルピーしかしない。

そこから考えるとちょっと割高と思いえるけど日本人にとっては(私にとっては?)ただみたいなもの。
前回の鉄道のチケットもこの方法で手に入れた。

早速旅行会社を探すけどあんまり数が多くない、
初めに入ったところはなんかやる気ないのか、
手数料だけで200ルピーとかいってきてすぐにでる。


次に入ったところは50ルピーとまあ普通の手数料。

今回はコルカタからアーグラーという町まで19時間ぐらい1200kmの移動、
インドはネットでもチケットの予約とかもできる。
もちろん私もそれで予約をしようと前日に12時間の遅れでよれよれになってついたその日のうちに移動のチケットを確保するつもりでネット屋にいった。

手続きは順調に進んでクレジットカードで支払いをするときに、
三井住友ビザカードのセキュリティーが入ってしまいエラーでチケットが買えなかった。

それでしょうがなく旅行会社に来ているわけだけど、
買おうとしていた列車はいくつかクラスがあり、
当然長距離なので寝台車をつかうのだけど寝台車はAC(エアコン付き)とファン(扇風機)に分けられる。

それぞれには2段ベットと3段ベットがあり2段ベットのほうが高い。

値段はACはファンの2倍から3倍する、
一応経済的に旅行をすることも考えているのでファンも調べてみたけど、
安い寝台だからかもう満席でウェイティング(待っている人)が100人以上だった。

これはいけないとACをみると高いからかいっぱい空いていた。

そこでこの旅行会社でもACを買おうと思っていたんだけど、
店のおっちゃんがファンも買えると言い出す。

550ルピーだせば買えるけどどうするといわれる。

えっ?
でももうウェイティング100人以上まってるはずなんだけど?

大丈夫だ、買える!

いやでも明日のチケットだからもし買えなかったら困るんだけど本当に買えるの?

大丈夫100%、買える!

なんかよくわからないけどとにかく自信があるようだ。

えーとそれで値段なんだけど、
確かチケットはネットで見たら413ルピーだったと思うんだけど手数料50ルピーで何でその値段になるの?
と聞くと、

いいところに気づいた、それだ!
それが100%買える理由だ。

というと?

多い分はワイロだ、それを係員にわたせばウェイティングでもチケットが手にはいる。

なるほど非常にわかりやすい資本主義だ、さすがインド。

ちなみにACはというとそっちは1256ルピーになるといわれた。
うーんとたしかACがウェイティングではないはずなんだけど、
チケット1106ルピーで何でそんな値段になるの?
というと、

ああ間違えたといって1156ルピーになった、
でもあきらかに1106ルピーに手数料150ルピーを計算機でたしていた。

なんにも言わなかったらその値段になっていたのだろうか?
まあインドの鉄道のチケットはすべて値段がはっきりと書かれているのでそのときにもわかっただろうけど、
インド人は気を抜くといつの間にか計算変えていたりするから注意が必要。


で、ACとファンどっちにする?
ときかれて。

うーん、ACで!

なんかもう気持ちがACにいっていたし、
そもそも私はあんまりお金にこだわる人でもない、
コストパフォーマンスが重要。

19時間も乗るので快適なほうがいい、
ファンもこの時期はそんなに暑くはなかったし悪くはないんだけど、
インド鉄道の遅れのすごさを見て9時間走るのに3時間も遅れるんだったら19時間走るのには何時間遅れるの?

遅れを考えると24時間ぐらい乗ることになるかもしれない。

ファン:550ルピー(1430円)
AC:1156ルピー(3005円)

たった1500円払うだけで丸1日快適に過ごせるかどうかが変わる、
バブリーパッカーとしてはやっぱりACでしょう!
ケチる値段じゃないよ。
(でも日本人でACの寝台乗っている人ほとんどまったくいないけどね)

ということでAC寝台でのチケットを買ってもらうことにする、
3時間後に帰ってきたらもうチケットは取れていてそのままチケットをくれた。
うまく使えば旅行会社はなかなか便利でよいです。

投稿者 nabe : 19:34 | コメント (0)

2006年10月21日

『日本に郵便物を送る』

『日本に郵便物を送る』

アジア日記 その6-2


旅行をしているとどうしても無駄なものが増えてきてしまう。

その際たるものがガイドブック、
もともとは非常に重要なものだけどその国が終わってしまうとまったく役に立たない、
そして日本のガイドブック「地球の歩き方」はすべてカラーページだからなのかとにかく重い。

まあもう使わないんだから捨ててしまえばいいのだけど、
私はせっかくならコレクションとして自分の行った国のガイドブックを集めている。

たまにみてムフフーンとしたり、
結構いろんなところにいったなーとウフフーンとうっとりしたりするのに使う。

今回はチベットが2冊とネパールがいらなくなってしまった。

かなり重いので捨ててまた買うかな?
まだ旅行は2ヶ月ぐらい続くのでたぶん合計1kgぐらいあるガイドブックを持って歩き続けるのはあまりにも無駄。

1冊2000円で3冊で6000円ぐらいするけど2ヶ月1kgの荷物を持ち歩くことを考えたらそんなの買いなおせばいい!

