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2005年12月07日
ユーロラインパス移動計画 1stプラン
どう考えても今までのように各都市とかを更新していてはさっぱり追いつかない、
なのでここはそれはあきらめてハイライトで旅の日記を書くことにしました。
ちょうどユーロラインパスを使い始めたあたりからは、
日程を考えるのも大変になりいろいろ不都合なども起きたので、
その日程とあわせながら書いてみました。
『ユーロラインパスとは』
ユーロラインパスというのはヨーロッパのユーロラインというバス会社が発行しているもので、
国境を越えるバスに乗り放題になるというすばらしいパス。
鉄道のユーレイルパスよりはかなり安いのでなかなかよい。
ただインターナショナル便しかつかえなくて必ず国境を越えなければいけないので(スペイン、フランス、イタリア、ドイツのごく一部の都市間を除く)、
同じ国内はダメ、でも一度他の国へ移動してまた同じ国の別の都市にいくのはいいので、
パリ → ローマ → マルセイユ → ミラノ
などというひたすら国境を越える夜行バスを利用すればいい。
夜行なら宿代も浮くのでかなり使えるパス。
ただしこのパスは鉄道のパスと違って直接バスに乗り込むことはできなくて、
必ずオフィスに行ってチケットを発行してもらわなければいけないのがめんどくさい。
10月からはオフシーズンになり、
それまでだと500ユーロぐらいしていた40日パスが350ユーロで買える、
ただオフシーズンなのでピークシーズンだと毎日運行している便が週3便とかもっと減ったりもする、
なのでうまく予定を組んでいかないと適当に移動していては時間ばかりがかかってしまうことになる。
ということでオフシーズンだと綿密な計画をたててできるだけ無駄なく移動できるようにする必要がある。

ユーロラインパス
上がもらったチケットで下がパスなのにただの紙で普通の券とあんまり変わらない。
もっとパスポートみたいになるとか何とかないものなのだろうか、しょぼすぎる!
1stプラン(11月11日製作)
①11月14日(月)
ブタペスト(ハンガリー)7:00発 -毎日→ 同日ウィーン(オーストリア)10:00着
オーストリア2泊
②11月16日(水)
ウィーン(オーストリア)8:00発 -毎日→ 同日プラハ(チェコ)12:45着
プラハ1泊
③11月17日(木)
プラハ(チェコ)21:00発 -毎日→ 翌18日(金)ワルシャワ(ポーランド)7:00着
ワルシャワ1泊
④11月19日(土)
ワルシャワ(ポーランド)20:00発 -月水金土→ 翌20日(日)ベルリン(ドイツ)6:00着
ベルリン1泊
⑤11月21日(月)
ベルリン(ドイツ)22:30発 -月水金→ 翌22日(火)クラクフ(ポーランド)9:00着
クラクフ1泊
⑥11月23日(水)
クラクフ(ポーランド)16:45発 -毎日→ 翌24日(木)フランクフルト(ドイツ)8:45着
⑦同日11月24日(木)
フランクフルト(ドイツ)23:45発 -月火木日→ 翌25日(金)アムステルダム(オランダ)7:30着
アムステルダム2泊
⑧11月27日(日)
アムステルダム(オランダ)9:30発 -水木金日→ 翌28日(月)オスロ(ノルウェー)6:25着
オスロ1泊
⑨11月29日(火)
オスロ(ノルウェー)8:10発 -毎日→ 同日コペンハーゲン(デンマーク)16:00着
コペンハーゲン1泊
⑩11月30日(水)
コペンハーゲン(デンマーク)16:30 -毎日→ 翌12月1日(木)ブリュッセル(ベルギー)6:00着
ベルギー以降はたぶんスペインに移動してそのあとロンドンにいって最後の目的地パリへと向かう予定
こんな感じでほぼ完璧なプランを立ててみた、
連続移動もほとんどなくて滞在日数もちょっと余裕がある箇所をいくつか入れてあるので無理ない計画、
バスが満員だったら困るけど今はオフシーズンでがらがらのはずなので大丈夫!
バックパッカーにしてはかなり緻密な計画、
短期旅行者並のタイムライン、
まあパスを買ったからには無駄にできないし、
週3便しかない路線とかもあるので行き当たりばったりだとその都市に無駄に長くいることになるので計画は重要。
ここまで考えておけばあとはこれにそって旅行するだけ、
ヨーロッパの旅行はこれで完璧!