ただ日本へ送り返すという手もあることにはある、
南米のときはお土産とかを送ったりしていた。

でも日本に荷物を送るのは結構めんどくさい、
税関検査が必要なことがほとんどで町の一番大きいGPOという中央郵便局に行き、
そこでパッキングする前に荷物を税関検査員にチェックしてもらってそれからパッキングして出すということになる。

まあとにかくめんどくさい、
その手間を考えるとやっぱり捨てて買いなおしたほうが楽でよい。
(ブラジルでは街中のその辺の小さいオフィスでも国際郵便普通に送れた、日本でもおくれるし、国によっては簡単におくれるところもある)

と思ったんだけど、
よく考えたら本は封筒に入れてポストカードと同じように普通に日本にエアメールで送ることができるはず。

いくらぐらいかかるのだろう?とガイドブックを見てみるとインドの郵便はめちゃくちゃ安かった。
ついでに本とかの印刷物はさらに安く送れるらしい。

ちょうど近くに郵便局があったので近くで封筒を買って持っていってみる。

人口過多のインド、列車のチケット売り場とかはいつもすごく混んでいて大変、
郵便局もそんなに数がないしやっぱり混んでいるんだろうなーと思ったら、予想外にガラガラ。
日本の郵便局より空いていてびっくりした。

インド人は英語が公用語の1つとなっているので言葉の問題もさっぱりなし、
さっそく窓口にいってこれ送りたいんだけどいくらかかるの?と聞くと、重さを測ってくれた。

ガイドブック3冊の重さは・・・

1.2kg!

めちゃくちゃ重い、
今回は中国、チベット(2冊)、ネパール、インド、パキスタン(コピー)、ベトナム、カンボジア、タイのガイドブックを持っている。

さすがにあまりにも重いので中国、インドが無駄にめちゃくちゃ厚いのでバラバラにして軽量化、あと終わったものから順に捨てていくこれで少しは軽くなる。

それにしてもおそらく出発当初で4kgぐらあったのじゃないかな。

まあそれはいいとして1.2kgでいくらになるか聞くと、

302ルピー(785円)

日本じゃ宅急便の最低料金ぐらい、
それがインドから日本へのエアメールでしかも1.2kgもある。
インド荷物送るには最適の場所。

こんな安いのだからもちろん送ることにする、
印刷物だからかなのか封筒の一辺を見えるようにあけなければいけなかった。

ポストカードを送るのとまったく同じ感じで、
あて先をAir Mail To Japanとかいて後は日本語で書くだけ、一応英語でも書いておいた。

送り主はコルカタの住所書いてといわれたので、
ホテルの住所かいてもしょうがないから日本領事館の住所を書いておいた。
日本の電話番号も書いておいたので最悪コルカタにもどったら電話かかってくるかも。
まあ戻ることはないだろうけどね、途中でなくなるかちゃんとつくかのどちらかだろう。

投稿者 nabe : 18:33 | コメント (0)

2006年10月20日

『今日の出来事』


アジア日記 その6

『今日の出来事』


旅行をしていると毎日いろいろなことが起こります。
今回はそんな旅の1日の出来事を書いてみます。


10月16日(月)旅行35日目

コルカタ(インド)


朝8時過ぎに起きる、
前日にインド鉄道のすごさを見せ付けられる。

午後10時にくるはずがきたのが翌日の午前4時半、6時間半の遅れ。
そもそもこの列車は普通にくれば翌日の午前7時つくはずのもの。

まあなんとか9時間かかってつけばいいかと思ったら、
たった9時間の距離をさらに6時間も遅れて翌日の午後7時半にやっとたどり着く。

朝つけばその日丸々使えると思ったのに夜に疲れては予定も何もあったものじゃない、
12時間の遅れはさすがインド鉄道だ。

おかげさまで体調も悪くなり朝起きたらちょっと喉が痛かった。

でもコルカタは2日の予定でそれが1日減ってしまったので今日観光しなければいけない!

余裕ないけどとにかく何とか観光に出かける。

投稿者 nabe : 18:32 | コメント (0)

2006年10月18日

『チベット』


アジア日記 その5

『チベット』


チベットのラサに77時間かけてよれよれになりながらたどり着いた翌日、
さっそくラサを観光するけど予想していたのと全然違った。

チベットといえば世界に残る数少ない秘境の1つ、
そこにはいまだ昔のままの暮らしをしている人がいる。

そしてチベットといえばチベット仏教の総本山、
チベットの仏教はかなり敬虔な信者が多いことで有名。

そんなところを予想していってみればそこは・・・

中国人ばっかり!

一昔前は中国人が増えていたとはいえまだまだ全然少なかったらしいけど、
いまや町は中国人であふれかえっている。

それもすべて鉄道が開通したから、
この7月に開通した鉄道は一気に中国人を増やしたみたい。
毎日北京から1便、その他にも上海からとかいくつかの都市から来ていて毎日1000人以上輸送できるようだ。

おかげさまでチベットには中国人があふれかえる、
以前は外国人ばかりのはずだった宿がいまや中国人ばかりの中国人宿になっている。

そんなチベットは町もかなり開発されていて他の中国の地方都市と変わらないぐらい。

もはや秘境のチベットはどこへやら。

でもチベット仏教は変わらない!
と思ったけどそれもそうでもなかった。

チベットの僧侶は中国が進行してきたときにダライラマを含むほとんどの高僧がインドへ亡命してしまった。
おかげでそもそも僧侶がすくない。

そしているといえば亡命しなかった人なのでやっぱりあんまりたいしたことない?(勝手な想像だけど)

ジョカン寺というラサの中心にある一番有名なお寺にいってみたけど、僧侶さっぱりいない。

いても中国人の警備員とひたすら話をしていたり、
売店の横で寝ていたりしている。

チベット仏教も終わってる!

でも信仰心の方はかなり残っていて、
僧侶よりも普通の信者の方が熱心で五体倒置(地面にうつぶせに倒れこむお祈り)をしている人もいっぱいいた。

本当はいくつか近郊の見所を回ってみようかと思ったけどチベット仏教終わっているからやめてしまった。

『中国旅行の大変なところ』


そんななかでもダライラマの王宮のポタラ宮、
チベットに来る人は必ず知っているところで一般の人も写真とかでは見たことがある人も多いはず。

これもラサにあるので見に行くのだけど、
有名なだけあってここに来る人はほとんどの人が見に行く。

入場制限もしていて人がいっぱい来るので前日で整理券をもらわなければいけない。

前日の午後5時から整理券を配るけどこれも結構混んでいるので早めにいって並ばなければいけないらしい。

早目ということで午後4時ぐらいにいってみるとさっぱり人が並んでいない、そもそもチケットオフィスがあいていない。


中国人は英語をさっぱり話さないのでどういうことなのかもわからない。
ついでに中国はこういうときに説明文とかもどこにもないのでどうにもならない。

幸い近くにいた係員がかなり片言だけど英語を話せてきくと、
なんか整理券は朝8時にここにこなければいけないらしい。
明日の朝8時にくれば次の日のチケットの整理券をもらえるとのこと。

どうも鉄道開通に伴う中国人旅行者の急増でちょっと変わったようだ、
この8月に出たばかりのガイドブックでさえ前日の午後5時と書いてあったぐらい。

せっかく考えていた予定が一気に狂ってしまった。
まあしょうがないと明日来ることにする。

中国ではインフォメーションセンターというものがまったくない、
だから正しい情報を得るのが大変。
ホテルの人に聞くとかしかないけどそれも確かじゃないし、英語はなせないことが多いし、中国旅行は大変。

『意味わからない中国人の考え方』

翌日

朝7時ぐらいに出て歩いていく7時半につくと50人ぐらい人が並んでいた。
結構混んでいる、さすがチベット一の観光地ポタラ宮。

並んで待っていると8時といっていたのにしっかり8時半ぐらいになる。
まあ中国なんてそんなものだろう。

そして私の番になりパスポートを見せようとすると、いらないという。
その代わりになんか腕を出してくれといわれて出すとサインペンでなんか番号みたいなのを書かれる。

なにこれ?
と思っていると12時にまたここにくるように言われる。

えっ?
どういうこと?

なんで今渡さないの?
そしてなぜ12時にもう一回こなければいけないの?
それにはどういう意味があるの?

中国人の考えることはよくわからん。

しょうがないので一度戻ってまた来る、
ホテルから歩いて20分ぐらいかかるので何回もきたくないのに・・・。

12時に戻ってくるとまた人がいっぱいいた、
ベンチがあってそこに並んで待っているのだけどなぜか間が開いていたりしてどうやって並んでいるのかわらかない。

まあ朝きて予約?みたいにはなっているのだから大丈夫だろう。
また12時半と30分遅れて動き始める。

どうやって並べばいいのかよくわからないので最後尾に並んでみる。
100人以上は並んでいてじゃあ朝来たのは何だったの?
あれは意味あったわけ?

と思いながら並んで待つ。
10分ぐらいしてよくみるベンチに番号がふってあることがわかる。

うーんこれは?
そういえば私の腕にも52番という番号がある、
よく考えると始めに来たときにやたらばらばらに人が間を開けて座っていたのは、もしやこの番号にしたがって座っていたのでは?


そんなの何の説明もないじゃないか!
わかるわけねーだろ中国人!


中国を旅しているとこんなことも結構ある、
説明文を書くぐらいたいしたことないだろうに、
なぜやらない中国人。

そして・・・

朝来たのはどういう意味があったの?
別に昼にそのままきた順番にならんで配ればいいんじゃないの?

まったく意味があるとは思えない。

本当に意味わからない中国人の考え方、
これが中国4000年の考え方なのだろうか。

私の頭では残念ながらこの謎を解くことはできなかった。

『中国脱出大作戦!』


中国は10月1日から国慶節という日本のゴールデンウィークが始まる。
ただでさえ人口の多い中国が国内旅行ブームでそのときは鉄道のチケットが取れなくなったり、ホテルの料金が倍に上がったりと大変なことになる。

ここチベットも7月から鉄道が開通してアクセスが格段に便利になりおそらくとんでもないことになる。

ということでなんとかネパールへ脱出しようと考えていたんだけど、
考えることはみんな同じで他の旅行者もみんな逃げようとしている。

私がチベットについたのが9月27日で次の日から探しては見たけど、みんなすでに逃げ出している。

そもそもチベットというのは外国人は自由に旅行していいところではない、
チベットに入るのに入域許可証が必要(闇でくればいらないけど)なのに対して、
チベット内の旅行には外国人旅行許可証なるものが必要になる。

これは各都市にいくのに許可証をもわらなければいけない、
場所によるけど基本的に個人での申請が無理。
許可証がないとその都市に行くバスのチケットすらかえないので移動すらできない。

旅行会社を通せば許可証が簡単に取れるので、チベットを旅行するには旅行会社で車をチャーターしてする以外に方法がない。

一部例外としてヒッチハイクとかでいけないこともないけど、
まあすごーーーく大変なのでそんなことするのは一部の日本人バックパッカーぐらい。

ということで旅行会社をあたることになるのだけど、
そもそもネパールまでは直接行っても1泊2日かかる、
10月1日まであと3日しかない9月28日ではすでにギリギリ。

さらに外国人の人はだいたい3泊4日ぐらいで見所をまわりながらネパールへと向かうのですでに出発している。

いくつか当たってみるけどどこもすでに出発した後でないらしい。


1泊2日で直接行くという方法はまともに4WDのランクルをチャーターすると1台4000元ぐらいかかる。

でもネパールからのツアー客を迎えに行くランクルなら1人300元ぐらいで
あるのだけど、
それもみんなゴールデンウィークがわかっているので来る人がいなくて迎えに行くランクルもない。

いくつも旅行会社を当たるけどどこもないといわれるだけ。

これはいよいよやばい、
このまま中国にゴールデンウィークの間中閉じ込められるのか?