などとこの初めてのこのプラン立案のときは考えていたよ、
甘い、甘かったなーあのころは、若さゆえの過ちだったのかな。

ドイツ南部都市フッセンの近くにある有名な湖上のノイシュバンシュタイン城
わざわざこれを見に来るために来たかいがあるというぐらいの価値はあるかな。
でもなぜか東洋人ばっかりいて日本、中国、韓国人で見学者の9割は占める、なぜ東洋人はここへ集まるの?(まあ私もだけどさー)

ブタペスト(ハンガリー)
あんまり何もないところだけど一応この川とその両岸が世界遺産に登録されているらしいです。
ウィーン(オーストリア)音楽の都ウィーン、でもバックパッカーに音楽は無縁です、ジーンズでコンサートなんてとてもいけないです。
まあその辺はお金持ちの優雅な人がやることなのでそれを除くと・・・、あんまり何もないねーこの町も。
この城も世界遺産に登録されていて中にも入ることができます。
でも新しく改装されているのであんまり古い雰囲気なくていまいちです。
プラハ(チェコ)チェコも音楽で有名だけどやっぱり関係ない。
あとは古い町並みが残っているのでそれを見るぐらいだけど小さい町なのですぐ見終わってしまいます。
ここも町が世界遺産に登録されているらしいです。
というかヨーロッパの主要な町で世界遺産に登録されていないところあるのだろうか?
『最初の誤算』
はじめはまあ当然予定通りに進んでいきました、でも
③11月17日(木)
プラハ(チェコ)21:00発 -毎日→ 翌18日(金)ワルシャワ(ポーランド)7:00着
でワルシャワに入って、
私はこの日は朝ついてポーランド人英語さっぱり話せないし、
しかもバスターミナルが町の中心からちょっと離れていてローカルバスでいかなければ行けなくていっそう大変だったので、まったり宿で休む予定だった。
そのためにはユースホステルに行くとロックアウトという昼間の間は中にいれない時間があるので、
他のホステルでチラシをもらった個人のホステルにいってそこで昼間から寝てやるつもりだった。
(ワルシャワは見所ほとんどないので次の日の夜行までに観光すれば十分)
バスステーションについてATMを探し回ること30分、
やっとお金を下ろして今度はバスのチケット売り場を探すこと30分、
そしてバスで町の中心までいってまた20分ぐらい歩いてやっとホステルにたどり着いたら、
ベットありません!
とあっさり言われた、
ワルシャワでしょここ?
このホステル200ベットはありそうなのになんでベットないのよ!
と問い詰めると
ペラ、ペラ、ペラ
と宿帳をめくってみせてくれて、
ね、イングランドから団体がやってくるのよ、
この時期はねー、普通の観光客はオフシーズンなんだけどそのぶん学校とか集団でやってきたりするの、ワルシャワは戦争の被害が大きかったところそれを見にきたりするのよ。
だからベットはない!
かなりがっかりで別のホステルをあいているかチェックしてくれてそこはあいていたけどちょっと高かった。
しょうがないのでまたあるいてガイドにのっているユースホステルへと行く、
ワルシャワはめちゃ寒くて小雪舞う中すでに2時間ぐらいバックパック持って歩き回る、
倒れそうになりながら何とかたどり着いてここはベットがあった。
でも恐れていたロックアウトもしっかりあって、
しかも10時~17時までとやたら長い時間だった。
もう9時半過ぎだったのでとりあえず荷物をチェックアウト後に荷物を入れる部屋に入れさせてもらって町を歩く。
とにかく今日最初にやるべきことは
④11月19日(土)
ワルシャワ(ポーランド)20:00発 -月水金土→ 翌20日(日)ベルリン(ドイツ)6:00着
この便の手配、
まあどうせがらがらなのでいつでもチケット取れそうだけど早め早目が旅行では大事です、
早めに失敗すればなんとか取り戻しが効くからね。
で、ポーランドの鉄道の中央駅のユーロラインのオフィスにいってこの便をとろうと思ったらなぜか土曜日はないといわれる、
しかもポーランド人はユーロラインのオフィスなのに英語ほとんど話せない、
そればかりか話せないんだから細かく聞くな!
見たいな感じでキレてくるめちゃ態度の悪いおばちゃん。
こっちもキレ返したらめちゃびっくりしてた、
客になめた態度とってるおばはんには容赦ないよお兄さんは!
まあとはいえないのは実際にそうだったのでどうにもならない、
私の完璧な計画を維持するためには金曜日のその日のうちにでるしかない。
(そもそも月曜日まで3日もワルシャワにいてもやることないしね)
ということでここで初めての夜行バス2連続となった。
ここで問題になるのがユースホステル、
まだお金払ってないんだけどパスポートとかの番号などは宿帳に書いた、
そして今はロッカーの鍵のデポジットとして5ユーロ預けてある。
うーん、キャンセルきくのかなー、
きかないことを考えたら5ユーロをあきらめてこっそりバックパックを回収して逃げた方がいいかも、
鍵はロッカーにつけっぱなしにしておけばいいだろうし、
5ユーロはキャンセル料ってことで・・・
と非常に考えたんだけど、もともと宿代が1500円ぐらいしかしない。
5ユーロは700円ぐらいなので800円のために日本人の評判を悪くするのもなんだね、
お金持っていないわけでもないセレブパッカーの私がそれをするのはだめでしょ、
いい加減いい大人なんだし、たまにいる貧乏学生馬鹿パッカーと同じレベルなことをしていてはいかんよ!