と思ったら29日の昼過ぎになんとか明日直接ネパールに行くランクルを見つけることができた。
1人600元とかなりの高値だけどもはや選択の余地なし。

9月30日に出発だけどそれはポタラ宮の見学の日でもある、
でもこれを逃したら次はいつ出れるのかわかったものではない。

ポタラ宮の主であるダライラマもインドに亡命中だし、
本来は日本の皇居みたいにあたるところ。
それを中国が勝手に観光地にしただけなのでまあそんなところに入らなくてもいいか!

ということでそのまま9月30日にラサを出て10月1日になんとかネパールへと脱出することができた。


ただ脱出したつもりのネパールもちょうど同じような連続祝日で、
しかもなんかこの祝日は車の安全祈願をするお祭りでもありちょうどそのピークがついたころで、

バスとか一切動いてない!

国境の村からのバスも動いていなくてなんとかタクシーチャーターして移動したけど、首都から各地へのバスも動いていなくて大変な目にあった。

パキスタンのビザを取ろうとしていたのに10月5日まで役所休みでそれからとっていたら1週間ぐらい無駄にいなければいけないのであきらめた。

ついでに今回の旅はやたら祝日が役所にいかなければ行けないときに当たり、
インドでパキスタンのビザを取ろうとしたらまたインドの連続祝日、
10月19日に申請して本来なら翌日給付なのに20、21と祝日で22が日曜日、
なんとか23日にもらえたけど、もし1日でもずれていたら24、25も祝日で26日になっていた。

休みを避けよう、避けようとしてもやたらぶつかる、
なんか今回の旅はタイミング悪いことが多い、
この先もこんなことが続くとせっかく計画的に旅行しているのに全然予定通りに進まなくて困るなー。

投稿者 nabe : 21:30 | コメント (0)

2006年10月09日

『そしてチベットに到着』

『そしてチベットに到着』


この文章はWeblogでは新しいものから表示されるので下から順に読んでください。
これは最後の文章になります。
10月4日の文章から読んでください。



一応ここの800元といっていたバスにも聞いてみるけど値段さっぱり下がらなかったので先の場所へタクシーで移動する。

オーストラリア人はというと私がもどってくるといなくなっていて、
行き先もわからないのでそのままさよなら、
まあ闇バスならオーストラリア人にないほうがつかまりにくいのでそっちの方がいい。

先の場所に行くと、バスはここからじゃなくて別の場所から出るといわれていくとそこはラサ行きのバスが出る専用のターミナルだった。

値段は交渉どおりでOKで午後12時ぐらいに出るというのでその間に食事を食べたりして戻ってくる。

1人は中国ビザが切れそうなので延長できたらいくと言っていて、
一度別れて戻ってきたらなぜか先のオーストラリア人も一緒だった。
オーストラリア人もビザを延長しにいっていたらしい。
余計なのをつれてくるなよ・・・

さてバスはというとさっぱりでない、
午後12時といっていたのにつくと午後2時になり、
それまで待つと午後4時になる。

いい加減頭にきてお前何時に出るんだよ!

というとなんか公安のチェックポスト(=外国人入境許可証のチェックポイント)がこの町から30分ぐらいのところにある。
それが午後7時になると無人になる、
無人になったかどうかをチェックポストに電話をして人が出ないことを確認してから出るからそれまでまてといわれた。

なんか結構手馴れているようでそれは安心したけど、
それならそれでさきにちゃんといってくれよ!
空いた時間で町でも観光してきたのに。

待っているところはバスターミナルの管理事務所みたいなところ、
公安とかが見回りに着たり、他の人が通報したりするのでなるべく外に出るなといわれて何にもやることない。

そして午後7時過ぎ、
やっとバスに乗り込んで出発することになる。
客は私達4人と中国人10人ぐらいで結構空いている。
寝台バスで寝れるけどシート自体はかなり狭い。

でも一番後ろの席だけは広くて足が伸ばせるようになっていて、
運転手はそこを私達のために空けておいてくれた。
(まあついでにとめられたときに一番後ろのほうがチェックが甘くなって良いのかも)

一番後ろは跳ねるので嫌だけど足を伸ばせるのは魅力的、
チベットへの道が良いことを願ってそこで寝ることにする。


バスは街中を走ってすぐにとまって食事を食べることになり、
それをしてからガソリンを入れたりして結局町を出たのは午後9時ぐらいだった。

バスは町を出るとまたどんどん標高をあげていく、
公安のチェックポストらしきものはあったけど誰もいなくて素通りでOKだった。

町を出て2時間ぐらいすると標高4500mぐらいまで上がってきて、
その後はさっぱり下がることなくその辺の高さを維持していた。

高度順応はもうできているのかこの標高でも頭も痛くなく快調、
でもやはりできるだけ寝ないようにはしておいた。

外はうっすらと雪が積もっていたりしてかなり寒そう、
また眠れぬ夜の中バスはチベットを目指して進んでいく。

『チベット到着!』

バスはやはり一番後ろの席はかなりはねてたまに50cmぐらい浮いたりすることもあった。
それ以外はまあ快適で闇タクシーの場合は狭い中をずっと凍えながら走らなければいけないので、闇バスの方が布団とかもあって寝れるし快適でいいみたい。

午前9時ぐらいに標高5000mをついにこえてこのルートの一番の峠を越える、
頭とかはさっぱり問題なくて快調。

ちょうどよいのでトイレに行きたいといって泊まってもらって写真を撮っておいた。

そしてまた進んでいくけどオーストラリア人は問題ないみたいだけど、
日本人2人は調子悪いみたい。
もともと1人は高山病になんかいかかかったことがあるらしく弱いみたい、この人は頭が痛くて弱っていた。

もう1人はこのような高地には来たことがない人、
頭は痛くないらしいんだけどなぜかひたすら寝ている。
トイレとかにも行かないであまりにも寝ているので大丈夫なの?
ときくけど大丈夫らしいのでそのままにしておく。
でもやっぱり寝てると高度順応がおくれてよくないみたい。
この人はこのあとラサについた日とその次の日は大丈夫だったけど、
3日目にいきなり悪くなり下痢になり、吐いたりしてかなり大変なことになっていた。

途中に村とかがあり食事とかを食べるけど、
オーストラリア人も一緒に降りて食べてるんだよねー、
これって大丈夫なの?
めちゃ目立っているような気が・・・


公安のチェックポイントはというと、
もともと運転手はゴルムドからすぐの1つとあとはラサ近くに1つしかないといっていて、
ガイドブックにはいくつかあると書いてあったけど、
やっぱり運転手が正しくて一切チェックポイントはなかった。
(もしくはバスだからノーチェックだっただけかも)

バスは4500mぐらいの高地の中を進んでいく、
道はくねくねと曲がっていてなかなかスピードも出なく、
走っても走っても着かない。

いい加減疲れて途方にくれ始めた午後6時半ぐらいに大きな町に出る、
どうやらここがラサみたい、チェックポイントは素通りできたのかな。

そのまま街中を走っていってバスターミナルにたどり着く、
午後7時ゴルムドから22時間かけてやっとラサにたどり着いた。

中国は広大な領土を持っているのにすべてを北京時間のみでやっているので、
ラサではこの時間でもまだ日がある。

でてすぐにタクシーに乗ってホテル街へと行く、
その途中にポタラ宮というチベット仏教の総本山みたいなでかい宮殿をみることができた。
これはラサひいてはチベットに来る人の憧れの1つなので、
タクシーから見てやっとチベットに着いたんだと実感できた瞬間だった。

ホテルについてチェックインしてやっと77時間4000kmにわたる中国西方大移動の旅が終わった。

世界一周をしていてそろそろそれも終わりに近いけど、
この移動がこれまでの移動の中で一番大変だった。

50時間の移動とかはあったけど、3日以上に及ぶ移動は辛かった・・・

投稿者 nabe : 21:39 | コメント (0)

2006年10月08日

『中国人と交渉』


『中国人と交渉』


私は闇というと闇タクシーが一般的だと思っていた、
タクシーだと早いし、人が集まればすぐに出れるから便利でよい。

駅前でいっぱい客引きがいるという話を聞いていたので早速いってみるとタクシーどころかそもそも車自体がほとんどいない。

なにここ?
なんでこんなに寂しい状況になってるの?

バックパックも持っているし、それらしい人がいればすぐに声をかけてくるだろうと一応ウロウロしてみるけどさっぱり声なんてかからない。

あれ?
これどうやって見つけるものなの?

しょうがないので近くにラサ行きのバスが止まっていたのでそれに声をかけてみる。
すると1人800元で行くといわれた。

ガイドブックには1人500元ぐらいでいけると書いてあったのでそれは高い!
というけどなにせバスがこれしかなくて交渉の余地がない。

そこへ先のオーストラリア人が戻ってきてやはり高いので闇で行くというけど、
タクシーだったら人数集めにいいけど、バスだと人数関係ない、
そしてバスじゃあ見られたら一発でオーストラリア人なんて外人とわかる。

こんなんと一緒にいてチェックポイントとか抜けられるのか?
というかそもそも外人が闇でチベットに行くなんて聞いたことないんだけど、誘わない方が良かったかな・・・

とにかく値段が高いので何とかしようと一応粘ってみるけど、
向こうも自分しかいないのがわかっているので値段は下げてこない、
100元ぐらいはまけられるかと思ったけどそれも無理だった。

そんな交渉をしている中で他の2人の日本人はというと、
うーん、しょうがないんじゃないですか?
それでいいんじゃないの?
と早くもあきらめモード。

お前らもうちょっと頑張れよ、
というかお前らの態度が向こうに伝わっているから交渉がうまくいかないのはわからないのかな?

一応長期旅行者なのだけどまだ3ヶ月ぐらいなのであきらかに経験が足りない、
こんなときはコンビネーションで他の2人は
いやそんな高いなら乗らない!
とかいう態度でどこかへ行こうとしなければいけないのに・・・


交渉はあきらめて別のバスかタクシーをさがすことにする。
他の2人は探しようがないようなこといってたけど、
こんなところはどうで宿とかが斡旋していたりするもの、
早速その辺の宿に入って聞いてみるけど知らなかった。

まあ何件かまわればあるかもと、
さらに歩いていくと駅から少し離れたところでタクシーが声をかけてきた。

闇タクシーといっても本当のタクシーじゃなくて乗用車を借り切るみたいなもの、
あやしすぎてこんなんじゃすぐつかまってしまうでしょ、
と思ったら

ラサにいきたいのか?
それなら連絡してあげる、
みたいなことを言ってきた。(中国語なのでわからないけど仕草でそんな感じ)

まあ聞いてみるかと乗り込むととりあえず走り始める、
どうも縄張りとかがあるみたいで駅で直接声をかけることはできなくて、
私達が離れるのを待っていたようだ。

早速連絡してくれてそこへ連れて行ってくれるとそこはにはまた別のバスがいた。

やっぱり闇バスなのか?
まあ値段さえ折り合えばどっちでもいい、
さっそく話をする。

やっぱり英語は通じないので筆談とちょっとだけ覚えた中国語ではなす。

始めに言われた値段はやっぱり800元だった。

高い!
それじゃ乗れない!