ということでちゃんとキャンセルできるか聞いてみることにした、
まあダメでもちょっとお金払うだけなのでそれはしょうがないだろう。
本当はすぐに行きたいところなんだけど、
ロックアウトの時間はレセプションも閉まってしまうために一切連絡とかが取れない、
まあそれならしょうがないので観光をして午後6時過ぎにホステルに戻って、
キャンセルしたいんですけど、できる?
ときいたら別に大丈夫だった。
ロッカーから荷物を出して鍵を返してデポジットの5ユーロも返してもらう。
そしてそそくさとユースホステルをあとにする。
本当にごめんなさい、ワルシャワのユースホステルさん!
コインロッカー代わりに使ってしまったねー、
でも最初からそのつもりじゃなかったんだよー、
ユーロラインがなぜかバスをやめているからこうなっちゃったんです。
というような言い訳をしたかったけど特にむこうが求めていなかったのでやめた。
この日は朝からバックパックをもって歩き待って、
ついたホステルは空いていなくてユースホステルにいかされて、
ベルリン行きのバスも次の日はなくて散々でついていない日だと思っていたけど、
実はホステル代とかを払わなくてもすんだのでついていたといえるのかな。
ついていない日はだいたいそのままついていなくて終わるので珍しく塞翁が馬みたいな感じで終わりはよかった。
ベルリン行きのバスは私を含めてワルシャワからは3人しか乗っていなかった、
週末でこれならそりゃ便減らすよなーと思っていたら途中でまたどこかにとまった。
なぜかここからのほうがおおくのってきたけど、
でも5人ぐらいでめちゃがらがらなバスだった。
ワルシャワ(ポーランド)ワルシャワは第二次世界大戦末期にワルシャワ市民が武装蜂起に失敗してドイツにほとんどすべての建物が破壊されたところ。
なのでこの写真にある建物とかはすべてそのあとに復元したもの。
であるにもかかわらず世界遺産なのはなぜ?
ヨーロッパだとなんでもありなのかな世界遺産は?
なにせヨーロッパの人がきめてるからね。
『はやくも二度目の誤算』
こんな感じで2日連続夜行バスでちょっとぐったりしながら早朝にベルリンに着く。
ここは結構大きいバスターミナルで早朝なのにチケットカウンターが開いていたので、
さっそく
⑤11月21日(月)
ベルリン(ドイツ)22:30発 -月水金→ 翌22日(火)クラクフ(ポーランド)9:00着
のチケットをもらおうとカウンターに行くと
クラクフ行きは今は走ってねー!
行きたければワルシャワにいってそこからいきな!
といわれた。
(別に普通の口調だったけど私の精神的にはこんな感じだった)
なんでないんだ?
ここからでているユーロラインのバス路線のタイムテーブルみせてよ、
というとプリントしてあるのをくれた。
それをみると私のパソコンに入れてあるタイムテーブルとまったく同じ、
であるのになぜかクラクフ行きのところだけ斜線が引いてあった。
ドイツ人なめてやがるよ、
ちゅーかよー、
お前らアウシュビッツがあるクラクフだぞ?
少しでも悪いことをしたという気持ちがあるなら人のってなくても毎日でもバスださんかい!
それどころか格安バスでも運行してすこしでも多くの人に戦争を二度としない、そして自分達は二度とこんなことしません、というぐらいの意思表示でもせんかい!
だいたいお前らはなー、
ベルリンの壁博物館に入場料10ユーロも取ってるんじゃねーよ!
お前らが悪いことしたから分断されてそんなものがあるんだぞ?
その過去の負の遺産に対して金をとるだあ?
アウシュビッツなんて寄付制で基本はタダだぞ!
あまつさえ残っていたベルリンの壁をすべて撤去してワールドカップ時までにはなかったことにでもしようとしているみたいだが、
すべてお前らのせいであるもので、
それこそ永遠に保存して自分達の戒めにするのが当然だろう!
本当にドイツ人(ゲルマン人とアーリア人)は凶悪だ、
アウシュビッツ行くとこんな考え方になるよねー、
戦後のドイツ人アウシュビッツ行ったことあるのかよ、
それらを理解していればどう考えても私と同じ考えになるだろうに、
過去から逃げてるんじゃねー!
と声を大にしてドイツ人にいってやりたいところだ。
なんか話しそれたけどとにかくドイツ人の過去の忘却のせいでバスはなかった。
この時点で1stプランは完全に崩壊してしまった。
1時間半ぐらいかけて考えたプランだったのに・・・
(まあ夜は暇だからいいんだけどねー)
今回のユーロラインパスを使う上での教訓
ネットでチェックしたあるはずのバスがなくなることもオフシーズンではあるみたい
ドイツ人は過去から逃げているのでクラクフにはオフシーズンはいけない
この2つかな。

ベルリン(ドイツ)
本当はベルリンの壁をとりたかったんだけどなくなっていたので、ワールドカップの決勝戦の会場を取っておきました。
ここはベルリンオリンピックがあったところなのでちょっと改修しておわり、なかなか安く済んでよいようです。
日本もワールドカップのためにわざわざ新しい会場作ったりしてそのあと使い満ちなくて困るなんてことしなければいいのにねー。
投稿者 nabe : 2005年12月07日 21:35
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