というとじゃあ今他のところはいくらといっているんだ?
と聞いてきたので

600元!(本当は800元だけどね)

というとじゃあ600元ならのるのか?
と聞いてきたので、

いや400元なら乗るよ
と答える。

本当は300元と行っても良かったんだけど、
あんまりやりすぎると交渉がそれで終わると困る、
でも一度いった値段は上がるしかないのでできるだけ低めの値段設定。

いやそれは無理だ600元。

400元!

600元!

400元!

そもそも中国人の普通運賃が200元なんだぞ、
400元は無理だ!

じゃあ450元!
(こんなときはできるだけ小刻みにあげる方がいいです
一気に上げるとまだまだ上がると思われるので)

わかったよ、550元ならいいだろう?

いや450元で!

550元

450元

550元

じゃあ460元ならいいよ。

さすがに向こうも疲れてきたみたいで、
それなら間を取って500元、これでいいだろう。

うーん500元かー、(まあ予定通りの値段になった)
とりあえず私一人では決められないから友達と相談してくる。

といってまたタクシーに乗って戻る。
そして戻って500元のバスを見つけたというと、
なんか驚いていた。

さがせばいくらでもあるよ。
と思っていたけど、
どうも今は本当にないみたい、
というのもここはもともとチベットへの玄関口として栄えていたところ。
チベットへはここからバスが一番安くいけて、他の方法は飛行機しかなかった。
でも今は鉄道が開通してバスよりは高いけどはるかに快適で早いので中国人はみんなそっちを使っているみたい。(中国人はもちろん許可証なんて要らない)

なので昔に比べてあきらかにバスの本数が激減していてる、
闇タクシーももともとは中国人がはやくチベットに行くためにあったものを日本人とかが使っていたので、
その中国人がいなくなっていまや存在しないようだ。

なかなか闇を探すのも大変になってきているみたい。

投稿者 nabe : 21:37 | コメント (0)

2006年10月07日

『大移動その3 闇バスでチベットへ』

『大移動その3 闇バスでチベットへ』

ひたすら標高3600mぐらいを走っていたバスは朝になってやっと標高をさげて2800mぐらいまで降りたと思ったらそこがゴルムドだった。
結局ゴルムドがこのあたりで一番標高が低い盆地みたいなところだった。

さてここからチベットを目指すことになるのだけど、
それには2つの方法がある。

1つは正規のルート
チベットは中国でも特別なところになっていて外国人が行くには、
外国人入境許可証なるものが必要になる。

北京でこれを取ろうとしたら1400元ぐらいしたのでやめてここまで来たのだけど、
ここにきたからといって値段が安くなるというものでもない。

この許可証は個人では申請できなくて旅行会社を通すことになる、
建前上チベットでは外国人の個人の自由旅行を禁止しているということになっていて、
旅行会社でツアーみたいなものを組んでもらってそれで取得する。

なのでお値段は変わらない(ただ取得所要日数は即日になりそれは早くなる)
それにここからのバス(または鉄道)代を加えてだいたい1700元ぐらいチベットに行くだけでかかる。

とにかくチベットに行くのにはお金がかかるのだ!


そこででもう1つのルートの登場となる、それが

闇バス(タクシーもある)

外国人入境許可証はその名のとおり入るときに必要なもの、
そして入った後は別にそれを見せろといわれることもないし、
出るときも見せろといわれることもない(らしい)

なのでとにかくなんとか入ってしまえばこっちのもの!

ということで、
無理やりなんとか許可証なしでチベットに行くのが闇バス。

要はチベットには行く途中にある許可証のチェックポイントを何とか避けたりして通り抜けてしまうということ。

日本人は中国人と顔はそっくりだしあまりつかまることはなく、
仮につかまってもうまくワイロとかで通り抜けれることも多々有り、
結構成功確率は高いらしい。
(失敗するとゴルムドまで来たバスごともどされるらしいので同乗中国人にはいい迷惑になる)

日本人にはかなり一般的?な方法なのでバスを降りればすぐに客引きとかが着て見つかるだろうと思っていた。

でも実際にゴルムドのバスターミナルに下りてみるとなんかすごく寂れていてそもそもバス自体が数台しかない。

そして客引きなんてさっぱりいない、
一応その辺の中国人にラサに行きたいんだけど?ときくけど、

無理!

とかあっさり言われてしまう。

おかしいなー、情報と全然違うぞ、どうなってるの?

そこに日本人らしき2人と外人の2人の4人旅行者がいた、
これは良いとさっそく近づいていってラサにいくのか聞くとそうだといわれる。

それぞれ一緒に旅行しているわけではなくみんなばらばらで、
たまたま敦煌からここに来るバスが一緒でさっきついて今話をしているところだった。

そして闇バスでいくんだよね?ときくと
そうなんだけどこのオーストラリア人があんまり理解してくれなくてといいだす。

アジアを旅行するバックパッカーは結構英語が話せない人が多い。
まあ私も話せたものではないが最近はある程度ははなせるようになってきた。

そこで話をすると、
そもそも闇バス自体を知らなかった。

まあ外国人にはそりゃ一般的じゃないだろう、
外国のガイドブックにそんなもの乗ってるわけないな。

じゃあそもそも外国人入境許可証が必要なのは知っているのか聞くと、
それは知っていた。

それを買うと1700元ぐらいかかるけど、
イリーガルだけど闇でいくと500元ぐらいですむんだよ。
とおしえてあげる。

じゃあチベットにいったあとはどうするの?
ときいてきたけど、

まあ何とかなる!
日本人みんなそうしていてまったく問題なく旅行しているから大丈夫!
といっておいた。

なんかあんまり納得していないようだったけど、
とりあえず近くに旅行会社があるのでそこでいくらかかるか聞きにいくといっていたのでその間に闇をさがすことにする。

投稿者 nabe : 21:33 | コメント (0)

2006年10月06日

『大移動その2 西寧→ゴルムド』

『大移動その2 西寧→ゴルムド』

さて列車での移動というと・・・
まったくやることがない!

まあガイドブック読んだりとか中国語を勉強したりとか少し流行ることあるけど、
そんなのすぐに飽きてしまってやることがなくなる。
外の景色もあんまり代わり映えなくて単調で飽きる。

となるとあとはひたすら寝てすごすことになる、
中国の列車はエアコンも効いていて非常に快適でよく寝れる。

寝るのにも限界があるけど寝れるだけ寝ておきては暇をもてあまし、また寝るというのを繰り返して暇な時間をすごす。

寝台に乗っている人はほとんどが長距離移動の人ばかりで途中でいくつかの駅には止まったけど降りる人はほとんどまったくいない。
最終目的地の2つ手前の蘭州という大きい都市に着くとここでは人がいっぱい降りていった。

さらにすすんでいって出発から25時間、
9月25日午後15時30分に西寧駅にたどり着く、
ここが終点なのでみんな降りていく。

列車での移動はかなり快適でほとんど疲れないのでこのままさらに先に移動する、
次の目的地はゴルムドというチベットの入口の町。

列車とバスがあるけど列車は距離の割には結構高くて便数も全然ないのでこの移動はバスを使うことにする。

バスのチケットは近く延ばすターミナルですぐに買うことができた、中国名物の寝台バス。

出発は午後5時半だったのでその前に食事をしておく、
中国は本場中華料理がものすごく安く食べられるので食事に困らないのはいいところ。

でもそれは日本人だからで外人は相当困ってる、
なにせメニューが全部中国語(=漢字)のみだからね。
日本人は相当読めるのでだいたい好きなものを注文できるけど外人は適当に頼むしかないようだ。

たべて午後5時過ぎに寝台バスがきてのる、
なんか前に乗ったのと比べるとかなりボロい、
乗る人は8人ぐらいしかいなくてガラガラなのかと思ったらなぜかほとんどのシートに荷物がおいてある(=人がいる)。
始発でなんで人がいないのに荷物がこんなにおいてあるのだ?

しかも指定席みたいにシートナンバーが書かれているけど、
肝心のバスの方にシートナンバーが書かれていない。
ということは自由席になるのだけど席はほとんど埋まっている。

しょうがないのであいているところを探すけどあいていたのは一番後ろのほうだけだった。
バスは一番後ろ特にリアタイヤ以降はものすごくはねやすくなる、
ちょっとはねただけでも後ろは相当はねる。
なのでできるだけそんな場所は避けなければいけないのだけどないのならしょうがない。

バスは少し遅れて出発するとしばらく進んでなんか道端で人を拾う、
どうやらこっちが本当のバス停のようだ。

といっても本当にバス停みたいになっているわけではなくて完全に運転手のお小遣い稼ぎ。
ここで乗せた客はすべて運転手のポケットにお金が入るのだろう。

どうもこの人たちが先に荷物を置いていたようでバスはほとんど満席になった。

そしてまた進んでいく。

西寧は標高が2200mあり結構高い、
この次の目的地ゴルムドは2800mぐらいあるみたいでかなり高くなる。
そして今回の最終目的地チベットのラサは3600mぐらいある、
しかもゴルムドからラサへの途中には5000mの峠を越えることになる。

高山病にかかることが非常に多い路線なのでゴルムドについたら1泊して高度順応してそれから進もうと考えていたのだけど

西寧でて1時間ぐらいしたら普通に標高3000mぐらいになってた。
そのあともひたすらそれを維持するぐらいの標高を走る。

そして午後10時ぐらいにレストランの近くでとまって食事になる。
メニューすらない店だったけど適当に頼んで食べる。
標高3000mもありこの時間なのだから相当寒いと思いきや、かなり暖かい。
気温18℃ぐらいあり全然寒くない。

富士山と同じ標高なのだからチベットは相当寒いだろうと覚悟してきたのに意外なほど暖かくてかなり拍子抜け。

30分ぐらいレストランで止まってまたバスは進んでいく、
中国の道は比較的良くて一番後ろのシートでもそこまではねなくてよかった。

でもすすんでいくとすぐにどんどん山を登っていってそのうち3600mぐらいまで上がっていっていた。
しかもその後ほとんどその高度を維持して走っていく。

高山病は高いところについた日は大丈夫だけど寝て起きた次に日に頭が痛くなったりという症状が起きる。
寝ているときに呼吸が浅くなり酸素不足になるというのが原因らしい。

じゃあ寝なければいいのでは?

という科学的にそれでいいのかよくわからないけど、
できるだけ早く順応するためにほとんど寝ないようにしておいた。

幸いこの高度でもまったく頭が痛くなるということもなく、
特に息苦しいということもなかった。

もうこんな高度まで上がってるし、これはゴルムドで高度順応のために1泊する必要はないかも・・・

こんなことを考えながら眠らぬ夜のバス移動は進んでいった。

投稿者 nabe : 21:31 | コメント (0)

2006年10月05日

『大移動その1 北京→西寧』

『大移動その1 北京→西寧』

9月24日午後2時半、
北京の北京西鉄道駅から今回の列車は出発する。

中国は人口の割には明らかに列車の数が少ない。
たとえばこの北京→西寧のルートは1日1便しかない。
まあいくつか乗り換えていったりすればいけるんだけどめんどくさい。
ほとんどの主要都市にもだいたい直通は1日1,2便しかなく中国の人口から考えたらどう考えても足りないはず。

北京に到着した翌日にチケットを買いにいったけどすでにその時点で2日前、
あいてないかもと思ったらなぜかあっさりチケットは買えた。

意外と中国の鉄道は空いていたりするのだろうか?
と思ったのは間違いだった。

出発当日1時間前ぐらいに駅に到着する。
中国の駅はなぜか出発を待つ人が駅の外にもいっぱいたむろしている。
それを掻き分けて駅へとはいって待合室へと行く。

通常は待合室は2,3個しかないけどさすが北京、
20個近く待合室がありそれも結構1つ1つが規模が大きい。
であるにもかかわらず人がいっぱいいる。

やっぱ中国人人多すぎるよ・・・

列車はここが始発で2等寝台をかっていてもちろん指定席なので本来はゆったりとどこかに座って待っていればよい。

のだけど中国人はなぜか30分以上前から列を作って待っている。
本当なら馬鹿な中国人を見ながら優雅に座っているところなんだけど私はでかいバックパックがある。

寝台列車の荷物を置く棚はあんまり多くなく特に自分のシートの近くとなると当然他の人もおきたいので取り合いみたいになる。

盗難の心配とか移動中に荷物を出し入れしたくなったときに困るので不本意ながら私も意味もなく早々とその列に並ぶ。

中国人は聞いていたほどは酷くもなく、
だいたいの人はちゃんと列に並んでいく。
でも結構あちこちから横は入りしてきたりもする、
このマナーというか常識のなさはどうにかならないのだろうか?
まあ発展途上国特有のものだけどいい加減中国も先進国になろうかというのに・・・

列車は15分ぐらい前にやっと来てホームへと降りる、
いそいで降りていって列車に乗り込む。

寝台列車は入口に車掌がいてチケットのチェックをするので誰でものテルというわけではなくちょっとセキュリティーはいい。

2等寝台列車は3段ベットになっている。
値段は一番下が高くて上に行くに連れて少しずつ安くなる。

私のお気に入りは中段、
一番下は日中は他の人が座ったりすることもありかなり不便(であるにもかかわらずなぜか値段は一番高い)、
一番上はいいのだけど上り下りが面倒なのと窓が見えなくなるので景色がさっぱり見えなくて暇な移動中何にもやることない。
それぞれの段の高さはほとんど変わらないので私は中段が一番好き。
(というか中段以外のったことないけどね)

荷物も早く乗ったことでちゃんと自分の近くの棚に置くことができてチェーンで棚とロックさせておく。

そしていよいよ問題のメンバー発表。

この旅が快適なものになるか、最悪なものになるかはこのメンバー発表にかかっている。

一番いいのはそれぞれみんな1人旅行者(もちろん中国人、外人なんて1車両に1人もいない)でそれぞれ本を読んだり、寝たりと思い思いの時間をすごす、これが静かで一番いい。

一番最悪なのが家族に囲まれること、
1コンパートメントは3段ベット2つの6人でそこに家族がやってきた日には大変なことになる。

なにせ中国人はとにかくうるさい、
発音を聞き分けるのに必要なのかどうかわからないけど、
とにかく話す声がでかい。

別に周りに騒音とか何にもないのに声がでかい。

となりのコンパートメントの話し声が日本人の普通の会話の音量に聞こえる。
なのでよく話す家族とかが同じコンパートメントに来たらそこはもう、

世界ウルルン滞在期 in 中国鉄道

みたいでうるさいし、いつまでもおきていてなないしと大変なことになる。

1度2つとなりのコンパートメントに家族がいたけど、
その距離でも勘弁してください、というぐらいだった。
中国人の家族とは最低10mは離れたいものだ。

恐る恐る他の人が来るのを待っていると、
みんな男の中年から高年ぐらいのひとでそれぞれ他人であんまりはなさなそう。
ちかくに家族もいないしこれは今回は静かでよさそうだ。
ただ空いているかもと思った列車はやっぱり満席だった。

列車は時間通り午後2時28分に出発する、
そして77時間4000kmにおよぶ中国横断西方大移動が始まった。

投稿者 nabe : 21:29 | コメント (0)

2006年10月04日

『77時間中国大移動』


アジア日記 その4

『77時間中国大移動』


9月24日

この日は北京からの大移動を開始する。
本当は途中の洛陽、西安によっていくと15時間ぐらいの移動ですみちょうどよいのだけど1つ大きな問題がある。

それは中国のゴールデンウィークが10月1日から始まること。
国慶節というもので10月1~3日までが休みになる、
でも最近はそのあたり1週間を一気に休むようになっていて中国版ゴールデンウィークとなる。

9月の終わりも近づいてきた平日なのに観光地はなぜか人がいっぱいいる中国。
最近は空前の国内旅行ブームらしくそれの影響もあってどこも混んでいる。

そんな状況でゴールデンウィークなんて迎えたらどうなることか・・・

まずそもそも移動ができなくなるという話もある、
鉄道やバスのチケットが満席で取れなくなったり移動に規制がかかったりするという噂もある。
中国人でそれなのだから外国人なんてもっとチケットとかそれなくなる。

さらにこの時期にあわせて鉄道料金とか観光地の入場料を上げたりすることもあるらしい。

なにからなにもまでよくないことばかり。

その上もっと大きな問題がこれから向かおうとしているチベット、
チベットは今まではバスか飛行機しかなかったのに今年の7月から鉄道が開通してかなり行きやすくなった。

国内旅行ブームに加えて秘境だったチベットに鉄道で簡単にアクセスできるようになった。
これはもうゴールデンウィークはチベットは大変なことになるのはあきらか!

このような理由もあってできるだけ早くできればゴールデンウィーク前にチベットに行ってそのままネパールへと脱出しようと考えていた。

投稿者 nabe : 21:26 | コメント (0)